第8話 地獄でベビーシッター。

しばらく二人で歩いていると、今度は、血の池地獄の河童さんから、呼び止められました。

「ちょっと、ちょっと、なぎさちゃん」

 真っ赤な血の海から、血まみれの河童さんが顔を出しました。いつ見ても怖すぎる。

血だらけの河童さんは、血の池から上がってくると、体を震わせて、血飛沫を飛ばします。緑色の本来の体に戻った河童さんは、私の方にやってきて言いました。

「なぎさちゃんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

「ハイ、何ですか?」

「おいらが仕事中だけでいいから、うちの子を見てやってくれないかな?」

「ハイ?」

「お~い、出てこ~い」

 河童さんは、そう言うと、血の池地獄の中から、もう一人の河童が現れました。

同じように、池から上がってくると、血飛沫を飛ばします。

「初めまして、妻です」

「えぇえぇ~!」

「ちょっと照れるけど、おいらの女房なんだ。こちら、この前、話した、秘書のなぎさちゃん」

「初めまして。秘書の早乙女なぎさです」

 私は、慌てて河童の奥さんに挨拶をしました。

見ると、姿形は河童さんと同じです。でも、よく見ると、胸がいくらか膨らんでいました。

てことは、やっぱり、この河童さんは、女の河童なんだ。私は、感心していると、あることに気が付きました。背中の甲羅に、なにかを背負っていました。

「この子なんだけど、あたしたちが仕事をしているときだけでいいので、子守をしてくれると助かるんだけどね」

 よく見たら、それは、赤ちゃんをおぶっていたのです。

おんぶ紐で背負わされた赤ちゃん河童は、スヤスヤと眠っています。

「可愛いですね」

「そうだろ。おいらに似てるって言うんだよ」

 そう言って、河童さんは、照れています。やっぱり、父親なんだなと思います。

「アレ、そこにいるの、赤鬼の倅じゃないか。どうしたの?」

 赤鬼くんに気が付いた、河童さんが言いました。私は、事の次第を話すと、笑いながら言いました。

「それなら、ちょうどいい。ウチの子も頼むよ」

 そう言うと、母親の河童さんは、おんぶ紐をほどいて、私に赤ちゃん河童を抱かせました。

赤ちゃんを抱っこするなんて、初めてのことなので緊張しながら抱き上げます。

河童とはいえ、小さな可愛い赤ちゃんです。思わず頬が緩みました。

「可愛いですね。男の子ですか、女の子ですか?」

「女の子なのよ」

「お名前は?」

「名前?」

 河童の夫婦は、顔を見合わせて、首を傾げました。

まさか、名前がないのだろうか?

すると、そばにいた赤鬼くんが言いました。

「ぼくたちみたいな地獄の住人には、お姉ちゃんみたいな名前はないんだよ」

「ないの?」

「うん。鬼は鬼。河童は河童なんだよ」

 そう言われると、理屈はわかるけど、名前がないと呼びずらい。

「そうだ。この子に、いい名前を付けてくれないか?」

「私がですか?」

「なぎさちゃんみたいに、いい名前を付けてくれよ」

「でも、それは、親がつけるべきで、私のような人間がつけるものでは・・・」

「おいらたちは、名前なんて言われても、まったく思いつかないから、名前があるなぎさちゃんが付けてほしいんだ」

「そう言われても・・・」

 いくらなんでも、河童の名付け親なんて、初めてだし、なにも思いつきません。

「お姉ちゃん、つけてやりなよ」

 赤鬼くんに言われて、私は、胸に抱かれて眠っている赤ちゃん河童を見て、考えました。

河童だから、人間的な名前は似合わないし、外人みたいな名前もピンとこない。

私は、赤ちゃん河童を見ながら考えていると、ある名前を閃きました。

「女の子だから、カパコちゃんていうのは、どうかしら?」

「カパコねぇ・・・」

「あたしは、いいと思いますよ。可愛い名前じゃないですか」

「それもそうだ。人間のなぎさちゃんが付けてくれた名前だから、それで行こう。お前は、今日からカパコだぞ」

 そう言って、河童夫婦は、私の胸に抱かれて眠っている赤ちゃんに、優しく語りかけました。

「あの、ホントにいいんですか?」

「いいよ。可愛い名前だ。最高じゃないか」

 そう言って、河童夫婦は、喜びました。喜んでもらえて、私もうれしくなりました。

「それじゃ、カパコをよろしくお願いね」

「ハイ、お預かりします」

「仕事が終わったら、迎えに行くからね」

 私は、背中に背負っている風呂敷を下ろして、カパコちゃんをおんぶしました。

パンツが入っている風呂敷は、肩から担ぎます。

そして、河童のお母さんからもらった、おむつとミルクが入った袋を手に持って、パトロールを再開しました。

「なんだか、荷物になって悪いね」

「大丈夫です」

 そう言ったものの、早く青鬼さんにパンツを渡さないと、疲れるなぁと思いました。すると、赤鬼くんが言いました。

「お姉ちゃん、荷物を持ってやるよ」

「大丈夫よ」

「いいから、貸せよ。ぼくが持ってやるから」

 そう言って、私の荷物と河童さんの袋を持ってくれました。

私のバッグの中には、お昼のお弁当などが入っています。昨日は、お昼を食べ損ねたので、千手婆さんにお昼のお弁当を作ってもらっていました。

 こうして、私たちは、再び歩き出しました。


 やっとのことで、灼熱地獄にたどり着くと、青鬼さんが待っていました。

「なぎさちゃん、待ってたよ」

「青鬼さん、パンツを持ってきました」

「ありがとう。早速、履いてみるから」

 そう言って、風呂敷を抱えて岩陰に隠れて履き替えます。

「なぎさちゃん、これ、ちょうどいいよ。ありがとうな。これで仕事に集中できるよ。このことは、大王様にもちゃんと言っておくからな」

「ハイ、ありがとうございます」

 とにかく、荷物が減ったのが、ホッとしました。

「おい、そこにいるのは、赤鬼のところの子供じゃないか。どうしたんだ?」

「ちょっと、預かっているんです。それと、この子も」

 そう言って、背中の河童の赤ちゃんを見せました。

「なぎさちゃんは、子守もするのか。秘書は、大変だな」

 青鬼さんに感心されてもどんな顔をしたらいいのか困る。

「とにかく、がんばれ」

「ハイ、ありがとうございます」

 青鬼さんと別れて、私たちは、次のところに向かいます。

そろそろ寒くなってきました。雪女の国に近づいたのです。吹雪が強くなってきたので、私は、カバンの中から、ジャンパーを出しました。

「赤鬼くん、寒くない?」

「ぼくは、鬼だから、平気だよ」

 赤鬼くんは、こんなに寒いのに、元気一杯です。

私は、背中のカパコちゃんが心配なので、ジャンパーで寒さを防ぎます。

まだ、赤ちゃんなので、いくら河童とはいえ、風邪でもひいたら大変です。

 すると、一陣の吹雪が私たちの方にやってきました。私は、赤鬼くんを抱きしめます。

「なぎさ、パトロールかい。ご苦労だな」

 そこにいたのは、雪女の女王の雪姫様でした。

「雪姫様」

「なぎさ、お前、私が言ったことを忘れてないか?」

「ハイ、忘れてませんよ」

「それならいい。雪子、隠れてないで、出てきなさい」

 雪姫様が言うと、陰から小さな可愛い女の子が顔を出しました。

「雪子、ちゃんと挨拶しなさい」

 その子は、小さな雪女でした。背丈は、赤鬼くんと同じくらいです。

見れば、雪姫様と同じで、白い着物で白い髪、透き通るくらいの白い肌、とても可愛い女の子です。

「あたしは、雪子。よろしく」

「初めまして、私は、早乙女なぎさと言います。よろしくね」

 と、笑顔で挨拶すると、私の後ろから、赤鬼くんが顔を出しました。

「なんだ、雪子かよ」

「アンタ、赤鬼。なんで、ここにいるのよ?」

 私は、ビックリして、二人を見ます。

「そこにいるのは、赤鬼の息子ですね。それに、そこにいるのは、河童の赤ん坊ですね」

 雪姫様は、すべてを見通していました。私は、事情を話すと、雪姫様は、納得するような顔で言いました。

「それは、なぎさのことを信用しているからだ。お前は、この地獄で、認められたということだから、安心するがいい」

「そうなんですか・・・」

「だから、わらわも安心して、雪子を任せることができるんだ。自信を持て」

 雪姫様は、優しく微笑んでそう言いました。

「それじゃ、雪子のこと頼んだぞ。雪子、なぎさを困らせるようなことをしたら、おしおきだからな」

「わかってるわよ」

 そんな雪子ちゃんが、可愛く見えました。

「ところで、キミたちって、知り合いなの?」

 雪女の国を通り過ぎてから、二人に聞きました。

「ずっと子供のころからの知り合いだよ」

「幼馴染みというか、腐れ縁というか、そんな感じよ」

 赤鬼と雪女の子供同士が友だちとか、地獄の常識は、まったく理解できない。

それでも、仲良し同士がいっしょなら、私も安心だ。

背中にカパコちゃん、左に赤鬼くん、右に雪子ちゃんと手を繋いで、パトロールを続けます。

 最後は、見てるのが一番つらい、餓鬼地獄にやってきました。

でも、ここを過ぎれば、パトロールは終わりです。


 そんなときでした。背中のカパコちゃんが泣きだしました。

「カパァ~、カパァ~」

「アラアラ、起きちゃったのね」

「カパァ~、カパァ~」

「よしよし。泣かないで」

 私は、背中のカパコちゃんをあやすように背中を揺らしました。

それでも、カパコちゃんは泣き止みません。

「カパァ~、カパァ~」

「ああぁ・・・ もう、どうしよう・・・」

 さらに泣き出すカパコちゃんをあやしますが、まったく泣き止みません。

泣きたいのは、私の方よ。赤ちゃんなんて、扱ったことがないし、どうしたらいいかわかりません。

しかも、よりによって、餓鬼地獄でなんて、場所が最悪過ぎる。

 そんな時、雪子ちゃんが言いました。

「ちょっと、なぎさ、しっかりしなさい。オムツじゃないの、それかお腹が空いてるんじゃない」

「あっ、そうか。カパコちゃん、待っててね」

 私は、おむつを変えようと思いました。でも、どこで変えたらいいのかわかりません。ここには、おむつ替えの台も部屋もありません。お手洗いもないし、どうしようと思っていると、赤鬼くんが言いました。

「ほら、ここで変えてやりなよ」

 言われてみると、そこには、平らな岩がありました。

「ありがとう、赤鬼くん」

 すぐそばでは、子供たちが鬼たちにいじめられているけど、もう、そんなの目に入りません。

私は、おんぶ紐をほどいて、カパコちゃんを岩の上に優しく降ろしました。

「カパァ~、カパァ~」

「ハイハイ、今、おむつを替えてあげるからね」

 私は、言葉をかけながら、カバンの中からおむつを取り出しました。

まずは、おむつを脱がしてあげました。すると、おむつは、ぐっしょり濡れていました。

「やっぱり、オシッコしてたのね。それに、ウンチもしてるわ。今、拭いてあげるからね」

 私は、お尻拭きでカパコちゃんのお尻を優しく拭ってあげました。

そして、新しいおむつをあてがいます。でも、どうやって着せたらいいのかわかりません。

「えーと、どうやるんだっけ・・・」

 私は、おむつを片手にどうやるのか考えていると、雪子ちゃんが言いました。

「貸しなさいよ。こうやるのよ」

 雪子ちゃんが、おむつをカパコちゃんに着せてくれました。

「雪子ちゃん、上手ね」

「これくらい、誰でもできるわよ」

 ごめんなさい。私は、出来ませんでした。人間の大人なのに、情けないったら、

ありゃしない・・・

それにしても、河童のオシッコもウンチも、緑色なんだ。何を食べたら、こんな色になるんだろう。

そんなことを思っていると、赤鬼くんが、すっかり泣き止んだカパコちゃんにミルクを飲ませていました。

「赤鬼くん・・・」

「腹が減ってたんだよ。ミルクを飲ませてやらなきゃ、ダメじゃん」

 赤鬼くんにまで、バカにされて、面目ありません。

赤鬼くんは、膝にカパコちゃんを抱いて、ミルクの入った哺乳瓶を飲ませていました。

よく見たら、哺乳瓶の中身も緑色してます。河童は、ミルクも緑なんだ。

そんなところで感心している私を雪子ちゃんは、呆れていました。

 カパコちゃんは、小さな水かきが付いた手で哺乳瓶を握りしめて、黄色いクチバシでミルクをゴクゴク飲んでいます。

こうして見ると、赤ちゃんは、人間も河童も可愛い。それに、子供なのに自分より下の赤ちゃんの世話をしている二人を見ると、頼もしくて、私よりずっと大人に見えました。

 おむつもサッパリして、お腹も膨れたカパコちゃんは、ご機嫌になったのか、赤鬼くんや雪子ちゃんを見て笑っていました。私も遅れるわけにはいきません。

「カパコちゃん、私は、なぎさよ。よろしくね。早く、大きくなろうね」

「カパァ~、カパァ~」

 カパコちゃんは、笑ってくれました。

「カパコちゃん、ありがとね」

 私は、もう一度、カパコちゃんをおんぶしようとしたところで、私のお腹が盛大に鳴りました。

地獄時計を見ると、すでにお昼を過ぎていました。どおりで、お腹が空くわけだ。

 とはいえ、どこでお弁当を食べるか? 一度、秘書室に戻るしかないけど、それでは、時間がない。

どうしようか迷って、出した答えは、ここで食べようということでした。

餓鬼地獄とか言ってる場合じゃない。この子たちも休憩したいだろうし、ちょうどいいと思ったのです。

「みんな、お腹空いたでしょ」

「別に」

「あたしも」

 なんだかつれない返事の二人です。でも、まぁいいや。私は、カバンの中からお弁当を出しました。

「それなに?」

「お弁当よ」

「お弁当?」

「人間の食べ物よ。今日は、おむすびです」

「おむすびって、なんだ?」

 赤鬼くんも雪子ちゃんも、人間の食べ物を見るのは、初めてなのです。

「とってもおいしいのよ」

 私は、そう言って、一つ手にすると、パクっと食べて見せました。

「あっ、おいしい」

 実際、とてもおいしいおむすびでした。二人は、私が食べているのを不思議そうに見ています。

「食べる? とってもおいしいわよ」

 私は、一つのおむすびを二つに割って、二人に差し出しました。

赤鬼くんと雪子ちゃんは、それを手にしても、じっと見つめたまま、口にしようとはしません。

私は、グルメレポーターのように、大袈裟に食リポするように、食べて見せました。

 すると、二人は顔を見合わせると、手にしたおむすびを少しだけ口にしました。

「んっ!」

「あら?」

 そして、二人は、顔を見合わせて、声を合わせて言いました。

「おいしい!」

 その途端、二人は、ガブっと大きな口を開けて、おむすびを頬張ったのです。

その後は、もう、夢中でおむすびにかぶりつきました。

「お姉ちゃん、これ、おいしい」

「こんなの食べたことないわ」

「そうよ。おむすびっていう、おいしい食べ物よ」

 私は、人間の食べ物をおいしいと言ってくれたことにうれしくなって、頬も緩みっ放しです。カパコちゃんは、私たちを見て、おもしろそうに笑っていました。

「もっと、食べる?」

「うん」

「あたしも」

 おむすびは、三つあるので、もう一つを半分ずつにして、二人に分けてあげました。二人は、それを手にすると、あっという間に食べてしまいました。

おいしそうに食べる二人を見ると、私もうれしくなりました。

 でも、そこで、ちょっと不安が頭をよぎりました。

果たして、二人に人間の食べ物を与えていいのかしら?

二人は、れっきとした鬼と雪女です。もし、お腹を壊したり、具合が悪くなったらどうしよう・・・

当然、親の耳にも入るはずです。親に怒られたりしないだろうか?

二人の親は、恐ろしい赤鬼と雪女です。怒って八つ裂きにされたり、氷漬けにされたらと思うと背筋が凍ります。

「おむすび、ホントにおいしかった?」

「うん、おいしかった」

 そう言って、二人は、指に着いたご飯粒を舐めています。二人の喜んでいる顔を見ると、ホッとする反面、親がどう思うか想像すると、後悔先に立たずという言葉が頭をよぎりました。

「もうないのか?」

 雪子ちゃんに言われて、空になったお弁当箱を見せながら言いました。

「ごめんね。もうなくなっちゃった」

「なんだ、もっと食べたかったなぁ」

「ぼくも」

「それじゃ、今度は、キミたちの分も作ってもらうから、また、いっしょに食べようか」

「うん。お姉ちゃん、ありがとう」

「なぎさ、楽しみにしてるわよ」

 二人とそんな約束をしました。でも、ホントに約束してよかったのだろうか?

「カパァ~」

 カパコちゃんがぐずり出したので、私は、抱き上げてあやします。

「よしよし、カパコちゃん、いい子ねぇ」

「カパァ~、カパァ~」

 カパコちゃんが笑いだしたので、ホッとしました。河童でも笑うと可愛い。

私は、カパコちゃんをおんぶして、秘書室に戻ることにして、二人と手を繋いで、先を急ぎました。


 いつもの出口に着きました。今にも枯れそうな大木が見えてきます。

「もう、見回りは終わりよ」

 私は、そう言って、大木に近づくと、そこに誰かがいました。

「遅いよ。いつまで、パトロールしてるんだよ」

 そこにいたのは、小さなガイコツでした。私は、ビックリしていると、そのガイコツが骨をカタカタさせながら近づいてきました。

「えっと、あなたは?」

「俺は、ドクロ坊主。ガイコツ魔人の子供だよ」

「ガ、ガイコツ魔人・・・?」

 私が驚いて目をパチクリさせていると、赤鬼くんと雪子ちゃんが言いました。

「あれ、ドクロくんじゃん」

「赤鬼くん!、それに、雪子ちゃんも。なんで、なぎさちゃんといるの?」

「えっ、もしかして、キミたち、知り合い?」

「うん、遊び友達だよ」

「そうよ、いつも、いっしょに遊んでるのよ」

 子供同士は、どこかで繋がっているらしい。確かに、友だちと言われれば納得がいく。

それにしても、ガイコツと赤鬼と雪女の子供が友だちとは、交際範囲が私より広い。

「なぎさちゃん、その背中にいるのって・・・」

「そうよ。河童の赤ちゃんで、カパコちゃんていうのよ。私が名前を付けたの」

「フゥ~ン、なぎさちゃんて、すごいね」

「そうかしら?」

「だって、河童の子供って、500年振りに生まれたんだよ。その子供を人間のなぎさちゃんに預けるなんて、責任重大だよ。

なぎさちゃんて、すごいね」

 ちょっと待って。500年ぶりに生まれたって、カパコちゃんのことなの?

そんな話は、河童の夫婦からは聞いてないし、事実だとすると、ホントに責任重大です。

「ねぇ、赤鬼くんも雪子ちゃんも、このこと知ってたの?」

「うん」

「有名な話よ」

「なんで、そんな大事なことを教えてくれないのよ」

「だって、聞かなかったじゃん」

 それはそうだけど、そんな大事な赤ちゃんなら、とてもじゃないけど、子守なんてできない。

私には、荷が重すぎるし、もしものことがあったら、命がいくつあっても足りないし、河童の夫婦だけでなく、地獄のみんなに会わす顔がない。途端に怖くなってきました。

「でも、この子、すごく喜んでるから大丈夫だよ。きっと、なぎさちゃんのこと、気にいったんだよ」

 ドクロ坊主くんが歯をカタカタさせながら言いました。

「そうなの?」

「だって、笑ってるもん。よかったね、なぎさちゃん」

 そんなこと言われても、私には、よくわからない。

その前に、ドクロ坊主って・・・

「あのさ、ちょっと聞くけど、キミのお父さん、ガイコツ魔人て言ったよね」

「そうだよ。営業部の死神たちの偉い人だよ」

 やっぱり・・・ 社長に聞いた記憶がある。そんな人の子供がドクロ坊主って、かなり説得力がある。

「ところで、キミは、どうしてここにいるの?」

 私は、当然の疑問を口にしました。

「そうそう、大事なことを忘れてたよ。この後、なぎさちゃんは、法の番人のところに行くんでしょ」

「そうよ」

「大王様に言われて、なぎさちゃんを番人のところまで、案内するように言われて待ってたんだよ。なのに、いつまでたっても戻ってこないしさ」

「ごめんなさい。この子たちと、そこでお弁当を食べてたのよ」

 私は、素直に謝りました。

「今度は、俺も混ぜてほしいなぁ」

「そうね。それじゃ、今度、いっしょに食べましょうか」

 私は、小さな男の子のドクロくんも交えて、地獄の出口を通りました。

「えっと、赤鬼くんと雪子ちゃんは、この後どうする? お姉ちゃんは、これから、法の番人のところに行くんだけど」

「いっしょに行くよ」

「あたしも。だって、なぎさ一人じゃ心配だもん」

 こんな小さい子に心配されるなんて、大人として情けないけど、今の私には、心強い味方です。

「それじゃ、みんなで行こうか」

 ドクロくんは、そう言うと、先に立って通路を歩き始めました。

法の番人がどこにいるのか知らない私は、ドクロくんの後について歩くしかありません。

「もしかして、赤鬼くんと雪子ちゃんは、番人のいるとこって知ってるの?」

「知ってるよ」

「あたしも知ってる。行ったことないけどね」

 思えば、地獄という世界は、私よりもこの子たちのが先輩なので、私よりいろいろ知ってて当然です。

この子たちの親は、私を信用して大事な子供たちを預けてくれるけど、実は、私の方がこの子たちに教わることが絶対に多いと思う。この子たちは、私にとっては、小さな可愛い先生です。

 通路をしばらく歩いていると、ドクロくんがいろいろ教えてくれました。

「ここが事務所だよ」

「そこは、行ったことあるわ」

「その隣が、営業部の部屋だよ」

 なるほど、覚えておこう。

「その前の部屋は、拷問部屋だから、なぎさちゃんは見ない方がいいよ」

「ご、ご、拷問部屋?」

 思わず声が裏返りました。

「違反をしたり、謀反をしたら、ここで大王様にお仕置きされるんだよ」

 恐ろしい。絶対に見ないようにしよう。

「その隣は、倉庫だよ。向かいの部屋が釜茹で用の熱湯を沸かしている部屋」

 給湯室とは、次元が違う部屋なので、ここも入らないようにしよう。

「あのさ、洗面所とか、トイレとか、食堂とかはないの?」

「ないよ。だって、地獄にいるぼくたちは、使わないもん」

 そうなんだ・・・ トイレとか行かないんだ。

お昼ご飯とか、どこで食べるんだろう?

でも、私は、人間だから、トイレも行くしお昼ご飯も食べる。

「なぎさ、それは、秘書室から寮に繋がってるでしょ。もう、忘れたの」

 雪子ちゃんに言われて、気が付きました。秘書室から寮の洗面所は直通だった。

行きたくなっても、すぐに行ける。そんなことも、忘れていたなんて、

私はダメだな・・・

 こうして、通路を案内されながら歩くと、ドクロくんの足が止まりました。

「ここだよ。ここから入るんだよ」

 そう言って、ドアを開けました。すると、そこには、ものすごく長いエスカレーターがありました。

「もしかして、これに乗るの?」

「そうだよ。一番上に番人がいるから」

 そうは言っても、一番上が見えません。果てしなく長いエスカレーターなのです。

どこまで上がるんだろう? むしろ、エレベーターを使った方がいいんじゃないかしら。

そんなことを思っていると、ドクロくんは、当たり前のように流れてくるエスカレーターに乗りました。

「お姉ちゃんも乗るんだよ」

 赤鬼くんにお尻を押されて、私もそれに乗りました。私は、手すりにしっかり捕まって上を向きます。

「ドクロくん、何階くらいまで登るの?」

「えっと・・・ 何階だっけ?」

「5000階だよ。ドクロくん、忘れちゃダメじゃん」

 赤鬼くんに注意されて、ドクロくんは、骨の手で頭蓋骨をかきます。

「ねぇ、ドクロくん。5000階なら、エレベーターのが早いんじゃないの?」

「エレベーターとは、方向が違うし、番人のいるところには、止まらないから、これで行くしかないんだよ」

 地獄は、かなり複雑みたいです。もしも、迷子になったら、二度と帰れないかもしれない。私は、赤鬼くんと雪子ちゃんの手を握りしめながら、背中のカパコちゃんを見ました。絶対、みんなのとここに戻ってくる。

私は、そう思いながらエスカレーターを昇り続けました。

 

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