案外奥が深ぇんだぜ、実は

「おおおおおー!!」


 パカァァンと気持ちの良い音が町内に響き渡ると、傭兵たちから大きな歓声が上がる。ま、こんなもんだろ。

 

「おら、あんたの番だぜ」

「やるじゃねぇか。そうこなくちゃつまらねぇ」


 わざと口角を上げてみせるが、あっちも退く気はさらさらないらしい。なにより、ここまで五分で渡り合ってきてるからこその、不敵な笑みだった。

 椅子に座った俺に、フェリダが目をキラキラさせて駆け寄ってくる。


「カガリ、あんた上手いんだね、ボウリング!」

「そうでもねぇよ。若ぇ頃にちょっとかじっただけだ」


「またまたー……そんなすました顔しちゃって」


 さもなんでもないように返した俺を、カツはニヤついて見てきやがった。


「俺のクローゼットからウキウキでボーラーシャツ引っ張り出してたじゃないですか」

「なるほど、それがカガリの世界でのボウリングの正装……というわけかの」

「なんだかいつもと雰囲気が違っていて……その……素敵です……」


 しきりに髭をしごくボージーと謎に顔を赤らめたリデリンド、異世界組の反応を前にすると、急に浮かれすぎちまってたことに気付く。

 だが同時に、今を楽しんでる自分も、確かにここにいた。黒地に赤をあしらったシャツの襟を、グッと引っ張ってみせる。


「まぁ見てろ。ちゃんと楽しませてみせっからよ」


 場所は町内の大通り。道路の真ん中にはボウリングレーンが二本、真っ直ぐに伸びてる。




 ボウリング大会のきっかけは、事務所で異世界の娯楽を調べてた時の、リデリンドとの会話だった。


「しっかし面白ぇもんだな。これも中世のヨーロッパにあったのか?」


 感心して腕を組む俺を見ながら、飛田のおっさんがクイッと眼鏡を上げる。


「えぇ、ありましたよ。諸説あるんですけど、教会がやってた悪魔祓いの儀式が元になってるとか。ピンを悪魔に見立てたんだそうです」

「イカレてんな、中世のセンス」


 そこからは早かった。


 リデリンドとボージー、二人の異世界人に話を聞きながら、俺の知ってるボウリングを伝え、イメージに近いボールを作ってもらう。

片やレーンの方は、作れる建材がない。ボールがよそに転がっていかないよう、本来ガターになる両脇に廃材で仕切りを作った。つまり、アスファルトの上に、直にボールを転がす形になる。



 そうして支度が整った頃合いで、フェリダ達がダロキンを連れて戻った。


「すまねぇな、驚かしちまって。こんな容姿ナリなもんでな、渉外先でもちょくちょく誤解されんだよ……参っちまうぜ」


 そう言って豪快に笑ったのは、パーンの商人ダロキン。馬車の幌に書いてあった商会の会長だ。


「誤解もなにも、牙に血走った目に……強面こわもてが過ぎんだろ」

「バカ言うんじゃねぇ。この八重歯は俺のチャームポイントだ。目が赤ぇのはただの二日酔い……おー、頭痛ぇー」


 眉をしかめたダロキンに、じわじわと不安が増したのを覚えてる。


「コイツ、本当に大丈夫なんだろうな」

「大丈夫もなにも、ダロキン商会は領内中に支店があるぐらいの大手だよ。本人はともかく」

「ガハハハハ、違ぇねぇ!確かに俺でも、俺みてぇなヤツが来たら不安だ!」


 巨体をゆさゆさ揺らして笑うダロキンに、思わず口角が上がっちまってた。

 藤堂ふじどうの叔父貴、そして組長オヤジ。昔はこういうバカで豪快な人が多くいたもんだ。


 手短に挨拶を済ませた後、早々に切り出す。


「で、ダロキンさんよ……俺らと取引してくれるってのは本当なんだな」

「おぉよ。細けぇ話はフェリダから聞いてるが」


 そう言ったダロキンは、ぐびぐびと酒瓶を減らした後、手の甲で口元を拭った。


「あんたが何者だの、この町がどうだのは、正直知ったこっちゃねぇ。ウチは金にさえなりゃ構わねぇ」


 そう言ったダロキンは、親指と人差し指で丸を作る。万国共通どころか、異世界でも使われる仕草か。

 だが、同時に安心もした。


「そんなら助かるぜ。販路としちゃ、ウチは限りなく細ぇからな」


 これは事実だった。

 あれから、現れた魔物たちを何度か撃退したものの、入手できたフレアライトはわずかに二つだけ。大きさだって握り拳程度だ。

 もっとも、「この大きさでも結構な値段になる」とボージーが見立てるからには、やっぱりそこそこ貴重な石なんだろう。


「それでだ」


 決して多くは採れない収入源フレアライトの価値を、限界まで高めておきたい。


「あんた、ボウリングは好きか」

「なんだ、藪からハルバードだな」


 良く分からないことを言ったダロキンだったが、すぐさま不敵な笑みを浮かべる。知らないヤツが見たら、町を焼き払う算段を立てたと思うツラだ。


「勿論、大好きだし得意だぜ。商会ウチの定例会合にゃつきものだ」

「そんならひとつ、賭けてみちゃくれねぇか」

「……賭けだぁ?」


 返答に思わず拳を握った。ひょいと上げられたダロキンの片眉は、間違いなく興味の証だ。


「ボウリングで勝負してくれや。見事俺が勝ったら、うちの鉱石は相場の五割増しで買い取ってくれ」


 提案を耳にしたダロキンは、きょとんとした顔をしてた。俺を静かに指差すと、フェリダへと首を回す。


「こいつ、酔っ払ってんのか?」

「酔っ払ってんのはあんたでしょ」


 強面を前にしても、フェリダは少しもビビっちゃいない。こういうところを見る限り、お互い根強い信頼があるんだろう。


「で、どうなのダロキン。まさかとは思うけど……得意のボウリングで負けたりなんてこと、流石にないよね?」

「聞くまでもねぇだろ」


 フンと鼻で笑った後、ダロキンは腕をまくる。


「乗ったぜあんちゃん。その代わり、俺が勝ったら買い取りは相場の八割だ」

「このヤロ……人の首元見やがって!」

「首見たからなんなんだよ。正しくは『足元』だ」


 悔しそうなカツのバカを訂正しながら続ける。


「五割にしなかったのは優しさのつもりか」

「商人には商人の矜持があるもんでな」

「面白ぇな、おっさん」

「会長と呼べよ、会長と」


 俺とダロキンが始めるのはボウリング。言うまでもないがケンカじゃない。

 だが、どちらにも譲れないものがある以上、ケンカと同じぐらいヒリつくのは当然だった。




「ふんっ!!」


 ダロキンが気合いと共に投げたボールが、ゴロゴロと音を立てながらアスファルトを転がる。途中まで見届けると煙草をくわえた。


「自慢げに語るだけのことはあんな。大した腕だ」


「おおおおお!また全部だぞ!」

「ダロキンさん、本当に上手いな……」

「これは面白くなってきたな!」


 パカァァンと良い音を立てて、ピンが一本残らず豪快に吹っ飛んだ。せっせとピンを立て直しながらも、傭兵たちは楽しそうに騒いでる。



 フレームとスコアの計算は現代式。距離とガターなしは異世界式。

 少しばかりいびつなルールで始まった俺とダロキンのサシの勝負は、正直、少しの油断もできなかった。


 組長オヤジの世話になる前、学校の近くにあった潰れかけのボウリング場が、俺らの溜まり場だった。

 「気が向いたら学校に行く」というふわっとしたルールこそあったが、そのボウリング場の一番端で、俺らは好き勝手に過ごしてた。そして場所が場所だけに、球だけは毎日バカみたいに投げてた。

 あの頃でベストスコアは234。自分で言うのもなんだが、そこそこの腕のはずだ。


 その俺と、ダロキンは平然とタメを張ってくる。

 巨体からくるパワーは勿論だが、端に立つ一本を狙いすまして倒したりと、テクニックもしっかり持ってやがる。


 勝負は最終フレーム。現状は俺の方が優勢だが、その点数差はたったの5点。いつひっくり返されてもおかしくない。


「……よし」


 ピンを睨みながら、ストライクをイメージする。グッと視野が狭くなり、同時に集中力が増してくのが自分でも分かった。


 ふうっとひとつ息を吐く。


 手にしたボールは、ボージーがこの為だけに石を削って作ったものだ。さすがにまん丸とはいかないが、最初は手こずった独特の挙動も、今はもう慣れきってる。


 右手でしっかりと球を掴み、胸の前から後ろに逸らそうとした、まさにその時。


「ま、魔物!魔物の襲撃でヤンス!!」


 焦り散らしたガチャリの声が、即席のボウリング場に響き渡った。

 






 

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