「Why you should stand up for What」12
――十四日目、朝――
「お・き・て!」
腹の上にどしんと重みが乗っかり、僕は目覚めた。
「用事がないからって、いつまで寝てるつもり? もうお昼になっちゃうよ!」
レナがむすっと頰を膨らましている。
「朝ごはんも作ったのになあ。頑張ったのになあ。ユウの好物ばかりだったのになあ。なあなあなあ!」
「ごめんよ。今から食べるから」
僕は朝ごはんはしっかり食べたいタイプの人間だ。だって人生における食事回数を一度だって減らしたくない。そのわりに朝は弱いので、食事含む生活リズムがどんどん後ろ倒しになるのが悩みなのだが……
レナは僕のお腹でヘッドバンキングを始めた。どういう感情表現なのだろうか。
「降参です。やめてください」
腕を叩いてギブアップを伝える。
「ちゃんと起きてよ。久しぶりに朝からお散歩にいけると思ったのに」
「今からでも行こうか」
「やだ。もう一緒に行ってあげない」
「ごめんって」
毎夜毎夜レナの奇行に悶々とするせいで最近は寝不足だったのだ。しかし昨夜はそれがなかったおかげで久し振りにぐっすりと眠れた。その結果が今日である。つまり元を辿ればレナが悪い。なのに僕が怒られるのは納得いかないぜ。
「なに、その目は。ねぼすけのくせに生意気だね。そんなやつには――こうしてくれるっ!」
レナが僕の布団を剥ぎ取り、カーテンをばさりと開いた。眩しい。強い日差しに覚醒を強制された。体に残る眠気が虐殺されていく。
「ひどい…… 灰になっちゃうよ……」
「ニンニクも食べさせてあげようか?」
「朝はかんべんしてください」
レナは昨夕からずっとこんな調子だ。ヤンデレ的振る舞いが減って、ただ純粋な明るさを少し取り戻している。理由はよくわからない。報酬の金を得られて嬉しかったのだろうか。
しょうがないので我が愛しきベッドを出て、洗面所へ向かう。鏡の中の僕はだらしない表情をしていた。いかにも幸せそうだ。
身支度をしながら考える。今日はどうしようか。久し振りにチンピラ狩りをするのもいいだろう。そろそろ彼らの懐も膨らみ始めた頃合いだ。
家でだらりと過ごすのも捨てがたいが、レナに怒られそうだ。彼女を連れて行って喜びそうな場所がこの街にあっただろうか――
悩みながら部屋に戻ると、難しい顔をしたレナが腕組みをしていた。テーブルの上に積み上げられているのは、色ごとに分けられた硬貨たち。
「何してるの?」
「昨日もらったお金の使い道を考えるべきだと思って。計画的かつ建設的で、後悔しないような用途を」
僕は財布の中身を管理するのは得意ではない。いつの間にか増えたり減ったりしているものだと思っている。
「ああ、そういえば、前から話そうと思っていたんだけど――」
それはこのレマンに着く前、船の上で思い付いたことだった。暮らしが安定した今、ようやく話すことができる。
「中央大陸で冒険者にならないか? 魔物を倒したり古代の遺跡を探索したりするんだ。もちろん魔物はこの大陸よりずっと弱い。レナの聖術も生かせるし……なにより壁に囲まれた街は窮屈だ。冒険者になれば世界中を旅できる」
世界中を旅する。レナはその言葉に食いついた。目の中で好奇心が輝いている。
「楽しそう! いいじゃん冒険者! 聖書にもたくさん冒険者の英雄がでてくるんだよ」
「……そんな軽い感じでいいの?」
「うん。どうせゼロからだし、なんでもやってみたいの」
「そう。まあ合わなきゃ辞めればいいし…… そのためには船賃を稼がなきゃいけない。今ある分でもまだ足りないから、僕が稼ぐのを少し待ってほしいんだ」
「私も働く!」
身を乗り出して訴えかけてくる。
「ユウだけ命がけで働いて、私だけ家で寝てるなんて、罪悪感でスイーツが食べれなくなっちゃってたんだから」
「……昨日までもバリボリ食べてたけど」
「仕事が見つかってからは二倍食べます。 ――やっぱりウソ。節約のために我慢します!」
「いいよ、我慢なんて。急ぐわけじゃないし、ゆっくり貯金しようぜ。僕は今の生活もこれはこれで気に入ってるんだ」
「私もだよ。へへ」
レナは気恥ずかしそうに頭を掻いた。そうと決まれば職探しをしなければいけない。チンピラ狩りにおいてレナはさぞ良い餌になるだろうが、巻き込むのはさすがにナシだ。
となれば……
▽▲▽
朝食を終えた僕らは階下のパン屋を訪れた。
「お仕事を紹介してくれませんか?」
「仕事だあ?」
おばあさんがカウンターの向こうでしわくちゃな顔をさらにしわくちゃにしている。
「うちはパン屋だ、仕事は売ってない。それに余所者にあげる職なんてのは、綺麗な小娘にできるもんじゃないよ」
「なんでもやります!」
それは危険な言葉だぜ。僕なんかに言えばとんでもない目に遭うことになる。おばあさんでよかったね。
「薄給でもかまいません! 船に乗るためにお金が欲しくて……」
若い娘ができる短期の仕事なんてそうそうないだろう。やはりおばあさんはうーむと難しそうな声を出している。そして手を叩いた。
「ならうちを手伝ってもらおうか。祭りが明日じゃ、人手はあっても困らんじゃろ。……そういえば腰も痛かったような気がしてきたのう」
とってつけたような理由を述べて、おばあさんはわざとらしく腰をさすった。
「パン屋は世界一過酷な職業だが、覚悟はあるか?」
「私、がんばります!」
「ふん。いつまで威勢よくいられるか見ものじゃな」
「ありがとね、おばあさん」
「”お姉さん”、じゃ。――小娘、ついてきなさい」
おばあさんは店の奥に引っ込んでいく。
「じゃあ私、行ってくるから」
レナが張り詰めた表情で拳を握った。パン屋なんて生地をこねるだけだろうし、そんな気合を入れる必要はないと思うんだが……
「がんばって。僕も一仕事してくるよ」
「ううん。今日はお休みにして? 今まで休みなく働いてたんだから。次は私の番だよ」
「……分かった」
レナが目を瞑って唇を差し出すように、そっと顔を寄せてきた。触れるだけの優しいキス。ちゅっと軽い音を立てる。
「いそげコムスメ!!!」
おばあさんが大声でレナを急かした。老人とは思えないほどの怒声だ。
ぷるりとした唇が離れていく。
「ばいばい、ユウ。私がおばあさんに殺されないように祈ってて」
どんなパン屋だよ。この世界のパン屋ってのはそんなにヤバいのか?
▽▲▽
休みを申し渡された僕は家の周りを適当にぶらついたり、ナンパを試したりしている。ナンパといってもケモミミやら触手やらを触らせてもらうだけだ。今のところ成功はしていないが……
欠伸が出る。
「ひまだ……」
今はパン屋の隣で座り込み、道行く人をぼんやり眺めているだけ。キテレツな人々を観察するのは面白いのだが、さすがにずっとは飽きてしまう。何か面白いことはないものか。魔界の門が開いたり、ゾンビパニックが起こったりすれば気も紛れるのだが……
突然声が響いた。
「アニキ! アニキ!」
誰かが手を振りながら駆け寄ってくる。対象は明らかに僕だ。神様が祈りに応えてイベントをくださったらしい。胸が躍るぜ。
「ご無沙汰してます、アニキ!」
ご無沙汰? ご無沙汰だと? 僕の知り合いがこの街にいただろうか。
近寄ってくる人物の顔をよく観察する。それは――いつかカツアゲ狩りをしたトンガリ頭のチンピラだった。期待外れだ。
「僕は君のアニキじゃないけど。なに? 報復でもしにきたの?」
「違いますよ! アニキに逆らうわけないじゃないすか。 ――実はうまい話があるんです。アニキの喧嘩の腕を借りられれば、俺もアニキもお天道様もハッピーになるんですが……」
怪しすぎるが……これだけ怪しいと興味が湧く。
「話してみてよ」
「シンプルですよ。デカい商会の金庫の場所が漏れました。それを守るのは腕利きの戦士たち。だけどもアニキの前じゃ赤子同然。ひねってやってくだせえ!」
「いやだよ。僕は悪いことはしたくないんだ」
僕は悪魔だが、無差別殺人犯じゃないのだ。見境なしに暴力を振りまくつもりはない。
「うそだあ! カツアゲのときはあんなに楽しそうだったのに。カタギに手を出すのが嫌なら、ギャングでも襲いますか。分け前は四六でいいですよ。俺が六ですけど」
なんてがめつい。殴り合いは僕に任せるつもりだろうに、六割持っていこうとするとは。
「僕が六だ。それならいいよ」
「よっしゃ! 決まりですね! なら早速――お小遣いをいただいても?」
「なんでだよ」
「それが腹が背中とくっつきそうでして。兄弟のよしみということで、以前差し上げたお金の少しでも返していただければ……」
トンガリ頭くんは揉み手でぺこぺこ頭を下げた。
背後から耳馴染んだ声が聞こえてくる。
「ユウ、この人はお友だち?」
視界の端からレナが現れた。まずい。ヤンキーとつるんでいたのが親にバレたみたいな気分だ。
「兄弟分っす!」
元気よく答えるトンガリ頭くんを睨みつける。黙ってろという意思は伝わったようで、彼は口を閉じてコクコク首を振った。
「そうなんだ。そうだ、お腹減ってるんですよね? なら――これをどうぞ」
レナがトンガリ頭くんに小包を渡す。それはこんがり茶色に焼けた丸いパンだった。
「助かります、アネゴ!」
純粋で隙の多そうな乙女を前にして、トンガリ頭くんの目が邪に光る。僕はレナに気づかれないように、こっそり彼に腹パンを叩き込んだ。そして囁く。
「彼女から金を巻き上げるつもりなら、僕にもう一度ボコされる覚悟をするんだ」
「分かってますって。今のは癖ってやつです。騙せそうな人をみると騙したくなっちゃって……」
レナが不思議そうに首を傾げた。
「こそこそ何を話してるの?」
トンガリ頭くんに「いったんどっか行け」と小声で伝える。彼はパンを咥えて敬礼した。
「アネゴ、パンどうも! 美味しいです! さようなら!」
そして走り去っていく。指示には従順なようだ。悪くない。レナは僕の隣にしゃがみ込んだ。ぴったり寄り添ってくる。
「ユウはもうおやつ食べた?」
「食べてないよ」
「なら、これあげる。一番良く焼けたやつ」
はにかんだレナがパンを渡してくる。言葉通りきれいな焼き色で、形も整っていた。
「レナが作ったの? すごいね。美味そうだ」
「食べてみてよ」
一口かじってみる。豊かな小麦の匂いが香り、生地に包まれた甘いジャムが溢れてきた。
「すごく美味しい」
「よかった。……おばあさんがパン二個をくれたんだけど、一個はあげちゃったから――」
レナの手作り、しかもおやつ用をチンピラに譲るとは、なんて勿体ないことを。しかしレナに後悔している様子は微塵もない。なんと濁りない心根だろうか。
「――私にも一口ちょうだい?」
「ならハンブンコだ。ほら」
レナが大きく口を開けてかぶりつく。モグモグしながら「ジャムが多すぎたかな」と呟いた。
「ジャムなんて多すぎて困ることはないさ」
「……お客さんはそうだけど、おばあさんが困っちゃうよ」
「それはそうだね。……おばあさんは厳しい?」
「なんだかんだ優しい人だよ。パンのことになると怖いけど」
表情を見るに、どうにかやっていけそうらしい。死ぬことはなさそうで安心した。
「じゃあすぐ戻るね。私にきただけだから。おばあさんがパン生地で窒息してるかも」
「うん。いってらっしゃい」
レナが服をはたき、パン屋に入っていく。今日はいい日だ。レナは職を得て、僕も金になりそうな縁を得た。もし詐欺だったらトンガリ頭くんを丸裸にしよう。
そして明日はお祭りらしい。
僕はジャムパンを口に詰め込んだ。
さて、暇だし、夕食に向けて良さそうなレストランを探しておこう。今夜はレナの初仕事お疲れ様会をしなければ。
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