第4話
「んなっ……んの、ことっすかね!?」
その質問に俺は驚きを隠せず変な返しになってしまった。おかげで、彼女の瞳に光が宿り始めてしまう。
待て待て待て、ちょっと本当にまずいかもしれないってかマジでやばい。顔を出していない活動者としてやってはいけないこと最上位、身バレだ。
というか、どうやって女神様は俺が桜桃だと気がついたのか。歌みたの動画やライブ配信を見たとして、こんな時間に凸してくるほど確信を持てるわけがない。日本に住まう有象無象の中から俺一人を探し出すなんて、宝くじの一等を当てる方がよっぽど楽だ。
「突然すいません。順を追って説明しますね」
隠していたつもりだったが、どうやら焦りが顔に出ていたらしい。その俺の慌てようを見て、女神様は苦笑する。
「簡潔に言うと、先程貴方の歌声が聞こえてきて、もしかして、と思ったのです」
俺の歌声を聞いた……ということは、さっきの収録の時に音が漏れていた?
しかしなぜ漏れているんだ。高一の頃から既に活動はしていて、今このタイミングで来たということは先日までは漏れることがなかったはず。つまり今日の収録環境に何か問題があった、ということだろう。
ちょっと、「絶対に漏らさない」ってなんだったんですか。音漏れてますよ!!
としょうもないことを考えながら今日の帰ってきてからの出来事を思い返していると、俺は気づいた。先程扉を開けた回数が一度少なかったという違和感に。
……この防音室作った歌手さん、テキトーなこと言ってしまって申し訳ありません。
思い返してみれば、今日一度も防音室の扉を閉めた記憶が無い。たとえ角部屋といえど隣には女神様が居るから、音漏れには細心の注意を払っていたのだが、ついに今日やらかしてしまったというわけだ。
俺は昔からそういうやらかしが多く、配信でもたまに出てしまうため、リスナーからは「ポン神」とも呼ばれている。勿論俺は許していない。なんだその不名誉な名は。
「……違うと言ったら?」
「騙されると思いますか?」
そうですよね。信じてくれるわけないですよね。少しだけ漏れてくる収録の歌声を聞いて特定してくるくらいですもんね。
「何すりゃいいんすか」
大きく、ため息をつく。俺は諦めた。こんな状況だ。所謂王手、詰みと言うやつだ。足掻いたって見苦しいだけだろう。
彼女は俺の弱みを握って何をしたいのか。金積むくらいなら出来るが、どうだろう。
「………なんです」
「なんて?」
彼女は突然俯いたかと思えば、何かを呟いた。この距離でも聞こえないほど小さかったので、つい聞き返してしまう。
「私は桜桃さんのファンなんです!!」
「……へ!?」
少しの間をあけて、バッと勢いよく顔を上げたかと思えばそんなことを叫ぶので、俺の思考は停止してしまい、素っ頓狂な声をあげてしまった。
ちなみに、この時髪の毛が触れかねないほど顔が近づき、とても良い匂いがしたことは内緒だ。
あんな美少女の顔が触れるほどの距離に来てしまえば、流石の俺も惚れそうになった。
◇◇◇
「意外と綺麗にしているのですね」
「まあ、流石に」
あれから、この人を逃してはいけないと思った俺は彼女を家に招いた。
「そこに座ってください……お茶でいい?」
そう言うと彼女はこくりと頷いたので、俺はお茶を入れるためにキッチンへ回る。彼女の方をチラッと見ると、指差した椅子にちょこんと座った。
「んで、話なんですけど……」
お茶を入れたコップを「どうぞ」と彼女の目の前に置く。それから対面の椅子に座って、話し始めようとしたのだが、
「ちょっとその前に、少しいいですか?」
と止められてしまった。
「その、敬語外してもらえませんか?」
突然何を言ってるんだこの人は。俺達は敬語を外すほど仲のいい関係ではないだろう。
「なんて言うか……あの歌神様に敬語を使われるのは違和感というか、恐れ多いというか」
その言葉を聞いて俺は理解した。目の前に居るこの女神様は俺の信者だということを。
確かに推しから敬語を使われるのは嫌だよな。それもそうだ。俺だって推しから急に敬語で話されたら一ヶ月寝込む自信がある。
「……わかったよ清水さん」
「桜と呼んでもいいのですよ?」
「それは却下します」
流石にそこまで仲が深まったわけではない。ていうか距離が更に離れたくらいだ。
俺は今後この人どう接すればいいのだろうか。今まではクラスメイトという関係性だったが、それが活動者とそのリスナーになってしまったのだ。
……女神様が俺のリスナーだなんて思わないじゃないか。
と、俺は今後の事で頭が痛くなるのだった。
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