二日目〈2〉

 焦っても仕方のないことだってあると思うんだ。あるよね? 

――あると言いなよ。脇腹つんつん突いちゃうぞ。


 未来の俺の勇姿が余りにも格好良かったせいで、遅刻が確定してしまった。

 でも不可抗力だと思うんだ。夢中になるような面白い映画を見てしまったら終わるまで見てしまうだろ? 

 それが人間のさがという生まれ持った運命や宿命という避けることの出来ない本能なのだ。途中で抜けられないよね?

――抜けられないと言いなよ。言わないならヘッドロックで抜けられないほど絞めてやる。男の胸に抱かれながら不本意な歓びを感じて昇天しちまえばいいんだ。


 あかん。寝不足だからかテンションがおかしい。

 脇腹突くぞとか男の胸に抱かれてとか普段なら考えもしないのに、一体俺はどうしてしまったのか……、まさかこれが闇騎士の呪い的なあれなのか? 

 うわあ、怖い怖い怖いゾ。

 思考や精神まで塗り替えられてしまうとか激怖過ぎる――がくがくぶるぶる……、震えるぞハード……。



**



 遅刻確定がしてしまった――重役出勤とも言われる遅朝通学。学生や社会人たちといった街ゆく人たちがいつも見る風景とはまた違っても、道を通行する人数にそう違いはない。

 まあ、今日はバス通学に切り替えた事が一番違う要因なのでは、というごく至極まともな意見は端に置いといて。

 若干揺られて、うとうとぼんやりとした眠気に襲われつつ、バス先頭のつり革を両手で握りしめ必死に睡魔に耐える。


 想像力を膨らませる。

 ここは雪山。孤立してしまった俺は眠ったら死んでしまう。

 必死になって揺さぶってくれる相棒は、もういなくなってしまった。

 良いやつだったのに……。

 ただでさえ自転車通学からバス通学に変更したために不必要な出費をしているのだ。寝過ごしたら折り返しに倍の交通費がかかってしまう。 

 ドリームワールドで超絶痛い支払いローンが待っているのに、切り詰め生活がより悪質な暮らしをしなければいけなくなる。昼飯無しとか嫌だ。そんなの耐えられない。


 うとうと……、ゆらゆら……、うと……うと、すぴーすぴー……。



**



 寝過ごしたと思った皆様残念でした。

 ま、実際ちょっとした急ブレーキがあったおかげでなんとか学校前で目が覚めたのだけれど、なんとか貴重な昼食代を失わずに済んだことにほっとしている。

 バス停を降りて数分の距離にある正門を目指して歩き出す。その短い間でもすれ違う人たちが振り向いて俺を見る。

 分かるよ。ブカブカの身の丈に合っていない男子学生服を着た、見た目は美少女っぽい俺をついつい目で追ってしまいたい気持ちは分かる。分かるけど見られる方からしたら、これはたまったもんじゃない。

 視線が耐え難い。はっきり言うと気持ち悪い。

 寝不足もあってか、苛々が収まらない。


 そんな時は不幸が続くものらしい。泣きっ面に蜂とでも言うのか。ついていないことにコイツラと出くわしてしまう。


「……もしかして、京極か?」

「俺以外に京極くんはいるのかよ」


 校舎裏でサボっていた三人組男子。親の金でドリームワールドを満喫し、レベルアップの恩恵を先に受けた者たち。

 力の差が開いたことをいい事に弱い者いじめをしてくる最低な奴等だ。

 昨日は「俺等が死ぬダメージを受けたらお前が肩代わりしてくれ」と身代わりの札を押し付けてきた人物たちである。

 それがエラーを引き起こす要因になったので、助かったとも言えるが素直にありがとうと言えるほど人間が出来ちゃいない。


「その格好……」


 俺を指さしてこの姿に驚きを隠せないようだ。凝視してくる視線が気持ち悪い。特に顔と胸と下半身を見るところが腹が立つ。


「知っているか? 他人に指差す行為が、相手を不快にさせる理由を」


 指差しは指示する行為。つまり指さされた側は、部下や手下のように指示される側、命令される側なのだ。つまり明らかに下に見ているジェスチャーなのだ。


「お前いつからそんな口きける立場になったんだよ、おい」

「昔々、おじいさんがしば刈りに出かける昔ばなしよりずっと前の大昔」

「てめえ、実力差がまだ――」


 ああ、苛々する。女体化もこいつらの存在も、なにより闇騎士を完封出来なかった俺に! 近づいてくる相手を迎撃しようと構えた瞬間。


「へ?」


 その怒りに反応してしまったのか、思わず地面に斬撃を飛ばしてしまったみたいで地面に亀裂が入ってしまった。

 

「あ、あ……あわ、わ」


 不可視の一撃とその溝の深さから、殺されかけたことに今更気付いたのか、へたり込んだ途端ズボンに染みを作っていた。


「……かっこわる」


 そのことに少し溜飲を下げた俺は下駄箱に向かう。だけど後始末を忘れていたために振り返りこう言った。


「あ、あとその亀裂埋めといて。出来るよな? 返事は?」

 

 返事は無かったが縦に首を振って頷いていたので大丈夫だろう。

 まだ三人は唖然として固まっていた。

 厄災がもたらす死の恐怖が完全に過ぎ去っていくのを待つしか出来ない哀れな蛙のように。



**



「どうしちゃったのさ、それ?」

「ドリームワールド」

「はあ?」


 別に間違ったことは言っていない。

 間違いではないが言葉足らずで説明不足のため、出合うクラスメイトが全く同じ反応を見せていく。

 すまん、説明するのが面倒臭いのと、自分でも理解できていない部分が多くてちんぷんかんぷんなのはこっちも同じなのだ。


 そういや今五人連続だったよな。ということは五連鎖くらい達成しているのか。

 誰か「ばよえ〜」とか言ってもよさそうなのに、誰も言わない。いまいちノリの悪いやつらだぜ。


「よえ〜ん」

「それ言ったら触って良いとかないからな」


 悪友が俺のお尻を擦ってくる。

 ちなみに触ってくる悪友は男である。

 名前を氷室颯真ひむろそうま。女の子にモテそうなほど見た目は完璧なほどイケメンなのだが、本人が美少年好きを公言してはばからない。

 そのため入学当初は告白して撃沈する女生徒も多かったが、今ではびーえる好きな腐女子にロックオンされている始末。タチ《攻め》が颯真でネコ《受け》が俺らしい。解せぬ。

 

「うわ~ん、あの男らしい引き締まった大殿筋は何処に行ったんや〜」

「えーい泣くな、鬱陶しい。それといつまでも触ってんじゃねえよ」


 脇腹にいい角度でいい感触の突きが入った。


「ぐふっ、ナイスパンチ」


 親指を突き出したハンドサインをしながら倒れ込む颯真。いつまでも触ってくる男好きの変態あくゆうの脇腹に制裁の一撃をお見舞いしたところで、また五月蝿いのがやって来た。


「ねえねえ答えてよ〜。なんでいきなり美少女になってるのさ?」


 元気印娘が先程の回答に不服だったのか問いただしに俺の方にやって来た。

 西園寺絃可さいおんじいとか

 人懐っこい犬のような明るさを持っているが、人のプライバシーにも躊躇ちゅうちょせず土足で入り込むことが多々ある。調子に乗ったポメラニアンのようなやつだ。


「正直なところ、俺にも分からん」

「いやいや、本人が分からないとか意味不明だし」

「確かにドリームワールドはキャラ変更が不可能だったし、不正にうるさかったよな」


 颯真が復活し、話に入ってくる。こいつ以外とタフだな。ボディブローで沈んだのにすぐに復活しやがった。


「今日遅刻してきたことと関係あるの?」

「遅刻は……、直接的な関係は、ないかな」


 絃可いとかの問いは、確かに関係あるようで関係ない。調子に乗って徹夜しなければ遅刻することは無かったのだから、この答えで間違っていない。


「ハニー俺は悲しいぞ。男を捨ててしまう決意を抱えたまま生きていたなんて……」

「いや俺は男だって」


「「それはない」」


 くそー、クラス全員でハモりやがって。


「まこちゃんあなた、今を時めくトップアイドルより可愛いわよ」


 絃可はスマホで検索した画像を見せてきた。「ほらこれ」とスマホに表示された一人の女の子。


「あ、これ……」


 絃可が「あ、やっぱり知ってるよね」と言っているが、俺にとって重要なことはそこではなかった。

 風呂場で見た姿に見たことあると思ったのはこれのことだったのだ。瓜二つのように似ている。 

 つまり闇騎士のアカウントを持っていたのは――。


小鳥遊夕愛たかなしゆあちゃん、私達と同い年のアイドル」


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