第3話 地獄寮と貴公子エンマ。

「ようこそ、地獄寮へ」

 屋敷の中に入った瞬間、大勢の鬼とか妖怪とか妖たちから、大歓迎を受けました。

「なぎさちゃん、待ってたよ」

「生きた人間なんて、初めて見たよ」

「なんか、すごく可愛いじゃん」

「大王様の秘書なんだって?」

「彼女にしようかな?」

「ねぇ、お友達になってくれる?」

 もう、なにがなんだかわかりません。言葉は通じるからよかったものの、それを言ってるバケモノたちはどれもこれも、恐ろしくて怖くて、どこを向いていいかわかりません。

色とりどりの鬼たち。見たことがない妖たち。漂う幽霊たち。

骨だけのガイコツの集団。猫だか犬だか、判別がつかない生物たち。

私は、夢を見ているんだ。絶対そうだ。そうに違いない。

こんなバケモノたちに囲まれた私は、絶体絶命のピンチだ。だから、夢だ。

「こっちこっち、今日は、なぎさちゃんが主役なんだから」

 いきなりガイコツの冷たい手で腕を掴まれると、どこかに連行されました。

もう、辞めよう。絶対、辞めよう。明日、社長に辞表を出して辞めよう。

骨だけのガイコツに腕を掴まれるなんて経験は、絶対にしたくない。

そう思いながら連れ込まれたのは、なんと、ものすごくゴージャスで、豪華な食堂でした。

「な、何ですか、ここは?」

「食堂だよ」 

 食堂っていうレベルではない。どう見ても、王様や大統領とか、高級な人たちが会するような高級感満載の部屋で、高級そうなテーブルと椅子。周りの壁には、高そうな絵画。高い天井には、シャンデリアが赤々と輝いている。その中央に座らされました。その椅子も、社長が座るような、高級な家具です。

「それじゃ、みんな、料理と酒を運んで、今日は、なぎさちゃんの歓迎会だから、

バァーッと行くぜ」

 紫色の鬼がそう言うと、周りのバケモノたちが散っていきます。

見ると、その奥にカウンターがあって、そこから次々と料理が出てきて、テーブルに運ばれてきました。それを見て、卒倒しなかった自分を褒めたい。

 テーブルに次々と運ばれてきた料理は、見たことがないものばかりでした。

魚だか肉だか野菜だか全然わかりません。しかも、その中のどれもが、少し動いています。

生きてるの? まさか、これを食べるの? ウソでしょ! 

そんなの無理に決まってるじゃん。

 次に、私の前には、大きなグラスが運ばれてきました。そこに、波々と注がれたのは、真っ赤な液体です。

なにこれ? 赤い飲み物なんて見たことない。てゆーか、変なニオイがする。

生臭い。もしかして、生き血?

無理無理・・・ スッポンの生き血も飲んだことがない私に、そんなの飲めるわけがない。

「それじゃ、なぎさちゃんの秘書就任を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

 そう言うと、みんなは、グラスを鳴らして、一気に飲み干します。

「なぎさちゃんみたいな可愛い子が来てくれて、よかったよな」

「ホント、ホント。あたし、人間と友達になりたかったのよ」

「わかんないことがあったら、何でも聞いてくれ」

 私は、真っ赤な液体を見たまま返事もできません。

「アレ、どうしたの? 飲みなよ、おいしいよ。搾りたての人間の生き血だよ」

 やっぱり・・・ これは、血だったんだ。しかも、人間の・・・ そして、搾りたて。もう、耐えられない。逃げよう。私は、そう思って、腰を浮かしかけたときでした。

「こら、お前ら、いい加減にしないか。なぎさは、人間なんだぞ。そんなもん、食えるわけないだろ。からかうのも、いい加減にしろ」

 カウンターの奥から怒鳴り声が聞こえました。そして、バケモノたちをかき分けて現れたのは、モデルのような体形の青年でした。しかも、すごいイケメン。雑誌から出てきたような、アイドル風の男の人でした。黒服を着て、蝶ネクタイを締め、黒いマントまで羽織っています。

髪は金髪で、ウェーブがかったきれいな髪をしていました。

目が鋭く、鼻筋が通り、薄めの唇。手には、ステッキを持っていました。

「冗談ですよ、エンマ様」

「なにが冗談だ。とても、そうには見えなかったけどな」

 そう言って、私の横に立つと、青年は言いました。

「なぎさとか言ったな。こいつらの悪い冗談だ、大目に見てやれ」

「ハ、ハイ・・・」

 近くで見ると、もろに私の好みのタイプです。私は、一瞬にして、ここが天国に変わりました。

「とにかく、地獄寮に無事に来たのは褒めてやる」

「あ、あの、あなたは?」

 私は、幾分ボーっと頬を赤らめながら聞くと、そばにいた紫鬼が言いました。

「この方は、エンマ様だ。大王様のご子息で、またの名を貴公子エンマ。次期、大王になられる方だ」

「えーっ!」

 この人、社長の息子さんなの? こんなに大きい子供がいたなんて・・・

それも、跡取り息子で、次期大王って、次期社長ってことじゃない。

「別に、俺は、大王になる気はない」

「またまた、エンマ様、そんなこと言って・・・」

「やかましい! 俺は、興味ない。それより、なぎさの飯を持ってこい。千手婆、さっさと用意しろ」

 エンマ様は、カウンターの奥に声を上げました。

「あの、エンマ様・・・」

「様は余計だ。エンマでいい。てゆーか、俺は、これでも会社の専務だから」

「せ、専務・・・」

 これじゃ、まるっきり会社じゃないか。社長の息子は、専務か副社長がお約束だ。

てことは、この人は、本物の社長の息子ってことになる。

母親は、どんな人なんだろう?

社長の奥様って、どんな人なのか、ちょっとだけ知りたくなりました。

 そんなことを考えていると、テーブルに並べられた不気味な料理の数々が片付けられると代わって出てきたのは、私がよく知る料理でした。

だけど、お金がない貧乏学生の私は、食べたことなどありません。

 これは、フカヒレなのかしら? これは、きっと、大トロの握りずし。ひょっとしなくても、これは、A5ランクのステーキ。いつも、コンビニ弁当かカップラーメンばかりの、哀れな女子大生の食事とは、月とスッポン。

天と地以上の差があります。逆に目が点になりました。

 そして、目の前に出されたのは、いかにも高そうなワインボトルです。

氷が入った受け皿に入ったワインをエンマ様・・・ 

じゃなくて、専務が自ら栓を開けてグラスに注いでくれました。

「ほら、飲め。それは、人間用だから安心しろ。お前の飯は、そこの千手婆が、専門に作ってくれるから安心して食え」

 そう言うと、自分のグラスにもワインを注ぎました。

カウンターの奥を見ると、顔中しわくちゃで、どこが目だか口だかわからない不気味なおばあさんがいました。

しかも、手が数えきれないくらい体中から飛び出していました。

その手には、お皿や茶わん、コップなどなど、料理などを持っています。

私は、手は二本しかないけど、このおばあさんは、いくつあるんだろう・・・

「お前らも飲んで食え。今日は、なぎさの歓迎会だろう。今夜は、無礼講だ。ただし、飲み過ぎるなよ。明日の仕事に遅刻したら、ぶち殺すからな」

 爽やかな顔をして、恐ろしいことを平然と言いました。そのギャップに私は、見惚れていました。

もっとも、次期大王になる方だけに、説得力があり過ぎる。

私も、お酒は、程々にしておかないと・・・


 それからというもの、食堂内は、バケモノたちの大宴会になりました。

私が食べたものは、どれもおいしかった。人間用というので、安心したけど、高級すぎて味がわかりません。

唯一の人間として、それだけは情けなくて涙も出ません。

 その隣で専務は、おいしそうにバケモノ用の食事を食べていました。

もちろん、他の妖たちも、同じものを食べています。

真っ赤な生き血をおいしそうに飲み干し、お皿の上で蠢いている、よくわからないものを食べていました。

「どうなんだ? お前は、これから親父の秘書としてやっていくのか?」

「ハ、ハイ、がんばります」

「やる気はあるみたいだけど、大丈夫かよ?」

「が、がんばります」

「まぁ、がんばってもらいたいね。それじゃ、俺は帰るけど、後は、こいつらに任せる」

「えっ、帰るんですか?」

「当り前だろ。俺は、これでも専務で、ナンバーツーだぞ。自分のウチくらい持ってるし、寮なんかに住むわけないだろ」

 確かに、言われてみれば、その通りだ。会社の専務が、私のような平社員と同じ寮に住むわけがない。

「それじゃ、後は、お前らに任せたからな。間違っても、手を出したりするなよ。わかったな」

 専務は、そう言うと、手をヒラヒラさせながら寮から出て行きました。

専務がいなくなると、他の妖たちは、なぜかホッとした様子でした。よほど、専務が怖いのでしょう。

 問題は、私です。専務がいなくなった途端に、態度が変わって襲われたりしたら、一巻の終わりです。

「なぎさちゃん、もう、一杯どう?」

 顔が何もない、のっぺらぼうが言いました。

「もう、大丈夫です。明日もあるので、この辺でいいです。美味しかったです。お腹一杯になりました」

 私は、笑顔で言いました。

「それじゃ、寮の中を案内させるから、お~い、三つ目ちゃん、頼むよ」

「ハイ、ハ~イ」

 軽い返事が聞こえてきました。可愛らしい女の子の声でした。

「こんばんわ、なぎさちゃん」

 そう言って、私の前に現れたのは、中学生くらいの身長で、真っ赤なスカートに白いブラウスを着て、おかっぱ頭の黒髪の、目が三つある女の子でした。

「あ、あの・・・」

「どうしたの? あたしは、三つ目小僧の娘で、三子って言います。みんなは、三つ目ちゃんて呼んでるので、そう呼んでね」

 そう言って、ニコッと笑う顔は、とても可愛い。でも、目が三つある。

パッチリ二重で、まつげも長く、笑うと目じりが下がるその顔は、美少女と言ってもいい。

だけど、目が三つある。やっぱり、可愛いけど、ちょっと不気味だ。

「こっちよ。あなたのお部屋は、二階だからね」

 そう言って、私の手を取って、食堂を出ました。

大きな玄関の立派な両開きの扉が見えました。内側から見ると、すごい彫刻がされていて、もしかしなくてもこれって、国宝クラスではないでしょうか?

その玄関の向かいに続くのが、二階に行く階段でした。

まるで、宝塚の大階段のような真っ赤なじゅうたんが引かれています。

「こっちよ」

 私は、三つ目ちゃんに手を引かれて、階段を上がりました。ものすごくフワフワした高級じゅうたんです。

「これ、歩きやすいでしょ。この絨毯は、人間の皮で作ってあるのよ。赤いのは、血の色よ」

 さわやかな笑顔で、恐ろしいことをサラッという三つ目ちゃんです。

私は、思わず止まって、足元を見ました。足の下の赤い絨毯は、人間の皮と血で出来ているんだ。そう思うと、とても歩く気がしません。

「すぐになれるから、平気よ」

 三つ目ちゃんは、そういうけど、私は、慣れそうにありません。二階に上がると、右に折れました。

「この寮は、四階建てで、今のところ満室だからね。どこに誰がいるかは、そのウチわかるから。なぎさちゃんのお部屋は、203号室よ」

 そう言われて、私の部屋の前に着きました。

「これが、鍵よ。ちなみに、寮の責任者というか、寮長さんは、目玉の親父さんていう妖なの。とっても親切で、優しいおじ様よ。ほら、来た」

 そう言って、指を刺した方を見ました。でも、私の目には、何も見えません。

「あら、見えない? 親父さんは、小さいからね」

 そう言うと、三つ目ちゃんは、その場にしゃがみました。そして、なにかを手に取ると、私の顔の前に差し出します。

「やぁ、いらっしゃい。ようこそ、地獄寮へ。私が、寮長の目玉の親父じゃ。よろしくな」

 私は、目を疑いました。三つ目ちゃんの手に乗っているのは、肌色の手足と体の上に、大きな目玉が一つあるだけの手の平サイズの妖でした。

「えっと、あの・・・」

「初めて見たから、ビックリしたじゃろ。こう見えて、わしは、大王様の幼馴染みでな。頼まれて、寮長をしておるんだ」

 やっぱり、これは、夢に違いない。こんなに小さい妖なんて見たことがない。もしかして、妖精なのかも?

でも、大王様と幼馴染みって言ってたし、てことは、こんな小さいけど、ものすごく年を取っていることになる。地獄の恐ろしさをこんなところで実感しました。

 私は、鍵を開けて部屋に入りました。

「ウソっ!」

 思わず声が漏れてしまいました。というのも、初めて入った部屋なのに、私のアパートにある家具や机、ベッドに洋服ダンスまで、すべてがそのまんま揃えてありました。

「どうじゃ、アンタの部屋をそのままここに持って来たんじゃ」

 目玉の寮長さんは、そう言って胸を張ります。でも、それだけではありません。

ワンルームなのに、ものすごく部屋が広いのです。軽く20畳くらいはありそうです。

もしかしたら、もっと広いかもしれません。てゆーか、私一人では、広すぎる。

 呆然としている私に、三つ目ちゃんが言いました。

「どう、すごいでしょ。全部、みんなで運んできたのよ。これなら、暮らしやすいでしょ」

 私は、唖然としたまま頷くことしかできませんでした。

私は、だだっ広い部屋を一通り見て歩くと、感心しきりでした。

「後ね、こっちに来て」

 三つ目ちゃんに手を引かれて、部屋を出て階段を下りました。

目玉の寮長さんは、私の頭にチョコンと乗って、髪の中に潜っていきました。

「やっぱり、女子の髪は、柔らかくていいニオイがするの」

 なんだか、頭の中がもぞもぞしてきました。階段を降りると、すぐ隣のドアを開けました。

「ここは、トイレね。なぎさちゃんは、人間だから使うでしょ」

 三つ目ちゃんがそう言って、トイレのドアを開けます。個室が、左右に五個ずつ並んでいました。

「使うときは、合言葉を言うのを忘れないでね」

「合言葉ですか?」

「そうよ。トイレは、花子さんのお家でもあるから、ちゃんと断って入るのよ」

 トイレを使うのに、合言葉が必要とは、知らないルールです。

「合言葉はね・・・ は~な~子さん、遊びましょう」

「ハ~イ」

 三つ目ちゃんがそう言うと、個室の扉が自動的に開いて、中から三つ目ちゃんと同じような

赤いスカートに白いブラウスを着た、ポニーテールの可愛い女の子が出てきました。

「初めまして、花子で~す」

「は、初めまして、なぎさです」

「なぎさちゃんね。覚えたから、もう、大丈夫よ。いつでも使ってね」

「ハ、ハイ・・・」

「でもね、きれいに使ってね。汚したままにすると、トイレ鬼にお尻を舐められちゃうからね」

「えっ!」

 私は、思わず自分のお尻を両手で押さえました。

「あはは・・・ なぎさちゃん、大丈夫よ」

 三つ目ちゃんが三つの目から涙を流しながら笑っています。

「あたしと三つ目ちゃんは、お友達だから、なぎさちゃんも仲良くしましょう」

「ハ、ハイ、よろしくお願いします」

 いきなり、妖怪の友だちが二人できました。

「花子ちゃん、また、後でね」

「ハ~イ」

 三つ目ちゃんは、そう言って、トイレを出ると、廊下を歩きました。

食堂の脇を通ると、突き当りのドアを開けました。

「ここが洗面所と洗濯するところよ。洋服は、洗濯鬼が洗ってくれるから、汚れ物は出してね」

 言われてみると、巨大な洗濯機が音を出して動いていました。

「アンタが、大王様の秘書の人間か。何でもきれいに洗ってやるからな」

 洗濯機がしゃべった。どこが口だか、目だか、それもわからない。

「これね、洗濯機じゃなくて、洗濯鬼ね」

 三つ目ちゃんは、私の手に指で字を書いて教えてくれました。

「昔ね、川に住んでる妖怪だったんだけど、イタズラが過ぎて、大王様に罰として、洗濯機にされたの。それで、今は、地獄で洗濯鬼として、働いているのよ」

 すごい話だ。お伽話どころの話ではない。信じられないけど実話なのだ。

「洗面所の奥が、お風呂よ。ちなみに、混浴だからね」

「えっ、混浴ですか?」

「あら、イヤなの?」

「だって、男の人と入るって、裸になるわけでしょ」

「そうよ」

「だったら、恥ずかしいじゃないですか」

「なにを言ってるのよ。それは、相手が人間の男だったらの話でしょ。ここは、地獄よ。人間は、なぎさちゃんだけよ。

他の誰に見られるっていうのよ?」

「誰って、鬼の皆さんとか、他の妖怪さんたちとか・・・」

「なぎさちゃんて、自意識過剰よ。鬼とか妖とかバケモノたちは、人間の女なんて眼中にないから。まして、なぎさちゃんの裸を見たからって、どうってことないわよ。それも、慣れよ慣れ」

 そう言って、三つ目ちゃんは笑いました。だけど、私は、まだ、嫁入り前です。

恋人ならともかく、そうではない人たち・・・ それが、鬼であっても、バケモノであっても、裸を見られるのは、恥ずかしいとしか思えません。

「でもね、そんなことは、このお風呂を見てから言ってね」

 そう言って、ドアを開けると、そこに広がっていたのは、まさに、温泉でした。

「ここが、お風呂なんですか?」

 どう見ても、お風呂というより温泉です。それも、広い。そして、たくさんのお風呂があって、それも露天風呂の状態です。お風呂場から見える景色は、真っ赤なきれいな夕焼け空ときれいな星が夜空に光り輝いて、見上げると心が洗われました。

「どう、すごいでしょ。このお湯は、地獄の窯場から直接引いてきてるのよ。だから、体にとってもいいし美容にも効くのよ。お肌もツヤツヤのスベスベになるわよ」

 地獄の窯場から引いてたら熱くて入れない。熱湯風呂とか言うレベルじゃない。

「ほら、触って見なよ」

 そう言って、三つ目ちゃんは、湯船に手を入れます。湯気は、立っていても、沸騰しているようには見えない。私は、恐る恐る手を入れると、ちょうどいい温度です。

「気持ちいいでしょ。ちゃんと、温めにしてあるから、なぎさちゃんも入れるから」

 そういうと、湯気の向こうから、誰かが歩いてきました。

「あら、アンタ、さっきの人間じゃない」

 そこにいたのは、氷地獄の支配者で、雪女家の女王様でした。

「あなたは、さっきの雪女さん」

「なぎさって言ったわよね。ここに住むのね」

「ハ、ハイ」

 雪女さんは、もちろん全裸です。でも、肌が雪のように白く透き通っていました。

とてもきれいで、まるで、氷の彫刻のような姿でした。

「アンタも、あっちの氷プールに入ってみる?」

 そう言うと、湯気の向こうには、カチコチに凍っている温泉が見えました。

私は、顔色を失っていると、雪女さんが笑いました。

「あはは、冗談よ。アンタが入ったら、一発で氷漬けになるから、気を付けなさいね」

 そう言って、歩いて行ってしまいました。

「あの人は、雪女家の女王様で、雪姫様よ。この温泉を作った人なの」

「作るって、あの人は、雪と氷の・・・」

「だから、窯場のお湯を雪姫様の妖力で、丁度いい温度にうめているのよ。熱いままじゃ、あたしたちも入れないからね」

 なるほど・・・ さすが、女王様だ。私は、感心していると、違うお風呂から誰かが上がってきました。

「イヤぁ、今日もいいお湯だった」

「キャァァァ~!」

 思いっきり、叫びました。恐怖の叫びとは、この事です。

そこにいたのは、体中がケロイド状に溶けた世にも恐ろしい姿をしたバケモノだったからです。

「なぎさちゃん、大丈夫だよ」

「ダ、ダメ、もう、ダメ・・・」

「この人は、ミイラ魔人だから」

「ミ、ミ、ミイラ・・・」

 私は、その場にしゃがみこんで両手で顔を覆いました。

「えっと、もしかして驚かした?」

「なぎさちゃん、しっかりして」

 三つ目ちゃんに肩を抱かれて、手を支えてもらって立ち上がりました。

でも、その目に映ったのは、不気味な姿をしたミイラでした。

「ごめんよ。おいら、ミイラ魔人なんだ。アンタ、大王様の秘書だろ。いきなり、ビックリさせて、ごめんよ」

 そう言って、頭を掻きながらお風呂場を出て行きました。

「もう、出て行ったから、大丈夫よ」

 私は、心臓が止まるかと思いました。胸を触ると、まだドキドキしています。

「あたしたちも、出ようか」

 そう言って、支えられながらフラフラした足でお風呂場を出ました。

すると、そこには、体中に包帯を巻いているバケモノがいました。それが、あのミイラ魔人だったのです。

「ミイラ魔人は、普段は、体に包帯を巻いてるんだよ。風呂に入るときだけ、包帯を取るから、ビックリしたんだよね」

 私は、やっと、ホッとして、前を見ました。そこには、全身、白い包帯に包まれたミイラ魔人がいました。

「なぎさちゃんだっけ? いきなり、正体を見せて、ごめんな」

「いいえ、私の方こそ、ごめんなさい」

 私は、素直に謝りました。なのに、ミイラ魔人は、何度も頭を上げ下げしながら、しきりに謝っています。

包帯姿なら、見てもなんとも思いません。むしろ、真っ白できれいです。

「あの、今日から、ここに引っ越してきた、早乙女なぎさです。よろしくお願いします」

「ぼくのほうこそ、よろしくね」

 姿は不気味だけど、なんだかいい人みたいでした。

「わかったでしょ。とにかく、ここには、人間の男なんていないから安心しなよ。なぎさちゃんに手を出すようなバカはいないことだけは、確かだからさ」

「でも、みんな、鬼とか妖怪とかなんでしょ」

「そうよ。だけど、地獄で初めての人間だから、みんな珍しく見ているだけで、変なことはしないから大丈夫よ。

だって、そんなことしたら、大王様から、天罰が下るからね」

 そういうことなのか。それなら、少しは安心してもいいかもしれない。

私は、まだ、ドキドキしている胸を抑えながら、温泉を後にしました。

「この寮の中は、だいたい、こんな感じかな。あと、わかんないことがあったら、誰でもいいから聞いて見るといいよ。

見かけは怖いかもしれないけど、みんな親切だから」

「なんか、そう思う」

 それは、私の本心でした。みんな、顔や姿は怖いけど、話すときは、優しそうでした。

「さて、それじゃ、明日も仕事でしょ。寝たほうがいいよ」

「そうします。三つ目ちゃん、ありがとう」

「これからもよろしくね。あたしたち、お友達だからさ。それから、親父さん、こっちにおいでよ」

 そう言うと、私の髪をかき分けて、目玉の寮長さんが出てきました。

「すまんすまん、すっかり、居心地がよくて居眠りしてたよ」

 そう言って、私の髪の中から出てくると、三つ目ちゃんの肩に飛び乗りました。

「それじゃ、おやすみ」

 私は、そう言って、自分の部屋に戻りました。

「なんだか、今日は、すごい一日だったな」

 私は、そう思って、一日を振り返りながら、ベッドに入ろうとしたら、ドアをノックする音が聞こえました。




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