第5話
「とりあえず、今後のことを決めよう」
彼女を逃がさなかった理由、それはこれを彼女と話し合うためだ。
何も話さずにバイバイして、もし彼女がまずいことを言ってしまったら、その瞬間に俺の人生は終わるのだからな。
「今後のこと、ですか?」
と小首を傾げる彼女に、「そうだ」と頷く。
「清水さんは重大な秘密を知ってしまったからな。流石に口止めをしないとなんだ」
「なるほど、確かにそれは確認が必要ですね」
彼女はどこまでが言っていいことなのか、そのラインを知るべきだと理解しているのだろう。俺の言うことに簡単に頷いてくれた。
バレたのが彼女だったのは、不幸中の幸いというやつだろう。……いや、彼女じゃなかったら壁を叩かれて終わりだったかもしれないが、平和に解決したしな。結果的にこっちの方が良かったと思う。
「まず、分かっていると思うが桜桃についてのことをバラすのは絶対ダメだ」
俺はVtuberというものでもある。配信をしながら、歌ってみたを上げている感じだ。
勿論、顔出し等は一切していないし、学生だということ以外明かしていない。そのため活動のこと自体晒してはいけないのだ。
「はい、それは勿論」
彼女としても、きっと桜桃のことを晒すのはデメリットが多い。なぜなら、彼女が俺のファンだからだ。
晒されてしまった場合、もしかしたら活動を続けることができるかもしれないが、高確率で引退までいってしまうだろう。ファンである彼女ならそれは絶対に避けたいはずだ。
そのため、念の為言ったがこれについてはそこまで心配していなかったりする。
問題は、ここからだ。
「そして、今後も俺に対する対応は変えないで欲しい」
そう。俺が最も危惧していたこと、それはこっちの話だ。
隣の住人でクラスメイトの奴が実は推しだった。そして彼女は少し零れた歌声だけで当ててくるほどの信者。そんな状況なら、学校とかでも話しかけてくる可能性がある。俺はそれを避けたいのだ。
「今まで通り……ですか」
「そうだ。急に俺と関わりだしたら周りは不審がるし、学校で関わってしまったら桜桃のことを漏らしてしまう可能性もあるからな」
これは建前だが、事実でもある。
「確かに、その通りですね。私達のこの関係の事とかもありますし、今までのままというのが最善策でしょう」
彼女は納得したように頷く。……が、その顔はどこか寂しそうだ。
「……ちょっと世間話とかもダメですか?」
「ダメだ。学校でしたことないだろ」
彼女は少し沈黙した後、そんなことを聞いてきた。だが、速攻で拒否する。
「わかりました……」
うぐぐ、と彼女は唸っていたが、良い言い訳が見つからなかったのか、少しして諦めたように首を縦に振った。
「まあ、今日みたいな時なら話せるからさ」
そんな彼女を見て苦笑する。俺も推しが居る身だ。間近に居て関われないという状態は想像するだけでもしんどい、拷問のようなことであると分かっている。だからしょんぼりしている彼女を慰めるように言ったのだが、彼女は口を尖らせてしまう。
「光月さん、普段バイクじゃないですか」
ま、その通りなんだけどな。
俺達が通っている青南高校というところは、この時代には珍しくバイク通学が許可されている。
そして俺は去年にバイクの免許を取ったため、現在は毎朝バイクに股がっている。
今日は電車を使ったが、それはバイクさんが入院中だからだ。父親から貰ったおさがりのため、もう色んな部品がガタガタになってしまっている。
「今日みたいな日とか、雨の日とかは電車だし、そういう日なら話せるし、我慢してくれ」
「ぐぬぬ……分かりました。てるてる坊主作って逆さに吊るしときます」
そこまで俺に会いたいのか、この人。
「あとは、そうだな。聞きたいことある?」
「基本的に以前までを継続すれば良いのですよね」
「そうだね。簡潔にまとめればそゆこと」
「分かりました。特に問題は無いです」
推しが隣にいて話せないというのは結構問題だと思うが、それでも俺の提案を呑んでくれのは彼女が女神様だからだろう。
本当に、バレたのが彼女でよかった。
「それでは、失礼しますね」
それから少し雑談をしてから、いい時間だということで解散となった。今は彼女の家の前に居る。所謂見送りというやつだな。
「んゆ、悪いなこんな時間に」
俺の言葉に彼女は首を横に振った。
「あの桜桃さんと話すことが出来たのですから、今日はラッキーどころではないです」
彼女の熱烈なファンの視線に、つい笑みを浮かべてしまう。
女神様をここまでさせる俺すごない?
「その桜桃はクラスメイトの陰キャだけどな」
「光月さん、そこまで陰キャというものでも無いと思うんですよね」
おや、もしかして意外と高評価? 個人的にはあまり好まれていないと思ってたんだが。
「その心は?」
「だって貴方、友達居ないとか人見知りとか言いながら私とは全然話せるじゃないですか」
おや、やはり彼女は女神様であることを理解していらっしゃる。
「そりゃ、お隣さんだしな」
「隣人といえど、私は話しづらいのでは?」
「そうでもないさ。話してて結構楽よ」
確かに彼女は崇められているし、彼女を崇拝する者達からすればこうやって話すことは恐れ多いのかもしれない。
しかし、俺は別に彼女のことは特に崇めてたりしないし、どちらかといえば隣人ってイメージが強い。
「信者補正が無い俺からしたら、清水さんはただの隣人なんだよ。だから
「そういうものですか?」
「そういうものです」
そうして、俺たちは笑みをこぼした。
「そんじゃ、またいつか」
キリがついた、と考えた俺はいつものように挨拶をする。それを聞いた彼女は更に笑みを浮かべて、
「はい、近いうちに」
と言って彼女の部屋に入っていった。
「……はあ、今後が不安だ」
俺は変わってしまった約束を頭の中で反芻しながら、大きくため息をついてしまった。
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