二日目〈4〉
「クランに入れて欲しい?」
「はい。どうかお願いします」
美羽の友達二人が揃って頭を下げる。
妹のてぇへんだ騒動が一段落した後、俺に相談があるということでリビングに移動して話を聞いたところ、クランという組織に加入させて欲しいという内容だった。
手を強く握っている姿が少し痛々しい。その切実な想いに応えてあげたいのだが、こちらとしてもどうにも困ってしまう。
クランとは家族や部族を意味するらしく、ゲーム内ではチームやグループのことを指す。
現実と繋がっている以上、ゲーム内で排他的というか全く関係のない者は入れたりしない傾向にある。企業であったり、親族であったり、宗教団体であったり様々である。
組織図としてその上に連合や同盟を意味するユニオン、同業団体を意味するギルドがある。
犯罪者などは例外であるが。
「剣道小町に憧れていたんだって」
人数分の飲み物を用意して台所から戻って来た妹が告げる。
憧れるのは個人の勝手だが、あれの何処に憧れる要素があるのか教えて欲しい。
「とりあえず頭を上げてほしい。それとこんな
以前の中性的な顔立ちより更に美少女化が進んでしまっているために信じてくれる人は少ないと思う。
今の格好でさえそうだ。例えば体育祭の応援団で男子のブカブカの学生服を借りている女の子のようにしか見えるだろうし。
「はい、それは存じてます」
「同性に憧れを持った感じじゃなくて?」
百合のような、とまではいかなくても同性の強い先輩に憧れを持った
「強さへの憧れに性別は関係ありますか? 私が男だったら良か――」
「いえ、全くありません」
嫌な流れになりそうだったので事前に食い止める。
妹の小町表現はややこしくて困る。美羽の方を向いて少し睨みをきかせると「てへ」とテヘペロをしてくる始末。
こいつ面白がってわざとやってやがるな。あざとさを前面に出すと腹立つ男もいるというのに。こいつを無視して話をしようとするも、
「俺たちも始めたばかりでクランすら作ってないんだけど」
「これから作ればいいじゃん」
妹が何当たり前のこと言ってるの? というニュアンスを含ませて話に割り込む。
「魔王グループに入ることになっても?」
「あ、やっぱりあれって、まこちゃんの仕業だったのね」
「魔王って何ですか?」
「織田信長?」
そこからか? ゲーム初心者なのだろうか? それともお嬢様系か?
その説明よりも先に自己紹介しておきたいのだが。名前も聞いてないことに今ごろ気付いたということもあり、向こうは俺のことを知っていてもこちらは初対面だと思う。
正直、彼女らを人類皆敵類にしてしまうのは嫌なのだけれど……。
**
おいらは
美味しい朝食に大満足して食器を片付けている最中に「おーい、ユートー」と、おいらを呼ぶ声が聞こえた。
「お友達? ここはいいから行ってらっしゃい」
「ありがとう。行ってきます」
片付けは良いからお友達を待たせないで行ってきなさいと母に背中を押してもらい、おいらは外に出る準備をする。
「気をつけてね。
その言葉の真意が今は分からなかったけど、すぐに理解した。それは自分の家も大概だったが、外を出るとそこは異世界のようだった。
「おはよー、ユウト」
「あれ? ユウトお前
おいらが聞きたいわ。
一人だけなにこの差別感。見渡す限り全員進化している。緑の小鬼はおいら一人だけ。年下の子ですら進化して
年下の五人組が何十体ものミノタウロスを引き連れて歩いている。その光景は、まるで羊を誘導する牧羊犬のようですらあった。
「マスターに褒めてもらうんだ」
こちらの視線に気付いた男の子が理由を明かす。明らかに年下だった男の子ですら格上のはずのミノタウロスを刀の鞘で叩いて従わせる姿は違和感でしかない。
そもそもマスターって何なのさ?
「戦士としての誇りを貫くならそれで良し。掛かっておいで。切り刻んであげる」
血気盛んなミノタウロスが二体、男の子の方へ向かって行ったが、何をしたのか分からない。何も見えなかった。
刀の柄に手をかけた瞬間――、気付いたら二体の牛頭人が細切れになって崩れていく。
その光景に怯えている残りのミノタウロスたち。
「残りは命を
力の差をまざまざと見せつけられた弱者は死か従順の選択すらままならない。格上の圧に怯えて本能的に従ってしまう。
「それをするとマスターに褒められるのか?」
「うん、早朝は頭を撫でてもらった」
「「なんだと!?」」
そこには俺たち子供だけでなく大人達が聞きつけ集まってきた。
「お褒めの言葉をいただけるらしいぞ」
「人間の街を襲えばいいのか?」
「いや、マスターも人間だろう。とりあえず強者だけなら許してもらえるかもしれない」
こんなにも武闘集団でしたっけ? 街を襲うとか発想が
「なるほど、歯向かう者だけだな」
「弱者は放置で構わない」
弱者呼ばわりとか他者を下に見るとか無かったのに。以前を知っている者からしたら凄い変化だぞ。
おいらがその
「だが人間の強者は闇人形になってしまうぞ」
「それは是非も無し。装備品や金品、拠点を手に入れればマスターは手放しで喜んでいただけるかもしれん」
「それなら早速準備じゃ」
「ああ、早い者勝ちじゃ」
「だが、単独行動は危険のため
「この高ぶる緊張が心地よいわ」
なんか凄いことになっていく。マスターに褒められるのってそんなに大事なことなのか?
「俺たちも行こうぜ」
「僕も行きたい」
「お前らはミノタウロスの調教を任されているのだろう? 途中で投げ出すのは良くないぞ」
「ちぇー」
友人たちに諌められ、渋々言うことを聞く年下の子たち。ミノタウロスも唖然としている。それどころではないというのもあると思うけど。
「ユートーはお留守番しとくか?」
「……いや、おいらも行く」
これでもゴブリン時代は戦闘に関しては優秀だったのだ。
だが、進化の壁というものは余りにも大きく立ちはだかる。結局のところおいらは走る速度に付いていけずに、距離を離され、「ユートーは村に帰りな」と置いていかれた。
多分戦闘になったら足手まといになるだけで、おいらは殺されてしまうと判断されたのだろう。
悔しさに涙が溢れて止まらなかった。
立ち止まったまま泣き続けた。
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