第3話

 夜……といっても、時刻は午後八時ほどだが、そんな時間にも関わらず部屋に歌声が響き渡る。

 この歌声の出処は、俺だ。

 リアルの人間には言っていないことなのだが、俺はネットの世界で活動している。

 活動名、桜桃おと。自分でいうのもあれだが、それなりに有名であると思う。

 俺は有名な曲や話題の歌をカバーして投稿する動画、所謂「歌ってみた」というものをあげている、歌い手というやつだ。

 有難いことに、その動画たちは多くの視聴者に見てもらっていて、たまに行っているライブ配信にも多数のコメントが流れている。

 高音を武器として、数々の高音曲と呼ばれている歌たちも投稿してきた。そんなことをしているうちに、いつしかリスナー達からは「歌神」と呼ばれるようになった。

 神と称えられるのは少々こそばゆいが、褒めてもらっているということは分かるので嫌という訳では無い。

 現在は次の歌みた動画のための収録中だ。こんな時間にやっているが、とある歌手が開発した防音室のおかげで外には音が漏れないため問題は無い。

「ふう、いったんきゅうけ〜」

 大きく息を吐いて、背もたれにもたれかかる。帰宅して少ししてからずっとやっていたので、流石に疲れた。

 今日学校で買ったペットボトルのお茶を器用に片手で開けて、喉に流す。お茶はあまり喉によろしくないと聞くが、まあ問題はないだろう。

 とその時、突然部屋中に「ピンポーン」という音が鳴り響いた。

 鼻歌を歌いながらSNSのタイムラインをスクロールしていると、突然インターホンが鳴ったのだ。

 何か頼んでいたものが早く到着したかな、とか考えながら、開けられていた防音室の扉をくぐる。

「どちらさまですかー?」

なんて言いながら玄関の扉を開ける。予想では配達のお兄さんが居るはずだったのだが、外の景色とその人物が見えた瞬間に俺の予想は砕け散った。

「えっと、こんばんは……ですね」

 なんと、そこに居たのは配達のお姉さんでも、テレビ局の人間でも、宗教勧誘のおばちゃんでも無かった。目の前には、先程も見た顔が立っていた。

「め、珍しいっすね。そちらから来るのは」

 お隣さんである俺達なのだが、絶対不干渉の約束というものがあるくらいだ。それぞれの家のインターホンを押すなんてこと今まで無かったのだが、まさかこんな時間に彼女から来るとは思わなかった。

 予想外の展開のため少しだけ言葉が出てこなかったが、なんとか会話を始める

「どうしたんすか。こんな時間に」

 この時間に起きるであろうイベントは、晩御飯のおすそ分けとかその辺だろう。だが、この人に限ってそんなことするだろうか。

 彼女と出会ってから少なくとも半年以上は経過しているし、その間もお裾分けだとかそんなイベントは発生しなかった。

 それなのにこのタイミングでお裾分けなんてことは無いだろう。であるなら、要件はなんなのか、という話になる。

 何か昼間にやらかしただろうか。しかし、それなら先程であった時に言うだろう。それに、わざわざ俺の家に来るほどのことでもないはずだ。

「そのー、ですね。少しお伺いしたいことがありまして」

 とそこで俺は気づいた。女神様の様子が先程とは違うことに。なぜか分からないが、少しギクシャクしているような感じがする。

 いや、ウチのインターホンを鳴らすことは初めてだし、もしかしたら緊張するかもしれないが、なんかそれとは違う気がする。

「聞きたいこと……っすか」

 彼女が俺に聞きたい事なんて、なんだろうか。次のテスト範囲だろうか。確かに、数週間後には二年生最初の中間テストが始まってしまうが、彼女とは仲が良い訳では無い。彼女にも友人は居るわけだし、そちらに訊くのが普通だろう。

「その……違っていたら申し訳ないのですが」

と前置きを置く。俺は軽く相槌を打ちながら、ゴクリと喉を鳴らす。彼女がこんな感じだからか、俺も不思議と緊張してしまう。

 そうして、彼女は恐る恐るといった感じで問いを投げかけた。


「光月さんって、桜桃さんですか?」


という、衝撃の質問を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る