二日目〈1〉


 朝日が昇り始めて光が世界を照らしている。

 ドリームワールドでも現実世界と同じ時間が流れているため、現実リアルでも、もう早朝の時間帯に突入したことになる。

 小鳥たちが偉業を達成したことに祝福の歌をさえずっている。

 朝日が照らすスポットライトを浴びて幸せな気持ちが溢れだす。

 とても気分が良い。

 眠たい頭も晴れ晴れとハッピーが澄み渡るぜ。 

 この世界の中心と言っても過言ではない場所で、大声で「気持ちいい」と叫びたい。

 

 いやあ〜、楽しかったね。

 調子に乗ってやり過ぎたけど、一片の後悔もない。

 まだゲームをやめたくない思いがあるものの、もう現実に帰らなきゃとログアウトしようとシステム画面を開く。

 後ろ髪を引かれるようにって、実際引っ張られているのだけれど、止めてくれ本当に痛い。


「ねえねえマスター」


 振り向くと幼い鬼人の子どもが俺の髪を引っ張っていた。


「あん? どうした?」

「見てみて〜、これ捕まえた〜」


 獲物を捕まえた子猫のように、主人に褒めてほしいのだろうか?

 筋肉質の牛人間の頭を掴んでこれ呼ばわり。間違いでなければ、これはミノタウロスだ。


「えらいえらい」


 と膝を曲げて目線を合わすようにして頭を撫でてやる。


「えへへ」


 恥ずかしそうにうつ向いて笑っている。はにかんで喜ぶ姿は日本人の子供とさして変わらない。角が二本あるか無いかの違いでしかない。

 でもそれは見た目に関しては、の話である。強さは比べ物にならないほど段違いであるが。


「同じように殺さずに捕まえてこれる?」

「らじゃー」


 まるで警官のように敬礼する姿は可愛くとも頼もしい限りだ。仲間を引き連れて小さくなっていく後ろ姿に「調教も忘れずにね〜」と声をかける。

 やることが増えていく事が楽しくもある。夕方は牧場作らなきゃなと新しい構想を練っていく。



**



声が聞こえる。


「おーい、こら、起きろー」


 まだ眠っていたい体を無理矢理起こしてその場に座るが、目を開ける事が出来ない。頭が痛くてクラクラする。


「ユウトー、いい加減起きなさい!」


 母さんの声がする。あれ? いつもはギャガャグガとか言ってなかったっけ? それでも意味は分かったし意思疎通が出来ていたから特に問題は無かったからいいんだけど――。


「はあ?」

「はぁじゃないでしょ、まだ寝ぼけてるの? 起きたらおはようでしょう。やり直し」

「おはようございます」

「うん。よろしい。ご飯できてるから着替えたら降りてきなさい」


 そう言って、母さんは部屋から出ていった。余りにも驚いてはあ? と言ってしまったがこの変わりようと言ったらどう説明すればいい?

 ベッドと枕に布団。いつもは地面に雑魚寝だったよね?

 パジャマ。いつもは腰に布を巻いていて着替えなどしない。何を着ればいいかと思っているとテーブルの上に服が用意されていた。

 自分の部屋? がある。地面に木の棒を刺して骨組みを作って、茅葺きのように覆っていくだけの簡易的な家に家族全員ぶち込む狭苦しいところに住んでいたよね?

 一体どうなっているのだろうか? 頭の中が混乱する。

 だけど空腹には勝てないので、朝ごはんを食べに部屋を出る。

 階段がある。ここは二階建て?

 どうなってる? みんなあの人間に殺されたはずでは? それに母さんの肌が緑ぽっかったのが、クリームのような人間のように変化していた。頭に生えた角が真ん中に一本から左右に二本に増えていたし纏っていたオーラも増えていたような気がする? 進化? 

 より混乱してきて頭が錯綜さくそうして、こんがらがる。……ご飯食べよう。気にしたら負けだ。

 階段を降りて台所に出ると、家族全員いた。「おはよう」と声を掛け合い挨拶をする。

 テーブルに置かれた朝食は、いつもの木のみからグレードアップした朝御飯に変わっていた。これは嬉しい誤算である。嬉しい。この驚きには感謝したい。

 夢だったのだろうか? 

 考えても仕方ない。美味しい朝御飯、そして家族が揃っているなら、そんな些細なことはどうでもいいのだ。

 いつもの日常がある以上の幸せなど他にはないのだから。



**



「まこちゃん、まさかの朝帰り」

「美羽おはよう。今日も可愛いね」


 自室から降りて台所に向かうと妹の美羽は朝食のトーストを頬張っている最中だった。


「何? 寝てないからテンションおかしいの?」

「そんなことないさ。いつも通りご機嫌だぜ」

「一回鏡見たほうがいいよ?」


 ま、顔を洗おうとも思っていたところではあるが折角キッチンまで来たのだ。水だけ飲んで行こう。

 そういえば十二時間ゲームしっぱなしだったなと今更ながらその行為に驚く。ついでにシャワーも浴びるか。


「プギャアアアア――」


 思わず甲高い叫び声を上げてしまった。

 なんじゃこりゃあ。

 別に銃で撃たれて血まみれになったわけではない。

 触ったときの肉質が明らかに違う。男子高校生であり武道で鍛えた筋肉質の肉体は、女性のように細く柔らかくなっていた。

 下腹部がこころなしか膨らんでいるし、おしりが持ち上がるように上がっている。

 若干だが胸は膨らみ、男性器はお子ちゃま化している。

 小象は嫌だ。ショック過ぎる……。


 あ、衝撃的すぎてシャワーするのを忘れていた……。朝の超ご機嫌なハイテンションが嘘のように、水と一緒に排水溝へ流れていく気分だ。


 体を拭き、服を着替える。

 鏡に写る自分の姿が見慣れない。髪が背中まで伸び、顔そのものが小さくなった。

 身長も低くなってしまったため、見える世界が全く違うことに今更気付いてしまった。ゲーム中はこの姿の方で長い時間過ごしていたから分からなかったけど、家なら二日前の自分との比較対象物が多い。

 まるで子どもに戻った錯覚すらする。それより最悪な現状なのだけれど……。



**



「まこちゃん、私推理してみた」


 キッチンに戻ると妹が名探偵になっていた。

 驚きである。

 鹿追帽に丈が長いコートを羽織っていた。これは世界的有名な名探偵さんを模したものではないか? 

 初歩的なことだよとか言いだしそうなコスプレを本格的に仕上げてきやがって生意気な。


「候補は三つ」

「そんなにあるの?」

「一つ目は闇騎士の呪いね」


 呪いとは心中しんちゅう穏やかじゃないぜ。そっち系は勘弁願いたい……。


「そのアカウントに怨念が残っていたパターン。

 あのしつこく嫌らしく追いかけ回す闇騎士の性格からすると、相手の嫌がることをしてきそう……」

「ありえそう……」


 ぞわぞわした悪寒がしてくる。


「二つ目は闇騎士のアカウントレベルに達したときに、完全にアカウントの性別へと変わるパターン」

「なんとなくそれっぽい感じがする」

「三つ目はまこちゃんと一緒に生まれるはずだったお姉ちゃんが現れたパターン」

「それって……一体?」


 はてなマークが脳内を埋め尽くす。お姉ちゃんとはどういうことだ?


「お母さんによると双子だったんだって。

 生まれる一月ひとつき前に事故に遭ったみたいで、二人共死んだと思われたみたいなんだけど、奇跡的にまこちゃんが生まれた。

 生まれるはずだったお姉ちゃんがまこちゃんの中で生きていたのかもしれない」


 スペリチュアルなお話。というか「そんな話初耳なんだけど?」


「ふふふ、これぞ名探偵の行動力。褒め称える栄誉をあげてもいいわ」


 鼻が伸びてる。無い胸を張りやがって。


「調子に乗ると痛い目見るぞ」

「調子に乗って十二時間ゲームしたのは何処ぞの誰かさんでしたっけ?」


 うぐぐ、痛いところをつきやがった。


「で、名探偵様の推理結果は?」

「真実はいつも三つ!」

「おい!」


 指を3本突き出して決めポーズ。多分練習してたな。


「謎は全てズバッとお見通し」

「答える気無いの?」

「可愛い声で怒っても怖くないぞ。だから言ってるでしょう。全部って」

「なにそれ? 本気で言ってたのかよ」


 さっきの全てって本気マジかよ。


「あくまで私の直感ではそう言っている」

「おいおい、推理じゃなくなってるぞ」


 名探偵も結局のところ推理より最終的には直感の方が役に立つってことになってしまうけどいいのか?

 世のミステリ好きを敵に回してしまうぞ?


「知らないのかね、まこちゃんや。

 直感とは人間がその時に導き出した最適解だということを」

「それだけを信じるのは流石に低能だと思うぞ」


 おそらくそれは選択時に迷った時のことを言っているのだろう。結局のところ迷うということはどの選択肢を選んでも大差がないということなのだから。その時は直感を信じましょう的な話をしているのだと思う。


「どちらにせよ、私達の目標はお母さんの病気を治すことでしょ?」

「あー、その通りだ」

「それならもう、気にせずにレベルを上げていきましょうよ。その過程で知識も経験もスキルも今より上がるなら治す薬が作れるようになるかもしれないしね」


 確かにその通りだ。現代の医学で難病認定されいる病気にかかってしまった母を治すために、このドリームワールドに望みをかけたのだ。

 母を治す薬を持ち帰るために。


「それなら性別転換薬だって作れる可能性だって――」


 無敵星スターを手に入れた髭ダンディの気分にさせてくれる妹に感謝したい。性別転換するのなら、もう一回したら男に戻れる。

 まだ何か言っている気がするけど、目標が出来た俺を止めることは何人たりとも出来はしない。


「まこちゃんや~い?」


 妹が目の前で手を振って確認していることも気付かず、錬金術でどういった物を造ろうか思案するのに忙しかった。

 やり過ぎ注意報なんて知らないね。せめて警報だせよと思う。

 関係なく無双する格好いい俺が目に浮かぶぜ。


「おーい、戻っておいで〜。そろそろ家出ないと学校遅刻するよ〜」

「ふふふふふ」

「だめだこりゃ、私は先に出よっと」


 帽子とコートを脱いでキッチンを出る。制服の上からコートを羽織っていたようだ。「戸締まりよろしくね」と家を出る妹に気付くことなく、楽しい愉しい妄想はまだまだ続いていく。


 

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