七通目

この間に途中になってしまった、例の話の続きを致しましょう。


──怜は「これ」という仕事に出食わさぬまま就職活動を続けていました。


そのうち「このままでは折角のチャンスを逃すことになりかねない」というのに気づき始めたのです。

怜は「一時興味を持った」と言える、一つの会社へと入る決心をしました。


それは所謂「ファッション業界」でした。


彼女は夜の仕事で派手な服を着ていた反面、服に対して特別な興味がある訳ではありませんでした。単に派手な服は仕事着で着ていただけで、仕事が終われば質素な服を好んで着ていました。


怜は服に「興味がない」に近く、僕と一緒に行った買い物でも、無難なファストファッションを選んでいました。


 それがある時から、服にもメイクにも凝り始め、メイクが変わるとファッションも変わるといった具合で、今まで着なかった服、特に色については、様々な色味を好んで買うようになりました。


就職活動で出会った友達がオシャレさんで、影響を受けてそうなったようです。(後日僕もその方に会いましたが、他の人には着こなせない奇抜な服を好んで着ている、確かにオシャレさんでした。古い人はそうとは捉えられないかもしれませんが)


 怜は影響を受けたとは言っても冷静に判断し、はじめは自分に似合うファッションを見つけようとしていたと、僕には見えていました。


少し経つと、家には何冊かのファッション雑誌が置かれるようになり、雑誌へと触れる回数が増える程に興味が増し、それが就職にも影響しました。遅咲きの分、強い関心が生まれたのでしょう。


短い期間で得た人並み以上の知識で、今は誰もしていない格好を好んでする日もありました。ファッションの世界では、誰もしないような格好がオシャレという風潮もあり、怜は勉強半分もありながら、好んでそういう格好をしていました。


 一方僕は、彼女をオシャレとは思えず(あくまで僕の主観ですが)変な格好に近いくらいに捉えられていました。


ですから、擦れ違う人の目線が不快に感じ、怜を笑っているという感覚に襲われました。

これはこちらの感覚でしかないわけですが、勝手ながら「やめてほしい」ということも言ったりしたのです。彼女は「ファッションてそんなもんだから」と言い放ちます。


結局要求は通らず、僕からすると「奇行」とも思える、ファッション探求は続けられました。


 が、そのうちファッションに興味のなかった怜へと戻っていきました。


何故なら怜がしていた格好、行いは、ファッション業界でも少数派に属することだと知ったからです。


 彼女は大学を卒業すると希望していた会社へと入りました。入ってみて知ったのは、業界が思っていたよりも保守的だという点です。自分が好きな格好をしている人はいないと思える状況だったのです。


 ファッションとは時代であり、時代の中心にいるのが業界のオシャレであると言えます。


但し、長い目で見れば中心にいるというのは逆説的に「時代の無難に収まる」という意味なのです。

好きな格好を楽しむ人は、オシャレな人の中でも少数派になるのです。


本当は少数派になるとしても、好きなら自分の選んだ服を着れば良いのですが、そこで問題になるのは女性の多い業界である部分です。


女性の世界に於いて「主流から出る」というのは、相当に勇気がいる行為と言えます。

女性というのは共感を求め、近くにいる人達と集団を作りたがるものです。今後の生活に於いて集団から外れるのは「多難」を意味します。


新人である怜には多難を取る選択はありえませんでした。


だから就職するまで続けていた奇抜なファッションを入社そうそうやめるに至って、僕から見ると似たりよったりの「現代の無難」に怜は収まったのです。

そのうち今まで着ていた服も全く見なくなり、後には自分がそんなファッションを好んだというのさえ、一切持ち出すでもありませんでした。


 この様子からも、希望して入った会社は思っていたような仕事ではなかったのでしょう。

初めてやる職種という意味では新たな発見、やり甲斐もあったのでしょうが、次第に「自分には向いていないかも」と言い始めました。


これは誰しもが最初に感じるものかもしれません。ですが、僕も「そうかも」と思えました。


というのは、単純に男を相手にしていたのから女ばかりになったというのもそうでしょうし、給料などは大分少なくなっています。

実際に減った給料は、それを補うだけのやり甲斐などで埋めたいというのに、埋めるだけの何かは見いだせず、女性ばかりが集まる世界のしがらみという問題を一つ増やすとなっている現状は、辞めたいと思っても当然という気がしました。


 流れを追っているだけ(実際はそういう訳ではないのでしょうが)の仕事は怜を疲弊させていき、一年も経つくらいには愚痴に留まっていたものが、本当に辞めようかという感じになっていました。


僕の方は仕事の何たるかを少しは知る位になって、一時の忙しさからも抜けていましたから、寄り添う余裕も生まれていました。そんな僕と、怜は時間をともにする日が増えていました。


 すると、付き合いが長くなっていたのもあり、結婚という話が出始めたのです。


色々と話をする中「怜の仕事の辛さを解消するには辞めるのが簡単」という流れになり「でも、辞めてしまうと生活が大変」と言うので「じゃあ僕の家に居れば」と返して、すると怜が「それならもう籍を入れてしまおう」と自然に流れていったのです。


僕はこの会話を、違和感もなく受け入れていました。


 実を言うと、僕には結婚願望がなかったのです。けれど、逆に拒否感もなく『いずれはするだろう』が「単に今来ただけ」という感じでした。


 事は話が出てから早く流れ、互いの友人の名を一人ずつ書かせ、役所に届けを持って行きました。


我々は誰に発表するでもなく、夫婦になっていました。知っているのは名を書かせた友人とほか数名です。


 そんな感じで結婚した為に、会社の人達にも「結婚した」というタイミングを逃して、殆どの人は僕を未だ独身と思っていました。(娘の件が起こってから『そうではない』知った人が多かったと、手紙をくれた同僚が言っていました)


 他人はどうあれ、するべきことはしなければなりませんでした。「自分の両親だけには言っておけなければならない」と、籍を入れて少しして、二人で僕の実家へと行くとなっていました。


 帰ってみると、両親は大分よそよそしい対応です。


というのも、怜にすら長く連絡しなかった僕です。実家にも当然長く帰らず、連絡もせずで、帰るとなったのが妻となった人を連れてでした。そうなっても仕方がない状況だったのです。


 母は電話に出る時のようなワントーン高い声で我々を迎え、家へと招きます。横にいる父はソワソワとして何も話さず、見ているような見ていないような、妙な雰囲気でリビングまで歩いて行きました。


 リビングには家を出て行っていない弟は不在も、妹が先に座っていました。


妹は先ず自分の名を名乗り、それを受けた怜が自己紹介をする形になっていました。

怜は僕の紹介を待つでもなく話し、こちらは二人の傍観者となりました。


 改めて見ると妹は大分色気づいていました。僕の印象はまだ幼かった頃のものが強く、きちんと挨拶するのでさえ、妙な心持ちで見ました。


加えて、妙な気持ちにさせたのは、女同士の探り合いを感じたからです。


まだ大人にもなりきっていない妹は、一端の女の如く「どんなもんか」と見ている気がします。

この不快さが「父や母もそうではないか」という疑念に変わり、好奇の目線が含まれているという思いで気分が悪くなりました。


 暫く経っても、他人に入り込んだ我が家はフワッとしたものです。

空気を変えようと頑張る母の行動は、より空気を撹拌させ、空気を固められる気配を見せません。


これは別に怜が家に馴染まないのではありません。寧ろ、家族全員が馴染まない雰囲気をつくってしまっていたのです。


 うちは家族の仲が良かったとしても、誰かが泊まりに来る家ではありませんでした。誰かが家に入って来るのに慣れていなく、どうすればいいかに迷っていたのです。


 それでも目出たい一件です。


誰もが浮足立っているのは致し方なしと、それはそれでイレギュラーな出来事という感じで、皆受け入れていました。


 みんなで食事をし、帰るまでも実に穏やかでした。よそよそしい会話をしながらも、妹と怜は連絡先を交換するまでになって、先々には『また違った関係性が作られていくのだろう』と想像されるのでした。


 その後ちょくちょく帰りましたし、偶に妹が一人で僕の家に来る日もありました。

実際に新たな関係は生まれていたのです。

子供が生まれてからは特にそうで、子供という人気者を中心に、関係は成り立ちました。


この話はまた後にしましょうか。

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