第4話 地獄で初出勤。
「もう、寝ようとしてたのに・・・」
私は、そう呟くと、無視するわけにもいかないので、パジャマ姿のままドアを開けました。
「ハイ・・・ えっ! えーーーっ!!」
そこにいたのは、妖とかバケモノとか鬼たちでした。
「なぎさちゃん、もう寝るの?」
「お風呂に行こうよ、お風呂」
「一日の疲れは、温泉に入らないと取れないよ」
「ほらほら、何してんの。着替えを持って、みんなで入れば楽しいよ」
どかどかと、遠慮なしに勝手に部屋に入ってくる人間以外の人たち。
「あの、ちょ、ちょっと・・・」
「着替えは、これね。タオルは、お風呂にあるからね」
「シャンプーは、どんなの使ってるの? やっぱり、人間用よね」
勝手に人の洋服ダンスの引き出しを開けて、下着やら何やらを取り出します。
「ちょっと、なにをやってるのよ」
「あら、可愛い。やっぱり、人間の下着って、おしゃれね」
「だから、勝手に、人の下着を見ないでよ」
「いいから、いいから。さぁ、行くわよ」
そう言って、私のクレームには、耳も貸さず、そのまま温泉に連行されてしまいました。
「ちょっと待ってください。私は、これから寝るところで・・・」
「ダメよ。ちゃんと、お風呂に入ってから寝ないと」
「そうそう。人間もバケモノも、風呂に入らないと不潔だぞ」
緑色の大きな鬼に言われても説得力がない。
「ほら、脱いだ、脱いだ」
「だから、ちょっと待って・・・ やめてくださいぃぃ・・・」
更衣室に連れ込まれると、私は、あっという間に服を脱がされてしまいました。
「見ないでよ!」
「俺たちは、人間の裸なんて興味ないから安心しろ」
「私が気にするんです。タオルを貸してください」
私は、辛うじて、両手で胸と下半身を隠します。
他のバケモノや妖たちは、そもそも服を着ているのか着ていないのか、わからない状態です。なので、服を脱ぐということはしません。
そして、タオルを巻いた姿で温泉に放り込まれました。
「ちょっと、待って・・・」
そう言い終わらないうちに、湯船に落とされた私の声は、消されてしまいました。
「ちょっと、アンタたち!」
私は、お湯から顔を出すと、タオルを放り投げて、裸の胸もあらわにして怒鳴りつけました。
「あはは・・・ あんた、いい人間だな」
「気に入ったわよ」
「なぎさちゃん、これで、アンタは、俺たちの仲間だ」
「そうよ、お友達よ」
「そういうことじゃなくて!」
私は、濡れた髪をかき上げて、鬼たちを睨みつけてやりました。こうなったら、恥ずかしいなんて言っていられません。
「まぁまぁ、落ち着いて、ゆっくり風呂に入ろうぜ」
「そうそう、人間の言葉で、裸の付き合いって言うんだろ? これもコミュニケーションだぜ」
無断で裸の肩に手を置いて、私を抱き付いてきた緑鬼の手を思いっきり引っ叩きます。
「やるねぇ・・・ 俺様を引っ叩くなんてアンタが初めてだぜ。気に入った。俺は、なぎさちゃんのファンになる」
「なに、勝手にファンになってるのよ」
そう言って、私の肩を寄せてくるのは口裂け女でした。美人なのに口が耳まで裂けてます。口を開けて笑う顔が、美人だけど、とても怖い。
「あっちは、岩風呂で、そっちは、薬湯だから疲れに効くわよ」
そう言って、教えてくれたのは、ヘビ女でした。全身が鱗まみれの大蛇です。
でも、顔が人間の女性で、肌は緑色だけど、とてもきれいでした。
しかし、ヘビだから舌が二つに割れて、チロチロ出しているのは不気味です。
そして、その手には、小さな赤ちゃんを抱いていました。どうやら、ヘビ女の子供らしい。
「どう、この子。あたしの子よ。可愛いでしょ」
そう言って、見せてくれた小さな赤ちゃんも、やっぱり、小さなヘビでした。
だけど、顔を見たら可愛い男の子です。母親に抱かれて、おとなしく寝ています。
「可愛いですね」
私は、引きつった顔で言うと、ヘビ女は、うれしそうに舌を出しました。
とても付き合っていられない。さっさとお風呂から出ようと思っても、周りを取り囲まれて出るに出られません。
「この温泉は、骨にとってもいいんだよ。カルシウムが溶けてるから、体にとても優しいんだ」
そう言って、笑うのはガイコツ魔人でした。全身が骨だけで、歯をカタカタ笑っています。骨だけでどうやって動いているのか不思議です。
広い浴槽から、勢いよく顔を出したのは、なんと人魚と半漁人でした。
と言っても、私がアニメをイメージする可愛い人魚姫ではなく、キバを剥いた魚のような顔をした不気味な人魚でした。さらに恐ろしいのは、全身が緑色で、唇が真っ赤で、小さな目をして両手の指には水かきが付いた半漁人です。
「どう? ここの温泉は、いいお湯でしょ」
「ハ、ハイ・・・」
そう言うしかありません。いったい、この二人は、どこから出てきたのだろう?
てゆーか、このお風呂って、もしかして、ものすごく深かったりして・・・
その前に、どっかに繋がっているのかもしれない。
「なぎさちゃんて、可愛い名前ですね」
「ちょっと、ダーリン。浮気はイヤよ」
「なにを言ってるんだよ人魚ちゃん。俺は、キミしかいないんだよ」
「もう、半漁さんたら・・・」
なにをしてるんだ、この二人は・・・
すると、ピンク鬼がそっと私に耳打ちします。
「この二匹は、夫婦なのよ。万年ラブラブのバカ夫婦よ」
そう言われると理解できる。人前でイチャイチャしてるし、ある意味、お似合いのカップルだ。
「それにしても、なぎさちゃんて、きれいな肌をしてるのね。やっぱり、人間は違うわ」
そう言って、私の体を触ってくるピンク鬼さんは、たぶん女の鬼なんだろう。
胸も膨らんでいるし、顔つきもどこか、他の鬼とは少し優しそうです。
「ありがとうございます」
「あたしも人間になりたかったなぁ・・・」
なんだかそう言われると、鬼に生まれたことに少し同情します。
このままお湯に浸かっていると、のぼせてしまうので、あがりたい。
「すみません。そろそろあがりたいんですけど・・・」
「そうね。ごめんね、気が付かなくて」
人魚姫は、鋭い歯をむき出して言いました。私は、諦めて裸のままお湯から出ます。
チラッと、後ろを向いたけど、みんな私の後姿を見ている人はいませんでした。
ホントに人間の裸には、興味がないんだなと思うと少しホッとしました。
温泉のドアを開けて脱衣所に行くと、用意してあったバスタオルで体を拭きます。
「背中が濡れているよ」
「ありがとう」
そう言って、自然の流れで背中を拭いてもらいました。
でも、そこで気が付きました。背中を拭いているのは、どこの誰?
振り向くと、さっきの千手婆がいました。
「あっ!」
「ヒャッヒャッ、地獄へようこそ。このきれいな体を大事にしなされよ」
皴だらけの顔。ブクブクの体。そこから出ている、いくつもの腕。
さっき見なかったら、このまま失神していたはずです。
千手婆さんは、不気味に笑いながら脱衣所を出て行きました。
私は、何とも言い難い後姿を見送ると、急いで着替えを済ませて部屋に戻ります。
早く一人になりたい。早く自分の部屋に帰りたい。そう思って、着替えを抱えて浴室を足早に出ました。
「なぎさちゃん、こっちおいで」
食堂の通りすがりに、暖簾から何本もの腕が飛び出して手招きしてます。
間違いなく、千手婆さんの手なのがわかります。無視するわけにもいかず、暖簾を潜りました。
「ほれ、これを飲みんさいな。火照った体には、冷たい飲み物がうまいぞ」
そう言って、差し出されたのは、コップに入った緑色の飲み物でした。
なんだろう? 緑色の飲み物と言えば、緑茶か青汁しか思い浮かびません。
「ぐっと飲みんさい。うまいぞ。人間の飲み物じゃ安心せい」
そういうので、私は、一口飲みました。
「おいしい!」
思わず口から出た言葉は、正直な感想でした。
冷たくてノド越しがよくて、爽やかな口当たり。ほんのり甘く、それでいて、いい香りがしました。
「これ、なんなの?」
「抹茶じゃよ」
「抹茶? これが抹茶なの!」
私は、ビックリして、コップに入った緑色の飲み物を見詰めます。
抹茶というには、爽やかで甘くて、とても飲みやすい。私が知ってる抹茶とは、全然違う飲み物に感じました。
「地獄に抹茶なんてあるんですか?」
「あるよ。わしが育ててるんじゃ。中庭でな。アンタにも、そのウチ、見ることがあるじゃろ」
私は、まさかと思いながらも、一気に飲み干してしまいました。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「そりゃ、よかった。アンタ、がんばんなよ。みんな、付いてるからな。困ったことがあったら、何でも相談しなさい」
「ハイ、ありがとうございました」
私は、最後にありがたい言葉を聞いて部屋に帰りました。
火照った体が、冷めていくのがわかりました。このお茶は、特別なお茶なのかもしれない。
抹茶とは言ってたけど、絶対何か特別な効能があるに違いない。
いつか、中庭で千手婆さんの育てている抹茶を見てみたい。
こうして、やっと、部屋に戻ると、しっかりカギをかけました。
ベッドに潜り込む前に、明日の準備をします。
「ところで、明日は、何時に起きて、何時に出勤すればいいのかしら?」
そのことを思い出して、社長にもらった時計を見ます。
時計の針は、午の刻を指していました。見ても何時なのか、さっぱり感覚が掴めません。
その前に、今が、夜なのかもわからない。窓の外は、まだ明るい感じです。
もしかして、地獄には、朝とか夜とか、ないのかもしれない。
夜でも、暗くならないとか、体内時計が狂いそうです。
考えてもわからないので、誰かに聞いてみよう。そう思った私は、勇気を出して、部屋を出ました。
通路に出ると、シーンとしています。みんな寝てしまったのでしょうか?
そう思いながら、階段を静かに足音を注意しながら降りました。
足元の、真っ赤な絨毯を見ると、それが人間の皮と血で出来ているというのを思い出してゾッとしました。
食堂で千手婆さんに聞いてみようと思ったら、そこから小さな鬼がたくさん出てきました。
私の膝くらいしかない、小さな黒い物体で、確かに鬼の姿をして、背中に羽が生えていました。
「アレ、人間がいるぞ?」
「大王様の秘書だ」
「お前、なんて言うんだ」
体が小さいのか声が高い。まるで、子供のような感じです。
それも、背中の羽で私の周りを飛び回っているので、まるで、ハエか虫のように感じで、うっとうしい。
「初めまして、早乙女なぎさと申します」
「なぎさちゃんて言うんだ。よく見れば、可愛いじゃん」
「人間の女って、初めて見たよ」
相変わらずの初対面の感想です。
「あのさ、キミたちに聞きたいんだけど・・・」
「俺たちは、天邪鬼って言うんだよ」
天邪鬼って初めて見た。ホントにいるんだ・・・ 怖そうだけど小さいから、よく見ればなんか可愛い。
「それじゃ、天邪鬼さんたちに聞きたいんだけど、私は、社長の秘書なんだけど、明日は、何時に会社に行けばいいのか
わかりますか?」
「そんなの決まってるじゃん」
「お前、秘書のくせに、そんなこともわからないのかよ」
なんか、口が悪い。やっぱり、可愛くないかも・・・
「ごめんなさい。教えてください」
「それじゃ、教えてやるよ。戌の刻だよ」
「戌の刻?」
そう言われても、何時なのかがわからない。
「今が、午の刻を過ぎたばかりだから、まだ時間あるぜ」
「そうなのね。ありがとう」
私は、社長のもらった時計を見ると、ひとメモリを一時間として、戌の刻だと五時間くらいある。
少しホッとして、お礼を言って、部屋に戻ろうとすると、さっきの緑鬼が食堂から出てきて私を呼び止めました。
「なぎさちゃん、ちょっと待って」
「ハイ?」
言われて振り向くと、緑鬼が目を吊り上げていました。もしかして、怒っているのか?
なにかしでかしたのかと思って、怯えながら見上げました。
「こらぁ! 天邪鬼ども、デタラメを教えるんじゃない。このバカ者ども。なぎさちゃんは、そこらの人間どもと
違うんだぞ。大王様の秘書だぞ。このバカちんが」
「ヒえぇぇ~」
緑鬼に一喝された、天邪鬼たちは、一斉に飛んで行ってしまいました。私は、その声に、吹き飛ばされそうでした。
「ごめんね。なぎさちゃん」
「あ、あの・・・」
「あいつらは、天邪鬼っていう、下等な鬼どもでな、ウソばかり言うから信用しちゃダメだよ」
緑鬼さんは、打って変わった、優しい顔をして、私を見下ろして言いました。
「あの、それじゃ、さっきのことは?」
「全部、ウソだよ」
「ウソなんですか!」
私は、全身の力が抜けていくようでした。
「それじゃ、明日は、何時に出勤すればいいんですか?」
「子の刻だね。地獄は、24時間年中無休だけど、俺たちだって休まなきゃいけないし、寝るからな。
会社が開くのは、子の刻だね」
「子の刻ですか」
私は、時計を見て確認します。今が、午の刻だから、子の刻ということは、だいたい6時間後ということになります。
「なぎさちゃん、いい時計を持ってるね」
「ハイ、社長からいただいたものです。これを見て、時間を確認して動くようにします」
「見方はわかる?」
「それが、その・・・ イマイチ、よくわかりません」
「それじゃ、教えてあげるね」
緑鬼さんは、その場にしゃがんで、私の顔の高さに合わせてくれました。
見た目とは反して、とても優しい。親近感を感じました。
「いいかい。人間の世界は24時間だろ。時計は、一時間を目安に動くわけで、一周すると12時間で二周して、24時間だから、一日が終わるわけだ」
「ハイ、それは、わかります」
「でもな、地獄の時間軸ってのは、そうじゃない。十二支を元にしてできているわけで、今が、午の刻だから、次の未の刻までは、だいたい2時間ちょっとかかるわけだ。つまり、一時間じゃなくて、だいたい二時間ちょっとってこと」
「それじゃ、子の刻まで、12時間後ってことですか?」
「それも違うよ。12時間後じゃなくて、だいたい12時間後ってこと。きっかり、12時間てわけじゃないんだよ。前後のずれがあるんだ」
今まで、一時間ごとにきっかり行動していた私としては、その倍の時間ということになる。
しかも、きっかり二時間ではなく、微妙にズレがあるというのも、よくわからない。
時間を守ることを社会生活のルールとしてきた私には、むしろ大変だ。
「わかったかな?」
「なんとなくですが、わかりました」
「それじゃ、俺から、なぎさちゃんにいいものをやろう」
そう言うと、緑鬼さんは、縞々パンツから何かを取り出して、私の手の平に乗せました。
その前に、パンツの中からって、衛生的にいかがなものかと思うけど、口には出せない。
それに、私の手の平には、マリモのような毛糸の丸い毛玉があって、それが微かに動いているのです。
「あの、こ、これは・・・」
辛うじて、落とさなかったのは、緑鬼さんがいたからです。振り払って落としたら、怒るかもしれない。そう思うと、とてもそんなことはできません。
「それは、毛玉鬼って言うんだ」
「毛玉鬼?」
「そうだよ。こいつは、俺が、目覚まし代わりに使ってる小物だ。人間にも害はない。起きる時間を教えてやれば
確実に起こしてくれるから、安心して寝られる」
「あの、でも、これは、緑鬼さんの・・・」
「気にすんな。俺の分は、持ってるから」
そう言って、またしても、縞々パンツから同じものを出して見せてくれます。
いったい、このパンツの中には、なにが入っているのだろう?
「使い方は、こいつに起きる時間を言えばいいだけ。簡単だろ」
私は、手の平で、うごうご動いている毛玉を見て、不思議に思いました。
「それじゃな、おやすみ」
そう言うと、緑鬼さんは、そのまま廊下を歩いて、一階の部屋の中に入っていきました。あんな巨体で、どんな部屋に住んでいるのだろうか?
そんなことを考えている場合ではない。とにかく、部屋に戻ろう。
私は、思い直して、階段を昇って部屋に入りました。
そして、ベッドに潜り込むと、枕元に毛玉鬼をそっと置きました。
「毛玉鬼さん、明日は、子の刻に起こしてください」
小さい声で言うと、その毛玉がコロコロ動き始めると、いきなり手足がニョキッと出てきました。毛玉全体の体に、丸い目玉がパチッと開きました。
私は、ビックリして、枕を抱えて飛び上がりました。
「了解しました。明日の子の刻に起こしてあげるから、安心してください。それじゃ、おやすみなさいませ」
そう言うと、手足が引っ込み、目を閉じて、元の毛玉になりました。
「な、な、なにこれ?」
私は、しばらくじっと、その毛玉鬼を見詰めていました。
「とにかく、寝よう」
私は、自分に言い聞かせるようにして、ベッドに入り直して、電気を消して目を閉じました。
それにしても、今日は、いろいろあり過ぎた。出社初日にしては、今まで経験したことがないことばかりが起きた。
知り合ったのも、全員が人間以外の生き物たちばかりです。しかも、私の上司は、エンマ大王様です。
すごい会社に入社したものだ。そんなことを悶々と考えているうちに、いつの間にか眠ってしまいました。
「時間ですよ。時間ですよ。起きてください」
私の耳元で、誰かが何かを言っています。
「時間ですよ。時間ですよ。起きてください」
なんとなく、ぼんやりと耳に入ってくる声を聞いて、うつらうつらしながら目を覚ましました。
「時間ですよ。時間ですよ。起きてください」
何度目かの言葉を聞いて、私は、目を開けると天井が目に入りました。
アレ、ここは、どこだろう? いつもの私の部屋だけど、微妙に違う。そして、一気に目が覚めました。
「なぎささん、おはようございます」
私は、声の出所を探して枕元を見ました。毛玉が手足を伸ばし、目をキョロキョロさせながら私を見上げていました。
「お、おはよう」
「おはようございます。起きましたね」
私が起きるのを確認した毛玉鬼は、元の毛玉に戻ってしまいました。
やっぱり、ここは、私の部屋であって部屋ではない。私は、ホントに地獄に来てるんだ。
そう思うと、あっという間に目が覚めました。時計を見ると、ちょうど子の刻を指していました。
「この毛玉鬼って、目覚まし時計より正確だわ」
私は、丸まっている毛玉鬼を手に取ると、そっと、机に起きました。
「起こしてくれて、ありがとう」
私は、ベッドから起きると、伸びをしてから部屋を出ました。
とりあえず、顔を洗って歯を磨きに行こうと、洗面所に行こうと廊下に行きました。
「えっ!」
ドアを開けてビックリです。廊下に、ありとあらゆる妖やら鬼とかバケモノたちが、ごった返しているのです。
「なに、これ?」
とても廊下に出られる雰囲気ではありません。
「こんなに住人がいたの?」
昨日までは、そんなにいるとは思ってなかったのに、まさか、こんなにいたとは思いませんでした。
狭い廊下に、ギュウギュウ詰めで、押したり引いたり、訳のわからない言葉がうるさくて、まるで、ラッシュ時の通勤電車のようです。まさか、地獄に来てまで、こんなことになるなんて思いません。
とても廊下に出られないので、ドアを閉めて、静かになるまで、少し待つことにしました。
時計とにらめっこしながら待っていると、部屋の外が静かになってきました。
「もう、いいかな」
私は、そう言いながら、そっとドアを開けました。廊下を見ると、今度は、人っ子一人いません。あの喧騒がウソのように静かになっていました。
「なんだったの、アレは?」
私は、そう言いながら、廊下に出て、洗面所に向かいました。
廊下を歩いて、真っ赤な階段を下ります。裸足で歩いていると、確かにフワフワして気持ちいいけどやっぱり、人間の皮と血で出来た絨毯を歩くのは気になる。
階段を下りて、廊下を左に曲がり、トイレに行きます。
教えてもらった通りに、中に入って、一番端のトイレの前に立って言いました。
「は~な~子さん、おはようございます」
「おはよう、なぎさちゃん」
トイレの扉が中から開いて、花子ちゃんが顔を出しました。
「ハイ、どうぞ。ごゆっくり」
そう言って、花子さんは、トイレから出て行きました。
用を足しているところを覗かれると思ったので、ホッとしてパジャマを下ろしました。
ホッとして、水を流し、トイレを出ます。
「は~な~子さん、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。またねぇ」
トイレに行って、またねと言われるのも、どうかと思うけど、とりあえず一息付けました。
その後は、洗面所に行ってみると、のっぺらぼうさんがいました。
「ありゃ、なぎさちゃん、おはよう」
「おはようございます」
のっぺらぼうさんは、顔がないけど、顔は洗うんだ・・・
私は、なぜか感心してしまいました。私も隣に並んで、顔を洗って歯を磨きます。
そして、食堂に行くと、千手婆さんがやってきて、朝食を出してくれました。
「おはようございます」
「おはよう。今日から、しっかり頑張んな」
「ハイ、がんばります」
私は、そう言って、テーブルに置かれた食事を見て、朝からビックリしました。
それは、まるで、旅館で出てくる朝食のような、ちゃんとした和食だったからです。
「えっと、あの、これ・・・」
「人間用だから、食ってもええよ。わしが、特別に作ったから、うまいぞぉ」
そう言って、カウンターの奥に入って行く千手婆さんを見送りました。
信用できるのか少し不安だったけど、このニオイに負けて、私は、みそ汁を一口すすりました。
「なにこれ、すっごくおいしい」
上京してから、ろくな朝食は食べたことがない。まして、味噌汁なんて、インスタントすら、作るのが面倒で飲んだことがない。それなのに、このお味噌汁は、実家の母親が作ってくれたのと同じか、それ以上においしいものでした。
そして、ご飯を一口食べると、お米の甘さが口に広がり、ふんわりした歯触りに朝から感動の嵐です。
玉子焼きは、フワッとした甘口で、いくらでも食べられます。
焼き鮭も箸を入れると、身がほぐれて皮までパリパリでおいしく食べられました。
白菜のお新香は、ぬか漬けの味がして歯応え十分で、ご飯が何杯でも食べられます。
「どうだい、うまいだろ」
「ハイ、とっても、おいしいです」
千手婆さんに私は、笑顔で言いました。
すると、それを見ていた、他のテーブルの妖や鬼たちが寄ってきます。
「なんだなんだ、なぎさちゃんだけ特別なのかよ?」
「それ、うまそうだな」
「いいニオイがするわ」
ここにいる人たちは、人間の食べ物など、食べたことがないので、知らないのです。
他のテーブルを見ると、なんだか知らないものが並んで、どれも不気味で食べらそうにないものばかりでした。
「これは人間用で、お前らの食うもんじゃない。さっさと食って、仕事に行け」
千手婆さんに怒られた妖や鬼たちは、そそくさと私のテーブルから離れて、自分たちの椅子に座ります。
そして、ものすごい音をさせて、食事をしていました。アレって、生肉かしら?
アレは、動いているけど、生きたまま食べてるのかな? あの赤いのは、やっぱり血よね。
そんなのを見ながら、私は、夢中でおいしい食事をお腹一杯食べました。
「ご馳走様でした」
「もう、いいのかい?」
「ハイ、お腹一杯です」
「そうかい。それじゃ、仕事に行っといで」
「ハイ、行ってきます」
私は、急いで部屋に戻ると、仕事着に着替えました。
今日から一人で仕事です。社長にいいところを見せなきゃと思って、とっておきのスーツに着替えました。
下は、ひざ丈のスカート、白いブラウスにネクタイを締めて、紺のブレザーの、OLスタイルで決めてみました。
慣れない化粧にも、今日ばかりは、念入りにしました。
マスカラに、ほお紅、アイシャドウは薄めに、口紅は薄いピンクにしてみました。耳には、地味目のピアスをして髪をポニーテールにまとめて出来上がりです。
「よし、やるぞ」
私は、鏡の自分に気合を入れました。玄関で、パンプスを履いて、ショルダーバッグを肩から掛けます。
「いってきまぁす」
社長のくれた時計を見て、時間を確認して、玄関を後にしました。
「大丈夫、間に合うはず」
私は、もう一度、時間を確認して、歩き出しました。
とは言ったものの、会社まで、何分で着くのかわかりません。
昨日は、姑獲鳥さんに空から送ってもらったので、道を思い出しながら歩きます。
「真っ直ぐに道なりに行けば大丈夫よね」
私は、そう思いながら、初出勤に向けて、地獄の道を歩き始めました。
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