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六畳ほどのスペースの中央に、大きめのテーブルが置かれている。壁際には流し台や製氷器、邪魔にならない様に寄せられた掃除用具。部屋の角には小振りなマネージャー用のデスク。
蛍光灯のせいで、店内よりも若干薄暗く彩度の低い空間。高い位置に設置された横長の曇りガラスの窓からは、西日が緩く差し込む。他のスタッフは出払っており、今ここにいるのは美咲だけだった。
とりあえず落ち着こう。
エプロンを外しパイプ椅子の背もたれに掛ける。そのまま自分も腰掛けて深呼吸。冷静に考える。
そうだ、私の名前を知ってるなら、思い当たる人がいるはず。
そもそもシフトに入るたびに顔を合わせているのだ。そう思い美咲は、あのベンタブラックの人相を思い出そうとする。もしかしたら昔の知り合いだけど、ちょっと人相が変わっている可能性もある。誰だかすぐに分からなかったのかも。正体さえ分かれば対策も考えられるだろう。
ベンタブラックがレジ前に立つ、いつもの光景を思い浮かべようとする。ええと、
……は?
分からない。思い出そうとしても、ベンタブラックの顔を想像しようとしても、なにもわからないのだ。うまく思い出せない。
いつも顔を伏せてたんだっけ?髪長かった?帽子は、いや被ってなかった筈だ。あんなにいつも見てたのに。
そうだ、席に座ってる時はどうだったっけ。窓際で本を読んで、少し俯いてたけど顔は見えるくらいの角度で、レジから見ると真っ黒い平面に見えて、そこだけ穴が空いてる様で、そう、なんにも無いみたいに、足の先から頭のてっぺんまで、
……真っ黒だ。
顔もなにもかも、ベンタブラックは真っ黒い平面だ。私、一体何見てたんだ……?気持ち悪っ、なんであんなもん見てた?普通じゃないだろ!はじめて見た日、あいつが席に座ってカフェの風景にあの黒い平面が現れた時、
なんであそこで気付かなかったんだ!?
こんなの好奇心以前の問題だ。どう考えても普通の人間じゃない。どうして一ヶ月も呑気に観察してたんだよ!あれ見るためにバイト続けてたとか?なんであの日辞めなかったんだ!?
「佐々木さん大丈夫~?」
その時ふっとバックルームの扉が開き、聞き覚えのある声が響いた。振り返るとマネージャーの高橋が、心配そうに扉から顔を覗かせている。
美咲は知らない間に自分の息が上がっていた事に気付くと、少し整えてから応えた。
「あ、はい、ちょっと……」
すると高橋は美咲が言い終わるのを待たず、
「うわ!ほんとに顔色悪いじゃん、もう上がった方が良いよ!」
そう言って高橋は美咲の体を気遣い、荷物など帰宅の準備をしてくれた。なにか声をかけてくれたとは思うが、美咲は良く覚えていない。なんとか帰路に着くので精一杯だった。
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