第6話 地獄と悪魔と神様と。

「ちゃんと付いてきてよ。離れたら、食われちゃうからね」

 社長は、そういうので、失礼だと思いながらも、社長の袖をしっかり握りしめながら、震える足を励ましながら歩きました。

 そんな私の目に映る光景は、世にも恐ろしい世界でした。

見たことがない巨大な木や草、花が咲いています。それが、生きているように、うようよ動いています。

さらに、見たことがない生き物があちこちにいました。サルでもない、リスでもない、犬でも猫でもない奇妙な生き物ばかりでした。まるで、未開のジャングルのような密林をかき分けて歩く社長について行くだけです。

確かに、こんなところで迷子になったら、確実に命はありません。

 やっとの思いでジャングルから抜け出たと思ったら、今度は、目の前に大きな湖が広がってその上を見たこともない生き物が飛んでいました。鳥でもない、飛行機でもありません。

それは、空飛ぶ恐竜か怪獣のようでした。湖のそばでは、怪獣のような不気味な巨大な生き物が私たちの方を見ています。私は、余りのことに足が震えて社長にしがみ付きました。

「しゃ、しゃ、社長・・・」

「なぎさちゃん、しっかりして。わしがいるから、大丈夫だって」

「アレは、怪獣ですか?」

「違うよ、妖獣だよ」

「ヨウジュウ・・・」

「妖の獣で、想像上の生き物で、魔界の住人たちだよ」

 そこに、湖の中から、頭が二つある首長竜が顔を出しました。

「しゃ、社長・・・」

 もう、オシッコちびりそうでした。遊園地のお化け屋敷や怪獣ランドとか恐竜博とは、次元が違います。

ここにいる巨大な妖獣たちは、確かに生きているのです。

 そんな二つ頭の首長竜の頭に、誰かが乗っていました。

そして、妖獣がゆっくり湖から上がってくると、私たちに近づいてきました。

大きな口を開けて鋭い牙が見えます。こんなのに噛まれたら私なんて、体が二つに千切れるどころかバラバラにされてしまいます。それが、ゆっくりとこっちにやってきたのです。

「社長!」

 私は、社長にしがみ付いて震えることしかできません。

「大丈夫だよ」

 社長は、私を優しく抱きしめると背中をさすってくれました。

そこに、妖獣の頭に乗っている人が飛び降りて私たちの前に歩いてきました。

「やぁ、大王、待ち兼ねたぞ」

「わしを呼びつけるとは、お前も偉くなったな」

「そうじゃない。こっちも忙しくて、地獄に行く暇がないんだ」

 社長の話を聞いて、ゆっくり目を開けると、そこには卒倒しそうな恐ろしい顔をした人と、ものすごく美しい女性がいました。

一人は、上半身が緑色で顔に蝙蝠のような模様がついて、頭の横に羽のようなものが生えていました。

目は鋭く吊り上がり、耳まで裂けた口から牙が覗いています。下半身は黒い毛で覆われて、細くて黒い尻尾が見えます。

まさに、絵に描いたような悪魔の姿をしていました。

 もう一人は、超絶美人で、ピンクのドレスを着て、金色の長い髪が腰まで長く、パッチリした目に真っ赤な唇が印象的です。なのに、手には、大きなカマを持って、薄い水色の肌が、異様に映りました。

「とにかく、ここでは、話にならないから、こちらにどうぞ」

 その女性に促されるように、私たちは、ついて行きました。

「ご苦労。お前は、もう帰っていいわよ」

 女性は、そう言うと、二つ頭の妖獣は、静かに湖の中に消えて行きました。

あんな巨大な妖獣は、もしかして、この女性のペットか何かなのだろうか?

それにしても、犬とか猫とはレベルが違う。やっぱりこの人たちは悪魔なんだ。

 歩いているときも、不気味な妖獣たちが、私たちを異様な目で見ています。

「おい、アレは、人間の女じゃないか?」

「うまそうだな」

「食っちゃおうぜ」

「目玉をくりぬいて、はらわたは、俺にくれよ」

 聞こえてくるのは、世にも恐ろしい言葉ばかりです。

「社長、ホントに大丈夫なんですか?」

「安心しなさい。わしが付いてる」

 私は、社長を信じるしかありません。私たちは、しばらく歩くと広場に出ました。

そして、真っ白なテーブルに椅子があるところに案内されました。まるで、オープンカフェのようなところです。

私たちは、そんな悪魔たち二人と向かい合うように座りました。 

「ルル、大王に茶を持て」

 女性が言うと、どこからともなく、羽の生えた可愛い女の子が数人飛んできて、私たちの前にコップを置きました。

なんだろう、この生物は? やっぱり、妖獣なのだろうか? 

でも、私には、妖精のように見えました。

「気にしなくてもいい。ルルは、ここでは、わらわたちのエサだから」

 そう言うと、その美しい女性の口が、二つに裂けると、羽が生えた女の子を一口で食べてしまいました。

「ヒイィィ・・・」

 私は、社長に抱き付いて軽く悲鳴を上げました。

「おい、シレーネ、脅かすんじゃない」

「つい、エサが目の前にあると、食べてしまうんだ」

 イヤイヤ、それはないでしょ。せっかく、お茶を持ってきたのに、

食べるなんて・・・

「ところで、そこにいるのは、誰なんです?」

 悪魔が言うと、社長が私を前に引き出して言いました。

「今度、採用した、秘書のなぎさちゃんじゃよ」

「すると、人間を秘書にしたという噂は、ホントだったのか」

「そういうことだ。どうだ、可愛いだろ。食ったりしたら、許さんからな」

 社長は、冗談には聞こえないことを言うと、私以外の三人は、大笑いしました。

「あの、初めまして、この度、社長の秘書に採用された、早乙女なぎさと申します。よろしくお願いします」

 私は、ちゃんと立って挨拶しました。

「人間にしては、ちゃんとしてるじゃない。わらわは、魔界の女王シレーネだ」

「俺は、魔界王のゼノン。よろしく頼むよ」

「ハ、ハイ、こちらこそ」

 緊張と恐怖でがちがちの私は、かろうじて返事をしました。

「それじゃ、この前の話の続きだけど、アレから少しは進んでいるのか?」

「それがな、余り進んでなくて、こっちも困っているんだ」

「それは、困る。魔界も人手不足で大変なんだ」

「そうは言うが、地獄だって、人手不足は同じだ」

「だから、そこを何とかしてくれと言ったはずだぞ」

「わかってる。わかってるけど、こっちも大変なんだ」

「それじゃ、話が一向に前に進まんじゃないか」

 悪魔王と閻魔大王が、普通に会話をしている。どこかの中小企業の社長同士みたいだ。恐怖の大王二人が、ものすごく平凡なレベルの低い話に、私は、

目が点になりました。

「まぁまぁ、二人とも、少し落ち着いて、茶でも飲みながら話したらどうなのよ」

 女王の提案に、二人は、コップを持って、一口飲んだ。

私もコップに手を伸ばそうとして見たら、そこには、やっぱり真っ赤な液体が入っていました。

これって、なんかの生き血に違いない。私は、伸ばした手を引っ込めました。

 その隣のお皿には、緑色のパンのようなものがありました。

見ると、何か黒いものが入っています。どう見てもレーズンではない。

社長と悪魔王は、当たり前のようにそれにかぶりついて、おいしそうに食べていました。

「どうした、人間。食わんのか、うまいぞ」

 女王に勧められても、とても口にはできません。

「よせよせ、人間には、こんなもんは、食えないぞ」

「う~ン、相変わらず、人間のエサの好みは、わからんもんだ」

 そう言って、女王もコップに入った液体をゴクゴクと飲み干します。

なんで、地獄の鬼とか悪魔とか、生き血が好きなんだろう? 

吸血鬼じゃないんだから・・・

「なぁ、大王。営業がもっと死んだ人間の魂を持ってくるように言ったらどうだ?」

「魂だけじゃ、足りないだろう。第一、営業部だって、毎日、忙しくしているんだ」

「だったら、法の番人を何とかしろ。あいつは、仕事が遅い」

「確かにな」

「番人を増やしたらどうだ?」

「しかし、それは、そんな簡単に行く話じゃない」

「それじゃ、どうすんだ? 番人が一人じゃ足らないと言ってるんだ。もう一人か、二人増やせ」

「そんな簡単に言うな」

 少しずつ、話が熱を帯びてきた。でも、話の内容が、私には、さっぱりわからない。メモを取ろうにも取りようがない。このままでは秘書として役に立てない。

かといって、話に加わることもできない。

「とにかく、番人を増やすという話は、一応、保留ということにして、なるべく早く対処する」

「頼むぞ、大王。お前だけが頼りなんだからな。地獄も大変だろうが、魔界も大変なんだ」

「お互い様だから、そこは、わしにもわかってる。もう少し待ってくれ」

 ということで、一応、話し合いというか、ランチタイムは、これで終わってホッとしました。

「あの、社長、そろそろ次に行かないと・・・」

 私が恐る恐る尋ねると、難しい顔をしていた社長も、やっといつもの顔に戻りました。

こうして、何とか無事に魔界との話し合いも終わり、私たちは、来た時と同じエレベーターに乗り込みました。

私は、エレベーターに乗って、やっと一息つきました。こんな恐ろしいところは、二度と着たくありません。

生きた心地がしないというのは、この事です。なんとか、生きて戻れることに、ホッとしました。

 しかし、まだ、次があります。


「社長、次は、天上界ですけど」

「そうだね。次は、サクッと片付けよう」

 そう言って、エレベーターに乗ると、マイクに話しかけました。

「天上階まで頼む」

 そう言うと、エレベーターは、上昇しました。

「あの、天上階までは、どのくらいで着くんですか?」

「すぐに着くよ」

 確か天上階までは、地上一万階です。何分、イヤ、何時間かかるのやら・・・

そう思ったのも束の間、あっという間に天上界に着きました。

いったい、このエレベーターは、どのくらいの速さで進んでいるのだろう?

そして、エレベーターのドアが開きました。

社長は、当たり前のように降りると、私も後に続きます。そこは、さっきの魔界とはまるで別世界でした。白い雲が漂うだけの、何もない場所でした。

「行くよ」

 社長がエレベーターを降りるので、後に続こうと足を踏み出して、足が止まりました。なぜなら、そこには、地面というか床がありませんでした。

降りたら最後、下に真っ逆さまに落ちてしまいます。

「しゃ、社長・・・」

「なにしてんの? 早く来て」

「でも、下が・・・」

「大丈夫だって。落ちたりしないから」

 エレベーターの下には、何もないのです。脚を踏み出す勇気など、私にはありません。それでも、ここで置いてけぼりを食らうわけにはいきません。

私は、勇気を振り絞って足を踏み出しました。

「えっ! ウソ・・・」

 私は、空の上に立っていました。というか、空中に浮いています。

でも、足の裏には、地面というか床に降り立っている感触がありません。

私は、社長の後に歩きだしても落ちることはありません。まるで、空中を散歩しているようでした。

 そんなバカなと思いながらも社長の袖を掴んで歩きます。

すると、次第に雲が晴れて、白い宮殿のようなのが見えてきました。

そこには、白い服に身を包んだおじいさんが立っていました。

「やぁ、大王」

「神ちゃん、久しぶり」

 まさか、この人が神様ですか? てゆーか、二人の会話は、まるで友だちのようです。私は、目を白黒させていると、私に気付いたおじいさんは、言いました。

「アレ、その子は、もしかして、お前の秘書に雇ったっていう、人間の娘さんかい?」

「相変わらず、耳が早いな」

「当り前だろ。地獄のエンマ大王が、ホントに人間を採用するなんて、この目で見るまで、信じられなかった」

「なぎさちゃん、紹介するね。この人、神様。わしの腐れ縁で、幼馴染みの親友なの」

「えーっ!」

「よろしくね」

 まさか、地獄のエンマ大王様と天国の神様が、幼馴染みで親友なんて、そんな話は、信じられない。

「あの、私は、早乙女なぎさと言います。よろしくお願いします」

 私は、慌てて挨拶しました。

「うんうん、よろしくね」

 神様は、そう言って、優しく微笑みました。

白い布をまとい、優しそうなおじいさん。髪も髭も白く、頭には、輪っかを乗せています。まさしく、絵に描いたような神様でした。 

 私たちは、神様に招かれて、白い宮殿に行きました。

中に入ると、豪華なリビングのような部屋に行招かれました。

 部屋全体が白一色で、目に眩しい。テーブルも椅子も真っ白です。さっきの魔界とは大違いです。

私たちが席に着くと、どこからともなく現れたのは、可愛い小さな男の子たちでした。それも、みんな裸ん坊で、背中に羽が生えて頭に小さな輪っかを乗せています。

もしかして、これが、天使というものなのでしょうか?

「どうぞ」

 羽をパタパタさせながら、私たちの前に、コップを置きます。

まさか、これも生き血だったりして・・・ と思ってみたら、それは、透明の水のようなものでした。私は、心の底からホッとしました。

「ありがとう」

 私は、そう言って、コップを手に取ると、社長が言いました。

「なぎさちゃん、飲んじゃダメだよ」

「えっ?」

「それって、天使のオシッコだから」

「ハイ?」

「別に、飲んでも毒じゃないけど、なぎさちゃんが飲むようなものじゃないから」

 確かにその通りです。いくらなんでも、オシッコは飲めない。

「さぁ、遠慮しないでどうぞ」

 神様は、笑顔で進めます。社長は、そのコップを手に取ると、ゆっくり飲み干しました。

社長は、天使のオシッコを飲むんだ・・・ なんかのバツゲームじゃないのか?

私は、今更ながら、自分の常識が通じないことを実感しました。

「さて、本題にうつろうか。例の問題は、どうなったんじゃ?」

「それなんだが、さっきもゼノンと話してきたんじゃが、こればかりは、すぐにというわけにはいかんのだよ」

「それは、困る。何しろ、人手不足で困っておるんじゃ」

 天上界も人手不足とは、いったい、何がどうなっているんだ?

「とにかく、すぐにでも人が欲しい」

「それは、わかってるおる。死神どもも、ウチの営業部もやっておる」

「しかし、現実は、足らんのだよ」

 神様も社長も、腕を組んで額に皴を寄せて考え込んでしまった。

神様と閻魔大王が顔を合わせて、深刻な話をしている。

「そこでだ、さっきも、ゼノンが言ってたんだが、法の番人を増やすというのは、どうだろうか?」

「増やすと言っても、誰にさせるんじゃ?」

「そこなんだよなぁ・・・」

 すると、社長が、私にもわかるように説明してくれました。

それによると、法の番人というのは、私の世界で言う、裁判所の裁判官のような役割の人のようです。

死んだ後、天国に行くのか、地獄に行くのか、それを決めるのが、法の番人なのです。

しかし、その番人というのが、仕事が遅いとのこと。なので、死者の大行列が渋滞を起こして、なかなか天国にも地獄にも行けないという事態が起きているらしい。

なので、どこの世界も、人が足りないということらしい。人間世界も、地獄も天国も苦労が絶えない。

 だからと言って、そう簡単に番人を増やすということもできない。

法の番人というのは、中立でなければいけない。天上界から採用すると、どうしても天国にばかり死者を進ませがちになり、地獄は、ますます人が足りなくなる。

逆に地獄から採用すると、天国に人が足りなくなる。そんな理由から、中立な立場の者でなくてはならない。

でも、そんな都合がいい人など、どこにもいない。

今の法の番人は、万能の神からも、地獄の大魔王からも、悪魔王からも独立した者が就いている。

だから、これまで公平に死者を振り分けてきた。しかし、それも人手不足と死者が増えすぎたことでバランスが崩れ始めているとのこと。そのことで、みんな頭を悩ませているようです。

「とにかく、肝心の番人に話をしてみようと思うが、どうかな?」

「それしかあるまいな」

「しかし、それを誰が話に行ったらいい?」

「う~ン・・・ 人選が難しいな」

 またしても話が中断してしまった。そんな時、神様と私が目が合った。それは、まったくの偶然だった。

「そうだ。この娘にさせたらどうだ?」

「えぇっ、なぎさちゃんに・・・」

「だって、なぎささんは、人間だろ。我々とは立場が違う。法の番人とも話ができるだろ」

 いきなり、私に話を振られて、目を回しそうになりました。

「どう、なぎさちゃん。やってくれる?」

「私がですか? イヤイヤ、無理です。無理に決まってるでしょ。私は、ただの人間ですよ」

「だからいいんじゃ。わしらを代表して、番人を説得してくれんか?」

 そんな無茶ブリをされても、どうすることもできません。

私は、ただの人間で、法の番人を説得なんて、出来るわけがない。

「頼むよ、なぎさちゃん。これも、秘書の仕事と思って、一つやってくれんか」

 そう言うと、社長と神様が、私のような普通の人間に頭を下げたのです。

「ちょ、ちょっと、やめてください。頭を上げてください。私は、ただの人間だから、出来ることとできないことがありますよ」

「そんなこと言わんと、天国と地獄を助けると思って、引き受けてくれないか」

「しかし・・・」

「もし、うまく言ったら、なぎささんが死んだ後は、間違いなく天国に連れて行くから」

 神様の一言は、私の心を揺さぶりました。自分が死んだ後は、どうしたって地獄には行きたくない。

あんな針山地獄とか熱風地獄なんかでもがき苦しみたくない。死んだ後も、あんな悲惨な目には合いたくない。

「なぎさちゃん。わしからも頼む。引き受けてくれ。ボーナスは、たっぷり上げるから」

 給料のことを出されると、心が揺れ動く。どうしよう・・・

「少し、考えさせてください」

「よかった。なぎさちゃん、頼むよ。ありがとう」

 まだ、引き受けたとは言ってないのに、社長は、私の手を握ってうれしそうに笑う。そんな顔をされたら、もう、断れない。神様もニコニコしながら頷いている。

「それと、死者を運ぶ、天獄列車も復活させようと思っているんだが、どうかね?」

「あの、ドドロを復活させるのか?」

「死者が増えるとなると、それを運ぶ列車が必要だろ」

「それもそうだな」

 話が、ガラッと変わった。天獄列車って何だろう?

「それはいいが、誰が運転するんじゃ? 前の運転手は、とっくに消えてしまったぞ」

「それは、ここにいる、なぎさちゃんだよ」

「なんと! その娘か。う~ン、それは、いいかもしれんな。なぎささん、わしからも頼む。引き受けてくれ」

 神様が、うれしそうに微笑みながら私の手を取って喜んでいる。

だけど、私には、その天獄列車というのが、さっぱりわからない。

「なぎさちゃん、天獄列車というのは、別名、幽霊電車と言って、死者を地獄や天国に運ぶ乗り物のことだよ。最近は、死者が少なくなって、電車もガラガラでな、廃線になったんじゃ。しかし、これから増えるとなるとそれを復活させなくてはならんでな。一つ、頼むよ」

 社長までが、嬉しそうに喜んでいる。

「あの、電車を運転するということですか?」

「そうだよ」

「それなら、無理です。だって、私は、車の免許もないんですよ。だから、電車なんて運転できません」

「大丈夫だよ。地獄には、免許も資格も必要ない。なぎさちゃんでも簡単に運転できるよ」

「でも、電車ですよ。無理ですよ」

「どうしても?」

「・・・」

 私は、黙って頷きます。どう考えても、電車の運転なんて出来るわけがない。

自転車だって、まともに乗れない運動神経のなさとバランス感覚がない私が、電車の運転なんてどう考えても無理に決まってる。暴走して、事故を起こすのが関の山だ。

 すると、神様と社長が、私の顔を覗き込みながら言いました。

「運転してくれたら、ボーナスの査定もアップするんだけどなぁ・・・」

「死後の世界は、天国を保証するんだけどねぇ・・・」

 そんなこと言われたら、気持ちが揺らぎます。気持ちの秤が傾く。

「なぎさちゃん、やってみようよ」

「そうそう、やってみて、ダメなら、また、考えればいいと思うよ」

「なぎさちゃん・・・」

「なぎささん・・・」

 神様と閻魔大王が迫ってきます。いくらなんでも、こんな最強の二人に迫られたら、断ることなんてできない。

私は、ただの人間なんです。もし、断ったら、地獄に落とされるかもしれないし、会社をクビにされるかもしれない。

「わかりました。やります」

 私は、宣言してしまいました。

「そう、やってくれる。よかった、よかった」

「なぎささん、ありがとう。ホントにありがとう」

 天国と地獄の最高責任者が、私に本気でお礼を言ってるけど、それは、すごく間違ってる気がしました。

そんなわけで、私は、天獄列車という乗り物の運転手に決まってしまった。

それと、法の番人とか言う人物に、話をしに行くということも決まった。

えらいことになった。責任重大です。もしも、失敗したら・・・ そんなことは考えないようにしよう。

とにかく、やるしかない。大袈裟でもなく、命がけの交渉になりそうです。

 

 天上界を後にした私たちは、やっと、地獄に戻ることができました。

しかし、まだ、予定があります。次は、五感王様と会議があります。

「それじゃ、会議室に行くから、付いてきてね」

 会議室がどこにあるのか、私にはわからないので、社長について覚えないといけません。

通路に出ると、地獄に通じる階段の斜め向かいのドアの前に立ちました。

「ここが、会議室ね。覚えやすいでしょ」

 私は、メモに場所の位置を書きました。そして、社長がドアを開けて中に入ります。もちろん、私も後に続いて入りました。そこは、違う意味で、別世界でした。

「ここが、会議室ですか・・・」

 目が点になるとは、このことかもしれません。

私の目の前には、ものすごく広い会議室がありました。会社の会議室と全く同じで、机がズラッと向かい合って並んでいます。しかし、どう見ても、1000人くらい座れそうなくらいの超特大会議室でした。

一番先が、小さく見えるほどです。この部屋の広さって、どうなってるのかしら?

「待たせてすまん」

「大王様、時間は、きちんとお守りください」

「だから、すまんと言ってるだろ」

「なぎさ、お前が付いていながら、時間に遅れるとは、秘書失格だぞ」

「ハ、ハイ、申し訳ありません」

 会議室のはるか向こうの一番奥に五感王様が座っていました。

いくら遠いとはいえ、ものすごい巨体なので目立ちます。

その五感王様から、直接叱責されると、素直に謝罪しました。

「なぎさちゃんは悪くないんだよ。ゼノンと神ちゃんの話が長くて・・・」

「わかりました。では、大王様、会議を始めようと思います」

「それはいいが、遠い。もっと近くに来い」

 確かに遠すぎる。五感王様との間は、たっぷり100メートルくらいある。

身体が大きいので、姿はわかるし、声も大きいので聞こえるけど、こんなに離れ過ぎたら会議にならない。

 すると、机はもちろん、部屋自体が、あっという間に縮んでしまいました。

「ウソ!」

 思わず声が漏れます。こんな伸縮自在な部屋って、どういう仕組みになってるんだろう?

ただでさえ大きな五感王様が、私のすぐ目の前に来ました。存在感というか、威圧感というか、そんな言葉では例えられないくらい、見上げるほどの巨体でした。

「大きすぎる。それじゃ、話にならん」

「申し訳ありません」

 社長が言うと、五感王様の巨体が、あっという間に小さくなって、私と変わらない身長になりました。

いったい、五感王様の体は、どうなっているのだろう? 部屋もそうだが、体が伸縮自在なんて不思議過ぎる。

「では、会議を始める」

 社長は、そう言うと、椅子に座りました。五感王様は、向かいの机の前に来て座ります。私もそれに倣って、社長の隣に腰を下ろしました。

 それにしても、さっきは、1000人くらい座れる巨大会議室が、今は、6人しか座れない小会議室になっている。

この部屋の仕組みは、私の頭では理解不能です。

 そんな私などお構いなく、社長と五感王様は、話を始めていました。

「なぎさちゃん、さっき打ち合わせしたことを説明してあげて」

「ハイ、それじゃ、まずは・・・」

 私は、魔界と天上界で話したことを五感王様にも説明しました。

その間、黙って聞いているだけでしたが、説明している私は、冷や汗ものでした。

何しろ、すべてが私に関わることなのです。果たして、五感王様は、どう思っているでしょうか?

「と、いうことです。以上ですが、なにか、ご意見はありますか?」

 五感王様は、話を聞き終えると、顔を上げて言いました。

「なぎさ、ホントに、出来るのか?」

「それは・・・」

「自信がないなら、やめておけ」

 五感王様は、キッパリ言いました。

「なぎさちゃんなら大丈夫。きっと、やり遂げるから心配するな。五感王は、心配性だからな」

 社長が間髪入れずに言いました。

「ホントか? なぎさ、やれるのか?」

「ハ、ハイ、やります」

 私を信じてくれた社長や神様のためにも、がんばる決意をしたばかりなのに、今になってできないなんて言えません。

「それなら、いいだろう。大王様、魔界と天上界には、私の方からその旨は伝えておきます」

「すまんな、頼むよ。それと、番人のところまでの案内できる者がいたら、なぎさちゃんに教えてやってよ」

「すぐにでも、ご用意いたします」

「それと、天獄列車の手配も頼む」

「かしこまりました。お任せください。用意ができ次第、なぎさに運転をさせるようにいたします」

「よろしくね」

 そんなわけで、五感王様の会議は、あっという間に終わりました。

魔界と天上界の話し合いが長引いただけに、あっさり終わったのは、ちょっとうれしかった。

 その後、私たちは、社長室に戻りました。

「なんか、疲れたよね。なぎさちゃんもお疲れ」

「いいえ、私なら大丈夫です」

 そう言って、笑ったものの、実は、ドッと疲れていました。

「今日は、もういいから帰っていいよ。お疲れ様。そうだ、帰り道のことがあるね。今、広報の人を呼んであげるからね。

明日は、遅刻しないようにね」

「ハイ、では、今日は、失礼します」

 私は、丁寧にお辞儀をして、社長室を後にしました。

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