第20話 養育少女
「おい、起きて」
僕のベッドの上ですやすやと眠るオフィーリアの頰をぺちんと叩く。
この家に現在使用可能なベッドは三つしかない。そういうわけでオフィーリアは僕の部屋に運び込まれたのだ。
オフィーリアは口を半開きにした。
「お布施たくさん...... もらっちゃった......」
どんな夢だよ。
「起きて」
肩を強く揺する。オフィーリアは目をぱちんと開き、黒い瞳を僕に向けた。
それから部屋中を見渡して、次に自分自身の体を見た。
いつもの黒装束はおしっこで濡れていて、そのままベッドに寝かすわけにはいかないのでヴァイオレットが着替えさせた。今は白いシャツと水色のロングスカートだ。
オフィーリアは体を守るように両手で抱いた。
次に続く言葉が簡単に予想できる。
「お兄さん......ヤッちゃいました?」
「ヤッてないよ」
「......触りました?」
「触ってないよ」
「......パンツ見ました?」
「..................」
見た。しかしあれは不可抗力だ。着替えを手伝う上で仕方なくだ。つまりノーカウントだ。
「見てないよ」
「その間、ぜったい見ましたよね!? へんたいっ!」
顔を赤くするオフィーリア。僕はそのおでこにチョップをかました。オフィーリアはあううと鳴いて額を抑える。
「ふざけてる場合じゃない。......大事な話をしにきたんだ」
「大事な話? ......教会に襲われたことですか? 約束通り、クリスはちゃんと守りました! お兄さんが来るまで時間も稼いだし、ロースくんも無事ですよ!」
「............」
「それに店員さんも巻き込んでません! お皿はちょっと割れたけど......」
「............」
「......あの、お兄さん、怒ってますか......?」
急にしおらしくなって、上目遣いで見つめてくる。いつも不思議な煌きを有している漆黒の瞳は、わずかに潤んで揺れめきながら中心に僕の顔が反射していた。
「あの、ごめんなさい...... 教会に追われてるって黙ってて...... 許してください......」
「......まあ済んだことはいいんだ。未来の話をしよう」
これからどうするべきか。クリスと関わらせるわけにはいかない。これは決定事項だ。
「こういう事件が起きた以上、もうクリスと会わせるわけにはいかない。教会が敵となると、僕が守ってもこの街にはいられないからね」
それにクリスの冒険者としての夢も途絶えることになる。
教会っていうのは、社会そのものだ。ランク7は確かに怪物だけど、社会のほうがより大きな怪物である。敵に回すことはできない。
「そうですよね......」
オフィーリアは俯き、ベッドの上で膝を抱えた。
「クリスには復讐者は辞めてもらう。別の、新しいクラスを探すことになる。だから君はもうクリスに教える必要はない」
「はい......」
布団を引き上げて肩までを覆い隠すオフィーリア。顔は伏せられて表情は見えない。
「お兄さん、迷惑かけてごめんなさい...... 巻き込んでしまって...... クリスを危ない目に合わせちゃったし...... パフェも美味しそうで三つも注文してしまいました......」
「うん。パフェはどうでもいいんだけど...... なんで教会に狙われているのか教えてくれない?」
なぜジヴァーナムは邪神に認定され、なぜオフィーリアは賞金首になったのか。
それによってクリスをどう守るべきかも変わってくる。この先オフィーリアをどうすべきかも。
オフィーリアはしばらく沈黙して、僕をちらりと覗いたあとまた目を伏せて話し始めた。
「私にもよく分からないんです。突然教会に襲われてなんとか逃げて、気付いたらいつの間にか指名手配されてて、ジヴァーナム様も邪神ってことになってて......」
うーん。いまいち要領を得ない。
「邪悪な儀式や反教会的な動きをしたわけではないってこと?」
「はい...... 私はしてないです...... 指名手配される前は」
指名手配されたあとはしたらしい。まあしてるよな。嘘をついているようには見えないが......
「君の依代体質はばれてるの?」
「......たぶんばれてます」
ということは、やはり教会はそれ狙いなのかもしれない。依代体質ってのは世界に一人いるかいないかの人材だ。求めるのは理解できなくはないが......
僕は首をひねって考え込んだ。
どうしようか。
僕は考えるのが好きではない。魔物を殺したり人を殴るのは得意だが、頭を使うのは苦手だ。僕はずっと暴力の世界で生きてきたのだ。
うーん。分かんない。
こういうときは――保留だ。
よし決めた。保留して、状況を見極めて、臨機応変に動こう。
沈黙に耐えかねたのか、オフィーリアが唇を開いた。目は合わないままだ。
「あの、その...... 今日一日楽しかったです。長居しても迷惑だと思うので、出ていきます。お邪魔しました」
そう言ってベッドから這い出し、僕の横をすり抜けて部屋を出ていこうとする。目尻から一条の雫があごまで伝った。
「待った」
その腕を掴む。
「行かせるわけにはいかない」
オフィーリアは振り払おうと腕に力を込めるが、叶うはずもなかった。
「はなしてくださいッ――」
「だめだ。クリスとの関係を外で喋られるのは困る」
「絶対話しませんっ!」
「君の意思に関係なく情報を抜き取る魔術もあるんだ。特に教会はそういう術に長ける......」
オフィーリアはついに涙腺を崩壊させ、しゃくりあげながらボロボロ泣き始めた。
「殺さないでください...... お兄さん、殺さないで......」
「殺さないよ」
殺さないよ? 保留なんだから。
腕を大きく振り回し、僕のお腹にパンチを叩き込むオフィーリア。まったく痛くないけど......
「教会に売るんですね......それならいっそ殺してください! 教会はいやですっ!」
「............」
「はなしてはなしてっ! お兄さんごめんなさい! こんなことになると思ってなかったんです! しばらく何もなかったから! ゆるして!」
「教会にも売らないよ。だって教会に喋られるのが一番困るんだから」
「やっぱり殺すんだ!」
「だから殺さないって。君はしばらくここに監禁する。ほとぼりが冷めるまではね」
「いやだいやだ! ......え? 監禁?」
オフィーリアは急に動きを止めた。泣き腫らして真っ赤になった目をぱちくりと閉じたり開いたり。
「監禁ですか? 私を? この家に? 私を?」
「君を、この家に、監禁します」
「それは――匿ってくれるってことですか?」
オフィーリアが僕の両手を握りしめた。
ん? いや......
「匿うっていうか......監禁だよ。外には出さない。外部との連絡も許さない。教会が見つけるのを諦めるまではそうしてもらう」
「......ご飯は貰えるんですか?」
......この子、がめついな。飯の心配とは。
「やっぱり教会に連れていこうかな」
オフィーリアは満開の笑顔を咲かせた。
「お兄さんだいすき!」
そして抱きついてくる。全力の抱擁だ。顔を首元に埋めて、胸を潰れるほど押し付けて、ぎゅうぎゅうと体を密着させてきた。
女の子の体の感触と甘い匂いのせいで、僕は顔が熱くなるのを感じた。
「三食昼寝付き、デザートもあって、ずっと側で守ってもらって、お兄さんに毎晩子守唄を歌ってもらう夢の生活だ! 私は信じてましたよ! お兄さんはパンツ大好きなへんたいさんだから、私を捨てるようなことしないって!」
「いや、子守唄もデザートもないから」
「パンツ見せてあげますよ! なんならあげます!」
「いらない」
「お兄さん、私のことは『リア』って呼んでください! 優しく! 愛情を込めて!」
「いやだ。......言っとくけど、家の中でもクリスと話したらダメだからね」
「分かりました!」
僕の胸に顔を押し付けてモゴモゴ返事をするオフィーリア。ほんとに分かっているのだろうか?
「食事も部屋の中。お風呂もクリスが寝たあとだ。......トイレはこっそり行くこと」
「了解であります!」
オフィーリアはびしりと敬礼した。なんだこいつ。舐めてんのか?
僕は丸い頰をつねった。
「いたいいたいっ! お兄さんもっと優しくしてっ!」
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