逃避者(ノガレモノ)たちの絶望的楽園

砂漠のタヌキ

第1話

 あまたある並行世界の一つ、セイレーンバース。


 この世界の人間は、4つの「役割」に従って生きている。


 まず、「王子様プリンス」。


 全ての男性は、生まれながらに「王子様プリンス」の「役割」を背負う。


 「王子様プリンス」の果たすべき仕事は二つ。


 「お姫様プリンセス」を守ることと、「失恋姫セイレーン」を殺すことである。


 「お姫様プリンセス」を守るとは、単に物理的な脅威から守るだけではなく、家事雑事を含めた生活一切合切丸々を負担するという意味である。


 一人の「王子様プリンス」は一人の「お姫様プリンセス」しか持てないため、家事雑事などは雇った人間に投げる「王子様プリンス」も少なくない。


 しかし、「失恋姫セイレーン」を殺すことは「王子様プリンス」にしかできないため、幼少のころから厳しい戦闘訓練が義務付けられ、武器を自分で調達して(幼いうちは親の金で買ってもらって)携帯せねばならない。


 戦闘能力の高さは「王子様プリンス」にとって自己顕示のタネであり、戦闘能力の低い者は社会通念上ゴミか虫けらのように扱われる。


 そして、訓練すればだれでも使えて一定の威力が保証されている銃器ではなく、剣や槍、飛び道具ならば弓矢などの、使い手の技量と腕力が威力を決する武器を使うものの方がより尊いとする風潮があり、「失恋姫セイレーン」との戦いでの「王子様プリンス」の死傷率が跳ね上がる原因になっている。


 次に、「お姫様プリンセス」。


 「お姫様プリンセス」は、生まれながらになれるものではない。


 全ての男性が生まれながらに「王子様プリンス」の「役割」を持たされるように、全ての女性は生まれながらに「役なしプレーン」の「役割」を持たされる。


 「役なしプレーン」は世界から与えられる強制的な宿命として、「王子様プリンス」に恋をする。


 そして「王子様プリンス」に対して恋心を告白し、受け入れられた「役なしプレーン」が、「お姫様プリンセス」の役割になることができるのだ。


 「お姫様プリンセス」は、何もできないことと、心が清らかであることが求められる。


 何もできないことについては、ほぼすべてのお姫様が標準的に達成している。


 生活の糧を稼ぐのも、日々の暮らしの雑用も、脅威から身を守るのも、そして社会を統治し運営するのも……


 「お姫様」は何もできない存在だということを盾に取って、すべて自分を受け入れた「王子様プリンス」か、「王子様プリンス」に恋心を伝えず一人生きていくことを選んだ「役なしプレーン」に押し付けることができるのだから。


 せいぜいすることといえば、「王子様プリンス」の子供を産むぐらいだが、それすら生まれてしまえば、子供の世話は他人に丸投げである。


 そのせいもあって、心が清らかであるお姫様はほとんどいない。


 自分にかしずいてなんでもやってくれる独り身の「役なしプレーン」を家来どころか奴隷扱いするのはもちろんのこと、どうかすると自分と結ばれた「王子様プリンス」まで見下し軽蔑する。


 「お姫様プリンセス」たちが集まった時の標準的な会話たるや、自分の「王子様プリンス」をくさしながら同時に「王子様プリンス」の美醜や社会的地位や収入財産でマウントを取り合うのが一番の主流である。


 では、恋心を伝えても「王子様プリンス」に受け入れてもらえなかった「役なしプレーン」がどうなるのかというと……


 その末路が「失恋姫セイレーン」である。


 「失恋姫セイレーン」となった「役なしプレーン」は、背中から自由に出現させたり消したりできる一対の鳥の羽が生えると同時に、一人ひとり異なった超常的な攻撃手段を得る。


 ある「失恋姫」は鋭い羽を弾丸のようにばらまき、別の「失恋姫」は刃の翼で飛びかかりざまギロチンのように首を斬る。


 これらの能力を使って、「失恋姫セイレーン」となったものは人間を襲い殺すのだ。


 攻撃に際しては執拗に「お姫様プリンセス」を狙う習性があるが、同じ女性である「役なしプレーン」が巻き添えになろうが一切躊躇はしない。


 「王子様プリンス」に対しては、殺しにかかる者と誘拐しようとする者がいる。


 なぜ態度が分かれるかの理由は分かっていないし、調べようともされていない。


 「失恋姫セイレーン」になった時点で、その「役なしプレーン」は害獣として扱われ、公的にも私的にも人間社会から一切のかかわりを断たれて駆除対象となるからである。


 男性が一方的に重荷を負い、女性も世界の敵の化け物になるか、化け物に殺されるのに怯えるか、それとも孤独に一生を終わるかしかない。


 恋愛が人生のすべてを決定し、そして恋愛勝者となっても幸せに生きられない。


 そんな世界を捨てようとする者が出るのも、必然であった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 「敵編隊東海上より接近!種別「シロ」、数3、速度60!どうぞ!」


 『東第一、第三砲台に連絡!どうぞ!』


 「了解!……連絡した、どうぞ!」


 海を臨む見張り台に立っていた青年が、緊迫した面持ちで無線でやり取りをする。


 しばらくするとバスッ、バスッと射撃音が聞こえ、海上から飛来していた「失恋姫セイレーン」たちの周りにぱっと白い羽毛と血が飛び散り、ぼろ雑巾のようになって海面へと落ちていった。


 「おう、ご苦労さん。落としたみたいだな」


 後ろから階段を上ってきた壮年の兵士に、青年はかぶっていたヘルメットを取りながら


 「お疲れ様です。……最近多くないすか、襲撃。全部「シロ」だけど今日は3匹も来ましたよ。先週だけで5匹も来たのに……」


 と返答した。


 「本土で大量発生があったとか、「ネズミ」以上の特異個体が出たとは聞いていないんだがなあ」


 壮年の男性は返した。


 「シロ」や「ネズミ」というのは、「失恋姫セイレーン」の羽の色を表す言葉である。


 なりたての「失恋姫セイレーン」の羽は真っ白だが、多くの人を殺せば殺すほど、「失恋姫セイレーン」として長く生きれば生きるほど、羽は黒ずんで汚れていく。


 最終的には「クロ」……カラスの羽よりなお黒い、闇夜を思わせる漆黒となるのだ。


 今まで確認された「クロ」は10匹に満たず、そして1匹たりとも討伐された記録がない。


 まさに「人類の天敵」となるのだ。


 「まあ、俺たちが考えてもしゃーねーよ。見張り変わるからメシ行ってこい」


 「あざす!お気をつけて!」


 青年は手を振ると、階段を下りて行った。


 ここは太平洋に浮かぶ離れ島。


 同性を愛していたり性自認が女性だったり性嫌悪の感情から「お姫様」を迎えなかった者、戦闘能力が低く「役なし」から選ばれないばかりか「王子様」からもさげすまれた者、そして世界の残酷さそのものに嫌気がさし、新しい世代の再生産に背を向けた者……


 理由は様々だが、男性だけが集まって作り上げた絶望の楽園。


 この島に名前はない。島外からの干渉も基本的にない。


 だが住人の男たちはこう呼ぶ。


 「世界で一番楽しい墓場」と……

 

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逃避者(ノガレモノ)たちの絶望的楽園 砂漠のタヌキ @nanotanuki

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