願い事は何?

 それからの日々は楽しかった。

 僕たちは朝から晩まで、歩いてしゃべって笑い転げた。僕とカズは毎晩発情し深く甘く愛し合った。

 みんなで夕食を食べて寝て、夜中に目覚めてカズと愛し合い、朝方まどろみ、朝起きてみんなで朝食を食べて出発!

「ジュンは中学で何て呼ばれてたんだ? シスコン王子の姉か?」

「ツカ、やめろ」

 僕はツカをにらんだ。僕は王子ともてはやされたけど、ジュンちゃんは……。

「じゃないほう。ゆうれい。うすかげさん」

 ジュンちゃんはサンドイッチとおにぎりを「どちらにしようかな?」と迷いながら答えた。僕たちは木陰でお昼休憩中。

「ジャナイホウ? ……何だ、この具?」

 ツカが眉間みけんをよせてり目になった。朝食の残りをごちゃ混ぜにして作ったサンドイッチとおにぎりは、中に何が入っているのかわからない。凶と出るか吉と出るか? 食べてみてのお楽しみ! おにぎりを一口で食べたツカは、ハズレを引いたらしい。「ざまみろ」と心の中で笑う僕。

「キラキラじゃないほう。アイドルじゃないほう。かげがうすいほう」

 ジュンちゃんはサンドイッチを選んだ。一口かじって、うんうんとうなずいている。

「ユウはキラキラのアイドルだったのか?」

 カズはおにぎりを一口食べてみて「当たりだ!」という顔をした。

「僕はキラキラ王子。アイドルは、僕たちの一つ上の姉。見た目は最高、中身は最悪のアイドルだよ」

 あいつが仕事を理由に祖母の三回忌に来なかったのは、不幸中の幸いだ。

 僕のサンドイッチは微妙な味だった。

「ツカとカズは、きょうだいは?」

「オレは兄が二人いる。空手は下の兄貴の影響だな。中学でダンス部に入って、高校で軽音……」

 ツカがちょっと遠い目をした。

「いいね。せいしゅんしたんだ」

「あれは青春だったのかなー? とがってはいたけどさ。大会優勝! プロになる! とか言って燃えていた奴らが、すぐにあきらめてさっさとやめていった。けっこうめたな……。大学のサークルはミュージカルだった。それはそれで楽しかったけどさ。オレは歌をうたいたかった。もっとガンガン歌って踊りてーなぁ。って思ってたよ。あーあ、これもハズレだ」

 ツカは、まずそうにサンドイッチをのみ込んだ。

 体は犬で中身は人で、食べる物は人のもの、でいいんだろうか? とは言っても、ドッグフードなんてないしなぁ。好き嫌いせずに野菜もちゃんと食べてるから、いいのかな。

「俺は妹が一人だ。俺が空手をはじめたきっかけは、アニメだな。天下一武道会に出る! と言ってたらしい。あんま覚えてないけどな」

「かわいい」

 五歳のジュンちゃんにそう言われて、カズはちょっと照れ臭そうな顔をした。

「中学は演奏学部に入った」

「それもアニメか?」

 ツカがおにぎりを一口で食べて、舌なめずりをした。

「いや、好きな先輩がいたから……。楽譜の読み方を教えてくれたよ」

 カズがゴニョゴニョ言った。ツカが、ヒューと口笛を吹き、僕はムッとした。

「こうこうは?」

「高校はダンス部。大学で演劇サークルに入った。劇で使う曲を作って、少しハマったな。一人で作曲して振りも考えたけど、難易度高すぎ、もっと簡単なのにしてくれ、もっと適当でいいから、とか言われて……。しっくりこないと思いながら作ってた」

 カズはサンドイッチをかじって、首をひねった。

「そういうのってさ、難しいよなー。自分ひとりじゃ表現できない。仲間とやってもうまくいかない。うまくできない。何かでさ、自分の表現したい事を一緒にできる仲間がいる奴しか食ってけないし続かない、って誰かが言ってたんだよなー」

 ツカがしみじみと言い、カズがうなずいている。

「ユウちゃんも、ダンスとえんげきしてたよ」

 ジュンちゃんの言葉に、カズとツカが僕を見た。

「僕とジュンちゃんは、合気道と剣舞をやってたんだ。僕がカンフー映画をみて、武術やりたい! って言ったら合気道に、歌番組みて、ダンスやりたい! って言ったら剣舞になった。何か違うな、と思いながらやってるうちにハマったんだけどね。合気道をやってた爺ちゃんと、剣舞やってた婆ちゃんに、うまくはめられたってとこかな」

「うん。だね」

 ジュンちゃんは笑って肩をすくめた。

「中学で茶道部。和菓子がおいしかったなぁ。……何で入ったんだっけ? 和菓子目的? 僕はジュンちゃんを追って入部したけど」

「おねえさん」

 ジュンちゃんが苦笑いして首を振った。

「そうだ、あいつだ。ジュンちゃんを強制的に入部させといて、自分はサボりまくってやめた奴」

「おまえら、姉ちゃんとめちゃくちゃ仲悪いのな」

 そう言うツカは、兄弟仲がいいんだろうな。

「別々の高校に行って、僕はダンス部、ジュンちゃんは美術部。僕は大学で演劇。ジュンちゃんは就職して、バレエと演劇やってたんだよね? 友達に誘われて」

「うん。そなの」

「ということは、オレら四人とも、ダンスと武術と演劇をやってんじゃん! オレら、共通点が多いんじゃね?」

 ツカが尻尾を振り回した。

 そこから、好きな映画、漫画、アニメ、ドラマ、歌……あとからあとから湧いてきて、話が尽きなかった。踊りや武術の型を見せあったり、飛んだり跳ねたり走ったり、歌ってしゃべって笑って、口も体もはずんではずんで止まらなかった。


 僕たちは、朝から晩まで歩きながら、しゃべって踊って歌いまくった。カズもツカも歌がめちゃ上手うまだった。四人でハモるとめちゃくちゃ気持ち良かった。

「元の世界に戻ったら、この四人で歌って踊ろうよ!」

「やろうぜ! オレに振り付けさせてくれよ!」

「俺は曲を作りたい!」

「ジュンちゃんはフリとうたをおぼえる!」

「いいね! 歌って踊れる四人組のアイドルグループ! なんてどうかな?」

 みんなから一斉に「いいね!」と返ってきた。うわーい! テンション上がるぅ!

「やろうぜ! この四人でなら、なんだって表現できる。ぜってー楽しい!」

 ツカが僕たちのまわりをグルグル走り回る。

 どんどん楽しくなってきた。夢と希望がふくらんで、僕たちは思いつくまま出しあった。

「メンバーカラーを決めようぜ!」

「ジュンちゃんは、あお」

「じゃあ、僕は黄色だね」

「俺は赤だな」

「それでいくと、オレは緑か。よし。メンバーカラーはそれで決まりだな。グループ名は何にする?」

「四人とも四月生まれだから、卯月うづき卯年うさぎどし

「きゅうれきと、えとを、グループめいにするの?」

「四葉のクローバーZ!」

「ながくない? なにかのパクリじゃない?」

「略して、ヨツクロ!」

「四つのクロワッサン? おいしそうだけど」

「ドラゴンボ……」

「それはダメじゃない?」

「歌え! ドラゴン!」

「踊れ! ドラゴン!」

「燃えないドラゴンは、ドラゴンじゃない!」

「はいはい。ドラゴンは、なしで。つぎにいこうね」

「四匹のうさぎ」

「よんわのウサギ、だよ」

「白兎と書いて、かみ、と読ませる」

「こんらんするよ」

 下手なボケとツッコミみたいになった。くだらないのが楽しくて、しばらく生産性ゼロのやり取りを続け、最終的にグループ名は「うさぎ」になった。

 アルバムのタイトルやライブの演出、グッズも考えた。動画やプロモーションビデオの案も出しあった。

 夢は無限に広がり、未来はキラキラと輝いていた。


 夜は愛にあふれていた。僕とカズの二人の時間。

「なぁ、カズは昔から男が好きだったのか?」

 僕はカズのたくましい胸板に頭をもたれた。カズの低い笑い声が、耳をくすぐる。

「いや。好きになったのも付き合ったのも、女性だったよ。男はユウがはじめてだ。自分でも驚いてるよ。ユウに触れるだけで、こんなにも熱く燃え上がる。俺にどんな魔法をかけたんだ?」

 カズが僕の唇を指でなぞる。

「それはこっちのセリフなんだよ」

 僕はカズの指を、はむっ、とくわえた。

 カズの指が口の中をかき回す。それだけで体が熱くなり、僕は身をよじらせた。

「エロいな、ユウ」

 カズの熱い塊が僕の中に入ってくる……。僕の体が感喜かんきに震えた。

 僕とカズは夜になると愛を交わし、愛に満たされて朝を迎えた。


 ジュンちゃんは夜空が気に入って、毎晩ツカと一緒に外で寝た。

 夜中に様子を見に行くと、ジュンちゃんはツカにくっついて幸せそうに眠っていたから安心した。ツカはジュンちゃんの布団だと思うことにした。

「いいか、ツカ。ジュンちゃんに変な気をおこしたら、去勢するからな!」

「しねーよ! おまえ、オレのことを何だと思ってるんだ?」

「ロリコン犬」

「ちげーよ!」

 僕は毎朝ツカに釘を刺し、そのたびに喧嘩になった。

「ユウちゃんとツカは、なかよしなの」

「喧嘩するほど仲がいい、ってやつだな」

 ジュンちゃんとカズはいつもそう言って笑う。仲良くないってば!

「ほしがね、すっごいきれいだったの! あまのがわも!」

「ながれぼしがね、たーっくさんふってきたの!」

「まんげつがね、こーんなにおっきくて、とってもあかるかったんだよ!」

 うれししそうに話すジュンちゃんを見てると、僕もうれしくなる。

 ジュンちゃんて、こんなに楽しそうにしゃべって、こんなに声を上げて笑うんだ。いつもこんなふうに、はしゃいでいてほしいと思った。


 ジュンちゃんと笑いあい、ツカと言いあい、カズと愛しあう。めちゃくちゃ幸せじゃん! 僕の頬が緩む。

「ユウ、何をにやにやしてるんだ?」

 そう言うカズも幸せそうだ。僕は言葉ではなくキスを返し、ベッドの中でカズに体を押しつけた。僕とカズの体が重なり合い、激しいリズムを打ち鳴らす。出しても出しても湧き上がる快楽に、僕たちは喘ぎながら酔いしれた……。


「おい、起きろ」

 僕はツカの声で目を覚ました。「起きろ」という言葉ではなく、その声に含まれた、ただならぬ感が僕を揺さぶり起こした。横でカズが身じろぎし、裸の体が触れる。

「ジュンがいない」

「えっ⁉」

 僕は掛け布団ごとツカを吹っ飛ばして飛び起きた。

「いない? ジュンちゃんと一緒に外で寝ていたんじゃないのか?」

 ツカに裸で詰めよる僕の頭に、バサッと黄色いワンピースがかぶせられた。

「ユウ、まずは服を着てからだろ。ツカ、何があったんだ?」

 カズがそう言いながら手早く服を着る。僕も慌てて服を着る……。あー、もう! フリフリしてて着にくいなぁ!

「何があったかわからない。肌寒くて目が覚めたら、一緒に寝ていたはずのジュンの姿がなかった。においも残ってないんだ。ここには来てないみたいだな」

 ツカが不安げにうなりながら言った。

 ジュンちゃんが何も言わずに一人で行動するはずがない。ジュンちゃんが起きたことに、ツカが気づかないはすがない。ツカの犬の嗅覚が、ジュンちゃんのにおいが消えたと言っている。

 僕もカズも青ざめた。ジュンちゃんの身に何が起こった?


 洞窟の外に出ると……真っ暗だった。

 何か……変だった。おかしい。

 夜だから暗いのは当たり前なんだけど。それにしても、暗すぎる気がする。足もとが草むらなのか土なのかもわからない。風もない。妙な静けさだけが漂っている。

 僕たちは体を寄せあった。互いの息づかいと触れる体と体温を感じて、自分と他の二人の存在を確認しあう。

 洞窟の中から地上に出るつもりが、間違って別の空間に出てしまったような感じがした。

 ぽぅ。

 ぽぅ。

 ぽぅ。

 闇の中にほのかな光がともった。

 三体の狛兎が白く灯る。その三角形の中に、ジュンちゃんと白兎がいた。青いジャージを着たジュンちゃんは、五歳児ではなかった。

「えっ……?」

「ユウ……?」

 カズとツカの驚きが伝わってくる。うん、そうなるよね。僕とジュンちゃんを見ると、みんなそういう反応をする。

「二十四歳のジュンちゃんだよ。僕たち双子は同じ顔、ってよく驚かれるんだ。身長まで同じだ、ってね。でも、どうして急に大人の姿に戻ってるんだろう?」

 不安で声が小さくなる。体が動かなかった。

 真っ暗で、肩が触れているカズの顔すら見えないのに、数メートル離れたジュンちゃんと白兎の姿だけがハッキリ見える。まるでそこだけ三角形のスポットライトが当たっているみたいだった。

 ジュンちゃんは正座して、膝の上に乗った白い兎をなででいる。

「……うん。それは気づいてた。……だよね」

 ジュンちゃんの穏やかな声が聞こえてきた。何か話してる。

「……そうか。ジュンはさといな。こればっかりは、神の私でもどうしようもないのだ」

 兎の声はしょげている。

「うん。何とかしてくれようとして、ありがとう。本当はもっと早くおいとまするつもりだったんだけど、ついつい長居しちゃった」

 さっきから何の話をしてるんだ? 不安で心がざわつく。何か心が決まっているようなジュンちゃんの様子に、不安がふくらんでゆく。

「神様、ありがとう。私の願いをきいてくれて。この世界に来て、本当に楽しかった」

 ジュンちゃんが兎の背中を優しくなでる。

「ジュンのことは気に入ってたのだ。こんなことになるしかなくて、残念だ」

 兎はジュンちゃんに、ぴとっと体をくっつけた。そのまま少しの間ジュンちゃんになでてもらうと、名残惜しそうに体を離し、白い風になってヒュルルと吹き去っていった……。

「さてと」

 ジュンちゃんは立ち上がると、僕たちを見て言った。

「私はバグなんだよね」

「は?」

 何の話かわからないよ、ジュンちゃん。

「プログラムやシステムの不具合のバグか?」

「うん。それ」

 ジュンちゃんはカズに「正解!」と言うようにうなずいた。

「意味がわかんかねーよ。ジュンがバグってどういうことだよ?」

 ツカの声に不安が詰まっている。

「うん。神様は男しか呼んでないのに、女の私が来ちゃったでしょ。私がこの世界に入り込んじゃったせいで、おかしなことになった。私は発情しないように子供の姿なのね。本当はツカが、神の木まで案内する役だったのに、私がその役を取ってしまった。その影響が変な形で出て、ツカは犬の姿になっちゃったみたい」

「それがどうした? オレこの姿を気に入ってるぜ」

「それが、他にも影響が出てるんだよね」

 ジュンちゃんは軽く言った。

「雨が降らない。神の木に近づけない。女の私はこれ以上、神の木に近づくことができないみたい。前方に滝や崖が現れて迂回ばっかりしてるんだよね。このままだと、神の木にたどり着けない。虫の声がしなくなった。それは虫が消滅したってこと。鳥や獣は、もうずっと前からいなくなってたよ」

「そんなの全然……」

 気づかなかった。

「このままだといずれ、ユウちゃんもカズもツカも消えてしまう。でも、バグを取り除けば正常に戻る。ツカが案内役になって、神の木まで行ける」

 ジュンちゃんは、首の紐に手をかけた。青い玉が、ぽぅ、っと光る。

「ジュン、何をする気だ?」

「ジュンちゃん、やめて」

 体が動かない。

「やめろ、ジュン。他に方法があるはずだ」

「ないよ」

 ジュンちゃんはあっさりと言った。

「私は思う存分楽しんだよ。あんなに楽しくしゃべって心から笑って、自分を解放したのは初めてかも。願いも叶ったし、もう大満足しちゃった」

「願いって……あの神社で何をお願いしたの?」

「ユウちゃんが好きになった人と結ばれて幸せになりますように」

「……え? 僕?」

 自分の事じゃなくて、僕の事をお願いしたの? 僕の幸せを……。ジュンちゃん……。

「うん。そういうことで、私もういくね。カズ、ユウちゃんのことをよろしく。ツカ、ユウちゃんとカズのことをよろしく。ユウちゃんが弟で、私は幸せだったよ」

「ちょっ待っ」

「ありがとう。とても楽しかった」

 ジュンちゃんは紐を引きちぎった。

 青い玉が砕け散る。

 ジュンちゃんは笑って消えた。

 光が消えた。

 僕は闇の中で気を失った……。


 ザーーー!

 雨の音で目が覚めた。

 どしゃぶりだった。

 僕は岩と岩の間に転がっていた。まるで、僕たちが雨宿りできるように、二枚の岩がわざわざ隙間を開けてくれたみたいだ。

 僕は土の上に転がったまま、雨に叩きつけられる草をながめていた。

 後ろで人の動く気配がした。

「……ツカ。起きろ。……ユウ、起きてるか?」

 カズの声だ。

「……う? あぁ、カズか。……ユウもいるな」

 ツカの声だ。二人とも無事らしい。

「いつの間に夜が明けたんだ? 何でこんな場所にいるんだ? 体がれてないってことは、雨が降る前にここに移動したってことか? 全然記憶にないんだが……? オレは気を失ってたのかな」

「たぶんな。俺も真っ暗になってからの記憶がない。……ユウ、どうした? 具合が悪いのか?」

 カズが隣にきて、僕の顔をのぞき込む。額に触れたカズの手が、あたたかかった。

「別に、どこも悪くない。ただ、ジュンちゃんがいない。それだけ」

 理屈とか理論とか理性とか、そういうものを全てねじ伏せる感覚で、わかってしまった。ジュンちゃんは消えてしまった。

「そうか。……そうだな」

 カズは腰をおろすと、僕の頭を膝にのせた。ツカも隣にきて腰を下ろした。

「雨すげーな」

 そのまま僕たちは何も言わず、ただどしゃぶりの雨をながめていた……。

 雨は夜になると小降こぶりになった。

「ちょっくら、その辺を見てくるわ。二人はここで待っててくれ。すぐ戻る」

 ツカはそう言って立ち上がると、雨の中へ小走りに出て行った。少しして戻ってくると、ブルブルと全身を振って雨のしずくを振り落とした。

「狛兎があった。ここは結界の中だ。すぐそこに、今夜の宿の入り口がある。行くぞ」

「ほら、ユウ。立て。俺につかまれ。ゆっくりでいいから、歩くぞ」

 僕はカズに抱きかかえられるようにして、ツカの後について行った。

 岩と岩の隙間を出てすぐ横に、別の隙間があった。

 中に入ると、岩の中をくりぬいたような部屋になっていて、テーブルとベッドがひとつ。テーブルの上にはランプと食事がのっていた。椅子が三つしかなかった。ジュンちゃん用の椅子が、なかった。

 ジュンちゃんはもういない。という現実を、腹の中へぶち込まれた感じがした。腹の底にずっしりと重い鉛を詰め込まれたようで、苦しかった。僕は椅子の上に、崩れ落ちるように腰を下ろした。

「ユウ。食欲がなくても、食べろ」

 カズがすすめてくれたけど、何も食べたくなかった。お腹もすいてない。喉の奥に何か詰まっている感じがする。もうこれ以上、何も入れたくなかった。

「水とスープだけでも飲んでおけ。明日は歩くからな。体を動かして、頭の中をからっぽにするんだよ。体を動かすために、食え」

 ツカが鼻先で、スープの入った皿を僕の前に押し出した。カズが僕の手にスプーンをにぎらせる。僕はのろのろとスプーンでスープをすくって口に運んだ。味もにおいもわからなかった。そんなのどうでもよかった。

「オレは外で寝るから。じゃあまた、朝にな」

 食べ終わるとツカは外に出て行った。

 カズは僕の手を引いてベッドまで行くと、僕を抱きしめ、むさぼるようなキスをして、そのままベッドに倒れ込んだ。僕たちは言葉を交わすことなく、互いを求めしがみつきからみつき体をぶつけ、熱をぶっ放した。何も考えたくなかった。僕たちは頭をからにするために、一晩中ベッドの中で激しく体を動かし続けた……。


 一睡もしないまま朝になり、ツカも一緒に朝食を腹に入れ、僕たちは洞窟を後にした。

 雨は止んでいた。足もとの草が濡れているところをみると、朝方までふっていたようだ。

 ツカの体も濡れていた。もしかしたら、ツカも眠っていないのかもしれない。一晩中、雨の中を走っていたのかもしれない。そんな気がした。

「ここからはオレが案内する。いきなり道がわかるようになったからな。気を失っている間に、頭の中にカーナビを埋め込まれたらしい」

 ツカはフルリと頭を振ると、先頭に立って歩き出した。尻尾がたれている。

 ジュンちゃんの中に入っていたナビが、ツカに移ったのだろう。神の木までの案内役が、ジュンちゃんからツカにバトンタッチした。

 僕たちは希望なく、神の木へ向かう。

 誰も何も言葉を発しなかった。僕たちはただ黙って歩き続け、昼も食べず休まず重い足を動かし続けて、夜になると狛兎を見つけ洞の中へ入った。

 椅子に座ると、テーブルの上に並んだ料理を口に運び噛んでのみ込む。それをくり返した。無言で食べ始め食べ終えると、カズとベッドになだれ込み、抱き合って……いつの間にか眠っていた。


 自分で思ってた以上に疲れていたのかもしれない。ぐっすり眠って、朝起きた時には少しだけ気分が軽くなっていた。カズとツカと朝食をとり、残り物で作ったサンドイッチとおにぎりを持って出発した。

 朝から曇り空だったのが、そのうちポツポツと降ってきた。僕たちは大きな木の下で雨宿りをすることにした。

「休憩ついでに昼飯も食っちまおうぜ。早弁しようぜ」

「そうだな。すぐ止みそうな気もするけど、今のうちに食べて休んで、後は多少の雨でも歩くか」

 カズが昼食の入った包みを広げた。さっそくツカがおにぎりにかぶりつく。味わうというより、体を動かすためのエネルギーを丸のみしているような食べ方だ。カズもただ食べている。

 僕もカズに渡されたサンドイッチを口に入れながら、ぼんやりと雨をながめた。

……傘がないな、と思った。あの時も、こんな雨だった。もう少し降ってたかな……。傘は、どうしたんだっけ? あぁ、そうだ。

「……あいつに、傘を取られたんだ」

 僕の口から言葉がこぼれた。カズとツカが何も言わずにそっと、言葉の続きを待っている。僕の中に次々と記憶がよみがえり、ボロボロとあふれ出た。僕はポツポツと話し出した……。













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