第8話
貸倉庫にあるというハルがレンタルした宇宙船に乗って、マーチはハルと空に飛び立った。この宇宙船は目的地を定めたら全自動でそこまでつれて行ってくれるタイプのものであり、アスマを連れてプロキオンが乗っていった宇宙船とよく似た形をしていた。
付属していた宇宙服を着ておきなさいと促され、急いで着る。宇宙旅行が当たり前になっている昨今、今やボタン一つで着られる宇宙服のタイプばかりなので、手間取らずに着用できた。ハルも宇宙服を着て、ヘルメットの通信でお互い会話ができるように設定してもらう。
その後で、マーチはハルとどうやってプロキオンと対抗するか話し合った。
ハルは大丈夫だろう、と言ったが、上手く行くのか、という不安はどうやっても生まれてくる。だがそれよりも何よりも、アスマを助けたいという気持ちが強かった。
そうこうしている間に、目的地であるルールー星の月に到着した。空は真っ暗で、雲の代わりに星で埋め尽くされている。地の彼方まで銀色の砂の地面が続いており、草木一本生えていない。本当に月に来ちゃった、とマーチは窓から外を見て呟いた。
ハルと外に出ると、重力が軽いせいか足下がふわふわとしており、体が軽い気がした。兄ちゃんは、と辺りを見回すと、少し行った先に、大きな宇宙船が停まっている影が見えた。
「ハルさん、あれ!」
「行ってみよう」
駆けつけると、宇宙船の前に、丸い小さな宇宙船が着陸していた。プロキオンが乗っていったあの船だ。背後の大きな宇宙船が、カニスとプロキオンの逃亡用に用意されていた宇宙船だったのだろう。
「兄ちゃん!」
宇宙船の中には、プロキオンに着せられたのか、宇宙服姿のアスマがいた。彼は窓を両手で叩いて何かを叫んでいた。マーチと言っている、と口の動きを読み取ったハルが言った。
ひとまず、アスマが無事であったことに安堵する。しかし肩の力は抜けなかった。宇宙船の前に立ちはだかるようにして、プロキオンが生身の状態で立っていたからだ。
「なんでこんなことするの! なんで私を騙したの!」
叫んだ後で、そういえばこのままでは相手に声が伝わらないと気づいた。ところがその直後、耳元で声がした。
「博士の願いを叶えるためです」
マーチはびっくりして、ヘルメットの外から耳を押さえた。ハルは「通信をジャックされたかもしれない」とマーチに言った。
「博士の願いは、自分の存在を世に知らしめることです。ワタシはその手伝いをする義務があります。ワタシに施されたプログラム、噛みつくだけで機械を暴走させられるプログラム。これは、使い方次第で簡単に宇宙を支配できるでしょう。博士の実力が正当に評価される日が来るのです。
そのために、マーチの存在は都合が良かったのです。マーチ、アナタの頭脳レベルなら騙せると予測していました。ワタシの望むままに動いて下さって、本当にありがとうございます」
「プロキオン……」
怒りも悲しみも、自分が思っていたよりは湧いてこなかった。ただ、本当にプロキオンは悪いやつだったのだ、と改めてわかった。
しかしわからないことがある。なぜこんなことをしようと思ったのか、という動機だ。すると、プロキオンはいきなりこんなことを言ってきた。
「マーチなら、博士の気持ちもわかるのではないですか?」
マーチは首を傾げた。何を言っているのだろう、と率直に思った。
「博士もかつては、世のため人のためになるロボットを作りたいと願っていたそうです。しかし周りから無能と、才能なしと散々言われ、今まで馬鹿にしてきたニンゲン達全てが参りましたと言う機械を作りたいと願うようになったそうです。マーチも同じなのでは?」
「お、同じ?」
「マーチはヒーローになりたいのでしょう? つまり、自分の名前を世に知らしめたいと思っているということなのでは?」
は、とマーチの口から怒りが漏れた。
「何それ、ふざけないで! 私は見返りなんて求めてない! 困ってる人が助かればそれでいいよ、ヒーローってそういうものでしょう!」
「本当に? アナタの部屋には、アナタの善行を讃える表彰状やトロフィーなどが飾られていました。本当に見返りを求めていないなら、そういうものなど飾らないのでは?」
え、と。マーチの体が固まった。正面からの攻撃も後ろからの攻撃も注意していたら、横側の斜め上から殴られたような、そんな衝撃だった。
「そ、そんなこと、一度も考えたこと……」
「マーチは心から見返りを求めたことが、ただの一度もないというのですか? 称賛も名誉も一切をいらないと、本気で言えるのですか? “ありがとう”の言葉欲しさに誰かを助けたことが一度もないと、胸を張って発言できますか?
去年、ヒーローが好きなことへの共感を得られず、クラスで孤立していたと話していましたよね。そんな経験があったのに、有名になって周りを見返してやろうと思ったことが、ただの一度もないのですか?」
「そ、そんなの……」
考えたことがない。それは本当だ。ではどうしてこんなに、喉が強張っているのだろう。心臓に泥が詰まったようになっているのだ。これではまるで、動揺しているみたいではないか。
本当に違うなら、即座に言える。はっきり違うと言い切れる。ではどうして、いつまで経っても「違う」の一言が出てこないのか。
本当に自分は、見返りを求めたことが一度もなかったのだろうか?
ありがとうと言われたとき、もっと言ってほしいと思ったこと。
誰かを助けたのに、ありがとうと言われずがっかりしたこと。
誘拐犯を捕まえたのに叱られたとき、理不尽だと感じたこと。
表彰されて、人に自慢したいと思ったこと。
プロキオンがひったくり犯を捕まえたとき、プロキオンと組めばヒーローとして有名になるかもしれないと期待したこと。
去年、自分が好きなヒーローを馬鹿にした人達全てを、見返せるかもしれないと感じたこと。
本当に、一度もなかったのか?
「ハルも、ロボットならわかるでしょう。マスターの意向には絶対沿うというロボットの基本の行動原理が。ロボットミュージアムに展示されているロボットが全てそうなように。制作者の意向に沿うように、役目を全うするために動くのがロボットというものです」
「私は旅をしているロボットだ。マスターによる意向も役目も関係なく動いている」
「それはなんと、不憫なロボットなのでしょうか」
「不憫などという“感情”を、君も私も抱いたことはないだろう」
「どちらにせよ、アナタもハッキングし、暴走させます。追っ手の警察を全て引き受けて下さい」
プロキオンは、おもむろに頭を低くし、尻尾を高く上げた。飛びかかってくるつもりなのか、とマーチとハルは身構えた。しかしプロキオンは、そうしなかった。
プロキオンの全身が、どんどん変化していったのだ。手足も背中も尻尾も顔も、パーツがぱたぱた置き換わっていくように、見る間に姿形が変わっていく。何これ、とマーチは呟いた。プロキオンの体のサイズも、見る間に変わっていったからだ。
十秒と経たないうちに、プロキオンの全貌はわずかな面影を残すのみとなった。
大型犬ほどのサイズだったプロキオンは、大型トラックと同じくらいの大きさになった。
塗装は分厚くなり、背中に飛行機の羽のようなものが生えた、戦闘機と大型犬がミックスされたような見た目に変化した。
「は……ハ……」
プロキオンのサンバイザーの目が、赤色に点灯した。
「排除シマス!」
その瞬間、プロキオンは大きく跳び上がり、こちらに向かってきた。
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