第10話 地獄の平和を守るため。

 井戸仙人が出て行っても、私の胸のドキドキは、止まりませんでした。

仕事の前から、いろんなことが起こり過ぎて、脳内処理が追い付きません。

 なんだか夢を見ているような気分で、いつもの地獄のパトロールに行きました。

相変らずの阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられています。亡者たちの悲鳴が聞こえる中を私は、いつものように歩きました。でも、なぜか、今日は、そんな見るに堪えない光景も気になりませんでした。

「なぎさちゃん、今日も、ご苦労様」

「青鬼さん、お疲れ様です」

 私は、通りすがりに声をかけられました。

「今日は、いいことあったのかい? なんだか、嬉しそうだな」

 どうやら、顔に出ていたようです。私は、顔を引き締めて言いました。

「ハイ、とってもいいことがありました」

「そりゃ、よかった。なぎさちゃんが元気だと、俺たちもやる気が出るよ」

 そう言って、青鬼さんは、鬼の形相になると、亡者たちを責め立てます。

あちこちから悲鳴が聞こえてきても、今では、聞こえない振りができるようになりました。

 パトロールを終えると、託児所に向かいます。

「あっ、なぎさ先生だ」

「なぎさちゃん」

「お姉ちゃ~ン」

 私の姿を見かけると、小さな妖やバケモノたちの子供が駆け寄ります。

「こんにちは。様子を見に来たわよ」

 そう言って、笑顔でみんなを抱き止めます。

一つ目の女の子や、幽霊の赤ちゃん、妖怪やバケモノの子供たちが喜んでいました。

もちろん、その中には、赤鬼くんや雪子ちゃんもいます。

そんな子供たちの中から、ドクロくんが私の手を引っ張りました。

「なぎさちゃん、園長先生だよ」

 そう言われて前を見ると、ピンクの仮面を被り、白くて長い髪を揺らしながら、

ドラゴンの背中に乗った怖そうな女の人がやってきました。

初めて見るので、なんだかすごく怖そうで厳しそうでした。

「早乙女なぎさです。初めまして」

 私は、そう言って、丁寧に挨拶をしました。何事も最初が肝心で挨拶は大事です。

「あなたが、なぎさ先生ね。よろしく。私が、この託児所の園長のレイコックです」

 レイコックって、冷酷って意味かしら? それじゃ、すごく怖い人に違いない。

私は、いくらか緊張しました。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。あなたのことは、主人から聞いているから」

「えっ? 主人って、旦那様ですか?」

「あなたの上司よ」

「上司って・・・ まさか、社長ですか?」

「そうですよ」

 私は、目を回して、ひっくり返りそうになりました。

まさか、社長の奥様が託児所の園長先生だったとは・・・

それも、こんなに怖い女性です。何しろ、キバを剥いて、角をはやした、四つ足のドラゴンに乗っているのです。いえ、乗っているんじゃない。

下半身がドラゴンと一体化している。しかも、手には、魔法使いが持っているような

ステッキを持っている。アレは、絶対に武器だ。

怒らせたら、何をされるかわからない。

「なにをしているんですか? 子供たちがあなたを待っているのですよ。さぁ、いっしょに遊んであげてください」

 仮面の奥からギロリと見つめるその目は、イヤとは言わせない迫力がありました。

「なぎさ、園長は、アレで優しいのよ」

「雪子ちゃん・・・」

「そうだよ。なぎさちゃんのことも、大事にしてくれるから大丈夫だよ」

「赤鬼くん、ありがとうね」

 私は、二人の言うことを信用することにしました。それでも、園長先生の鋭い目と、ドラゴンの目で見詰められると身体が固まってしまう。地獄には、まだまだ私の知らない恐ろしい人たちがいるようです。

 それから私は、千手婆さんに握ってもらった、たくさんのおにぎりを子供たちといっしょに食べました。

初めて食べた子供たちも、みんなおいしいと言ってくれて、夢中で食べてくれました。

 子供たちの中でも、体の大きな赤鬼くんは、お兄さん的な感じで、小さな子供たちの面倒を見てくれています。

雪子ちゃんは、優しいお姉さん的な感じで、赤ちゃんの世話もしていました。

カパコちゃんは、つかまり立ちができるようになって、私を見ると、水かきが付いた足でヨチヨチ歩いてきました。それが、可愛くてたまりません。

ドクロくんは、先頭に立って、子供たちと遊んでいます。みんな、いい子たちばかりで、私は、うれしくなりました。

「なぎさ先生、あなたのことは、主人からよく聞いています。これからも子供たちのこと、頼みますよ」

「ハイ、がんばります」

「ちなみに、これは、私のペットで地獄の番犬の、ケルベロスという妖だ。これで、人には懐いているから決して、あなたを食べたりはしないから、安心しなさい」

やっぱり、人を食べたりするんだ。地獄の番犬をペットにするなんて、すごい飼い主だ。


 みんなとお弁当を食べると、私は、次の仕事に向かいました。

法の番人のところで、天獄列車の教習です。ドクロくんといったのを思い出して、ドアを開けてとてつもなく長いエスカレーターを上がりました。一人で乗っていると、とても心細い。上に着くまでが、とても不安になります。

それでも、何とか終点までつくことができました。

 相変わらず、死者たちが判決を待つ順番で、長蛇の列ができています。

その横を歩いて、番人のいるところまで行きました。

「遅くなりました」

 私が言うと、番人のお弟子さんのホタルという女の子が、巨大な鎌を私の鼻先まで突き付けて言いました。

「待ってたわよ」

 口で言うだけにしてほしい。ちょっと間違ったら、私の首が飛ぶところだ。

いきなり、背筋が凍りました。

「こっちよ」

 そう言って、私を案内してくれました。でも、その鎌は、何とかしてほしい。怖くて近寄れない。少し遅れて歩いて行くと、天獄列車が止まっていました。

「車掌、運転手見習いを連れて来たぞ」

 そう言うと、新幹線の中から、誰かが降りてきました。

「この子が、話しておいた、運転手見習いのなぎさだ。よろしく頼むわね」

「かしこまりました」

 そう言って、私を紹介すると、彼女は、仕事に戻っていきました。

「初めまして、早乙女なぎさです。よろしくお願いします」

「ハイ、よろしくね。私は、天獄列車の車掌です」

 車掌さんは、制服を着て、制帽を目深にかぶっているので、顔は、見えません。

二つの目だけが金色に光っていました。この人は、どんな妖なのだろうか?

「私は、車掌をしてるんですがね、運転手が定年で辞めてしまってね。それに、死者が減って、列車が廃線になってしまったんですよ。それからというもの、私は、一人ぼっちになってしまってすごく寂しかった。でも、あなたのような方が来てくれて、私は、すごくうれしいんです」

 そう言ってくれるのは、私もうれしいけど、顔が見えないので、表情がわからない。

「これから、私が教えますからね。大丈夫ですよ。すぐに覚えますからね」

 そう言って、私は、新幹線に乗り込みました。

初めての運転席に座ります。子供の頃に、鉄道博物館で、座ったことはあっても、本物は初めてです。

車掌さんに操縦の仕方を教わりながら、いきなりハンドルを持っての試運転となりました。

教習とか操縦方法とか、鉄道についての学科とか、そーゆーのも全部吹っ飛ばして、

操縦桿を握っての試運転なのです。緊張しない方がおかしい。

万が一にも、暴走したらどうするの?

ブレーキって、どれだっけ? そんなことを思いながらハンドルを動かしました。

 目の前の窓から見える風景は、白い雲が漂っているだけで線路も見えません。

それでも、言われる通りハンドルを握って、新幹線を動かしました。

それからというもの、こんなに真剣に何かをやったのは、生まれて初めてかもしれないというほど、大真面目に新幹線を動かしたのです。どこを走っているのかわからないけど、線路の上を走っていることはなんとなく振動とか音でわかりました。

 どれくらいやったのかわかりません。汗だくになりながら何度も繰り返しました。

「ハイ、今日は、これでいいでしょう。次は、地獄列車の方をやって見ましょう」

 新幹線だけじゃなかった。もう一つあったのを忘れてました。

それくらい、集中していたらしい。

電車を乗り換えて、今度は、地獄列車のドドロです。しかし、見れば見るほど、ボロボロで、ホントに動くのか不安です。

運転席に入っても、新幹線のように、最新式の機械ではなく、手動式のアクセルハンドルとブレーキハンドルしかありませんでした。しかも、運転席が極端に狭く、前の窓は、ひびが入っています。

「右がアクセルで、左がブレーキですよ。それじゃ、やって見ましょう。右のハンドルを動かして」

 私は、言われるままにハンドルを動かすと、ボロボロの茶色い電車が、ものすごい音を出してゆっくり動き出しました。まだ、スピードも出していないのに、振動が激しく音もうるさい。

新幹線とは全然違う。天国行きの列車と地獄行きの列車の差別がすごい。

 それでも、少しずつ運転にも慣れてきました。何しろ、どちらも一両しかないし、

駅もここと天国と地獄の一つずつしかありません。途中の駅に停車しなくていいのは、気持ち的に楽です。要するに、始発駅と終点の駅の一区間だけなのです。

「ハイ、もう、いいですよ。今日は、これくらいにしましょう。初めてにしては、よくできましたね」

「ありがとうございます」

 終わってホッとした私は、額にうっすら汗をかいていました。

私は、持ってきたバッグの中から、水筒を出して、冷たいお茶を飲みました。

そして、地獄列車を下りると、車掌さんは、言いました。

「これから、あなたと、この列車に乗れるかと思うとワクワクしますよ」

「ありがとうございます。私もがんばります」

「そうそう、なぎささんに言い忘れたことがあります」

「ハイ、何ですか?」

「私の正体なんですけどね。実は、私は、透明人間なんです」

「ハイィィ・・・!」

 私は、ビックリして腰が抜けるかと思いました。そして、まじまじと車掌さんを見てしまいました。

「お恥ずかしいんですけどね、いっしょに運転するあなたには、知っていてほしかったんです」

 そう言うと、制服のボタンを一つずつ外していったのです。

私は、ゴクリと唾を飲み込むほど、視線を集中していました。

「いかがですか?」

 そう言って、制服の前を大きく広げて見せました。確かに、そこにはなにもありませんでした。

身体も何もない、ただの空間で、見えるのは制服の裏地だけでした。

「ホントに、透明なんですね」

「ハイ、だから、制服を着ていないと、わからないんですよ」

 確かにその通りだ。透明人間は、目には見えない。だから、制服を着ていないと見えないのです。

帽子を目深にかぶっているから、顔がそこにあるのがわかるけど、被っていなければ服が動いているだけです。

 車掌さんは、ボタンを留めながら、話を続けました。

「私はね、生前はあなたの世界で電車の運転手をしていました。でもね、ある時、大事故を起こしてしまいたくさんの乗客を死なせてしまいました。もちろん、私もその時に死にました。そして、私は、地獄に落とされました」

 私は、ただ黙って車掌さんの話を聞きます。

「地獄に落ちた私は、ずっと地獄をさ迷っているだけでした。そんな時、大王様から、この列車の運転手になるように言われましてね。それが、うれしくてね。でも、残念なことに、列車は、一人では動かせません」

 車掌さんの口ぶりは、静かでとても安心する声でした。

「車掌がいないんです。電車は、運転手だけでは動かせないんです。そこで、車掌をやってくれる者を探しました。それが、夜行さんという妖怪でした。彼は、闇夜の中にだけ生きる実体のない妖怪でした。だから、透明人間の私と似ているし、馬が合うというか、気が合いましてね。それからは、二人でこの列車を動かしてました」

 夜業さんが、どんな妖怪なのか、私にはわかりません。でも、車掌さんが言うなら、きっと電車が好きな妖怪なのでしょう。どんな妖怪なのか、私も会いたくなりました。

「それからずっと二人でやってきました。ところが、地獄も天国も人手が足りなくなって、死者の数も減って、列車の本数も極端に減ってしまって、私たちの仕事も少しずつ減っていったのです」

 その辺の事情は、人間界と似てるような気がして、気の毒になりました。

「そんなときです。夜行さんは、定年で退職すると同時に、成仏してしまった。それと同時に、この列車も廃線が決まりました。それからは、ずっと私は一人で、いつかこの列車を動かす日が来ることを信じて、その時のために、整備をしてきれいにしてきました。そして、やっと、その日が来たのです」

 なんだか、しんみりする話で、私も何か胸に来るものがありました。

車掌さんの金色の二つの目が、私を射抜くように見詰めながら話を続けました。

「私は、この日が来ることをずっと夢見ていました。地獄に落ちた私のような妖が、夢なんて、おかしいですよね」

「そんなことはありません。妖だって夢を見てもいいと思いますよ」

「そう言っていただき、ありがとうございます。あなたのような方に来ていただき、私は心から嬉しく思います」

 なんか、そんな風に言われると、私の方が恐縮してしまう。

「大王様からそれを言われたとき、列車に復帰できるとホントにうれしかった。ただし、私が復帰するのは運転手ではなく車掌としてでした。生前に大事故を起こして、たくさんの人間の命を奪った私には、もう、運転する資格はありません。しかも、運転手が生きた本物の人間だというではありませんか。私は、改めて自分の罪を見詰め直すと同時、それが大王様から与えられた罰なんだと思いました」

 車掌さんは、地獄列車を愛おしそうに撫でながら言いました。

「それでもいい。もう一度、この列車に乗れることがうれしかったんです。

どんな人間が来るのか、ずっと待っていました。それが、あなただったのです。なぎささんのような人ともう一度、列車を走らせることができて、大王様に感謝しかありません。なぎささん、こんな私ですが、これからよろしくお願いいたします。この列車を復活させて、天国と地獄を走りましょう」

「ハイ、私の方こそ、よろしくお願いします」

 私は、白い手袋を嵌めた車掌さんの手を両手で握り締めました。でも、握った感触はありませんでした。

それから実際に運行するまでの間、私は、何日もここに通い続けて、車掌さんと教習を続けました。


 その後も私は、地獄で忙しい毎日を過ごしていました。

日課のパトロールの後は、託児所で子供たちのお世話をします。

呼び出しがあれば、天獄列車に乗って、死者たちを天国と地獄に連れて行きます。

また、社長のお供で、魔界や天上界など、会議や打ち合わせにも同行しました。

地獄で仕事をしながら暮らしている鬼や妖、バケモノの皆さんたちとも、すっかり仲良くなって、寮に戻っても楽しく生活できて、今は何不自由なく暮らしていました。

そんな時に、事件が起きました。

 いつものように社長室に行くと、五感王様と牛魔王様、それに奥様のレイコック様が社長室のソファで顔を突き合わせて、すごく怖くて難しい顔をして話し合いをしていました。

「あの、社長、おはようございます」

 私は、ただならぬ雰囲気とその場の空気を読んで、小さな声で挨拶しました。

「なぎさちゃん。すまんが、今日の予定は、すべてキャンセルだ」

「ハ、ハイ、わかりました。あの、何かあったんですか?」

「人間には、かかわりはない。秘書が余計な口を挟むな」

 五感王様にビシッと睨まれて、私は、口をつぐみました。

「悪いね、なぎさちゃん。今、それどころじゃなくてね。一歩間違ったら、地獄の終わりなんだよ」

 イヤ、それって、一大事じゃないですか? 地獄の終わりって、この世の終わりどころの話じゃない。

そりゃ、私のような人間ごときが口を挟める余地は、一ミリもありません。

「すみませんでした」

 私は、そう言って、社長室を出ようとすると、奥様に呼び止められました。

「なぎさ、待ちなさい。もしかしたら、この人間は、使えるかもしれないわよ」

「イヤイヤ、でも、なぎさちゃんにもしものことがあったら、大変だから、それは、やめた方がいい」

 奥様が私にそう言うと、すぐに社長が否定しました。

「イヤ、それは、いいかもしれませんよ、大王様」

「そうですよ。なぎさなら、あいつの暴走を止められるかもしれません」

 五感王様と牛魔王様が、私を見て言いました。何か、すごく嫌な予感がする。逃げなきゃダメだ。

私の心がそう叫んでいました。今は、赤信号が激しく点滅していました。

「あの、失礼します」

 私は、逃げるように社長室を出て行こうとすると、ドアが開いて、誰かが私の前に立ちふさがりました。

「おっと、逃がさないよ。なぎさちゃん」

「あなたは、専務!」

「エンマでいいよ。おい、親父、マジでやばいぞ。鬼どもが混乱してる。死者や亡者たちが、食われている。

血界が破られたら、おしまいだぞ。どうすんだよ?」

 私を逃がさないように、腕を掴んだまま専務が言いました。

「う~ン・・・もはや、残された我らの道は、なぎさちゃんしかないようだな」

 社長は、そう言うと、静かに立ち上がると、私の前に進み出て、こんな恐ろしいことを言いました。

ただの人間の、何の力もない人間の私にできることなどあるわけがない。

でも、その場にいた人たちは、みんな揃って私を見ていました。

「なぎさちゃん、ちょっと、こっちに来て座って話を聞いて」

 私は、五感王様と牛魔王様の間に無理やり座らされました。目の前には、社長と奥様がいます。その目力に圧倒された私は、小さくなるしかありません。

「なぎさちゃん、わしらの話を聞いてくれ」

 そう言うと、社長は、重たい口を開きました。

今から何万年前、何十万年前の、地獄の歴史を話して聞かせてくれました。

 ずっと以前の大昔の話です。死者の世界は、一つでした。それを、神と社長である閻魔大王様が、天国と地獄を作った。死者は、どちらか二つの世界に行くことが決められた。

こうして、死後の世界は、二つに分かれることになった。しかし、それを良しとしない、大魔王ダンテが攻めてきた。

死後の世界を一つにまとめるべく、反旗を翻した。その時、魔王ゼノンに悪魔界を認めることを前提に、三人で力を合わせて、大魔王ダンテを封じ込めることに成功して、今日がある。

 しかし、封じ込めたはずのダンテが再び目覚めたのである。そして、地獄に攻め込んできたのだ。

だからと言って、人間である私に何ができるというんだ? できるはずがない。

「それで、私に何をしろというんですか? 私は、ただの人間ですよ。秘書の私に何ができるんですか?」

「説得だよ」

「説得?」

「そうだよ。ダンテをキミが説得するんだ」

 開いた口が塞がらないとは、この事です。この私が、大魔王を説得なんて、どうやってやれというの?

「キミならできる」

「イヤイヤ、出来ませんよ」

 社長の言葉に、即座に否定しました。

「なぎさ、お前、生きて人間界に戻りたくないのか? 親に会いたくないのか?」

「それは、会いたいわよ。いつかは、人間界に戻りたいわ」

「だったら、力を貸せ」

 私の後ろから肩をがっしり掴んで専務が言いました。

「それとも、地獄がどうなってもいいというのか? お前が可愛がっていた、子供たちがどうなってもいいというのか?」

「それは・・・」

「お前を慕っている、鬼や妖たちが、どうなってもいいのか? あいつらを見捨てるのか?」

「そんなこと・・・ 出来るわけがないでしょ」

「だったら、俺たちを助けろ。これは、お前自身のことでもあるんだぞ」

 専務に言われて、私は、激しく動揺しました。

「わしからも頼む。どうか、地獄を助けてくれ。もし、これがうまくいったら、なぎさちゃんを人間界に戻してあげよう」

「ホントですか?」

「エンマは、ウソは付かない。舌を抜かれるからな」

 そう言って、社長は、真面目な顔をして言いました。

私だって、やっぱり、人間界のがいい。親や友達にも会いたい。人間の世界で、普通に就職したい。それは、まぎれもない本音でした。いつかは、戻れることを信じていたのも事実です。私の心が、激しく動揺しました。どうしたらいいか? 

元の世界に戻るには、大魔王を私が説得するしかない。

でも、神様と大王様が二人係で封印したほどの強い力を持った人を、この私が説得するなんてできるだろうか?

しかし、戻るには、やるしかない。ダメで元々。どうせ、今は、地獄にいる身です。

死んだところで、地獄は地獄。そう思いました。

「これは、お守りだ。生きて地獄に戻ってくるように、お前にやる」

 専務は、そう言うと、赤いペンダントをクビにかけてくれました。

「ありがとうございます。専務」

「だから、エンマでいいって」

「わかりました。やってみます」

 私は、考えるより先に、そう言っていました。

 

 

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