第4話 色々な初体験ですか?

 柴田さんに(仮)入会届けを手渡されるいよいよ僕の職の話が始まる…と思いきや柴田さんのスマホに緊急ヘルプミー連絡が入った、「ゴメン森下君…今日行けなくなっちゃった…」緊急じゃしょうがないですと苦笑するしか無い僕…


「そうだ!彩乃頼みがあるんだが!」

「え〜アンタにはお金は貸さないよ!」

「俺もお前には借りねぇよ!」


 柴田さんは本庄先輩に僕の入会条件が職の提供との説明をした、と頷きながら聴いていた本庄先輩は説明が終わるとニカッと笑顔になり「…で鶏軍曹ね!」とウィンクしながら僕の方をみた。

 

「了解、了解〜っ!案内するよ、報酬はドーナツな!宗治!」

「おうっ!」


 正直に言うと本庄先輩と二人っきりになるのはまだ怖い……何となくだけど僕の持つ厄災体質を悪気は無いけど増幅してくれるみたいな…

 

「じゃあ行こっか!ト・キ・オ君!」

 

 上京してからひと月が経ち満開だった敷地内の桜並木も今は桜色の絨毯に変わっていた…前日までの雨と風のせいで…

 僕と本庄先輩は正門に向かう為に新館への渡り廊下を進む、本日予定されていた講義もつつがなく終わり家路につく者も居ればシフトの時間が迫り足早に駆ける者も居る…

 僕は先輩から今から向かうなる店の簡単な説明を受けながら新館の昇降口へと歩を進めていたが其処には僕達の進路を妨害する様に人集りが出来ていた、僕は少し歩くペースを落としその人集りを観ながら避けるように進んだ…だが後ろを進む先輩は違った!


「あなた達!此処は通路スペースなのだから立ち止まるなら隅に避けるなりなさい」先輩の勧告に人集りはその中心に居たであろう人物ひとりを残し散開した、その人物は僕と同じ位の背丈で女性らしい華奢な体つき、髪は明るいブラウンのショートボブ、タイトな淡いグリーンのスカートにピンクのカーディガンを羽織っていた。

 彼女が抱えている教科書から僕と同じ新入生だと気付くと思わず拝顔する、彼女は予想を超えとても愛らしい容姿の持ち主で僕は心のなかで思わず呟く(か…わいい…)そして一瞬とは言え確かに僕は彼女に見惚れてしまっていた…あくまでも心の中でだ。

 しかし次の瞬間彼女は「私…今は恋愛とかそう言うのに興味ありませんから!失礼します…」そう言い残し校外へと足早に去っていった…


 『サーーッ』と風が流れた、春を思わせる爽やかな風が吹いた筈なのに、人生初の(勝手に振られる)失恋に唖然として立ち尽くす僕には釈然としない生暖かい風にしか感じられなかった。


「ププッ!…な〜んかさぁ…トキオ君、勝手に振られてない?」

「えーっ!やっぱりあれ!僕に言ってますよね?」納得がいかず少し不貞腐れながら歩く僕に笑いながら励ましながら背中を叩く先輩…『理由や原因はさて置き励まされるって…なんか懐かしい位に久々でむず痒い…』僕はここ数年間忘れていた苦いながらも温かな思いに気付くと照れ隠しの為に先輩から顔を背けて歩いていたことは内緒である。


〜〜〜〜〜


 大学をでて20分程歩くと目的地である『鶏軍曹』に到着する、間口は左程広くは無いが商店が建ち並ぶ中で大きな赤提灯が一際目を引き個人経営と言えど周りの飲食店にも引けを取らず目につく店構えだった。

 僕と先輩が店に近づくと割烹着姿の男性が箒とちりとりを持って店舗前へと出て来るのがみえる、本庄先輩はその男性を見るや手を上げて呼び掛けた。


店長てんちょおはよっス!」

「…おうっ彩乃か!今日は早いな!」


 本庄先輩はこの店には常連として頻繁に訪れている様子で店長と呼ばれた男性と親しそうに話している、男性は本庄先輩と話しながらも僕にも気を使って話し易い雰囲気を作ってくれる流石は接客業の店長さんて感じだ。

 店長は店舗前の清掃を本庄先輩にて僕を店内へと招いた。

 店は奥へと長細い造りで入口から右手は奥までカウンター席が続き10人程が腰掛けられるように椅子が並んでいた、左手は入口直ぐに二階の座敷席への階段がありその奥には壁沿いに掘りごたつ式の6人用テーブルが2席あった。

 店長は掘りごたつの一番奥に座ると僕を手招きし面接を始めようと言ってきた、面接迄の話がトントン拍子に進んでいる事は有り難いのだが店側からすれば色々な順番が前後バラバラで僕は申し訳なく気が引けてならない、他人にどう思われているのか?嫌悪されてないかと僕の心はに反応してしまう、半引籠り時代の弊害であった。 

 店長の名は『村上義清よしきよ』で36歳独身、8年ほど前に縁あって前オーナーより店を引き取り今に至るオーナー店長である。

 村上店長から面接におけるテンプレ質問を緊張しながらも何とかこなし後は合否の判定待ちだった。


店長てんちょ清掃おわったよぉ」

「すまなかったな!1杯呑んで良いぞ」

「おっとラッキー…ところで店長てんちょトキオ君の方はどうなの?」本庄先輩は店舗前清掃のご褒美にサーバーからビールをジョッキに流しながら聞いた。

「バイトは初めてらしいが…特に問題ない…俺達の後輩だって言うし何より宗治と彩乃の紹介じゃあ断わる理由もみつからないからな!」上京してからと言うもの僕の中では大袈裟だが必死に・命懸けで・死に物狂いで探し其れでも決まることの無かったバイト探しはあっけなく幕を閉じるのだった。


「じゃあさぁトキオ君こっちおいで!」ご褒美の生ビールで喉を潤していた本庄先輩が僕をビールサーバーの前へ来いと手招きした。

「今から手本見せるから自分でも注いでみよっか!これからは日課のようになる事だから!」先輩は僕の目の前で要点を説明しながらやってみせると注いだジョッキは店長に手渡す、続けて僕に空のジョッキを手渡し「じゃあやってみよぉ!」とニコッと笑った。


①コックに対して正面に立ち、グラスを斜め45度に傾けます。

②グラスの角度を保ちつつ、グラスの内側を沿わせるようにビールを注ぎます。

③ビールの表面に泡を乗せていくイメージで注ぎます。

④液面が上がっていくのに合わせて、泡をこぼさないようにグラスの角度を起こしていきます。

⚠ビールを注ぐ際は、勢いよく注ぐと泡だらけになってしまうので、静かにゆっくり注ぐのがコツ(powered by G先生)。

「あ…あぁ泡だらけに…」僕が注いだ人生初の生ビールは(液体5:5泡)の失敗作だった…

「ほい!トキオ君は未成年だからこっち!」本庄先輩は失敗作を取り上げると僕には冷えたジンジャーエールを手渡してきた。


「じゃあ森下君のバイト決定の乾杯するぞ…乾杯!」店長がジョッキを高く上げた。

「じゃ〜あぁ!アタシはトキオ君の初めてを頂きま〜スッ!」

「…せ…先輩っ?!」

「…彩乃…その言い方…」店長は乾杯と声を上げ真摯に喜んでくれている様子だったが先輩のくわだてにまんまと嵌められ本日の二杯目(実質1.5杯目)を献上している事には気づいていないようだ…

 本庄先輩はと言うと…口の周りを白い泡だらけにして僕の人生初ビールをイッキに呑み干していた。

 



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