第6話
その夜は眠ることが出来なかった。その理由は、今後の不安だ。彼女のことは多少信用してはいるが、それでも怖いもんは怖い。
おかげで少しの睡眠すらも取れずに朝日を拝むことになり、仕方なくいつもより早めの朝食を取っている。
「そういえば、ゴミの日か」
気を紛らわす目的も含め、今後の予定の確認をすべくカレンダーを眺めていると、そんなことに気づいた。
時間に余裕はある。早めに家を出るのもありだが、まあゴミを出してから考えよう。
次の歌みたの曲を鼻歌で歌いながら、ゴミ袋を持って外に出る。
一人暮らしの高校生、しかも活動者である人間は部屋が汚いと思われることが多い。仕方のない事だ。親元を離れてすぐのガキに部屋の維持なんてこと期待してはいけない。
しかし、有り難いことに俺にはその才があったらしい。活動しながら一人暮らしを一年続けてみたが、女の子を入れても問題ないくらいの綺麗さは維持できている。
ゴミ出しだって、多少怠ることはあるが溜まるほどではない。放任主義な親だが、この点には感謝だな。
「それ、次の動画のですか?」
鼻歌を続けつつ廊下を歩いていると、真後ろからそんな声が聞こえてきた。
「へ?」
まだ朝日が顔を出して間もない時間なので、誰にも会うことはないと思っていた。そのため不意をつかれた形になってしまい、つい変な声を上げてしまう。
「って、清水さん……おはようございます」
振り返ると、そこには不眠の原因が居た。
「おはようございます。歌神様。貴方もゴミ出しですか?」
「辞めてくださいよ、その呼び方」
清水さんの手をチラッと見てみると、俺と同じように袋を握っていた。どうやら彼女もゴミ出しらしい。まあ、同じマンションに住んでいるのだ。こういう日もある。
「歌神様であることは事実でしょう?」
「神と呼ばれるのは恥ずかしいという気持ちは、貴方が一番理解しているのでは?」
「むっ、それもそうですね」
つい先日まで立場は逆だったのに、俺が神と呼ばれる立場になってしまった。
あまり関わりが無いとはいえ、リアルの人間に面と向かって神と呼ばれるのは思っていたより恥ずかしいな。今後は彼女への対応も気をつけることにしよう。
「そうだ、光月さん。敬語ついてますよ」
ゴミステーションは一階にあるので、二人して階段で降りていく。なんとなくそんな流れになってしまった。
「ああ、外さないとなんだっけ」
「頼みますよ。推しに敬語つけられるのはムズムズしますので」
「そっちも外していいのよ?」
「推しにタメ口など言語道断でしょう」
彼女の言葉に、「そりゃそうだ」と返してしまう。昨日から思っていたが、ちゃんとこの人は桜桃のガチファンらしい。ほんと、なんで俺のファンなんだか……
「にしても、朝早いな」
まさかこんな時間に会うとは思ってなかった。昨日の言葉、早々に実現しちまったな。
「いつもこのくらいには起きていますよ。電車通学ですしね」
「もっと後でも間に合うんじゃないの?」
学校の門が閉じるまで時間は結構ある。たとえ電車通だとしてもコーヒーブレイクを決めるくらいには余裕がある時間だ。
「女の子は準備に時間がかかるものなのですよ。朝は忙しいのです」
彼女は苦笑しながら語る。
なるほどな。女の子は大変らしい。男なんてぶっちゃけ時間かからないからな。……まあ、人によるか。
「そういえば、今日も電車ですか?」
突然、彼女の目が輝き始める。
「まあな」
「それじゃあ一緒に──」
「ダメです」
なんとなく彼女の言うことが想像出来たので、食い気味に否定する。すると、彼女は「そんなぁ」と肩を落とした。
「昨日の約束忘れたか? 俺達の関係は変わらない。というか変えない。そうだったろ」
「それはそうですけどぉ。一日くらい……」
などとごねているので、もう一度「ダメです」とハッキリ言い切る。
「そもそも、不干渉の約束はどうなったんだ。俺達のルールだろ」
忘れているかもしれないが、俺達にはそういう約束がある。必要以上に干渉しない。関係をバラさない。距離を縮めない。それが絶対不干渉の約束のはずだ。
「それはそうですけど……ぐぬぬ」
清水さんは唸りながら、八つ当たりのようにゴミ袋を入れる。
「仕方ないだろ。耐えてくれ」
俺としても、彼女としても、桜桃のことがバレるのは都合が悪い。それに、俺達が話しているところを見られることすら面倒くさいことになるだろう。
「まあ……今日も部活があるし、もしかしたら帰りに会えるかもな」
バイクは明日取りに行く。そのため、今日は帰りも電車だし、彼女がたまたま遅く帰ることがあったら昨日のように会ってしまうかもしれない。
「それって……」
「まあ、ばったり出くわしたら避ける理由もないしな」
「……ありがとうございます」
彼女は小さく微笑んで、感謝を述べる。俺は彼女から目を逸らしながら、先程通った道を戻っていく。
まあ、リスナーに悪い思いはしてほしくないし、仕方がないな。
約束や身バレの危険性などがあったとしても、最終的にはリスナーに甘くなってしまう俺なのであった。
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