二日目〈7〉

 西欧諸国連合のとある国にて――自然と科学が見事に融合したこの都市の片隅で特殊な喧騒に包まれた場所があった。


「てめえの命もここまでじゃ、ボケ」

「今まで調子に乗ってくれた借り、今日こそ、のしつけて返しちゃるけん」


 方言丸出しの不良どもが、一人の少女相手に百人規模の人数をかき集めて取り囲んでいたのだ。


「忙しのだけれど、馬鹿犬共はそこの川で裸になって泳いどきなさいな。馬鹿は風邪引かないと言いますし、馬鹿は馬鹿らしく馬鹿なりに精一杯の馬鹿犬かきでね」


 だが、少女にとってはそんなことなど不本意ながら日常茶飯事に起きる些細な出来事であった。


(通行人の邪魔にならないようにと川岸に誘導したのだけれど、この人数の馬鹿の相手流石に疲れるますわね)と、とても面倒くさくなってきていた様子。

 

 少女の名前はエリス・ウォールド。現代にまで残ったウォールド公爵家の令嬢である。

 

「黙れ! この糞尼風情くそあまふぜいが!!」

「あら、糞だなんてその汚い口から吐き出すのにぴったりなお言葉。臭い息がより悪臭を放ってますわね」


 少女がハンカチーフを口に当てながら話すが、突然彼女の様子が変わる。しょうもないやりとりを終わらせて帰る為の戦闘準備をする。発勁はっけいを起こす為の蓄勁ちくけい。名前の如く気を溜めることである。


「そろそろ黙っていただきましょうか!!」


 発した言葉とともに彼女を中心に突風が吹き荒れる。取り囲んだ不良共のいくつかは川に落ち、尻もちをつく者もいた。


「か、かかれ」


 爆風に身を飛ばされそうになるも必死に堪えたリーダーらしき人物は号令を出す。

 だが、他の者たちがいざ襲いかかろうとしても鎖が巻き付かれたように動けなくなっていた。


「テトリスにしようかしら? それともボーリングにいたしましょうか? 人数も多いですしこちらのやりたいことをやっていきましょう」


 遊びを思案する。それは始末する方法でもある。

 考えながら、エリスが通り過ぎるたびに次々と不良たちの肩が外れていく。それは彼女の遊びの下拵したごしらえだ。


「――――――!」

「あら、醜い」


 肩の関節を外された不良たちの声にならない悲鳴を一蹴しながら全員の両肩を外した。


「これで全員下準備は出来ましたね」


 彼女の発した圧力に金縛りにあったかのように身動きが出来なくなった不良たちは声すら出せずにいた。


((ば、ばけもの……だ))


「いたいけな少女を集団で襲う不届き者ども燃えないゴミは社会から消していきましょうね」


 不良の骨を折りながら四角やL字型に形を整えて配置していく。最後に棒を挿し込むと――


「はああ――」


 蓄勁を行う。

 蓄勁とは弾性力を溜めることにある。

 弾性力とは元に戻ろうとする力。

 バネを極限まで伸ばすと物凄い力で戻ろうとするように。弓の弦が戻ろうとするように。

 重力に対して反抗すればするほど、強い圧力が返ってくるように。その反発力を維持しながら力を溜めることを蓄勁と呼ぶ。


「はっ!!」


 不良に手が触れた瞬間、蓄勁ちくけいで溜めた圧力が、弓をしならせて放たれた矢のように爆発的にエネルギーが解放される。

 これを発勁と言う。

 

 少女一人の力では説明出来ない爆流。

 これは自然エネルギー。

 エネルギーの奔流に流された不良たちは十メートルほど後ろの壁に激突し気絶した。


「さあ次はボーリングですね」


 残された不良たちは死の宣告がいつやって来るのか怯えながら、手を出してはいけない怪物の逆鱗を触れたことを激しく後悔する。

 いずれやってくるその時を待っていた。

 立ち尽くしたまま……。


「あら、大袈裟な。死にはしませんはこのくらいで人間は。

 さあ、お遊びに付き合ってあげてるのですから、着々と進めていきましょうね」



**



「ただいま戻りました」

「話がある。応接室まで来い」


 エリスが豪邸に帰宅すると、兄が仁王立ちで待っていた。遅い帰宅時間に苛々していたのか、そそくさと応接室に向かう兄。


「陰険が偉そうに」


 発勁を食らわせてやろうかといつも思うが、そこは武道で鍛えた忍耐力で耐え忍ぶ。

 事実上この家を取り仕切っている兄に重症を負わせると、兄がしている仕事が自分に回ってくることになる。そうなると仕事量に追われて鍛錬どころではなくなるのだ。

 

(仕方ない)


 自分でもなんとかなると思うが、貴族は人を使う者。今は、兄が馬車馬のように働いてもらうこと、それが私の貴族としての責務だと、エリスは大人しく応接室に向かうことにした。



**



「ジパングに行けとは? やだ、糞兄様はいつの時代の中世人ですか? まだ黄金の国とでも思っているのでしょか?」

(日本を黄金の国ジパングと呼んでいたのは大航海時代の遥か昔あたりでしょうに)


 その時代に行けとは、もうこの年で耄碌もうろくしてしまったのか心配になる妹。


「違う。ドリームワールドだ。お前も知っているだろうが?」

「説明が足りてないのですよ馬鹿上様。それで人の上に立つとか部下が可哀想ですわね」


 説明が不足するとどの方向に話が進むか分からない。常に質問出来る状況ではないからだ。かと言って詳しく聞くには時間が足りないことだって起こり得る。

 そんな時に部下はどうするかと言うと、自分が説明を聞いたイメージを頼りに進めていくのだ。間の上司や先輩に相談もせずに。相談したところで指示があやふやなら同じこと。


 上が無能だと下があたふたしてミスも増える。その責任を部下にだけ押し付けるのは違う。


「勇者の欠片がジパングで発見されたと報告があった。それの回収をして戻って来い」

「勇者の欠片とは? これは頓知のお題を出されている?」


 勇者の欠片とは真なる魔王を唯一打倒したパーティーが残した棄てられたアカウントのことである。

 賢者セシル、剣聖ジルバート、大魔道士バーナー、そして勇者キョウコ。

 この四人組パーティーの捨て垢を世界中が躍起になって探しているのだ。

 ただし捨て垢とはいえ勇者パーティーの技が使えるため、その力は計り知れない。

 そのため実力者を派遣しなくては意味がない。返り討ちに合うのが関の山だからだ。

 だが入手した時の報酬はレベルアップの比ではない。歴代最強の力があれば、世界を手中に収めることが出来ると、世界中で信じられている。


「ふむ、それでお願いする時はそれなりの誠意を見せてもらわないと」


 彼女の言う誠意とは90度までしっかりと頭を下げることである。


「父上から命令だぞ」

「あの糞豚が」

「その種豚がドリームワールドから指示してきた。無視しようと思ったが流石に勇者の欠片の件は放置出来ない」

「兄様がすればいいのでは?」

「俺でも構わんが、お前が俺の代わりに滞りなく現実での仕事をこなしてくれるのならな」

「うぐッ」


 エリスは天秤にかけるまでも無かった。強敵と戦うということは今までの修練を見る上でも重要であるし、鍛錬に繋がる。

 だが、机仕事はある意味時間を浪費していくだけにしかエリスは思えなかった。


「報酬は?」

「何?」

「タダ働きは嫌ですわ。それだけは譲れません」

「豚に会って報酬を引き出してくれ。望む報酬に到らないのなら首輪でもつけて好きにしろ」

「それ良いですわね」


 実の父親ではあるが、散々煮え湯を飲まされた兄妹はその男に殺意を抱いている。実行に移さないのは世間体の問題なだけである。


「本製品を用意してある。3Fの11番の部屋だ」

「了解しましたわ。あの部屋ならシャワールームもありますし、夕食はそちらに運んでおいて下さいな」

「ああ、伝えておこう」

「愉しみですわね」


 まだ見ぬ強敵との邂逅を想像しながら、エリスは応接室を出ていった。

 目的地はジパング。

 そして近畿ブロックへ――。

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