第2話 地獄のパトロールの始まり。
事務所を後にした私たちは、部屋を出ると、さっきの階段に向かいます。
その時でした。事務所のドアが開きました。
「ちょっと、ちょっと、秘書さん、待ってよ」
私を呼ぶ声がしたので振り向くと、ドアの隙間から女性の顔が出てきました。
「えっ、えーっ!」
思わず仰け反ると、ドアが開いて首がにょろーっと伸びて私の方にやってきたのです。
「な、な、何ですか?」
声を震わせて目を白黒させていると、その女性が笑いました。
「ごめんなさいね。ビックリさせて。あたし、人事のろくろ首。よろしくね」
「ろ、ろ、ろくろ首って・・・」
「あら、知らないの? あたしって、人間の世界じゃ、結構、有名だと思ったんだけどなぁ」
イヤ、知ってる。マンガやテレビで何度も見てる。この世界じゃ、超有名な妖怪です。だけど、本物を見たのは、これが初めてです。腰を抜かしそうでした。
「あとで、社員証を作らなきゃいけないから、この書類を書いて、明日でいいから持ってきてくれないかしら」
「ハ、ハイ、わかりました」
そういうのが精一杯でした。すると、ドアがちゃんと開いて、体が後からやってきました。首が元通りに戻ると、姿形は、どこから見ても美人な大人の女性です。
「それじゃ、これね。わかるところでいいから、書いてちょうだい」
「ハイ」
私は、その書類をもらうと、持っているバッグに仕舞いました。
「それじゃ、よろしくね。あなた、人間なんでしょ。がんばってね。死んじゃダメよ」
最後の一言が、とても気になります。そんな言葉を残して、彼女は、部屋に帰って行きました。
「あはは・・・」
隣で、風小僧くんが笑っていました。
「おかしいですか?」
「だって、なぎさちゃん、ビビってばっかりで、みてておもしろいんだもん。やっぱり、人間てビビりなんだな」
「そ、そんなことは・・・」
言い返そうと思っても、事実だけにそれ以上のことは言えませんでした。
誰だって、いきなり本物の妖怪とか幽霊とか見たら、ビックリするに決まってる。
「ろくろ首とか妖怪ごときでビビってたら、仕事なんかできないぜ。しっかりしろよ」
「わかってるわよ」
「んじゃ、いよいよ、地獄に行くから、ビビってオシッコチビんなよ」
「しないわよ。子供じゃないもの」
「それじゃ、これを見てもチビんなかったら、認めてやるよ」
そう言って、階段を下りていきました。私は、その先に待ち受ける、ホントの地獄を見るとは、この時は、夢にも思いませんでした。気合を込めて、気を張って階段を下りていきました。
「ハイ、着いたよ。明日から、なぎさちゃん一人で行くんだからね。泣きべそかいたりしたら、一発でクビだからね」
「泣いたりしませんよ」
「んじゃ、行くぜ」
そう言って、ドアを開けました。そこは、まさしく、地獄へ続く扉でした。
私の目に飛び込んできたのは、文字通りの地獄絵図でした。
地獄に落ちた人間たちの哀れな末路を目の当たりにして、膝が震えます。
耳には、叫び声や泣きわめく絶叫があちこちから聞こえます。
「な、な、なに、これ・・・」
「見りゃ、わかるだろ。地獄だよ」
地獄って、こんなに酷いところなの・・・ 阿鼻叫喚というか、哀れな死者たちを鬼たちが責め立てています。
「助けてくれぇ・・・」
「お願いだから、もう、やめてぇ~」
「うわぁぁ~」
「キャアァ~」
「誰か、助けて・・・」
右を見ても左を見ても、見るに堪えない悲惨なものばかりです。
足が震えて前に出ない。私は、おしっこを漏らすどころか、腰が抜けて声も出ません。
「しっかりしろよ、なぎさちゃん」
「あ、あぁ・・・」
「なぎさちゃん、しっかりしろって」
風小僧くんが私を支えて肩を揺さぶります。
「アレ、アレは、なに・・・」
「だから、地獄だって言っただろ。ほら、行くぞ」
風小僧くんに手を引かれて、フラフラしながら歩きました。
「右が血の池地獄で、左が針地獄ね」
真っ赤な血の海の中に落ちた人間たちが、血まみれになりながら溺れています。
這い上がろうとするのを、奇妙な生き物が血の海に落としています。
首や頭を持って、真っ赤な血の海の中に押しつぶしていました。
「助けてくれぇ・・・」
全身血まみれの人間という形をした生き物が、手を伸ばして私に助けを求めてきました。
「あの、助けないと・・・」
「バカ、手を出すな。引きづり込まれたら死ぬぞ。こいつらは、死者で亡者だから、相手にするな」
そう言われて、慌てて手を引っ込めました。
「い、痛いの、もう、痛いの、誰か、助けて・・・」
声がする方を向くと、針山に突き刺さってもがき苦しんでいる人たちが見えました。私は、思わず顔を逸らして目を閉じました。こんな残酷な光景は、見たくありません。裸の若い女性や男性が、針山の上を歩かされたり、針がお腹や腕など、体中に突き刺さって苦しそうに呻き声を上げて助けを求めています。
そこを、体の大きな怖い顔をした鬼たちが、責め続けています。
「相手にしないで、さっさと行くぞ」
「だって・・・」
「だから、こいつらは、生前に悪いことをして、地獄に落ちたやつらなの。相手にするな」
風小僧くんは、こともなげに言うと、普通に歩き続けます。
私は、手を引かれながら、震える膝を励ましながら歩きました。
私たちが歩くと、助けを呼ぶ声と、泣き叫ぶ悲鳴があちこちから聞こえて、耳を塞ぎたくなります。
「よぉ、風小僧じゃないか。珍しいな、こんなとこで何してんだ?」
「赤鬼さん、元気ですか?」
「ぼちぼちだな。で、お前は、何してんだ?」
「この人、新人の秘書さん。なぎさちゃんて言うんだけど、ここは、初めてだから、案内してるところだよ」
「ヘェ~、アンタが、噂の大王様が雇った人間か」
「ハ、ハイ・・・」
私を見下ろして言うのは、ビルの三階建てくらいありそうな巨人の赤鬼でした。
全身真っ赤で、金髪のクルクルパーマから角が一本生えていました。
黄色と黒の縞々パンツだけを身に着けた、巨大な鬼です。
目を剥いて、大きく開けた口からは、牙がいくつも見えました。
風小僧くんがいなかったら、腰が抜けて、ホントにオシッコを漏らしていたかもしれません。私を見下ろすその目で睨まれると吸い込まれそうでした。
「名前は?」
「ハ、ハ、ハイ・・・さ、早乙女なぎさです」
「なぎさか。いい名前だ。まぁ、がんばれ。何か困ったことがあったら、何でも聞け。ここにいる鬼や妖どもは、見かけは怖いが、みんな親切で優しい奴らばかりだから安心しろ」
「ハ、ハイ、ありがとうございます」
この時の私は、顔が引きつっていたと思います。
こんな大きな鬼に睨まれて、普通でいられる人なんているわけがありません。
「大王様の秘書は、大変だけど、しっかりやれ」
そう言って笑った顔は、余計恐ろしい。そんな不気味な笑顔と低音ボイスが、いきなり豹変しました。
「こらぁ! 鬼ども、もっと、しっかりやらんか。亡者どもに容赦するんじゃない」
周りにいる鬼たちを怒鳴りつけました。その声に、私は、震えあがりました。
声の変わりように、腰が抜けると思いました。見ると、そこにいた、死者たちがもがき苦しんでいます。
それなのに、鬼たちは容赦しません。見るに堪えないので、私は、震える膝を励ましながら足を踏み出しました。
風小僧くんに手を引かれながら、先を急ぎました。すると、いきなり熱風が私の方に吹いてきました。
「熱っ!」
思わず声が出てしまいます。
「ここは、灼熱地獄だから、ちょっと熱いけど、なぎさちゃんは、大丈夫だから」
なにが大丈夫なんだ。ものすごく暑いじゃない。
もしかして、私も焼かれるのかしら?
見ると、灼熱の炎に焼かれている死者たちが、悶絶している。
誰もが悲鳴を上げて、のたうち回っている。もはや、人間の形すらしていない。
真っ赤に焼かれて、男も女もわからない。
「そっちは、生き地獄ね。死ぬこともできずに、一生、苦しみながら生き続けるってやつね」
恐ろしいことをあっさり説明する風小僧くんとは逆に、私は、震えあがりました。
死者たちは、鬼たちに生きたまま殺されているのです。体を切り裂かれ、皮膚を剥がされ、目も鼻もそぎ落とされ、余りの残酷ぶりに、目のやり場に困りました。
それなのに、死者たちは、死ぬことができず、もがき苦しみながら生き続け、何度も殺されるのです。
こんな残酷なことは、見たことがありません。私は、目を逸らすしかありません。
でも、右も左も残酷ショーの有様で、どこも向くこともできません。
私は、なるべく見ないように、風小僧くんの手を握って、前を歩きました。
すると、今度は、いきなり冷たい風が吹いてきました。それどころか、寒くて凍えそうです。
歯がカチカチなって、両手で体を抱きしめます。吐く息が白いのがわかるほどです。
「ここは、どこなんですか?」
私は、声を震わせながら聞きました。
「ここは、雪女の屋敷だから寒いんだよ。でも、なぎさちゃんは生きてるから、凍ったりしないよ。ちょっと寒いだけだから」
ちょっとどころの寒さじゃない。こんな寒さは、経験したことがない。
「おや、風小僧じゃないか。何しに来たんだい?」
そこに、真っ白い着物を着たものすごく美人な女性が現れました。
「雪姫様、元気そうですね」
「お世辞なんて言う柄かい。そこの女は、誰だい?」
「この度、大王様の秘書に雇われた新人です」
「アンタが噂の人間かい」
「ハ、ハイ、よろしく、お願いします。早乙女・・・な、なぎさと申します」
余りの寒さで、口が回りません。
「まぁ、しっかりやんな。ここは、寒いけど、あたしたちの世界だからね。雪女は、寒くないとね」
わかったような、わからないような、話を聞かされた私は、一刻も早くここから出て行きたい。寒くてたまらない。明日から、ここも見回らないといけないとなると、厚着していかないと凍死する。
雪女の屋敷を通り過ぎると、やっと体が温まってきました。一時は、どうなることかと思った。
しかし、ホッとするのも束の間です。
「アソコが出口ね」
言われてみると、そこには、川が流れていました。
その川岸に小さな子供たちがたくさんいるのが見えました。
その子たちは、小石を積み上げています。ところが、そばにいる鬼たちが、せっかく積み上げた石を崩していく。なんて酷いことをするんだろう・・・
泣いている子供たちにも容赦なく石を崩していく鬼たちに怒りを覚えます。
「なにしてるの? 酷くないですか」
「アソコは、三途の川っていうの。聞いたことあるでしょ」
私は、その一言を聞いて、目が点になりました。まさか、生きて三途の川を見るなんて、信じられません。
「ここは、餓鬼道って言って、水子として生まれなかった子供たちが来るところなの。ここで、あの餓鬼どもは、石を積み上げて、10個積めたら、生まれ変われるんだ。でも、あの鬼たちが石を崩すわけ」
「そんなの酷くないですか?」
「しょうがないじゃん。ここは、地獄だもん。あの餓鬼どもは、永遠にこの地獄で石を積み続けるんだよ」
「可哀想じゃないですか」
「あの餓鬼どもは、生まれてこない方がよかった命だからね。もっとも、あの餓鬼どもの親たちも、この地獄のどこかにいるけどね」
そう言って、私は、泣いている子供たちのそばを歩きました。可哀想すぎて、私も泣きそうになります。
その後も、あらゆる地獄を見て回り、そのどれもが見るに堪えない悲惨なところばかりでした。
そして、やっと出口に着くと、またしても恐ろしいバケモノが待ち受けていました。
さっきの五冠王とか赤鬼と同じくらい巨大な牛でした。
「牛魔王様、ご無沙汰しています」
「なんだ、風小僧か。何をしている?」
「大王様が新しく雇った、秘書を案内してるところです」
「なんだって? すると、お前が人間か」
そう言って、巨大な目で見降ろされました。見れば見るほど、大きな牛でした。
角もあるし顔は牛のままで鼻息が荒い。目が大きく、両手両足は、蹄が付いている。
それなのに、頑丈そうな鎧を着て、大きな槍を持っている。
「生きた人間は、この地獄では、お前だけだからな。死なないように、しっかりやれ」
「ハ、ハイ・・・ 秘書の早乙女なぎさです。よろしくお願いします」
「何か困ったことがあったら、何でも言え。ここにいる鬼も妖もバケモノどもも、亡者や死者には厳しいが生きた人間には、みんな親切だからな。誰も、お前を食ったりしないから、安心するがよい」
さっきの五感王と同じことを言っていたのを思い出した。ホントに、それを信じていいのでしょうか。
そして、牛魔王にドアの開け方を教えてもらいました。そこにあった、今にも倒れそうな大木があります。
そこにぽっかり穴が空いていました。そこに手を入れると、何もなかった空間が開きました。
見ると、最初に入った階段の向かいのドアの前にいました。どうやら、繋がっているようです。
「地獄の見回りは、こんな感じね。歩くのは、今と同じだから、迷子になることはないから大丈夫でしょ」
「明日から、私が一人で歩くんですか?」
「そうだよ」
今見た光景を、明日から一人で見ながら歩くのか・・・ やっぱり、無理だ。怖すぎる。辞めようかな・・・
「今、辞めようかなって、思ったでしょ」
「えっ?」
「別に辞めるのは、なぎさちゃんの勝手だけどさ、慣れればどうってことないよ。みんな、実は、歓迎してるんだからさ
がんばってみたら」
風小僧くんは、私の心が読めるらしい。だけど、私は、辞めません。
「平気です。私は、辞めたりしません」
「その意気だよ。みんな、応援してるから、がんばって」
「ありがとうね。風小僧くん」
私は、そう言って、風小僧くんの手を握りました。
「んじゃ、ぼくは、ここまでね。寮には、姑獲鳥ちゃんが案内してくれるから、ちょっと待ってて」
そう言うと、風小僧くんは、口笛を吹きました。
すると、風が舞って、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてきました。
「アギャァ~」
そして、一つのドアが開くと、そこから巨大な雀が出てきました。
「呼んだ?」
「呼んだよ。姑獲鳥ちゃん、ぼくだよ」
「あらま、風小僧くん、元気してる?」
「してる、してる」
な、なんだ、この生物は・・・ 雀が人の言葉を話している。しかも、ちゃんと会話している。しかも見上げるくらい、大きな雀です。
「見かけない子だね。誰だい?」
「初めまして、今日から、大王様・・・ じゃなくて、社長の秘書をすることになった、早乙女なぎさと申します。よろしくお願いします」
「あら、そう。それにしては、可愛い子ね。食べちゃおうかしら?」
ものすごく物騒な挨拶です。しかも、大きなクチバシから、舌なめずりまでしている。
「ダメだよ、姑獲鳥ちゃん。この人は、姑獲鳥ちゃんの子供じゃないよ」
「そういえば、そうね。全然、違うわね。ガッカリだわ」
そう言われても、こっちが困る。てゆーか、この雀は、自分の子供を食べるのか? なんて親だ。
「姑獲鳥ちゃんて言って、雀の妖なの。自分の子供を探してるだけで、食べたりしないからね」
それを聞いてホッとする。だけど、冗談にも聞こえないので、やっぱり怖い。
「あのさ、なぎさちゃんを寮まで案内してほしいんだけど、頼めるかな?」
「お安い御用さ。どうせ、帰り道だからね。それじゃ、なぎさちゃんて言ったっけ? あたしの背中に乗って」
「ハイ?」
「背中に乗ってって言ったの。寮まで、送ってあげるから」
「イヤ、その、あの・・・」
私は、その後の展開がなんとなくわかりました。送ってくれるのはありがたいけど、背中に乗るということは、空を飛んで行くということです。それは、硬く遠慮したい。出来ることなら、歩いて行きたい。でも、そんなことが言える雰囲気ではない。姑獲鳥という巨大雀は、私の前に来ると、背中を向けてその場にしゃがんだのだ。
「ほら、なぎさちゃん、乗って乗って」
「イヤイヤ、それは、いくらなんでも無理です」
「飛んで行けば、すぐだから、遠慮しないで乗んなさい」
「でも、落ちたら、確実に死ぬでしょ」
「安心しなさい、落としたりしないから。これでも、あたしは、雀だからそんなに早く飛べないし、いつも安全で飛んでるから心配ないよ」
そんなこと信用できるほど、私は、お人好しではない。
「早く乗って」
姑獲鳥は、そう言うと、クチバシで私を乗せようとします。
そんな鋭いクチバシを向けられたら、刺さったらどうするのよ・・・
すると、風小僧くんが、私の背中を押して、姑獲鳥に乗せようとします。
「ちょっと、待って・・・」
「いいから、いいから」
結局、背中を押されて、姑獲鳥の背中に乗ってしまいました。
私、今、雀の背中に乗ってる。飛行機にすら乗ったことがないの私が、生きている巨大な雀に乗ってる。これを信じろという方が間違っている気がする。
「しっかり、羽を持ってね」
姑獲鳥に言われて、私は、フワフワの鳥の羽を握りました。
「それじゃ、行くわよ。しっかり捕まっててね」
「あの、落とさないように、お願いしますね」
「わかってるわよ。それじゃ、風小僧くん、またね」
「うん、またね」
そう言って、風小僧くんに見送られて、雀の背中に乗った私でした。
姑獲鳥は、そのまま雀らしく、チョンチョンと小さく飛びながら、一つのドアに向かいました。
クチバシで器用にドアを開けると、そこは、地獄は地獄でも、さっきのような凄惨な場所ではなく、何もない、だだっ広い荒野でした。
「それじゃ、行くわよ」
そう言うと、姑獲鳥は、羽を何度か羽ばたくと、一気に空に飛び上がりました。
「ちょ、ちょっとぉぉぉ~」
私の声が風に遮られました。私は、姑獲鳥の羽をしっかり握りしめ、背中にしがみ付きました。一気に飛び上がると、眼下には地獄の荒野が見えました。
「下を見て。いつ見てもいい景色でしょ」
そんな余裕はない。あるわけがない。シートベルトも付けてない。
安全装置もない。ただ、羽に捕まっているだけで危険極まりない。
落ちたら、絶対に死ぬ。
「見えてきたでしょ。アソコが、寮よ」
そんなことを言われても、風が強くて前を向けない。安全でゆっくり飛ぶなんて嘘じゃないか。ものすごく早い。髪が風でなびいて、目も開けられない。
そして、次第にゆっくりと下に向かって降りてくる。
「ほら、着いたわよ。降りて、降りて」
見ると、目の前に、お城のような豪邸がありました。
私は、背中から滑るように降りました。よかった、生きてる。
落ちなかったのは奇跡だ。
二度と、空を飛んで行こうとは思わない。心臓に悪すぎる。
「あ、ありがとうございました・・・」
私は、膝をガクガクさせながら、擦れた声で言いました。
「これから、遠慮なく言ってね。いつでも乗せてあげるからね。何なら、送り迎えしてあげるわよ」
「いいえ、大丈夫です」
冗談じゃない。毎日、背中に乗って送り迎えなんてやったら、命がいくらあっても足りない。まして、ここは、地獄です。落ちたらケガじゃ済まない。
「それじゃね」
そういうと、姑獲鳥さんは、あっという間に飛んで行ってしまいました。
私は、少しホッとしたけど、目の前のお城のような豪邸を見上げて、息を飲みました。
「ここが、寮なの・・・」
そんなことを思っていると、お城の大門が開きました。
中から出てきたのは、全身に目玉だらけのオバケでした。
私は、余りのことに、今度こそ、ホントに腰が抜けてその場に尻もちをついてしまいました。
「遅いわね。待ってたのよ」
「あ、あ、あの・・・」
もう、声が出ません。このまま、気絶しそうでした。
「なにしてんの。早く入りなさいよ。みんな待ってるのよ。今日は、あなたの歓迎会だから、さっさと来なさい」
「あの、あの・・・」
「まったく、人間て、世話が焼けるわね」
そう言うと、私に手を差し出しました。でも、その手にも目玉が見えます。
しかも、瞬きまでしている。
「どうしたの?」
「イヤ、だから、その・・・」
言葉も出ない私の手を、目玉のオバケは強引に握って、立たせてくれました。
「目・・・目が・・・」
「当り前でしょ。あたしは、百目女だもん」
「ひゃ、百目女・・・」
私は、失神してもおかしくない状況です。目がクラクラしてきました。
全身が薄いブルーで、のっぺりした姿をして、どこが体でどこが顔だかも見分けがつかない。
それなのに、目だけが全身に数えきれないくらいついて、ときどき瞬きしている。
そんなバケモノに手を握られて、私は、悲鳴を上げそうになりました。
そして、そのまま手を引かれて、屋敷の中に連れ込まれました。
連れ込まれたら最後。煮たり、焼いたりして、食べられてしまうと覚悟しました。
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