第4話 無職少女

 原則、成人を迎えたものであれば誰もが神職クラスを持つ。


 神殿に追放されたもの、あるいは神が神でなくなった場合などは例外だが、そんな例外は滅多に存在しない。


 八百万の神が存在し、そのうちの一部が神殿を持ち信徒を持つ。僕の知る多くは冒険者向きのクラスを与えてくれる神様だが、ほかにもたくさんの神がいる。


 そしてその中にも冒険者向けのクラスとして有名な「冒険者五大クラス」というものが存在する。


 剣と博愛の神、フリード。クラスは剣士。


 炎と雷の神、アイリ。クラスは火雷術士。


 守護と誓いの神、クレイン。クラスは騎士。


 癒しと裁きの女神、アイリス。クラスは癒し手。


 盗みと旅の女神、ロビン。クラスは盗賊。


 これらが五大クラスとされる理由はいくつかある。


 最も大きいのが、この五柱は寵愛を授けてくれやすいこと。神様の中にも気難しいやつらがたくさんいて、世界中でほんの数人にしか加護を授けない神もいる。しかしこの五柱は比較的間口が広い。剣神フリードにいたっては誰にでもクラスを与えてくれる。


 次に、パーティー内での役割が明確であること。冒険者業界ではこの五つのクラスを揃えることを基本としてパーティーを組むのだ。実際にこの五人のパーティーはバランスが良く生還率が高い。


 他にもいくつが理由はあるが、大まかにはこういう事情だ。冒険者の八割が五大クラスのいずれかだろう。


 冒険者の上位層になってくると五大クラス以外の割合が少し増えてくるが、みんな変わり者だ。


 というわけで――


「今日は神殿を巡ってクリスの適職を探そう」


 猪鍋パーティーの翌日。僕は事務所のソファでクリスと向かい合い話している。彼女に二日酔いの苦しみはない。ヴァイオレットはまだ僕の部屋で寝転がっている。


「適職、ですか……」


 自信なさげに目を伏せるクリス。


「どの神殿に行ったことがあるかな?」


「五大クラスの神殿にはいきました。でも剣士しか適性がなくて……」


 なるほど。五大クラスの中で剣士しか適性がないというのは珍しい。少なくても二つ、普通は三つか四つ選択肢があってそこから選ぶものだ。


「他の神殿も訪ねようかと思ったんですけど、お金もそう無かったですし……」


「そうだろうね」


 五大クラスは要求する布施の額が少ない。これもシェア率が高い要因である。


 神殿はどこも銭ゲバだ。入信の際には金をとるし、なんなら「加護を授けるに値するか」を判断する儀式だけでも金をとる。新人冒険者は裕福ではないので、たくさんの神殿をまわって適職を探す余裕などない。


「よし。なら五大クラス以外の神殿を片っ端からまわっていこう。お金は僕が出すから。僕はこの業界で長い。いろんなところに伝手がある」


「そんな…… ありがとうございます!」


 五大クラス以外の神殿はそもそも場所を隠している、あるいは紹介がないと入信できないなどの制約があることも多い。


 しかし高ランクで師匠マスター業を営む僕は、冒険者向けの神殿はだいたい知っているし、どうにかできる。これは冒険者が師匠マスターに弟子入りする大きなメリットだ。


「剣士に名残惜しさはあるかもしれないが、君の飛躍のためには必要なことだ」


「はい、そうですよね……」


 クリスは腰に吊っている剣の柄を撫でた。彼女は一年間剣士として、寵愛が薄いなりに真摯に剣と向き合ってきたのだ。思い入れは深いだろう。


「まずは剣を扱えるクラスの神殿を重点的にまわろうか。もしクリスがそれを望むならだけど」


 憂いを帯びた顔がぱあっと輝いて、年相応の少女らしい笑みに変わった。


「それでお願いします!」


「うん、じゃあ決まりだね」


 世界指折りの大都市であるここアウルベルナには数多くの神殿がある。クリスにぴったりのものがきっと見つかるはずだ。




▼△▼




 まず訪れたのは、光と盾の女神アイネンニルヒの神殿。聖騎士というクラスを与えてくれる。


 聖騎士は守りの術と癒しの術を習得でき、それらを使いながら守備的前衛として立ち回れるハイスペックなクラスだ。


 僕は少なくないお布施を支払い、儀式を見守っている。


 階段を上っていくクリス。その先には祭壇があり、銀色に輝く盾が安置されている。美しい盾だ。きっと天上で作られたものだろう。


 クリスは緊張して固くなった動きでそれに触れ、持ち上げようとして――


 一ミリも持ち上がらなかった。


 白衣に身を包んだ男の神官が口を開いた。


「才能がないようですね。残念ですがお帰りください」


 翻って階段をおりてくるクリスはしょぼくれている。


「……気落ちしないようにね。五大クラス以外の神殿はそう簡単にクラスを与えてくれるものじゃないから」


「はい……」




▼△▼




 次に訪れたのは、精霊と赤色の神ニュルンの神殿。精霊戦士というクラスを与えてくれる。


 精霊と一緒に戦うというメルヘンチックなクラスでその性能は人によって大きく異なるが、精霊は武器に宿るので武器を扱う前衛であることだけは共通している。


 クリスは真っ赤な部屋に入っていった。異様な部屋だった。壁も赤く染められていて、天井からは赤い布が垂れさがり、足元では赤い花が絨毯を作っている。


 部屋の中心ではたくさんの赤い光がふわふわと浮いている。輪を作って踊るように揺れたり、部屋中を隅から隅まで飛び回ったり。突然消える光もあれば、突然現れる光もある。これら一つ一つが精霊なのだ。


 クリスは中央まで進んだ。


 しばらくそのまま佇み、精霊が近づいてくるのを待つ。


 しかし――いくら待っても精霊はクリスに寄り付かない。むしろ一定の距離を保って遠巻きに見守り、怯えているようにも見える。


 真っ赤な服の神官が口を開いた。


「才能がないようですね。残念ですがお帰りください」


「……」


「気にしない、気にしない! 次いこう!」




▼△▼




 その次に訪れたのは、戦死と恋愛の女神フレイヤの神殿。戦乙女というクラスを与えてくれる。


 女性しかなれない珍しいクラスだ。光り輝く武器を使いこなし、邪悪な存在に対して滅法強い。知能が高い魔物や人殺し経験のある人間はもれなく邪悪判定なので、冒険者でやっていくには非常に優れている。


 その神殿は閑静な住宅地の中に隠されていた。道幅は広く大きな屋敷が立ち並び、そのうちの一つがフレイヤの神殿だ。傍目からみればほかの屋敷と変わりなく、神殿だと分かる要素はゼロ。


 すでにベルは鳴らした。門扉の前に二人で並び、神官が迎えに来てくれるのを待つ。


「僕は中に入れないから、一人で頑張ってね」


「はい! 今度こそクラスを貰ってみせます」


「いいね。その意気だ。僕も戦乙女の戦いぶりは一度しか見たことがないけど、なかなか強くて鮮やかだった。もしなれたら、凄いことだ」


 屋敷の扉が開き、女性の神官が姿を現す。スカーフで口元を隠し目元しか見えないが、それだけ美人だと分かる。戦乙女はだいたい美人だ。だからクリスもきっといける気がしている。


「こんにちは、エディ・シドニーさん。お噂はかねがね。今日はどういう用件で?」


「僕の弟子が入信を希望しているんだ。クラスを授けられるかどうか試してあげてほしい」


「よろしくお願いします!」


 鉄門の向こうで立ち止まった女性神官。じろりと無遠慮にクリスをつま先から頭まで値踏みするように見て――


「才能がないようですね。残念ですがお帰りください」 


「ひどい!」


 クリスは泣き崩れた。




▼△▼




 日が沈み始め、僕とクリスは事務所に戻ってきた。


「一つもありませんでした…… 一つも…… やっぱり才能ないんだ……」


 がっくりと肩を落とすクリス。僕たちは二十もの神殿をまわったが一つとしてクリスに職を与えてくれるところはなかった。どこも才能がないと断られたのだ。


「まあ、よくあることだよ。気にしないで。五大クラス以外の神様たちは気難しいんだ……」


 慰めの言葉をかける。しかし内心では僕も頭を抱えたい気分だった。


 数撃てば当たると思っていたのだ。根気強く神殿をまわれば、十個に一つくらいはクラスを授けてくれるところがあるだろうと。そのうちから一番ふさわしいものを選べばいいと考えていた。


 だが、二十も試してどこもダメとは予想外だ。それもただダメだったのではない。圧倒的にダメだったのだ。惜しいところすらもなかった。あえて点数にするならば二十か所でゼロ点である。


 やはりこれはクリスの隠しクラス「魔王の卵」が原因なのだろうか。その可能性は十分高い。僕の女神がクリスが魔王の卵であると気づいたということは、ほかの神々も同じように感じ取ってもおかしくない。


 驚異的点数をたたき出した可哀想な弟子、クリス。うなだれて深いため息をこぼした。


 大丈夫かな……


 クリスの精神状態が不安になった僕は、机の中から見通しの水晶を取り出した。


「クリス、目を瞑ってこれを触って」


「え、あ、はい……」


 素直に従うクリス。指先が水晶に触れ、内側のもやが動き始めて文字を象る。


――――――――――――――――――

クラス:剣士  ランク:1


隠しクラス:魔王の卵  ランク:78

――――――――――――――――――


 あがってるううううううう!


 20以上あがってるよ!


 どうすんだよ!!!


 これは……まずいぞ。早くクラスを見つけなければどんどん上昇していくだろう。しかし神々はなぜかクリスに寵愛を授けようとはしない。僕の信奉する狩猟と瞳の女神アリス=マリアに至っては「可愛い女は嫌」とかいうふざけた理由である。


 僕は天にまします神々に中指を突き立てた。人間界を平和に保ちたければ、クリスに神職クラスを与えたまえ!

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