「???」1


 ――少々時間を飛ばして。


 ノースシティ。


 すごくシンプルな名前だ。わかりやすくて気に入っている。


 夕暮れ、僕はノースシティの大通りを一人で散歩していた。


 北方大陸では都市間の交流が少なく、必然個性的な文化が育まれる。


 この街の特産品はもちろん――犯罪者だ。


 正確には世界中からかき集めているわけなので、産物ではないかも。まあ細かいことは置いておいて。


 十歩も歩けばどこかで喧嘩、あるいは殺し合いが起こっている。


 そして教会騎士が飛んできて刻印を起動させ、強面の犯罪者たちはきんこじを締められた孫悟空みたいに痛がるのだ。コントみたいで面白い。


 まじで異世界飽きないぜ。


 あちらこちらに目をやりながら観光していると――


「ユウ!? ユウ! ユウッ!」


 喧騒の中で、僕の名前を呼ぶ声だけがはっきりと聞こえてくる。


 だけど……誰だ?


 この街に僕の知り合いは二人だけ。この声はそのどちらでもない。


「ユウ! 私よ!」


 振り向く。


 黒髪を一つに結んだ美女。市井に紛れる普通の格好だが、佇まいと立ち姿から気品が現れている。


 ひと目見て思った。好みどストライクだ。


 しかし――


 その腕の中に大事そうに抱えられているのは、くりくりした目の赤子。


「久しぶりね……」


 その美女は泣き出してしまった。どうするべきか分からず僕はかかしみたいに突っ立っている。


 だって名前も知らないのだ。たぶん過去に会った事があるのだろうけど、今は忘れてしまっている。


 その美女は僕にそっと赤ん坊を渡してくる。拒否することなどできるわけもなく、意外と重たいその体を両腕で抱き上げた。


「ダア!」


 美女は涙を拭い、赤ん坊の頰を愛おしそうに指先でつつく。


「こんなこと言われても困るかもしれないけど……ユウの子よ。抱いてあげて」


 僕の……子ども?


 衝撃が頭からつま先まで駆け抜けていく。


「男の子なの。ほら、目元がそっくり」


 赤ん坊は手を振り回して僕を殴った。


「パパッ?」


「あ! パパって言った! 分かるのね!? この子はやっぱり天才だわ!」


「…………」


 僕は無心になって赤ん坊をあやした。


「よーしよしよし。たかいたかーい」


 きゃははと楽しそうに笑うのだが、美女が雷みたいな速さで僕の腕を押さえて止める。


「だめ! たかいたかいは首が安定するまでは危ないの!」


「ご、ごめん……」


「いいの。これから覚えていきましょ。――ずっと放ったらかしにしてたのは許してあげる。こうして会いに来てくれたんだから」


 美女が真っ赤な唇を寄せてくる。


 僕たちはキスをした。


 そして僕は過去の僕に向けて呪いを吐いた。何やってるんだお前!




一章

 一節「who am l」

 二節「why you should stand up for what」

 三節「kiss me again」


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