第3話 昼休み……須藤来海

 下島純くんは、みんなのことが好きだと言う。

 それに対してわたしは、苦労しているねと答えた。

 なんてったって純くんは、自分の好きな人がひとりにならないために、くらいなのだから。

 純くんは気遣いができる優しい男の子で、大事な人のそばにいるためなら自らをおとすことも辞さない、わたしの大切な友だちだ。

 純くんの行いを欺瞞だとか自己満足だとか愚かだとか、指摘する人もいるかもしれない。

 それはまあそうかもしれないけれど、わたしはそんな純くんのことが全然嫌いじゃないんだ。

 もしそのことで彼が立ち尽くして困っていたら全力で手を貸そうと思うくらいには、わたしは純くんの友だちでありたいと思うんだ。



 いつもは行かない購買で、ののかと舞衣とばったり会った。

 ちょうどわたしが自販機の前でちょっとアレな感じのジュースを見定めているところだった。

「来海ちゃんだ。めずらしいね、こんなところで会うなんて」

「うん。なんか変わってて面白いジュースはないかなって眺めてたんだー」

 わたし自身も若干おかしいと感じる行為を二人に説明すると、

「そ、そんなことしているんだ」

 と引き気味のののか。

 そして、

「自販機のチェックは楽しいもんね! 変な味を探すのとか学校外でもときどきやるし……!」

 その隣で舞衣がノリノリで食いついてきた。

 それはわたしもちょっと引くかも……?

「ま、まあ、夏の始まりだし。そういう人も出てくるよねー」

「別に浮かれててとかじゃないんだけど!? 私は個人的な興味に従っているだけなんだけど……も、もしかして変だったり……?」

「いや、いいんじゃない? 外に出る口実にもなるし健康にもいいことだと思うよ。変なのは間違いないけど」

「うう、来海ちゃんが厳しいよ……」

 しょぼんとする舞衣を、隣でののかがよしよしする。

「そんなことをしているのは知らなかったけれど、ちゃんとお出かけできているのはえらいよ、本当に。来海ちゃんも言ったけれど、舞衣ちゃんに必要なのは健康的な生活だと思うから」

「最近は寝不足を極めてるけどね……」

 舞衣は少しくまの残る目元にそっと触れる。

 それを見たののかの目が鋭くなった。

「夜更かしして出歩いているってこと?」

 その視線の先で、舞衣は身振り手振りも激しく大慌てだ。

「違うけど! 私が深夜まで起きているのは、もっと崇高な理由なので……!」

「何をしているのかは前々からすごく気になっているんだけど、訊かないほうがいいこと、だよね」

「うん、ね。……ありがと」

 この二人はいつも仲がいいなって、にやにやしながらわたしは見てた。

 こういうのを尊いというのかな。

「来海ちゃんは何のジュースを買うか決めた? よかったら一緒にご飯食べようよ」

「おぉーいいね。自販機で買うのはわたしが飲むやつじゃないんだけど、まあ別にぬるくなってもいいかなー」

 とわたしは言って、抹茶バナナイチゴミルクジュースとかいう豪華セットみたいのをぽちっとした。ガシャンと出てきたそれはさながら甘党の理想郷。おいしいもの同士を掛け合わせたらおいしくなるのか、ぜひ感想を聞きたいところだ。

 ののかがあきれた目でジュースを見やりながら、

「そのやばそうなやつ、誰にあげるの?」

「下島純くん。午前中の授業で助けてもらったような気がするから、そのお礼にねー」

「えと。お礼って、お礼参りのことかな」

「さっきはサンキュって意味だけど?」

「そ、そっか。なるほど」

 ののかが目を合わせてくれなくなった。

 純然たる感謝の気持ちなのに、何だかドン引きされているみたいで悲しい話だ。

 というか、そうだ。めずらしいといえば、ののかと舞衣の二人と昼休みの購買で会ったことも。

「ところで二人は、いつもは教室でお弁当じゃなかったっけ」

 コンビニの菓子パン派のわたしも普段は教室で食べているから、そっちではお馴染みのメンツとして覚えていた。

 すると、ののかがだいぶ苦々しい顔をして、

「なんかお母さんが、兄にお菓子を持たせて昼休みに届けさせる、みたいなテロ行為をもくろんでいるみたいで」

 よくわからないことを言い出した。

「どゆこと?」

 首をかしげるわたし。

「……舞衣ちゃん。ごめんだけどさっき話したこと、代わりに説明して……」

「あ、うん」

 目の前で謎のバトンタッチが行われた。

 わたしはどんな複雑めいた事情に踏み込もうとしているんだろう。何だか怖くなってきた。

 しかし舞衣はというと、緩く微笑みながら「これは本当のところ心温まる家族ストーリーなんだけどね」と謎が深まる前置きをして、


「今朝、家を出るときにののかちゃんはお弁当を忘れかけたんだって。で、それに気づいたお母さんが、お兄ちゃんに届けさせるって冗談を言ったみたいなの。朝はそれでおしまいだったんだけど、その後、悪ノリしたお母さんがひそかにお兄ちゃんにお菓子を持たせていたらしくて、お昼に届けさせるねーっていう通知が届いたみたいなんだ」


 舞衣は一呼吸置くと、

「端的に言うと、昼休みにお兄ちゃんが訪ねてくるから教室にいたくないんだって」

「なるほどー。完全に理解したよ」

 他人からするといい話なんだけど、当人にとっては絶望極まる事態だってことだ。

「それで、お弁当を持って校内のちょうどよさそうな場所を探してさまよっている、ってこと?」

「まさにそれだよ……購買に併設の食事スペースも人が多いし。ゆっくりできるスポット、来海ちゃんは知らない……?」

 わたしも校内の穴場についての知識はなかった。

 ただし、ドアを開ける鍵さえあれば……という場所なら心当たりがある。

「ね、将隆くんならワンチャンあるかも」

 しばし頭を抱えていたののかが復活した。

「瀬戸将隆くんのことだよね。そういうの詳しいの?」

「それは知らないんだけど、将隆くんならおそらくを持っているはず」

「あ……! それはそうかも!」

 わたしの言っていることが伝わったらしく、ののかは表情をぱっと明るくした。

 舞衣も理解が及んだようで、

「そか、私たちの場所だ……!」

 わたしたちは三人して目を輝かせ、見つめ合った。



「放課後でもない時間に、ここに来るのは初めてかも」

 とののかはこそこそと話した。

 例の空き教室は、校舎の僻地にあるので人の気配もほとんどなくてすごく静かなのだ。ましてや昼休みは誰もかれも訪れない。

 先頭に立つののかがその教室のドアに手をやって、


 購買の隅でわたしはスマホを取り出して、将隆くんにメッセージを送った。

 すぐに気づいてくれるか不安だったけれど、その返事は一分もかからずに届いた。

「ね、鍵は開いてるってさ」

「えと、つまり施錠はしていないってこと?」

「いやなんか将隆くんはいつもそこで昼ご飯を食べてるんだってー」

「何だか寂しいね」

「職権乱用じゃないかな……」

 わたしたちはそれぞれが思わず包み隠さない物言いをしていた。

 ともあれよさげなスペースは見つかった。元々長くない昼休みももう残り半分ほどなので、さっそく三人でお邪魔しに行くこととなったのだった。


 空き教室は机と椅子と黒板しかない殺風景な場所だ。昔、生徒数が多かった時代は普通に使われていたみたいだけど。

 そして鍵の持ち主である将隆くんは、一番前の窓際でパンを食べながら机の上のスマホに目をおとしていた。

 静寂だ。

「し、失礼しますね」

 ののかのなぜか敬語な震え声に、将隆くんは何も言わず片手をひらひらさせた。

 聞こえているよ、という合図なのだろう。

 ここは空気が止まっている感じで少し息苦しい。男子がいるからとかじゃなくて、お喋りするには不適当な場所だなと思った。

 今はまだ、だけど。

 わたしたちは最後列に座り、そのかたい空気に溶け込むように黙々とご飯を食べていた。じっとスマホを見つめ、ときどき文字を打ちながらだ。


〈ののか〉ここを何とか快適な場所に変えられないかな

〈来海〉今も別に悪くないけどつい無言になっちゃうよねー

〈舞衣〉せめて気軽に雑談できる環境がいいよね……

〈来海〉あれだよ、次は純くんも呼んでみんな集合しよう

〈ののか〉確かにみんなで集まったらいつもの空気で緩くなるかも

〈舞衣〉あとはここに来て何をするとかあらかじめ計画立てておくといいかもね……ただ集まっただけじゃ今と同じだから

〈ののか〉いつもは『作業』をするっていう目的があるからね

〈来海〉うーん……じゃあ明日からは純くんを誘いつつトークデッキも用意してみよう

〈ののか〉そうだね!

〈舞衣〉うん……!

〈来海〉それじゃご飯を食べ終わったら解散で

〈来海〉午後の授業が始まるのももうすぐだし


 わたしたちはニマニマしながらガタガタと席を立った。

 そして去り際にふと気になって将隆くんの様子を窺うと、怪訝な顔をこちらに向けていて、ちょっと微笑ましかったんだ。

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