第4話 間違い殺人
その死体の身元は、なかなか割れなかった。
というのも、その人物が、
「日本人ではなかったから」
ということであった。
一瞬、日本人のようではあったが、東南アジア系の男で、観光客の一人なのかと思えたが、だったら、いなくなったのであれば、誰かが通報するであろう。特に、この辺りにやってくる外国人観光客は、一人で来るということはあまり考えられない。
ということは、隣町にある工場で働いている、いわゆる、
「留学生」
とかいうやつではないか?
ということであった。
もちろん、死体を発見した警官が、急いで署に連絡を取り、警官から、事情を聴くということになったのだが、神社からも数人の人がやってきて、警察が行っている初動捜査を、黙って見物していたのだった。
そんな中で、一人の社務所の女性が、何かを気になっているようだった。一人の刑事がそれに気づいて、
「どうされましたか?」
と尋ねると、
「ああ、実は、その人が来ている服に見覚えがあったものですから」
と言った。
赤いチェックのシャツだったのだが、確かに目立つ服には見えるし、なかなか来ている人は見かけないような気もしていた。
死体が外人なので、それほど意識はしなかったのだが、その女性に言われて、
「ああ、これなら記憶していてもおかしくない」
と思ったのだ。
「その人をどこで見たんですか?」
と聞かれた女性は、少しもじもじしたように、
「ええ、私が、社務所にいた時間帯に、社務所から見たんですよ、何かを購入されるという感じではなかったんですが、この境内には、大きな杉の木があるんですが、そこの前にたたずんで、木を眺めていたんです」
というのだった。
「それは、一人だったのですか?」
と刑事が聞くと、彼女は、
「いいえ」
と答えた。
すると、刑事は、先ほど警官に聞き込んだ話にあった。
「ここから逃げ出した男」
という存在にピンときたのだ。
「ほら、そうこなくっちゃ」
とばかりに、彼女の話に飛びついたのだ。
「その人は、ずっと向こうを向いていたので、顔までは分からなかったんですが、そこで死んでいる人の隣に立っていて、その人よりも少し大き目だったような気がしますね」
という。
それを聞いて、警官は、一瞬、
「おや?」
と感じた。
その男は、逃げる時の後姿だけだったが、そこまで大きな男には見えなかった。確かに、、ここで倒れている男は、男としてはこじんまりとしていて、実際に、その小ささは、
「さすが、東南アジア系」
と思わせるほどで、
「この男よりも、少し大きいというと、普通くらいの大きさになるのか、ただ、警官が、見た時の男に逃げる姿が、どこか猫背っぽく見えたので、それが小さく感じさせるのか、逃げ方に特徴があったので、やはり、あの男は、日本人ではなく、外人だったのかも知れないな」
と警官は感じた。
あくまでも、勝手な勘ではあるが、意外と勘というのも、当たったりするものだ。
まず、観光客であれば、身元を突き止めるのは難しいだろう。
そう思って捜査はしていたが、案の定、被害者が誰なのか分からない。
そうこうしているうちに、一向に、被害者の身元が分かる聞き込みも得られないし、出頭してくることもない。
捜索願が出ているという話も聞こえてこない。そうなると、
「やはり観光客なのだろうか?」
ということになるのだった。
ただ、ここで、一人の刑事がm口を開いた。彼は、鋭いところがあるが、たまに抜けたところもある、あまり目立たないくせに、意外といつも、事件の真相を突くような意見を出すこともあるのだった、
それを見越して、本部長もいつも、この刑事を捜査本部に入れるのだが、彼は、名前を桜井刑事という。
桜井刑事は、最近では、そんなにいろいろ言わないが、その口調とすれば、ボソッと、鋭いことをいうのだ、
今回も、
「間違いだったんじゃないかな?」
と言った。
さすがにこれには、他の刑事も閉口した。
「間違いでの殺人?」
と、本部長は、それでも。真面目にその意見を耳にして、思わず、確かめてみた。
「ええ、あの人は確かに背も低いし、どこか中年の女性っぽい感覚があるので、誰か女性と間違えたのではないかと私は思ったんですけどね」
と、桜井刑事は、自信がなさそうでもなければ、確信があるわけでもない。
ただ、淡々と話をしただけだ。
それを聞いて、最初に、
「「間違い」
という言葉を聞いて、一瞬、噴き出しそうになった他の刑事たちも、
「言われてみれば」
と感じたようだった。
皆、それぞれに、こぶしを顎にもっていき、まるで、ロダンの、
「考える人」
を、それぞれの感覚で見るのであった。
「考える人:
というには、それぞれにポーズが違っているが、見ていると、皆同じことを考えているということが、一目瞭然といってもいいだろう。
だが、桜井刑事の、
「間違え殺人説」
というのも、分からなくもない。ただ、そうなると、もう一つ気になるところがあるということではないか?
それを、察したのが、本部長、
「さすが、本部長をしているだけのことはある」
というものである。
「桜井君、君の話でいうところの、間違い殺人だったということになれば、犯人は、その目的を達していないということになるんだろうね?」
というと、他の刑事はもちろんのこと、桜井刑事もハッとしたようだった。
桜井刑事の、
「抜けたところがある」
というのはこういうところである。
鋭い意見を出すのだが、そこから先が繋がっていないのだ。そういう意味では、一種の、
「言い出しっぺ」
といってもいいかも知れない。
しかし、桜井刑事の意見が、一つの仮説を生んだのは確かだった。そうなると、まず考えられることとしては、
「ストーカー殺人」
ということである。
犯人も、かなりの覚悟をもって犯行に及んだはずなのだから、それが
「間違いだった」
というのは、いい加減にしてほしいといってもいいだろう。
桜井刑事は、自分で言いだしたにも関わらず、そんなことを考えていたのは、ある意味不謹慎ともいえるだろう。
「間違い殺人」
などという、一見、
「バカバカしい犯罪」
であるが、ある意味、
「動機のない犯罪」
という意味では、これほど怖いものはない。
昭和の時代に映画にもなった、
「衝動殺人」
であったりが、
「動機のないものの典型例」
といってもいいだろう。
だが、動機のない犯罪は、それだけに、捜査も難しい。
平成の終わりから、令和の時代にかけてくらいのいわゆる最近の犯罪は、
「誰でもいいから、殺して、死刑になりたかった」
と証言するやつも出てくるというわけだ。
しかし、それを考えると、
「動機のない殺人」
というものは、下手をすると、
「犯人には精神疾患がある」
などということで、
「責任能力を問えない」
などということで、無罪になる可能性だってあるのだ。
精神疾患のある人間が、殺人を犯しても、責任能力を問うことはできない。
それを考えると、
「これほど、煮え切らない、ストレスがたまるという犯罪もない」
といえるだろう。
というのも、
「被害者は、もちろん、無罪にされて、この怒りをどこにもっていけばいいのか分からずに、当然のごとく、ストレスがたまりっぱなしで、どこにぶつければいいのか」
ということになるのだ。
しかも、犯人側も、
「確かに、無罪ではあるが、放免というわけにはいかない。精神疾患をしっかり治さなければいけないので、今度は、監査人の監視のもとに、病気が治るまでは、
「自由は許されない」
ただ、病気が治った場合、自分のしたことに対して、相当な後ろめたさが生まれてきたとしても、もうその時には、加害者とは、関係がない状態なのかも知れない、
ただ、関係が終わるわけではないので、そのあたりの法律的な処遇がどうなるのか分からないが、とにかく、この場合は、
「被害者も、加害者も、結局、誰も救われることはない」
ということになるのだ。
そもそも、人を殺した時点で、その後、誰かが救われるということはないのではないだろうか?」
判決が出て、犯人が極刑に処せられるという判決が出たとしても、殺された被害者が戻ってくるということはないのだ。
このような、精神疾患による犯罪も、
「精神疾患である」
と判定され、責任能力を問わずに無罪となってしまっては、この場合の、被害者側とすれば、
「まるで完全犯罪」
をされた気分なのかも知れない。
いや、犯人が目の前にいて、何もできないということでは、それ以上のものであり、
「誰も救われない」
ということが、結果として分かるということになるのであろう。
それを考えると、これら、
「動機のない犯罪」
というものほど、理不尽で、許されないものといえるのではないだろうか?
ただ、精神疾患においても、衝動殺人においても、その責任の一端は、
「社会にもある」
といえるのではないだろうか?
社会というのが、どういうものなのかということを考えると、理不尽さの大きさも分かってくるというものだ。
どんな社会が問題になるのかということであるが、何といっても、精神疾患に陥れるような、例えば、パワハラであったり、会社内における、
「上司から部下への脅迫観念」
あるいは、
「親や学校の先生における、子供の虐待」
あるいは、
「逆に、子供が教師に対しての脅迫」
さらに、昔からあるものとして、
「学校内での子供による、苛め」
などの問題である。
暴力によるものや、相手の性格や行動を、片っ端から否定して、相手の逃げ場を奪っておいて、相手をパニックに落とし込んだり、逆らえない状態から、立場を利用しての、攻撃だったりすることで、相手を押さえつけるというのが、いわゆる、
「パワハラ」
などというものである。
これが男女間においては、
「セクハラ」
となったりするのである。
最近では、老人養護をする人が、老人を虐待してみたり、などということが、頻繁に怒ったりしているではないか、
そんなことが、どんどん増えてきて、
「やられた人間は、精神疾患に陥っても、無理もないことだろう」
躁鬱症であったり、パニック障害、さらには、自律神経失調症など、さまざまな精神疾患が、今の社会には溢れているといってもいいだろう。
だから、神経内科の先生はたくさんいる。
仕事によっての、精神疾患も多い、
システムエンジニアなどのコンピュータ関係の仕事に従事している人も、精神疾患に襲われたりすることが多く、中には、自殺を試みる人もいる。
これは、他のパターンでも同じことであるが、やはり、
「社会の仕組みのどこかが、狂っているということになるのではないだろうか_?」
と考えられるのであった。
さらに、これは精神疾患がおよぼすことなのか、
「死刑になりたいから、誰でもよかった」
といって、刃物を用意した男が、繁華街などに、白昼であったり、夕方などの人通りの多いところで、刃物を振り回して、無差別に、人を殺傷するという事件も、結構起こったりしているではないか。
それを考えると、世の中というのが、
「いかに理不尽なものか?」
ということが分かる。
確かに、このような精神異常な男が暴れて人を殺傷したということであれば、
「悪いのは、この男だ」
ということになるのだろうが、だからといって、
「こんな男が、突然変異で現れるわけはない」
ということになるだろう。
ということは、社会の歯車が狂っていたり、実際に、
「病んでいる」
という人が世間にあふれていることで、どんどん、過激な犯罪が起こってくるのであろう。
それを思うと、
「世の中から犯罪がなくならないのは、永遠に続く、負のスパイラルのようなものが影響してきているのではないか?」
といえるのではないだろうか?
「そんな時代だから、起こる」
という、
「今ならでは」
というような犯罪が、こうやっている間にも、日本のどこかで、無数に発生したり、実際に、犯行が行われているのかも知れない。
それが、どういう事件を引き起こすのかということは、それぞれの事情が絡んでいることであろう。
そんな犯罪の中でも、さすがに、
「間違い殺人」
などというのはあまり聞いたことがない。
小説などでは見たことがあったが、
「そんなバカな」
と誰もが思うことである。
そんな間違いをしてしまうと、犯人の方も、大変である。
「本当に殺したい」
と思っている相手は、普通に生きているではないか。
それなのに、
「殺すつもりのなかった」
という相手を殺してしまったからといって、もちろん、捕まれば、それ相応の罰を受けることになるのだ。
特に、
「殺すつもりはなかった」
といっても、殺意がなかったわけではない。
なぜなら、
「殺すつもりで人を殺めているのであって、ただ、相手を間違えた」
というだけで、殺した相手に対しては、
「殺意がなかった」
ということである。
もし、独自に罪をつけるとすれば、
「殺そうと思った相手に対しては、殺人未遂。あるいは、殺人準備集合罪」
とでもいうべきか?
さらには、
「間違って殺してしまった相手には、殺人罪」
ということになるだろう。
ということは、この男は、
「それぞれの相手に対して、別々の罪を犯した部分もあるし、逆に、それぞれに共通の罪を持っていることになり、本来であれば、間違うことなう普通に殺人が行われるよりも、罪としては重いかも知れない」
ただ、これも、裁判の行方と、
「裁判長の裁可」
によって決まるものなので、一概には言えないであろう。
それを考えると、
「間違い殺人」
ということになると、
「犯人が本当に殺したい」
という相手はまだ生きているということになる。
となれば、犯人が、今度はどのようにして、本当のターゲットを仕留めようとするのかが問題で、警察がそれをどこまで分かっているかということであろうが、警察も、頭の片隅に、一瞬でも描くことはあったが、それはあくまでも、
「そんなバカな」
というレベルに他ならないということであろう。
警察は、基本的には、
「黒だと思う人間しか疑わないし、捜査も余計なことはしない」
それが、
「さすがに公務員だ」
ということであろうが、それは、
「捜索願い」
というものを出しても動こうとしなかったり、
「民事不介入」
という原則があるからなのかも知れない。
それ以上に。
「疑わしきは罰せず」
という理論からも、警察というのは、
「冤罪」
というものを恐れているところがあるのだろう。
特に今の時代は、昔に比べて、
「捜査や取り調べも、容疑者に対して比較的優しい」
といえるのではないだろうか?
昔であれば、特に相手が、チンピラであったり、反政府組織の人間であれば、
「別件逮捕」
などによって逮捕し、その拘留機関で、自白させようと考えていたりしただろうう。
しかし、今は昔ほど、
「自白」
というものに、証拠能力があああるのか?
と言われれば難しいところであった。
下手に自白させ、起訴したとしても裁判所で、
「警察に自白を強要された」
と言われてしまえば、警察はぐうの音も出ないというようなシーンを、刑事ドラマなどでよく見たものだ。
弁護士というものは、決して、
「勧善懲悪」
ではない。
あくまでも、
「依頼人の利益を守る」
というのが、弁護士の使命である。
だから、
「依頼人が犯人ではないか?」
と思っても、できれば無罪に、せめて、執行猶予を取りに行くなど、いろいろな方法が試みられるというものである。
それを考えると、
「取り調べというのも、よほど気を付けてやらないといけない」
というもので、検察側も、刑事の話や、供述調書だけではなく、被告のこともしっかりと見ていないといけないということになるであろう。
それを考えると。
「検事も警察も、自白だけで、起訴などできるわけはない」
と思っているのだった、
あくまでも、今回の事件を、
「間違い殺人」
と考えた場合のことであり、
「普通なら、そんな結論を出す刑事もいないだろう」
と考えられるのだ。
しかし、桜井刑事は、真面目にそんなことを考えていたが、もう一人、別のことを考えている刑事がいた。
その刑事も、
「異端」
と呼ばれるところがあり、そもそも、警察に入ってきたのも、
「探偵小説のファンだから」
と、ウソか本当か分からないような話をして、笑ってしまうのであった。
それを思うと、この刑事、名前を、
「山田刑事」
という。
彼の頭の中にあるのは、
「交換殺人」
だったのだ。
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