変化

板谷空炉

本編

 先日、「私」は小学校からの友人であるさくらと共に、旅行へ出掛けた。と言っても隣県の思い入れがある場所を巡る一泊二日の短いものであったが、さくらは受け入れてくれた。

 何故その場所を巡ろうとしたのか。理由は、「私」とさくらが中学で同じ部活に所属していたからである。今回行ったのは、その時代に大会で最も良い成績を収めた会場のある所だ。

 「私」とさくらは、部活で同じパートに所属していた。人物としてもクラスメイトとしても、部活の仲間としても、「私」はさくらを信用していた。今でも信用している。だからこそ当時は頑張れたのだろうし、さくらの家で一緒に練習した日を憶えている。

 現在中学時代で同じ部活だった人物で、一番連絡を取っているのはさくらである。成人してからこんな話に乗ってくれる人は彼女だけだったろうし、その会場の辺りに一緒に行けたことが、とても嬉しかった。

 それ程にさくらは「私」の大事な友人の一人であり、趣味についても知っている。何なら、友人の中で最も「私」のことを知っているかもしれない。彼女は小中高一緒だったからだけじゃない、実家は近いわけじゃない。好きな曲や服の種類や文理選択も異なった。だけど価値観には近いものがあり、そこに私達を結びつける何かがあるのだろう。

 今から綴るのはそんな友人との、旅行先での道中の話である。


☆☆☆

「ねえ、わたしとっても嬉しいよ」

「え、何の話?」

 残暑でまだ太陽が元気な空の下、さくらは黒い日傘を差しながら私に言った。

「だってさ、友達がこんなにたくさん文章を書いてるんだよ! 去年は本も出したもんね。そして今も続けているし」

「まあ……あれは同人誌だからね。私だけの本じゃないよ」

 文章をウェブに初公開してから二年半。中学時代にもさくらの前で詩を紡いでいた記憶もあるため、それらなども含めて良いのなら、私は人生のゆうに半分以上は創作活動と生きている。だけどこの二年半、自作品が何かの賞に入ったことも、一次選考にすら通ったこともない。あってせいぜい、抽選でグッズが当たったり、アンソロジー本を創作仲間と出したくらいだ。それしかない。だけど「文章を書くのがすごい」という認知の純粋なさくらを前に、これ以上は何も言うことが出来なかった。

 中学時代に訪れた、「そういえばこんな景色あった気がする」の風景が近づいてくる。久しぶりに訪れているためどこが変わったかは分からないが、はっきりと変わっていない建物や風景も存在した。

「でもさあ。そのせい、って言っちゃあれだけど、大事な友達が遠くに行っちゃってる感じがして。それは少し寂しいかも」

「そんなことないよ……?」

 疲れているのか否か、さくらの表情は僅かに曇っていた。

 こう言われているが、私は変化していない。少し年を取ったが、遠くになんて行っていない。何ならさくらの方が良い意味で変わった。垢抜けて昔よりも美しくなり、精神的な成熟も加わり、素敵な大人になったと感じている。

 私だけ、変化していない。

 周囲が幸せになる中、私は未婚。同窓会で「いい人いないの?」と当時のクラスメイトに聞かれるたびに苛立つ。居たら居たで騒ぎ立てる癖に。特に男子と、俗に言う陽キャ女子は、昔からそうだった。さくらの居ない同窓会には行かないようにしているのは、そのためである。私じゃ質問攻めを躱せないし、私達と同じ部活だった他の友人も交えて飲む酒は、それがどうでも良くなるくらいに美味しい。

 つまり、自分の身を自分で守れないくらいには、私は成長していない。

 逆にどこが変わったのだろうか……? 周囲の変化と私の停滞が、心に深く傷を付ける。

 どうしよう。折角のさくらとの旅行なのに、メンタルが落ちてきた──

「あ、ねえ見て!」

「どうしたのさく、ら……」

 さくらが指さした方向を見ると、かつて憧れた場所が、大会の会場が、目の前に現れた。

「そう言えばこんな建物だったよね、懐かしいね」

「うん……」

 建物は美しく、貫録を保ち、憧れて焦がれたあの時と、昔と変わらない姿だった。

 

 そうか、

 無理やり変わらなくても良いのか。

 それで他人に迷惑を掛けたわけでもない。言われるには言われるけれど、だからと言って焦って結婚しても幸せになれるかと言われたらそうではない。

 私に必要なものは、彼らを気にしないメンタルだ。

 灰色になりかけた視界に一滴の色が落ち、元の世界に戻っていったようだった。

「さくら。会場、入る?」

「いやあ、別にいいかな。ねえそれよりも、次美術館行こうよ!」

「あはは。謎に大会の前日に行ったもんね。いいよ、経路調べてみるね」


☆☆☆

 九月中旬の昼間、とある街にて。そこには音楽の好きな二人の女性がいた。

 一人は昔よりも美しくそれでいて、昔よりも心の豊かで他人に寄り添える女性。髪を一つに束ねた彼女の名前を、仮に「さくら」とする。

 もう一人はそんな素敵な人間を友に持ち、文学も好きな女性。明るい灰色の髪を仮の姿に持つ彼女の筆名を、「板谷空炉」という。

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変化 板谷空炉 @Scallops_Itaya

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