第13話 成長少女
「次はパーティーでの連携です!」
オフィーリアの講義は続く。
「クリスは基本前衛を務めるつもりなのでしょうが、時には後衛的役割をこなすこともできるのが復讐者というクラスの強みです。というわけで、お兄さん前衛、クリスが中衛、私が後衛で戦ってみましょう」
冒険者は五人以上のパーティーを組んで戦う。各分野のプロフェッショナルを集めて役割を明確に分担するのが王道だ。
狩人である僕はパーティーに入れば斥候や支援、遊撃を担う。鍵開けや罠解除は盗賊ほど得意ではないが、
しかしここ東の草原という街にほど近いフィールドであれば、前衛でも後衛でもこなすことができる。
「足引っ張らないように頑張ります!」
「まあ練習だから、気楽にね」
ここはクリスにかっこいいところを見せるチャンスであろう。僕はクールでスマートな師匠を自認している。オフィーリアに惑わされるばかりではいけない。
「私のことしっかり守ってくださいよ〜」
間延びしたオフィーリアの声。緊張感というものがまったくない。まあいいんだけど……
クリスとオフィーリアを背にし、先頭を歩く。二人共が僕の視界の外にいるというのはすごく不安だ。
僕は少し先にダイアウルフの群れの気配を発見した。まあ手頃な相手だろう。
背負っていた弓を取り、矢を持った。背の高い草に視界を阻まれて目視はできないが、目を瞑れば鼓動を感じられるほど近くに感じられる。
左足を前に出して、体幹を真っ直ぐ伸ばし、矢をつがえる。大きく息を吸って肺に空気を溜めた。
弓と、矢と、自分。三つに集中する。三者が渾然一体として混じり合い、弓と矢が腕の延長上にあって神経と血管が通っていくような感覚。この弓は北大陸奥地の霊樹で作られている。キリキリと弓を引き絞れば、強く引き返してきた。
息を細く吐き出しながら、時を待つ。
風が凪いだ。草の揺れが収まる。
指を離した。矢は糸で引かれるかのように、一直線にダイアウルフの群れのもとへ。
見えはせずとも、分かる。一匹を射抜いた。群れが驚き慌て猛り狂うのが気配で伝わる。ダイアウルフは獰猛で、仲間を傷つける敵を許さない。
「よし。ダイアウルフの群れ、七匹がやってくる。これを相手にしてみよう」
弓を背負い直して振り返ってみれば。
クリスは緊張した面持ちで抜いた剣を両手で握り、オフィーリアはそのクリスにひっついて耳元で何かを囁いている。
内緒話というわけだ。光を吸い込む黒い瞳は僕の方を向いていて、薄紅唇は邪悪に歪んでいる。クリスはぽっと顔を赤くした。
「し、ししょう……」
なに吹き込んだんだ。
これは明確なルール違反である。僕の見ていないところでクリスと話してはいけない。
僕は親指と中指を擦り合わせ、指を鳴らした。
オフィーリアの服の下に潜んでいる我が使い魔、アカリスのロースくんは指令を受けてうたた寝から目を覚ました。
黒装束のお腹あたりをこんもりとした膨らみが駆け抜けていった。オフィーリアは手でそれを追いかけるが、捕えることはできない。
「あーもう! ちょっと話しただけなのに! 過保護すぎますよ! あっ、ロースくんっ、そこだめなとこと噛んでるよっ!」
「四つめの規則に違反したため、取り締まりだね」
キッと僕を睨みつけてくる。
「おのれッ!
紫色の光線がその指先から放たれ、僕――ではなくロースくんに迫る。
自動追尾性能を持つ恐ろしい呪いは黒装束を貫通してロースくんの体に直撃したが、その赤い毛皮に弾き返された。
呪詛返しだ。
「ぴゃああううううううう!」
へたりこむオフィーリア。
使い魔の抵抗力は飼い主に依存する。そう言うわけで僕のペットであるロースくんはかなりの呪詛抵抗を持っているのだ。
もう一度指を鳴らす。ロースくんはオフィーリアの胸元から這い出てきてその頭の上に鎮座した。
「さて、そろそろダイアウルフが着くよ。遊んでいる暇はない。クリス、準備はいいかな?」
「はい!」
「君も立って。戦うよ」
「このきちくっ……」
目を潤ませながら内股で立ち上がるオフィーリア。まあ大丈夫だろう。元気そうだし。
僕は視線を切って前を向いた。ダイアウルフの群れは裸眼で数を数えられるほど近くに来ている。くすんだ灰色の毛皮と鋭い牙、尾を含めて二メートルは超える体長。七匹も並べばなかなか壮観だ。
後ろからオフィーリアの咳払いが聞こえた。
「クリス、
僕はナイフを両手に構えた。打たれ強い前衛役をこなさなくてはいけない。
先頭の一匹が大きく顎を開いて飛びかかってくる。喉の奥まで見えるほどだ。
その下顎を宙返りしながら蹴り抜き、群れの奥へ弾き飛ばす。残り六匹の鼻先が一気にこちらを向いた。喉を鳴らすような威嚇が混じり合って共鳴する。
「お兄さん、被弾してください」
「はいはい」
要求の多い後衛だ。
半円を作って僕を囲み徐々に近づいてくるダイアウルフ。その一匹に瞬歩で接近し、鼻の頭を拳で殴る。ダイアウルフは仰け反りながらも前足で僕の腕を引っ掻いた。
ぜんぜん痛くないけど、薄皮一枚くらいは破られただろうか。
……前衛が傷つけられること前提って、やっぱり欠陥クラスじゃない?
「
「
二人の声が重なる。紫の光線が二つ、そして二匹のダイアウルフは目をひん剥いてぱたりと倒れた。
「いい感じですよ! 次はクリスも前衛に!」
「はいっ!
クリスが僕の斜め後ろに立つ。
「あれ、できない……」
おっと。剣に呪いを宿すのに手間取っているようだ。まあ実戦であのふざけた妄想をするのは難しいだろう。
僕はナイフを振り回し、時には投げ、足技も駆使して四匹のダイアウルフを捌き続ける。余裕だ。こんな魔物ならあと百匹出てきてもいなすことができる。
「ねえやめて! 私を追い出さないで! 私頑張るから! ……………………え? ひどいよっ! みんなで頑張ろうって約束したのに、友達だと思ってたのに! ……………………もういいっ!
甲高い声で妄想を叫ぶクリス。一体誰と話しているんだ……
やっぱこのクラスやめさせようかな……
「できましたっ!」
ちらりと横目で見ると、その剣は禍々しい紫の光を宿している。クリスは意気揚々として力強い顔つきだ。
……まあやらせてみるか。
「クリス、一匹そっちにまわすから」
小柄な一体の牙を切り飛ばし、足の骨を蹴り折った。闇雲な突進を受け流しながら、クリスの方へ投げる。
「はいっ!」
威勢のいい返事。こういった、前衛が抑えきれなかった魔物を後衛に近づけさせないのが中衛の重要な役目になる。
残り三体を適当にあしらいながらクリスの戦いを見守る。
小柄で手負いのダイアウルフ一匹くらいならクリスでも十分相手どれると思うのだが……
腰を落とし、正中に剣を持つクリス。一年間剣士として修練したことは決して無駄にはなっていない。
ダイアウルフは大きく跳躍し、ほとんど真上からクリスに襲いかかる。十センチはある白い牙が唾液に塗れて光を反射した。
クリスは怯まない。限界まで引きつけて――ひらりと身をかわす。すれ違いざまに足の一本を根本から切り飛ばした。あの頃とは違う切れ味のするどさだ。
その顔は確かな喜びと達成感に溢れていた。素晴らしい成長ぶりだ。しかし――――
足が三つとなってしまったダイアウルフはそれでも闘志を燃やしている。吠える先にいるのは、オフィーリア。
体を入れ替えるように切りつけたクリスは間に入ることはできない。
「神官様!」
「ふふふ、犬っころよ。我が配下二人を倒しよくぞここまで辿り着きました。しかし残念。お前には苛烈な裁きが降る!」
片手を天に、片手を地に。黒髪がはらりと舞って、オフィーリアの片目を隠した。
「昨日雨に濡れて風邪ひいちゃったのも、ソファで寝たせいで体が痛いのも、ぜんぶお前のせいだ! しねしね!
ダイアウルフの牙がオフィーリアに届く寸前、その巨体は遠くに弾き飛ばされて、爆散した。なかなかの威力だ。
まあ、さすがランク4と言ったところだろうか。ダイアウルフなんかに遅れは取らない。
残りは三体。数的有利を失い、ようやく不利を悟ったのだろうか、ジリジリと後退していく。
「クリス、パーティーで復讐者として立ち回る上で最も大切なことを教えます!」
「は、はいっ!」
「我々の呪いは仲間が傷つくことで効果を増しますが、その”傷”は誰につけられたものでも構いません。ここぞという窮地に至っては、つまりーー
……絶対だめだよ。それ、殺し合いになるから。
僕はついつい振り返ってしまった。
オフィーリアの白い指先が僕を指差している。イタズラっぽく目を細めて、口の端を吊り上げた。
「お兄さん、くらえっ!
「おい!」
迫る紫色の光線をぎりぎりで避ける。その光線は偶然にもダイアウルフの一匹に命中し、老衰で死ぬかのようにゆっくりと倒れた。
危なかった……
いや、呪詛返しで無傷だから当たっても構わないんだけど……
「ははは、我が呪いの前に踊るがよい!」
芝居かかったノリノリのご機嫌な声だ。
「ほら、お兄さん、キリキリ舞えっ!
▼△▼
「おろせおろせ! ごめんなさい! おろしてっ!」
僕は再びオフィーリアを逆さ吊りにしていた。
細い足首を掴んで持ち上げる。オフィーリアは両手で黒のロングスカートを抑えているが、やはりむちっとした太ももを隠すことはできない。
「いいかいクリス、さっきこの女がいったことは忘れること。
「はい! 絶対しません!」
「冗談に決まってるじゃないですか! 私だってそんなことしませんよ! …………嫌いな相手じゃなかったら」
……嫌いな相手でもダメだろ。
これだから邪教徒は嫌われてるんだ。
僕はオフィーリアの体を左右に揺らした。
「揺らさないで揺らさないで! こわい!」
ぶらりぶらりと振り子の動きが大きくなり、我慢できなくなったオフィーリアはついに僕の足に両手でしがみついた。
抑えを失ったロングスカートは風に舞う木の葉の如くふわりと落下していく。
もはや見慣れてしまった、真っ白のパンツ。
「もうっ! また見られた! 私のパンツ好きすぎるだろっ! へんたいへんたいへんたいっ!」
これで五回目だ。いや、四回目か? いやいや既に六回は見ているような気も……
僕はあと何度これ見ることになるのだろうか。
オフィーリアにクリスを任せるのは、やはり不安だ……
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