8 一番好きな笑顔で/亜咲加奈さん

 いつでもそこに唐揚げがあった。


【一番好きな笑顔で/亜咲加奈さん】

https://kakuyomu.jp/works/16818093082097258669


ジャンル:現代ドラマ

文字数:6014文字


 亜咲加奈さんの作品は、一人の少年が不幸から立ち直るまでのお話です。


 この作品の最大の特徴は、ストーリーに対して登場人物が多いところです。名前が登場する人物は主人公の余田千鶴と夫の三郎に孫の明、前半にはすぐに亡くなる明の一家が4人、後半には明の友人が5人、明の担任、そして明の恋人です。6000字程度の中に計14名の人物が登場し、それぞれが明の人生に関わっていきます。


 この字数の短編にしては非常に多い登場人物なのですが、代わりにこの作品には心理描写があまりなく、登場人物たちが入れ替わり立ち替わり唐揚げを食べていくことで時間の経過を表現しているように感じました。家族を失った明の中に、千鶴の作る唐揚げを中心として賑やかな仲間が集まって少しずつ空洞が埋まっていくような感覚を読者も受けます。


 そして登場人物のアクションも難しいことはあまりせずに、千鶴は唐揚げを揚げて明は友人たちと過ごすことに注力されます。舞台もおおよそ千鶴の家の居間であり、たくさんの登場人物が出てくる本作ですがある程度固定された視点が心地良く、読者も一緒に千鶴の唐揚げを囲んでいる気分になることでしょう。そして明の心情を丁寧に書かずに唐揚げを通して描写することで読者に想像の余地を与えています。これはいい揚げ物の使い方だと思いました。


 気になった点は、イベントのひとつひとつが突然起こるためにひとつのストーリーを読んだ感じがしないというところです。例えば火事の火元を後に明らかにしたり、明が同性愛者であることを友人との繋がりの中でもう少し描写しておくと前後の繋がりが生まれて、一貫した明の人生が見えてくると思います。例えば仲良かった友人と急に疎遠になって千鶴が不思議がるなど、観測者の見えないところで進む物語があってもいいですね。


 全体的に心に傷を負った少年の前をたくさんの人が通り過ぎていくことで、時間の経過や少年の成長を描いている作品だと思いました。彼を見守った祖母と共に彼の未来が明るいことを祈ります。

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