11 糾正の燐寸/祐里(猫部)さん

 糾せ糾せ、全て燃やし尽くすまで。


【糾正の燐寸/祐里(猫部)さん】

https://kakuyomu.jp/works/16818093082343956575


ジャンル:現代ドラマ

文字数:10000文字


 祐里(猫部)さんの作品は硬派な学生運動の時代のお話です。


 ジャンルは現代ドラマですが、もう50年ほど昔のお話なので軽く歴史ものとして考えてもいいと思います。一応解説すると、1960年代あたりは日米安保条約やベトナム戦争などを受けて「戦争反対!」を叫ぶ若者が現在よりたくさんいたのです。その結果「戦争を無くすために暴力で国家を乗っ取るぞ!」という飛躍した集団も生まれ、更に「お前の考えは間違っているから死刑!」とリンチで死んでしまう人もいました。この作品に登場する晃一は架空の人物ですが、このようなことは実際にあったことです。


 この作品の特長は、全体的に「匂い」に溢れているというところです。特に質感や空気、手触りというものがよく伝わってくる文章が素晴らしいです。冒頭から瞬間湯沸かし器の仄かな何かが燃える匂い、ハンドクリーム、紅茶、そして晴れた秋の日の銀杏拾い、石油ストーブの灯油、それからちくわの天ぷらに銀杏の素揚げ。ひとつ残念なところは、匂いというのは実感を得ないと追体験するのが難しいのでこれらの体験がない人には伝わりにくいというのが惜しいです。石油ストーブの匂い、主催者は大好きです。


 そしてこの「匂い」はクライマックスで生かされることになります。「匂い」で我に返り、凶行を諦める知美の心情はとてもいいですね。多少のすれ違いはあっても、兄妹の絆は慎ましく存在していました。また、女性の権利を理想として語れど実感として行動に表れない晃一が「そっち側」へ引っ張られていくところも納得できるキャラメイクだと思いました。


 気になった点は、タイトルとキャッチコピーです。特にキャッチコピーで作品の内容を端的に紹介してほしかった。タイトルも「燐寸」が読みにくく、非常に勿体ない。また、冒頭でババーンと新聞の見出しなどで「国際反戦デーにて学徒逮捕者1600人か」など入り口から「これは学生運動の話だぞ!」と印象づけると今から始まるお話に読者は期待してくれると思います。実は概要欄はあまり読まれないのです(主催者も短編の場合はほぼ読まないです)。


 全体的に学生運動とフェミニズムの間で揺れる女性の心がマッチの炎のように儚げで、また理想を追求して戻ってこなかった兄の命もそこに含まれているような時代性と狭窄な視野が混在した作品です。彼らのような人々がいたことを忘れたくないですね。

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