第4話
「ありがとうございます。助かりました」
「気にしないで。エネルギー補給方法が思っていたより簡単で良かった!」
「ワタシの博士による作りです」
マーチの部屋に、プロキオンがお座りの格好で置かれている。プロキオンの腹部から伸びた電源プラグのコードは、マーチの部屋のコンセントに差されていた。
動けなくなったプロキオンをアスマと二人がかりで抱え、運んだのは兄妹の家だった。マーチの部屋にプロキオンを置くと、プロキオンから言われたようにコンセントにプラグを差した。二十分ほど充電すると、プロキオンは再び体を起こした。ただし充電が完了するまで、ここから動くことはできないという。
「で、説明してくれないか? どうしてこんな目に遭っているのか、俺達はこんな目に遭わされているのか」
「ちょっと兄ちゃん!」
アスマは腕を組みながら聞いた。プロキオンの保護には一応同意してくれたが、あくまで懐疑的な態度を貫いている。そんなに疑ってかからなくても、とマーチは不満を抱いた。が、プロキオンは「わかりました」と素直かつ無感情に応じた。
「ではまず、ワタシの博士について話しましょう。ワタシの博士は、カニス・ピクトリスと言います」
「ロボット博士ってことね!」
「そうです。しかし博士は、その方面で特に大きな功績を挙げたことはなく、家族もおらず、自宅と一緒になった小さな研究所で一人、細々と研究を続けている研究者でした。
博士はそのことをずっと気にしており、ある日、自分の全ての知識、技術、力を注ぎ込んだロボットを作ろう、ロボットを作るのはそれで最後にしようと思い立ちました。そうして作られたのがワタシです」
なるほど、と頷きながら、マーチはアスマの様子を窺った。アスマは信じていいのか疑っていいのか判別できない、といった微妙な顔で頭を傾けていた。
「二日前のことです。宇宙旅行に行き、五日間留守にしていた博士が家に帰ってきたとき、博士は旅先で知り合ったというロボットを連れてきました。それがハルでした。
ハルは旅をしている自立思考型ロボットとのことで、博士が強く興味を持ったそうです。ハルというロボットは博士の知らない技術を有していました。なので博士はハルから詳しい話を聞くため、無理を言って研究所に連れてきたそうです。博士はハルに様々な質問をし、ハルはその質問に答えていきました。途中でハルは博士に質問をしました。このロボットはどういうロボットなのか、と」
「あ、そういえば私もまだ聞いてなかった! プロキオン、あなたって一体何ロボットなの? 見た目は犬っぽいけど……」
「何ロボットでもありません。博士は最初、レスキューロボットを作ろうとしていたそうです。しかし機能面など様々な点において改めて考えた結果、やめたとの説明を受けました。ハルにもそう言っていました」
そうか、とアスマは呟いた。
「まあレスキューロボットを作っても、レスキュー隊とかに採用されなきゃ意味がないからな……」
「というわけで、ワタシは何ロボットでもありません。話を戻します。博士がハルに質問をしていたように、今度はハルが、ワタシに関しての質問をいくつも博士に問いかけました。博士はその全てに詳しく説明していきました。大切なロボットだから、このこについて話せるのが嬉しい、と言っていました。その日、ハルは博士に勧められ、博士の家に一泊することとなりました。
しかし夜半すぎ、ハルはスリープ中のワタシのもとを訪れ、いきなりワタシに改造を施しました。駆けつけた博士がなんでこんなことをしたのか聞くと、ハルは自身の正体を明かしました。いわく、ハルは無許可でロボットに改造を施し、その経過を遠距離から分析し、自分の自己進化に役立てるための情報を得ながら、そのために宇宙中を旅しているロボットなのだと」
「そ、そんなの犯罪じゃないの!」
マーチは愕然とした。
「そんなことして、逮捕されないの?」
「今まで捕まっていないということは、それだけ逃げるのが得意というわけです。ハルはすぐ、その場から逃げていきました」
「逃げたのに、またミュージアムに現れたのはなんでだろう……?」
「わかりませんが、ダクトからではなく入り口から入ってきたということは、正規の手続きを踏んだ上でやって来たのは確かでしょう。入館許可証も首からかけていましたし。またワタシに何か改造を施そうとしたのかもしれませんし、自分が改造したという何かしらの証拠隠滅を計ろうとしたのかもしれません。
話を戻します。翌日、博士はロボットミュージアムに向かいました。実は、ワタシをロボットミュージアムに展示させてほしいという話が来ていました。博士が旅行に行ったのは、そのお祝いでした。ところがロボットミュージアムは、ワタシを点検すると、手に負えないと判断し、ワタシを処分すると決めました。博士が何を言っても聞き入れられませんでした。そしてワタシは保管庫に入れられ、今日マーチに助けられたというわけです。他に質問はありますか?」
「い……いや、ちょっと……」
想像以上に、理不尽な目に遭っていた。そんな理不尽が許されていることにも驚いた。なんてこと、とマーチは頭を抱えたくなった。テレビのヒーローがここにいれば、こんな理不尽を許すことはないだろうに。
「ごめんね、今上手く言葉が見つからなくて……」
「あ、じゃずっと気になってたこと一つ」
「兄ちゃん!」
アスマは感慨に浸るでもなく、プロキオンに尋ねた。
「自分の体に不具合とか異常とか言ってるけど、具体的にどういう異常? その異常が発生している様子は見られないけど、どうなっているわけ?」
「ロボットミュージアムの展示品に起きたのと同じです。機能の暴走という異常です。今異常が発生していないのは、博士が急遽作った制御プログラムが動いているからです。しかし突貫工事だったため、長くは保たないとも言われています」
「あれ、ってことは」
マーチは頭の中の電球が光るイメージを抱いた。
「博士にちゃんとした制御プログラムを作ってもらえば……というか博士にちゃんと直してもらえば、プロキオンは助かるんじゃないの?!」
「はい。そのつもりで動いています。内部通信で、ワタシと博士はいつでも連絡を取れる状態にあります。その博士が言ってきた話ですが、ワタシは博士とルールー星から逃げる予定です。リスク分散のため、それぞれが出発して、待ち合わせ場所である別の星……ルールー星の月で落ち合う手筈となっています。
ただワタシは充電が終わる明日の朝六時まで、ここを動くことはできません。そこでマーチにお願いがあるのです。エネルギー補給完了までの間、ワタシをここに匿っていてほしいのです。そしてルールー星からの逃亡時、ワタシの身の護衛をお願いしたいのです」
「そんな大きな仕事を、私に頼んで本当にいいの?」
「マーチ以外に頼ません」
「了解! 私、やるよ!」
「はあ?!」
アスマが信じられないとばかりに勢いよくマーチを見た。
「お前、もっと慎重に考えろよ……! そんな安請け合いして、何かあったらどうするんだよ」
「まだプロキオンのこと疑っているの? 怪しいっていうならハルのほうが怪しいんじゃない? 自分のことを全部話してくれたプロキオンのほうがよほど信用できるでしょう?」
アスマは納得いかないと眉をひそめる。納得いかないのはまだ疑っている兄のほうだ。マーチはため息を吐いた。
プロキオンから聞いた話は、実在していてほしくないと思えるほど理不尽な話だった。話を聞くだけで胸が悪くなったのだから、実際に経験したカニス博士やプロキオンはどれだけ苦しい思いをしたのだろうか。怒りや悔しさ、悲しさが複雑に混ざり合う。
アニメで出てくるようなヒーローは、彼らの前に現れなかった。では自分が、その“ヒーロー”になるべきだろう。
疑り深すぎる兄の存在は置いておいて、マーチはその場にしゃがみ、プロキオンと目を合わせた。
「プロキオンはとても理不尽な目に遭ってきたんだと思う。でもそれだけじゃないんだよ。大丈夫、私っていうヒーロー見習いが必ず助ける! だから安心してって、カニス博士にも言ってあげて!」
「はい。よろしくお願い致します」
プロキオンはぺこりと頭を下げた。
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