「Kiss me again」11

 翌朝。


 目覚めると隣にレナはおらず、なんなら僕はソファで眠っていた。


 ぐしょぐしょに濡れたシーツはレナが洗ったらしい。


 起き抜けにもう一度よがり狂うまで抱き潰そうと思ったのだが、いやな顔をされたので諦めざるをえなかった。かなしい……


 今は二人で朝の街を散歩しながら作戦会議をしている。


 僕は散歩が好きだ。異世界の街並みはまだまだ目新しいものばかりで飽きることがない。


「そういえば、これを渡しておくよ」


 懐から取り出した銀色の腕飾りをレナに渡した。見つけたときはくすんでいたそれは磨かれて輝きを取り戻している。


「これは……」


 確信めいた呟き。見覚えがあるようだった。


「君のお父さんの遺品だ」


 エルダー・エントの虚の中にいた骸骨が持っていた腕輪だ。


 その骸骨は魔物に滅ぼされた街から逃げてきた難民とのことだったが……レナの父となれば見えてくるものも変わる。


「君のお父さんの幽霊と話をしたけど、娘のことを愛しているようにも思えたよ」


 そして僕のことは疎んでいた。まさに愛娘にたかる悪い男を憎む父親だ。


 レナは大事そうにそれをしまい込む。

 

「ありがとうございます」 


「うん。――それで、カサンドラの持っていた十三章にお望みの情報は書いてあった?」


 レナは小さく首を振った。


「核心となることは何も。ただし繋ぎ合わせていけば求めるものにたどり着くでしょう」


「そう…… まあまた探そうか」


「はい。――次に行くべき場所が決まりました」


「もう?」


「私はいつも十三章の噂に耳をそばだてていますから。目的地は――最北の都市ノースシティ」


 レナは語る。


 ノースシティ。


 人類生存圏の北限にある街。最強の魔物に囲まれ、北の戦士によって守られる不屈の都市。


 その中心には"神墓塔"がある。神の遺体を封じた巨大な墓だが、今は亡霊の巣窟となっていて、教会は長い間奪還を試みている。


 その尖兵となるのは――世界中から集められた凶悪犯たち。


 教会は大切な騎士たちがコロコロ死んでいくのに耐えかね、犯罪者への罰としてその役目を申し付けたのだ。


 "レイダー"と呼ばれる彼らは教会に管理され、額に刻まれた印によって逆らうことも許されず、攻略の暁に得られる無罪放免という人参めがけて走っている。


 人口の三割が死刑判決を受けた凶悪犯罪者である。地獄かな?


「その神墓塔の深部に十三章があるとか……」


 ホントかよ。


「イカれた犯罪者と攻略レースをするってこと?」


「そうです。それに、あの街は激化した魔物の南下によって苦しんでいるので……急がないといけません」


「ふーん。まあ行ってみようぜ。楽しそうじゃないか」


「……楽しむのは構いませんが、楽しむために行動しているのではないことを忘れないでくださいよ」


「はいはい」


「……はいは一回までと習わなかったのですか?」


「悪魔に道徳を説くなんて時間の無駄だよ」


 レナは不満そうに唇を尖らせた。


「あなたは人間です。そのようにあるべきだと、私は思います。――言い換えると、そうあって欲しい」


 難解だ。よくわからんので、僕は適当に頷いておいた。


 とりあえずレナと手を繋ぐ。嫌がることもなく、指がそっと絡められる。


 朝の空気は冷たくて、吸い込めば肺が浄化されるみたいだ。


「ユウ、あの……」


 レナは地面の石畳に視線を落とした。その頰は赤い。


「……なに?」


「もしもすべてが終わって、あなたと私が無事で、まだ一緒にいることを望んでくれるのだとしたら……」


「…………」


「…………」


 黙ってしまった。僕は立ち止まってその顔を持ち上げ、正面から澄んで揺れる赤い瞳を見つめる。


「何だよ。言わなきゃわかんないよ」


「……なんでもないです。忘れてください」


「はあ? 大事そうなことを急にほのめかして寸前でやめるなんて、僕を焦らして爆発させたいわけ?」


「違います。忘れてください」


 僕の手を振り払って歩き出す。その背中に呼びかけた。


「気になって眠れないよ!」


「忘れてください。――船便を探しましょう。なるべく早く、できれば今日中に出発したいです」


 はらりと流れる銀髪を揺らしながら、背筋をピンと伸ばして早足で歩くレナ。


 僕のことなんて気にしていないとばかりのツンケンした態度が鼻につく。


「チッ。――ベッドの中だと素直なくせに」


「……それは嘘偽りです。次に町中でその話をしたら二度と口を利きませんから」


「ごめん。もうしない」


 走って追いついて、もう一度手を繋ぐ。


 チラリと覗いたその横顔はほんのわずか、本当に少しだけ、楽しそうに笑っているように見えた。




一章三節

「Kiss me again」


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