第15話 夕食少女

 メロナワイバーンってのは厄介な魔物だ。普通に人も食べるくせして、こちらから手を出すと教会に神敵扱いされる。まじふざけんなって感じ。


 あれを殺す方が騒動が大きくなるのは目に見えていたので、僕は狭い路地を走り回ってなんとか撒いた。それほど時間はかからずに振り切ることに成功した。


 ジヴァーナムはぶつぶつ文句を言いながら引っ込んで、オフィーリアの意識が戻ってきた。こっちの方がまだましだ。


「おいしいですねえ! おかわりもらえるんでしょうか?」


「……おかわりっていうか、普通に注文しなよ」


 竜が街中で火を噴いたといえども世界は回る。少しすれば驚いていた住民は自分の生業に戻った。


 そういうわけで、僕たちは夕食を食べている。


 落ち着いた雰囲気の個室で、テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。クリスとオフィーリアが僕の向かいに並んで座り、それぞれ料理を口に運んでいた。


 ここは僕の行きつけであるちょっとお高めの料亭、「花鳥風月」である。メニューが豊富で毎日通っても飽きないし、個室があって他の客からの視線を遮ってくれるのもありがたい。


 窓からは赤く染まった空が見える。僕は少しブルーな気持ちでそれを眺めていた。


 メロナワイバーンはどうしてクリスを狙っていたのだろうか。


 まさかクリスが魔王の卵であると気づいたのか……?


 可能性はある。メロナワイバーンは邪悪な存在を見つけ喰らおうとする性質があると聞くし、クリスの何かがそのレーダーに引っかかったのかもしれない。


 魔王の卵だとバレたらおしまいだ。きっとクリスはこの街では生きていけない。


 どうしようかな……


 僕の向かいでオフィーリアは忙しそうに手と口を動かし、クリスは少し食指が動いていない様子。まあ当然だろう。ドラゴンに襲われた直後なのだから。


 というか、あの後で元気に頬をパンパンにしているオフィーリアが凄いのだ。


 クリスは完全に箸をおき、手を膝の上に揃えた。


「師匠、なんで私たちは竜に狙われたのでしょうか? というか私を睨みつけていたような…… いや、やっぱり気のせいなんですかね……」


「うーん……」


 クリスに「自分は魔王の卵であり、邪悪な存在である」と気づかせるわけにはいかない。彼女の精神衛生のためだ。


 しかしメロナワイバーンに何度も威嚇を叩きつけられて気づかないほどクリスは鈍感ではない。なんと説明するべきだろうか。


 僕は少し考えて、オフィーリアに目配せをした。念を込める。話を合わせてくれ、オフィーリア!


 アカリスのロースくんはまだその黒装束の内側に潜んでいる。それとなく右手の親指と中指を擦り合わせれば、オフィーリアは背筋をぴんと伸ばした。その顔に緊張が走る。


 ぜんぶこの子になすりつけよ。


「白竜に襲われたのは、そこの神官が原因だよ。彼女とあの竜は因縁浅からぬ相手らしい」


 オフィーリアは我が意を得たりとばかりに頷いた。


「お兄さん、よく知っていますね…… そう、あの白竜は我が宿敵です。対峙し、殺し合うことを運命づけられた相手…… クリスには迷惑をかけました……」


 お、おお!


 僕の念が届いたのか、オフィーリアは完璧に話を合わせてくれた。竜と因縁があるというのは彼女の中二病的琴線に触れたのだろうか。


「かの竜は憎き秩序神のしもべにして、人を食らう魔物でもあります。我が故郷を焼いたのはいつだったでしょうか…… あれは我々、現秩序に反抗し革命を起こそうとする英雄を打ち滅ぼさんと日々牙を研いでいる。クリスが獲物として見定められるのはもう少し先でしょうが、必ず来る未来です。覚悟しておきなさい……」


「そんな壮大な…… わたし、やっていけるんでしょうか……」


「心配は不要です。すべては復讐神の御心のままに……」


 ペラペラとよくもまあ舌が回るものだ。


 唐突に邪悪な英雄の一人に仕立て上げられたクリスは困惑を隠せていない。


 まあうまく煙に巻けたのではないだろうか。オフィーリア、ナイスだ。初めて役に立ったね。ご褒美をあげよう。


「二人とも、デザートも好きなだけ頼んでいい。ここは色んな甘味が揃ってるからね」


「よっ! ふとっぱら! アウルベルナの英雄、エディ・シドニー!」


 ひゅーひゅーと下手な口笛を鳴らすオフィーリア。なんかいらっとくる。


「クリスも、食べられる分だけでいいから食べるんだ。冒険者は体が資本だからね」


「分かりました! 吐くまで詰め込みます!」


 いや、話聞いてた? 食べられる分だけでいいんだけど……


「無理せずとも、余ったら私が食べますよ。任せてください。タダ飯だといくらでも胃に入るんですよね」




▼△▼




 早々に自分の分を食べ終えたオフィーリアはデザートの到着を待ちながら、饒舌に復讐と破滅の神の教義について説教を垂れている。


 クリスはそれを真面目に拝聴し、僕は適当に聞き流しながら食事を進めていた。


「――これが鏡、刃、闇の実践例です。日頃から意識することで復讐者としての能力は増していくでしょう。すべては因果応報です。物事には原因があって、結果がある。常に原因を探すのです。そして原因は一つではありません。解釈次第でどうとでもなる…… そこが肝なのですよ」


 ふと、コンコンと窓が叩かれる音がした。


「え? とり?」


 フクロウだ。茶色い羽毛で目はくりくりとして大きく、黄色いくちばしで窓をつついて音を立てている。


 窓を開けるとフクロウは部屋の中に飛び込んできて、僕に足を差し出してきた。紙が巻かれていて、それをほどいてあげると翼をバタつかせる。


 一瞬の後、フクロウは幻かのように掻き消えた。いや、幻のようにではなく、幻そのものなのだ。


 これは冒険者ギルドの長、イザベルからのメッセージだ。彼女の信奉する神の象徴動物がフクロウである。


 あのセクハラ女がいったいどんな手紙を寄越してきたのだろうか……


「手紙? 誰からですか?」


「秘密だ」


 畳まれていた紙を広げる。そこには美しい筆記体でこう書かれてあった。


『例の件で報告がある。ギルドに来てね」


 例の件。もちろんクリスのことだろう。イザベルはその立場を生かして様々な組織にかけ合い情報を集めてくれていたはずだ。何か新しい発見があったのだろうか。


 とにかく、これは行くしかない。心情的にはあのセクハラ魔には会いたくないが、さっき白竜に襲われるという事件も起きたばかりだ。教会やらの動向を聞いておかなくては。


 紙をひっくり返すと、そこにはまだ文字があった。


『ヴィーちゃんには先に来てもらってるから。急いだほうがいいかもね』


「ビビ……」


 可哀想に。きっと散々な目にあっていることだろう。想像するだけで涙が出そうだ。


 クリスとオフィーリアを二人きりにするのは非常に恐ろしいが……


 白竜の気配は遥か遠くに去っている。きっと大丈夫だろう。


「僕は少し用事ができたから、デザートを食べ終わったら二人で先に帰ってくれる? 代金は払っておくから。クリス、道は分かるよね?」


「はい、覚えてます!」


「よし。クリスは絶対にそこのヘボ神官から目を離さないこと。唆されても悪いことはしちゃだめだ」


「了解しました! 任せてください! 絶対悪いことはしません!」


「ヘボ神官ってなんですか! ヘボお兄さん!」


「……オフィーリアもクリスから目を離してはいけない。分かってるね?」


 軽く指を鳴らせば、オフィーリアの大きな胸の谷間からロースくんが顔を出した。くりっとしたつぶらな瞳が可愛らしい。


「……くッ! 分かってますよ! 過保護なお兄さんの代わりに私がしっかり守っておきます」


 ……守るっていうか、君がクリスを襲うことを心配しているんだ。


 まあロースくんもいるし、きっと大丈夫だ。オフィーリアがクリスに変なことをしないこと祈ろう。


 僕は懐から拳大ほどの大きさの白い貝を取り出した。これは魔道具シェルフォンだ。それもまだ二つに分かたれていない状態のもの。


「これを渡しておこう」


 その貝の口を腕力で強引に開き、逆折にしてねじって貝殻を二つに分かつ。片割れをクリスに渡し、もう一方をポケットにしまい込む。


 前々から連絡を取れるようにしなければと思って用意していたのだ。いい機会だから渡しておく。


「セルフォン…… 初めて見ました……」


「オフィーリアに何かされたら連絡すること。それから家についても連絡して」


 わかりましたと元気よく返事をするクリス。


 それから心配なのは悪魔だ。ミンスクの一件もある。奴らは人に擬態するのだ。僕のいない隙を見計らってよからぬことを企むかもしれない。今は街から悪魔の匂いはしていないけど……


「それから助言だけど……クリスとオフィーリアは可愛いから、二人だけだと悪漢に狙われるかもしれない。だから誰とも話さずに真っ直ぐ帰るんだ。これは忠告だけど――」


 オフィーリアはにへらと笑った。


「お兄さん、やっぱり私のこと可愛いって思ってたんですね。だからパンツ見たいんですよね。分かりますよ、へんたいさん」


 ……うるさいな。話の流れ上仕方なく言ってるだけだよ。


「…….....敵はどんな姿をしているか分からない。とても悪そうには見えない容姿でも信用してはいけないよ」


「敵はどんな姿か分からない…… 絶対忘れません!」


 胸の前で握りこぶしを作るクリス。オフィーリアは豊かな双丘をテーブルの上にたゆんと乗っけた。


「まあまあ、心配しすぎですよ。家に帰るくらい私たちでもできますって。それより家に帰ってからのことを心配してください。今夜はフィーバーナイトが始まりますよ?」


「……フィーバーナイトってなんだよ」


「それは帰ってのお楽しみです。期待していてください」


 ……フィーバーナイトってなんだ。僕に若い女の子の考えることは理解できない。


 首をひねったまま僕は個室を出た。


 ギルドに行ってヴァイオレットを救い出さなくては。


「………….....」


 彼女らが家に帰る間よりも、帰ったあとのことが心配になってきた。


 フィーバーナイトってなんだろう……

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