二日目〈3〉

 小鳥遊夕愛たかなしゆあ

 アイドル界を席巻するグループ――LILITH《リリス》の中心的メンバー、かつ不動のセンターである。

 歌手だけでなく俳優業、バラエティなど引っ張りだこで、芸能界に疎い俺でも存在は知っている。なにせテレビだけではなく少年誌の表紙をよく飾っているのだ。


 先程、闇騎士のアカウントを持っていたのが彼女だと思ったが、よく考えてみるとこれは推測であり、まだ早計ということが分かる。

 忙しさのあまりドリームワールドでストレス発散していたのかと邪推してしまうのだが、彼女が闇騎士だと確定したわけではない。あくまで俺の顔が彼女と瓜二つというほど似ているというだけである。

 何故なら俺という存在と小鳥遊夕愛を繋ぐのには、闇騎士という存在が間に入っているからであり、闇騎士のあの真っ黒なフォルムを見てアイドルを想像出来まい。

 つまり何が言いたいかというと、闇騎士は仮面を被っていたため、俺達兄妹は顔をはっきりと見ていないのだ。間の闇騎士が不確定要素のため、俺とアイドルを一直線で結ぶ事が出来ない。


 バラエティで行われた運動会では、かなりの運動能力を発揮していた。多方面で見せる多才な才能は、レベルアップとスキルアップの恩恵ともとれるかもしれないが、彼女の努力の賜物であるという点は否定出来ないのだ。

 

 仮に彼女が闇騎士だったとした場合、アカウントをいつ失ったが不明。

 アカウントを失うということはレベルとスキルが1に戻ることを意味する。あの高レベルから平凡レベルまで落ちれば絶対に不自然が生じるし、周りも気付く。

 そのニュースが無いのなら彼女と闇騎士を結びつけるのは無理がある。

 結局のところ、こちらから接近しようと近付くつもりもないし、あちらから接触しに来られて揉め事に巻き込まれても迷惑だし、このまま無関係を貫く方が望ましい。

 それに俺たちにはやることがあるのだ。

 母の病気を治すこと。その薬を持ち帰ることにある。

 そして必要なスキルとレベルを上げる、特に情報収集は必須である。

 だが、発売から約十年近く経った現在でも、特効薬があるという話は聞いたことがないし、医者も匙を投げているようなものだ。現状維持が精一杯で検査入院や――。


「もしも〜し、まこちゃんまこちゃん」

「来て即寝って、こいつ何しに来たんだ?」

「そりゃ俺に会いにきたに決まっているだろ」

「妄想捗る〜」

「それにしても寝顔見るだけで癒されるよな、これ」

「先生も注意出来なかったもんね」


 考えの途中で絃可いとか颯真そうまの声が聞こえてきた。あと何人かが俺の周りに集まっているのか、すぐ近くで囲まれた気配がする。


「まこちゃん、掃除も終わったし帰るよ〜」

「おおお」

「髪が乱れてるじゃん。仕方無いわね〜」


 あれ? 見渡すと外が思っていたより薄暗い。

 そういえばさっき帰るとか言ってたような。

 あれ? もう放課後になっている?

 あ! 教室に入ってから少し駄弁ってからの記憶がない。

 え? 俺、爆睡していたの? うわ、恥ずかしい。


 考えている最中というのは夢だったようで、机に伏せって寝ていたようだ。

 絃可がいつの間にか俺の背後に回り、乱れた髪を櫛でかしてくれていた。それが心地よくて身を任せてしまう。


「なあなあ、ツインテにしようぜ」


 大泉純一おおいずみじゅんいち

 小学校からの幼馴染。性別は男でミスター平均点。学力も運動能力も容姿も普通、至って平凡な男子高校生である。強いて言うなら特技は調子に乗ること。俺も調子乗りなので人の事は言えないのだけれど。


「普通に丸坊主にしようぜ」


 悪友はさっき説明したので放置。頭を丸めたかったらお前がしろよ。それで超兄貴がいるパブにでも突撃して補導されてしまえばいいのに。

 そして美少年から筋肉マッチョにストライクゾーンを切り替えてくれることを切に願う。


「そして絡め合う額と汗とカラダ、ああアオハルだわあ」


 どんな内容の妄想しているのか分からないし知りたくもないが、この腐女子は立根優子たちねゆうこ。成績優秀ではあるが、優の文字が失われれば名が表すようにたちねこさんに成り変わる。


「はい、完成」

「「かわいい」」


 髪を梳かしてもらうのが気持ち良かったため絃可に身を任せていたのだが、髪のセットまでしていたみたいだ。

「妹にしてあげてるから、ついつい」そう言ってスマホを差し出してきた。そこには鏡機能に自分の顔が写り込んでいる。

 だから純一はツインテを希望していたのかとそこで初めて気付く。


「くそっ、早く男顔に戻れよ」


 悔しさに口を噛み締めている顔ですらイケメンって何なの? 俺に対する挑戦状か? 

 闇騎士が男だったら、こんな劣等感なんて気にする必要が無かったのに……。

 

 絃可にセットしてもらった髪型は、ハーフアップというのだろうか、後ろの髪の上半分だけをアップヘアにし、髪左右の耳から上の後ろ髪を編み込んでひとつに纏めている。

 上品で清楚な雰囲気に自分の顔であることを忘れてしまう。


「髪サラサラで羨ましいわ」

「……ありがと」


 ドヤ顔でこちらを見ている絃可に小さい声で感謝の意を伝える。見慣れることの無い自分の顔に他人事のような気がしなくもないが、ボサボサで乱れているのは流石に格好悪いし、こっちの方がまだ引き締まってる感じがして良いと思う。

 ただ自分では出来ないけどね、こんな髪型。ヘアゴムだけ用意して普通に後ろで纏めるだけでいいや。


「明日もしてあげるわよ。やってて楽しかったし」


 にた〜と笑うのがちょっと怖い。心を読んでる訳じゃないよね? なんか新しい玩具えもの獲得ゲットしたポメラニアンみたいになってるぞ。

 どうかお手柔らかにお願いします。



**



 クラスメイトと別れた帰り道、睡眠を取ったおかげで肉体的にも精神的にも回復して元気が内から湧き上がってくるようだ。

 これなら今日もドリームワールドの続きが出来るぜ。

 振り向いてこっちをガン見してくる人々や声掛けてくる人を駆け足で通り過ぎる。

 自転車通学している時と遜色のない瞬発力と持久力。運動能力が格段に上がったため、いつもより速く走っている筈なのに疲れが出てこない。


「あれは?」


 向かいから歩いてくる四人組のうち、見知った顔を見てしまった。

 幼馴染の一人の田中若菜たなかわかな

大泉純一と俺と三人でいつも遊んでいた所謂いわゆる腐れ縁の関係だったのだが、中学三年次に彼氏が出来たために別の高校へ進学した。中学時からその彼氏はドリームワールド経験者であり、有望な人物だったらしい。

 今となっては会うと気まずいくらい縁が切れかけているので、気付かなかったことにしよう。


「――――」


 呼びかけられた気がするけど、気の所為だろう。もしくはアイドルと間違えでもしたのか。

 俺はアイドルではないのでおさらばするよ。



**



「ただいま〜」


 鍵が開いていたので、すでに妹が帰って来ているのだと思い玄関を見るとローファーが三足あった。友達が来ているのだろうか。中学時に履いていた靴を棚にしまい玄関を上がろうとすると――。


「てえへんだてえへんだ」

「そんなに慌ててどうしたんだよ、美羽吉みうきち

 

 名探偵の次は江戸っ子かよ。忙しいやつ。


「てえへんなんだよ。兄さん事件です。」


 忙しく階段を降りてきた妹とその後から付いてくる友人二人。


「お邪魔してます」

「どうぞごゆっくり〜。ゴメンな、バタ子さんな妹で」

「いえ」


 苦笑いしてるじゃないですか、妹さんよ〜。連れてきたならちゃんともてなしてあげなきゃ。

 流石に妹の交友関係までは分からないし、初めて見る顔だと思う。


「アップデート情報も無かったのにジパングに武家集団が現れたんだって」


 痛いよ、肩を掴む力が強いって。頭が揺れる。やめてくれ。


「新選組みたいのか?」

「鬼人とゴブリンの。

 それに難攻不落のダンジョンが出来たみたい。上級クランですら返り討ちにあったってニュースになってる」

 

 それって両方とも、俺が俺から早朝にいい仕事してますねのお墨付きを頂いたやつですかね!?

 

「ジパングの近畿ブロックは既に落とされたみたい」


 なにこの超速度。自重を忘れたチート勇者じゃあるまいし。

 もしかしてこれ、俺魔王になるパターンか!?

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