第10話 幸運と不運は五分五分ですか?

 駅の改札口から出て大きな通りを右へ200m先に在るコンビニの前に…

「紗絵!こっちこっち!」私を呼び止めたのは高校時代の同級生で同じくN大に入学した『藤田杏奈あんな』だった。

「遅くなってごめんね」急な呼び出しだったけどと言われ駆けつけた私は額の汗をハンカチでおさえながら笑ってみせた。

 彼女とはクラスメイトだったとは言え特別仲が良かった訳では無いし同じグループに属していた訳でもない、卒業式の日に進学先が同じだった事が発覚し連絡先を交換した位の仲だった。

 上京してからは何度か連絡を取り合ってはいたけれどでもない仲の私になんて…少し変だと思ってはみたが無碍にあしらって後々面倒になるのも嫌で駆けつけた。

 私と杏奈がやり取りをしていると私達を囲む様に数人の男女が近寄ってきた。

「へぇ〜話聞いてたより可愛いじゃん!じゃあ取り敢えず行こうぜ!」近寄ってきた内の一人『猪俣 明いのまたあきら』は戸惑う私の事などお構いなしに話を進め目的の店へと歩き始めた。

「杏奈!私は相談だからって…」

「ごめん紗絵!急用で一人来られなくなって!このままじゃ彼と空気悪くなりそうで…お願い!」杏奈は合コンメンバー補充の為に相談と偽って私を呼び出したのだった、そして彼女は私の返事も待たずに先に進み私はやむを得ず付いて行くしかなかった。


〜〜〜〜


 言われるがままに付いてきたのは商業ビルの地下にあるカラオケルームだった。

 男女3名ずつの計6名で男性側は某有名私立W大の3回生が3人でその内の一人である猪俣はキツネ目の少し怖そうな容姿な上に話し方も乱暴で私は苦手なタイプだ…猪俣と私の間には杏奈が座り対面には奥から猪俣の親友だと紹介された屋敷やしき・杏奈の友達で高橋・猪俣の遠縁で稲垣の順に座っていた。

 カラオケが特別苦手と言う訳では無いけどもこの人達の前で自然に笑って唄える自信がこの時の私にはなかった…それに歌っているのは奥の二人位で杏奈は隣の猪俣にご執心、対面の高橋は稲垣と言うイケメンさんしか目に入ってないご様子…

 入店してから2時間が経過した、合コンに興味の無い私は先程から何度かトキオ君のスマホに謝罪のメッセージを送っているのだけれど既読にはならない…

「もしかして彼氏?」私の正面に座り始まりからずっと無口だった稲垣と言う男が初めて口を開いた。

「いえ…そんなんじゃ…わたし…」既読にならない画面を見つめて不安げな顔をしている私に稲垣と言う男は更に小声で話し続ける。

「僕もそうだけどよね!君も人数合わせで呼ばれたクチでしょ?君さえ良ければ一緒に抜け出さないか!」TVで人気の俳優の様に精悍な顔立ちの稲垣が顔をくしゃくしゃにして笑いかけると私の手を取りスクッと立ち上がった。

「スマン!俺たち抜けるわ!」稲垣はそう言って紗絵の手を引いて部屋を飛び出す、手を引かれながら後ろを振り返ると残された4人はビックリした表情で私達を目で追うだけだった。

「急いで!呼び止められても面倒くさいでしょ!」稲垣と言う男は私の手を引きながら笑っていた。


〜〜〜〜〜


「知香様のライブ盛り上がってましたね!」知香様のライブも終わり握手会でアーネストさんの貢物を無事手渡すことに成功した僕と先輩はライブで興奮?した気持ちを落ち着かせる為に近くにあるカフェに向かっていた。

「…トキオ…アイドルのライブって結構激しいんだな!」先輩は初めて見る地下アイドルのライブに最初は戸惑っていたようだが時間が経ち音やノリに慣れ始めると踊りは合って無いのに前列の方のコアな人達と笑いながら一緒に応援しだした…

 ライブが終わるとコアな人達とハイタッチを交わし次回のライブも共に盛り上げようと日程表を渡され説得されてもいた…

 近くにあるカフェのテラス席で先輩は「いやぁ来てよかったなぁ!」とご満悦の様子だ、地下アイドルのライブで新たな扉を開けた事なのか激しい運動の後のビールの事なのかは僕には判らないが凄く楽しそうに話す先輩を観ていると僕も楽しい気持ちが湧き上がってくるようだった。

 一息ついて和んでいると先輩がを注文しそうになったので必死にとめた!こんな場所でいつもの勢いを取り戻されては連れて帰るのが大変だ…

「な〜んだよトキオ!大丈夫だっ…て…」何とかおかわりをしたい先輩だったが僕に話し掛けながら視線は僕の更に後方に移りそして目は泳ぎながら右から左へと流れていく…

「…あ…れって…」


〜〜〜〜〜


「此処までくれば平気かな!」私の手を引きながら小走りに駆けてきた稲垣と言う男は急に立ち止まり私に振り返って言った。

「もしかして大きなお世話だったかな?」背の高い彼は身長差を無くすように屈むと少し申し訳無さそうな顔で私の顔を覗いてきた。

「そんな事ありません!凄く助かりました!」精悍な顔立ちがになり私は慌てて一歩引いて笑って言った。

「じゃあ駅まで送るよ!」稲垣と言う男は私の手を離すことなく引き続き駅まで先導するつもりのようだった…

「…あの!…もう手は…」高校時代に異性の子と手を繋いで歩いた経験はあったが今日のはそれとは違って凄く恥ずかしい、この稲垣と言う男と手を繋いでいると周りの人達から必要以上に注目を浴びる…彼がイケメン過ぎるからだと思う…

「…あっゴメンね!」稲垣と言う男はパッと手を離すと頭を掻きながら少年の様にあどけない表情で笑って言った。

「…いえ…ありがとう御座います…」そんな彼を見て私も少し照れくさくなって俯いた。

 其の後の彼は私を駅のホームで電車が動くまで側に居てくれた、別れた後に不運にも私が見つかり連れ戻されないようにだそうだ…

 電車に揺られながらスマホの画面を見てみる、杏奈からはメッセージが一件だけ着ていたが今日はスルーしておこう…そう言えば彼は連絡先を聞いてはこなかった、今迄の私の周りには居なかったタイプの人…何だかとても不思議な人だった…


〜〜〜〜〜


 僕は先輩の視線の先が気になり振り向いて辺りを見渡す…駅の構内程ではないが人の群れが行き交っている…その中に一組の男女が僕の心の中に飛び込んできた!視界の中にカップルなんて数え切れない程に居る、でも僕にはその一組の男女だけがズームアップされた様にハッキリと映った…何故ならその服装には心当たりが有りすぎたから…

 大通りを挟んで向こう側にいるその男女はにこやかに楽しそうに手を繋ぎながら駅の方へと駆けていった、色々な事が頭の中で心の中でザワザワと騒ぐ…

 どれほどの時間が経っていたのか定かでは無い、首の捻りを元の位置に戻すと視界の真ん中に先輩の顔が映った…今の僕には先輩がどんな表情をしているのかすら分からなかった。

 また暫く時間が流れると…先輩が両手を僕の顔に近づけてくるのが見えた『パンッ!』先輩は僕の目の前で大きく手を鳴らした!ね…猫騙し…

 先輩は我を忘れて呆然とする僕に活を入れる為に手を慣らしたらしい、確かに今迄スローだった周りの動きが速くなった気がする。

「まぁなんだ…トキオ呑みに行くぞ!」先輩は僕なんかに気を使ってくれてる様で嬉しくもあったけどその優しさも今の僕には少しだけど痛くもあったんだ。

 











 





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