二日目〈6〉
自己紹介と改めて言うと緊張してしまうのは何故なのだろうか? 緊張しないという人もこの静まり返った空気を想像してほしい。
基本的に知らない人間同士だからというのもあると思う。
失敗してはいけない意識が強いと、その意識が逆に足を引っ張ってしまい、思った通りに事が運ばないなんてこともあるだろう。
これは生命活動において不要なものを情報として取り扱わないという脳に備えられたフィルター機能である。
見たことがあるはずなのに、聞いた事あるはずなのに、不要だと判断されたら脳から爪弾きにされてしまうのだ。
自己紹介で不要だ、興味ないと思われたら忘れ去られてしまうことだってあるかもしれない。
つまり緊張とはここから来ているのではなかろうか。
失敗してはいけない心理は、相手のラスを開けるために無理してでも自分はあなたにとって有益ですよと思わせねばならないと無意識に思い込んでしまっているのではないか。
実際に親しくなるには名前や相手の個人的な嗜好を知らないといけないのは確かである。
かと言って踏み込み過ぎるのもお互いに困るだろう。
共通の関係者である妹の美羽が間に入って取り仕切れば、淡々と物事が進んでいくのではないか、と思うのだけど、この子はそんな事する気は無さそうだ。
向こうの緊張感が伝染する。沈黙が続くと異様な空気になってきた。お見合いじゃあるまいし。
「ごめん、
**
青髪のセミロングの女の子、美羽とは今年の春からクラスが同じになったことで友人になったらしい。
沈痛な面持ちでクランに入りたいと懇願しているのが彼女。クランに入れなかったために辛い思いをしたのか、他のクランで嫌な思いをしたのかはまだ聞けていない。
大人しそうな黒髪のボブヘアーの女の子。まだ発言が織田信長くらいな彼女。彼女もクランに入りたいらしい。
今期のクラス替えで同じ組になった美羽と知り合い、剣道小町の妹であることと、つい最近ドリームワールドを始めたことが分かったため、一緒に活動したいと願い出たらしい。
どちらにせよ入れそうなクランが他に無いこともあって途方に暮れていた時に一筋の細い糸が降りてきたら掴みたいと思うのは人間の心理だろう。
ただ魔王の関係者――現在はまだ魔王ではないが、近い将来そうなることは確信している。
――その関係性が齎すデメリットの責任が、重たい岩をおんぶしなければいけない重圧となって、「いいよ」と軽々しく応えられない。
「条件とか聞きたいことがいくつかあるのだけど……」
「それはどういう内容なのでしょうか?」
自己紹介から難易度が上がり面接を受ける面持ちに変わり、より緊張で二人共固くなる。
「その前に君たちはドリームワールドで何をしたいか? 何を目指すのか? そこを聞いておきたい」
「強くなりたい……です」
「私も同じです」
「とりあえずレベルが上がれば、それでオーケー?」
「目標が弱い……ですか?」
受け答えに失敗してしまったと思ったのか表情が青ざめたように思える。
「いや、それは大丈夫だから安心して。レベルアップだけなら美羽が手助けすれば解決すると思うし、君たち三人だけでクランを作ればいいと思うんだけど」
「それは却下します」
美羽が即座に俺の案を退ける。
「なんでさ?」
「なんででも」
「俺が入らないといけない理由は?」
「お母さん助けるために兄妹が協力しないといけないのにバラバラでやってどうすのよ?」
「じゃあ、クランを同じにしたとしても、無関係を装うこと」
「ええ〜、面倒臭い」
門前払いのように却下されるのだが?
「まこちゃんまこちゃん? このゲームの魔王の認識大丈夫よね?」
「はい?」
魔王は魔王であって、それ以外の魔王なんて無いだろ?
「自称魔王はいくらでもいるのよ、世界規模で」
「え?」
自称魔王っていったい何だよ? 凄く厨二っぽい感じになってきたぞ。自分が魔王だと思い込んでいるイタイ奴ッてことだよね? それは俺も含んで言ってるよね!?
「真なる魔王でも八人いるし、ダンジョンや迷宮、城持ちとか自称魔王なんて数え切れないくらい存在しているのだけど……、もしかして知らなかった?」
「初耳ですわ」
真なるというのが本物で、その他大勢は偽物ってか? 本物でも八人もいるのかよ。
「駄目だよまこちゃん、ちゃんと下調べしないと。当たり前のこと過ぎて知っている前提でいてたわ」
それは「
それならクランの件はほぼほぼ解決するのだが、妹の友人たちの中に入れてもらう兄の構図が嫌なのだけれど……、それはこっちが我慢しなきゃいけないのだろうか?
「じゃあそういうわけで、クラン名は馬鹿菜抹殺隊」
「ヤメロ」
半グレ集団っぽい格好悪い名前なのに、美羽の発言に他の二人が「パチパチ」と口で言いながら拍手している。どういうこと? 打ち合わせしてきたの?
「まこちゃんの友人らも入るだろうけど、馬鹿菜は加入させないので
「入れる気は最初から無いし、向こうは勝手に所属してるだろう? 知らんけど。それに一応お前にとっても幼馴染だろ?」
「違うね。まこちゃんを裏切るやつは全員敵だ。万死に
「死んで詫びるべき」
「死をもって償うべき」
どうしたの? 二人共、そんな過激発言する子では無かったですよね? 初対面だから詳しく知らないから断言できないけど、いきなり流れが変わり過ぎて意味わからんぞ。
「まこちゃんをキープするだけキープして、ゲームが出来ないからって他の男に逃げたんだぞ。そこのところ分かってんの!」
「そうですよ。私も憧れてたのに」
「――私も」
なんか俺が怒られているみたいになっているけど……。
「こっちはまこちゃん案件で相次ぐ恋愛相談に四苦八苦していたのによ」
「告白受けたことなんて一度もないぞ」
「まこちゃんの前では猫被ってたのよ。邪魔者は事前に潰してたし」
貴重で輝かしい
俺の
「地獄……マンツーマン?」
「あっ」
声に出ていたのか椎原さんが疑問に思い、妹が地雷を踏んだことに気付く。
うちの家は徒手格闘から武器全般を使いこなせるように幼少期から訓練を開始する。父は妹に甘いので、あいつが泣き言を言うと簡単に休ませる。そしてその逃げた分が俺に向かってくる。ぶっちゃけると一人の訓練が、二人分の激しい特訓にグレードアップするのだ。
長期連休は山に籠もるか無人島か――飛んでくる本物の矢を避けて養う集中力特訓。甲冑をつけて河や海を泳ぎきる泳法特訓。重たい真剣での実戦を想定した打ち合い。
それよりサバイバル生活を生き抜く方が大変だった。毒虫や毒蛇などうじゃうじゃいるのだ。正直、猪や他の野生の獣が可愛く見える。実際食料確保の点から、美味しく見えるというのもあったが。
中学二年生頃までこんな生活が続く。母が難病を患うまで。
中学生三年に免許皆伝とまでいかないが、目録を授かり、その後は自由を与えられた。
そして父は行方を
どちらにせよ、俺にまともな青春時代は無かったのだ。だからこれからは多少好きに生きたいと思う。好きに生きてレベルやスキルが上げていく。
そして母さんや妹、おまけで親父も、幸せに元気に暮らすのだ。
いや、そうさせる。
「クランの件はドリームワールドワールドにインしてから考えようぜ」
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