第7話

 それから彼女と別れ、暇だったので軽く歌っていると時間がギリギリになってしまった。危うく遅刻するとこだったぜ。

 電車内を軽く見回してみるが、女神様が居るようには見えない。彼女が居ると大半の人間が彼女に釘付けになってしまう。だから居るかどうか分かりやすいのだ。

「よっ、桃」

 あまり見慣れない道を歩いていると、後ろから背中を叩かれる。

 俺の背中を叩いてくるのは一人しか居ないので、ため息をつきながらその顔を視界に入れる。

 そこには、見慣れたアホ面があった。

「なに、朝からうるさいな」

「そちらは相変わらず怠そうだな」

「そりゃあな」

 学校が怠くないと感じる人は少ないのではないだろうか。特にサボるほどでは無いが、休む機会があるなら是非休みたい。

「今日、部活何やんのかな」

「金曜だし鬼ごだら」

 今更だが、誠吾も水泳部に所属している。中学以前は帰宅部だったらしいが、なぜか水泳部に来た。特に水泳経験者とかでは無い。

「鬼ごかぁ……今足痛いじゃんね」

「知らねえよ。強制参加ぞ」

「まじかよ」

 現在は四月の後半、我々青南水泳部はこの時期には陸上でトレーニングをする。

 学校によっては四月から水泳が始まるところがあるが、正直彼らは人では無いと思う。

 暖かくなってきたとはいえ、まだ冷える。朝でさえちょこっと寒いと思える日があるのに、プールなんてしたら細胞が凍ってしまう。……いや、それは言い過ぎか。

「おあ、女神様。今日も麗しい」

 昇降口を通り、廊下を歩いていると、突然誠吾の顔がダラダラに崩れた。

 奴のハート目につられてそちらを見ると、そこには朝も見た女神が居た。

「女神様、おはようございます!!」

「あら、おはようございます」

 誠吾は腰から身体を曲げて最敬礼をする。その声に反応した清水さんは微笑みながら会釈を返した。その動作に、誠吾は頭を下げながら見とれている。

「光月さんも、おはようございます」

 誠吾へ向けた笑みとは少し異なった微笑みを浮かべて、俺の目を見つめてくる。

「お、おはようございます」

 やはり学校にいる時の彼女の笑みは苦手なので、目を逸らしながら挨拶を返す。すると、何故か不満気な視線を送られた。

「なんでお前は名前を覚えられているんだ」

 挨拶だけして俺達は別れたのだが、彼女から少し離れたところで誠吾から睨まれる。

「クラスメイトなんだから覚えられていてもおかしくはないだろ。お前だって多分覚えられてんぞ」

 一年の頃から関わりがあるため流石に互いのことは認識しているが、別にそれがなくても彼女の場合は覚えていただろう。

 少し気になったから、今度クラスの人覚えてるのか聞いてみよう。次いつ会うか知らねえけどさ。

「そっかぁ、女神様が俺の名を……」

 ぐへへ、と気持ち悪い笑い方をする彼に「キモイ」と言い放ち、教室に入る。

 そうして、本日も睡魔と戦いながらお経を聴く時間が始まるのだった。


◇◇◇

 時刻は四時半を少し回った頃。帰宅部の私は図書室で本を読んでいた。理由は、とある人物を待っているから。

 彼は言った。「今日も部活があるから、もしかしたら帰りに会うかも」と。

 彼は優しい。あれほど私とは関わらないとかとか言っていたが、結局会える機会を作ってくれる。

「流石、私たちの歌神様ですね」

 隣に住んでいる彼は、私にとっては特別な存在だった。

 昔から容姿が人よりも優れ、才にも恵まれた私は、周囲の人間から「どこか違う存在」だという目で見られ続けてきた。今だってそうだ。私は女神と称され、崇められている。

 勿論褒められているので嬉しいことなのだが、やはり寂しくもなる。

 その点、彼は同じ目線に立って話をしてくれる。それに、男子特有の目線というものも感じない。こんな人と出会ったのは、生まれて初めてだった。

 それにしても、『同じ目線に立ってくれている人』と思っていたが、まさか『同じ目線の人』だとは思わなかった。

 なんなら、私よりも凄いだろう。なんたって、ネット世界をめぐる人々の数は一学校の人数の比ではない。

「彼はいつ寝ているのでしょうか?」

 ふと、疑問に思った。彼は学生で、しかも水泳部に所属している。それで歌ってみた動画を投稿しているのだが、どうやら彼は自分で音源を編集しているらしい。それに加えて配信も定期的にしている。

 彼の生活は多忙を極めているのだろうが、果たして睡眠はいつ、どれくらい摂っているのだろう。

「ハハァッ! 捕まえてみろや!!」

 突然、彼の声がした。気になって窓の外を見てみると、不敵な笑みを浮かべた彼が走り去っていく。

「意外と、足速いんですね」

 彼は配信で「自分は運動音痴」だと言っていたが、私視点ではそう思わない。運動できない人は複数の鬼による包囲網をくぐることなど出来ないだろう。

 新たな発見にクスッと笑みを浮かべて、私は再び暇つぶしに戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る