第11話 吉兆ですか?悪兆ですか?
その日は雲が低くどんよりと薄暗い日だった、朝一番から昼休み迄ビッシリと詰まった講義を何とかこなし旧校舎への渡り廊下を進む…
昨日の買出し品を部室に届けた僕はそそくさと部室を後にした、部室には宗さんが居て「昨日はどうだった?」だの「どこまでお楽しめたんだ?」とか少しウザかったので「買い出しはちゃんとできてます」とか「これからスマホ屋に行くんで」なんて適当にお茶を濁してそそくさと退室した…本当は此処に居ると偶然でも彼女と鉢合わせしそうで…まだ顔を合わすのが嫌だと思っていたからだ。
寝不足のせいか重い雲のせいか分からないけど頭がズキズキと痛む…昨夜は先輩に誘われるがまま鶏軍曹へ赴き常連さんに囲まれ途中から記憶が飛んでいるのだがどうも僕は閉店までジュース片手に管を巻いていたんだとか…
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その日は雲が低くどんよりと薄暗い日だった、朝一番から昼休み迄ビッシリと詰まった講義を何とかこなし旧校舎への渡り廊下を進む…
昨日は何とも後味の悪い1日だった…だから朝から何だか気持ちが重怠い。
サークルの買い出しを早々に熟した私達は遅めのランチを食しながら楽しいひと時を過ごしていたと言うのに…
杏奈には悪いけど一緒に居たあの人達は好きにはなれそうにない…居心地の悪いカラオケルームから連れ出してくれた稲垣さんと言う人の良さそうなイケメンさんは別だけど…
そんな事より「どうしたのかな?トキオ君…」
昨日から既読が付かないスマホの画面を覗きながら私は思う…「昨日のこと謝らなきゃ…」
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昨日の常連さん達は僕に対して優しく接してくれていた。
「きっと何かの事情があったのさ!」
「たまたま出会した遠い親戚とかなんとか?」
「コンタクト無くして眼鏡屋まで手を引いてくれたんだよ!」
「呼び出されるまでは上手くいってたんでしょ?」とか…
幾ら経験地の乏しい僕でも察しますよ、あのとき見た彼女がその全てにあたらない事ぐらいは。
次に彼女を見かけたときに僕は何て切り出せば良いのだろう?
解っている!楽しかった昼食迄の話を進めれば良いだけだ…
でも呼び出しについての話題に流れたら…話下手な僕は言葉を見つけられずにあの場面の事を話し始めてしまうだろう…
其の後に彼女が発する言葉はきっと僕の心に大きな痛みを残す筈だ、だから今は会わない方が良いし話さない方が良い…
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部室へ到着すると室内には宗さんと彩乃先輩が居られた、他に誰か…違う!トキオ君は居ないかと室内をもう一度見渡したがやっぱり居ない。
入口に立ち室内を見渡す私に気付いた宗さんが「おうっ紗絵!昨日はご苦労さん」と声を掛けてきた、その声に反応して彩乃先輩も此方を一瞥したがその視線はまた直ぐに手に持った小冊子へと移った。
「昨日はどうだった?トキオにやらしい事されなかったか?今日は何時にも増して暗かったからな!何か
「トキオ君来てたんですか?」
「あぁ荷物置いて直ぐに帰ったよ、それより昨日は二人でお楽しめたのかな?」私は思う…宗さんがモテないのはそういうとこですよ!
「昨日買い出しの途中で杏奈って娘に呼び出されて…それをトキオ君に謝りたいんですけどメッセージも見てくれなくて…」私と宗さんが話していると彩乃先輩が徐ろに口を開いた。
「昨日の夕方、偶然会ったトキオとアキバでお茶してたんだけど…その時に紗絵を見かけたんだよ!」私にはその口調が突慳貪に感じたけども今はそれどころでは無かった。
「あっ!あの
「あれが誰でどう言う事情かなんてアタシはどうでも良いんだけどさ!」彩乃先輩は少しムッとした口調で話し続ける…
「自称ネクラなトキオがどんな風に思ったかは想像に難くないんじゃない?」先輩は私にではなくトキオ君に対して少し呆れた感じのニュアンスで『ははは…』とため息混じりに笑う。
「まぁ…アタシにとっては紗絵もトキオも可愛い後輩だから…溝ができないように説明はちゃんとしときなよ!」先輩は怒ってる訳ではなく、こんな事で私とトキオ君が気不味くなるのを心配してくれているだけの様だった。
「トキオ君には色々と謝らなきゃいけないけど…」昨日から未読と留守電でトキオ君に私の気持は伝わらない、私事とは言え途中で抜けた事や勘違いとは言えあの様な場面を目撃させてしまった事をちゃんと説明しなきゃ…
さっき迄はただ繋がらないだけと思っていた事が今では…
それから私は何度もトキオ君に電話を掛け直し続けるが全く応答が無い、二人の先輩は其処まで思い詰めることじゃないからと言ってくれたが…余りにも着信拒否が続いて彩乃先輩は電話に出ないトキオ君にイライラとし始めてるし…
「ええいっ!アタシが掛けるわ!」そう言って彩乃先輩が自分のスマホで電話を掛けると5回程コール音が流れてから繋がった…
「も…もしもし…」
「もしもしじゃねぇよ!営業マンの電話は3コール以内って教わらなかったのか?!」彩乃先輩は大学生のトキオ君に営業マンの心得を説いていた…
「それにトキオ!アタシが昨日言ったこと、覚えてるよな!?」何の話かは分からないけど電話越しにトキオ君が平謝りしているのは分かった。
「紗絵が色々と話したいらしいから、ちゃんと最後まで聴いてやりな!」そう言って彩乃先輩はスマホを私に渡すと『ドカッ』と背を向けて椅子に座った。
「もしもしトキオ君…昨日の件なんだけど…」私は杏奈の電話を受けたところから順を追って全てを包み隠さず説明した。
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大学を後にするが家路につく気にもなれず街をぶらついていると鞄の中で何度かスマホの着信音が鳴り響いていた、画面をみると紗絵ちゃんからの着信だ…どうしても踏ん切りがつかない今の僕は応答ボタンが押せなかった。
着信を3回程無視すると暫くの間を空けて又々着信音が鳴った…「今日は諦めて欲しいのに…」そう思いながら画面を覗くと『彩乃先輩』からだった!
先日の事だが鶏軍曹で泥酔した先輩を部屋まで送り届けた時、余りにも散らかった部屋を見過ごせずに整理していた僕はたまたま落ちていた豹柄の御パンツを拾って注視してしまった…その場面を酔ってベットに居るはずの先輩に写メられたのである…
それ以来、彩乃先輩の着信は死なない限りは無視禁止!待たせ過ぎたら罰ゲーム付きと(まぁ冗談半分ではあるが)約束させられたのだ…
「紗絵が色々と話したいらしいから、ちゃんと最後まで聴いてやりな!」先輩に言われ僕は紗絵ちゃんの話を聴く流れとなった…
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店について2時間ほど経つがその時の僕は半分自暴自棄っぽく自分を貶める言い方をしていた、やっぱり自分の様な人間は得てしてこうなる
「だからトキオ君!そぉ落ち込まないで楽しい事考えて呑もうね!ジュースだけど…」隣に座る常連客で最年長の松下さんが哀れな僕にジュースをご馳走してくれた。
「…だぁーっ!皆甘やかし過ぎ!それじゃあトキオの為になんかならないよ!」隅っこで独り楽しそうに呑んでいた彩乃先輩がいつの間にかカウンターの中で仁王立ちになり此方を睨みつけている。
「トキオの気持ちを察すれば悲しい気持ちになった事は理解しよう…」彩乃先輩はしずかに諭すように話を続けた。
「でも紗絵はトキオの彼女じゃないし告ってすらいないんだろう?なら何があっても憶測だけで紗絵を批判するような事を語っちゃダメだ!」確かに先輩の言う通りで反論なんかありませんし周りに座る常連さん達も静かに先輩の話に耳を傾けている。
「其処までは大目に見よう…」
「其処までは良いのですか!?」
「それよりもアタシが許せなかったのは自分を卑下するような事を言うトキオだ!」カウンターの奥から席の後へズカズカと迫って来た先輩は僕の両肩を掴むと鼻先が触れるんじゃないかと思うくらい顔を近づけ真っ直ぐ僕の目を見て言った…
「何も出来ないんじゃない!何もしてなかっただけだ…トキオはやれば出来る子だ!」
「おおぉぉ〜!!」松下さんをはじめ工務店経営者の鹿島さん夫婦に美容院オーナーの山野さん今日は珍しく開店から居るサラリーマンの矢島さん…常連さん達の拍手喝采と賛辞に気を良くした先輩は僕の事など忘れたかの様に皆と乾杯をしだした…
「そうだね、トキオ君は出来る子だよ!今じゃビールの注ぎ方もこの店で一番になったからね!」
「そうよ!トキちゃんは良く気の利く良い子だもの!」
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紗絵ちゃんの話を聴きながら僕の頭の中で昨晩の出来事が思い起こされる、僕をやれば出来る子だと信用してくれる人達の顔が浮かんできた…
「だからね!昨日の事はトキオ君を騙したわけでは無いし、あの人も何でもないんだよ!」紗絵ちゃんがこんな僕の為に必死になって話してくれた。
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