にしても嬉しくねぇ再会だ
「……冗談だよな、ヤンス」
「ヤンスじゃなくてガチャリでヤンス!」
「あぁ分かってる。ただ、つい……な」
必死に訂正するガチャリをよそに、痛みだした頭にしかめ面だ。
今まさに決着がつく頃合いに襲撃だなんて、いくらなんでもタイミングがクソ過ぎる。
溜め息をつくと、少しずつ怒りも込み上げてきた。こっちは町の命運を賭けた大一番の最中だ。魔物なんぞにかまけてる暇はない。
「……今割って入ろうってんだ、それなりの覚悟はしてきてんだろうな、ヤツら。ククク……」
首をバキバキ鳴らすと、怒りのあまり含み笑いが漏れ出る。「ひぃ!」と飛田のおっさんの悲鳴が聞こえた気もするが放っておく。
「魔物だぁ?ったく……これから俺の華麗な逆転劇だってのによ」
不満なのはダロキンも一緒だ。ぐびりと酒をあおると、血走った目を俺に向けてきた。
「馬車にいくらか武器を積んできてる。好きに使ってくれ」
「良いのかよ。売り物なんだろ」
「勘違いすんなよ、『
「なんだよ、ただの商売じゃねぇか」
思わずこぼしたが、ダロキンにしてみれば、元々商談に来たわけだし、これこそ本分だ。
それに、金がかかるのは少しばかり痛いが、どういう形であれ、助力があるのはありがたい。
「すまねぇ、恩に着る。危ねぇからあんたはここにいろ」
「おう、言われずともそうするさ。こう見えて戦いはからっきしなんでな」
「冗談キツいな。そのツラだ、本当は火だのカミナリだの吐けんだろ」
「ガハハハ!ふざけた事ぬかすと割り増すぞ?」
ひとつ大笑いした後、ダロキンはふうと小さく息をした。そこから向けられた真っ直ぐな視線に、今さっきまで飲んだくれてた大男はもういない。
「ま、せいぜい気張ってこいや、
ダロキンの言葉の裏にある、「このピンチをお前らがどう乗り切るか、しかと見せてもらうぜ」という本音が、しっかりと聞こえる。
つまり、これは信頼を勝ち取る査定みたいなもんってことだ。
「おう。まぁ黙って見とけよ」
背後のダロキンに向けて、軽く手を上げた。
「あれ、あれでヤンス!」
「あぁ、寝てねぇから見えてる」
ガチャリに差された先、土煙を上げて近づいてくる魔物の群れは、前とは比べ物にならないぐらいの数だった。挙げ句、鎧や兜を着込んだゴブリンやオーク、オーガなんかもちょいちょい見える。
「ヤツら、いよいよ本腰ってわけか」
「こないだのサワークリームオニオン将軍の部隊とトントンぐらいの数ですね」
「味で呼ぶな、味で」
目をこらすカツの向こう側、早くも飛田のおっさんがバックスイングに入ってる。
シュカッ
気持ち良い音が響くと、軍勢の真ん中で巨大な爆発が起こった。吹っ飛ばずに済んだ魔物たちは何が起こったか分からず、明らかにうろたえてる。
「うむ、ないすしょっとじゃ、トビタ!」
「ありがとうございます!今回はかなり理想のショットができました!」
「もうどっちがゴルフ得意か分かんねぇな」
「カガリさんカツさん、ここは俺たちに任せて下さい!団長たちはもう向かってます!」
「分かった」
弓使いチームの誰かが声を張り上げた。
俺らの動きを横目にしながら、三人は距離を空けた等間隔で壁の上に並んでる。それぞれの足元には、大きめのカゴにぎっしりと矢が入ってた。
魔物が近づくまでも、そして近づいてからも。ひょっとしたら、一番忙しいのはこいつらなのかもしれない。
「頼むぜ、三人とも。後で旨い晩飯食おうや」
「「「はい!」」」
「おっさん、ボージー連れていきてぇんだ。ここ、一人でいけるか」
「えぇ、もう感覚は掴んでます!」
「良く言った」
今回ばかりは、流石に数が数だ。向こうが一気に押し寄せた時、それに耐えられる力が一人でも多く欲しい。
「ボージー、武器はあんのか」
「商会の馬車が来ておるんじゃろ?積み荷から適当なものを見繕うわい」
「分かった、行くぞ二人共」
必要なことは確認した。あとは奴らをぶちのめすだけだ。
フツフツとたぎる怒りを感じつつ、焦る気持ちをどうしても抑えられないでいる。
魔物の数はおそらく三百ほど。飛田のおっさんのデスショットで減ったとは言え、数はまだまだいる。一気に押し寄せられたら、ひとたまりもないのは確かだ。
「……なんだおい」
入り口に駆けつけてみて、最初の一言がこれだった。
堀の向こう側、魔物の軍勢はキレイに並んで止まってやがる。奴らと対峙するフェリダたちに駆け寄った。
「すまねぇ、遅くなった。ひょっとしてまた相撲か?」
「なわけないでしょうよ。話が通じる相手じゃないんだから」
鼻で笑ってみせたフェリダだったが、その眼は魔物たちに油断なく向いてる。
「そこまで凄い勢いで来てたのに、なんかいきなり止まったんだよね」
「となると、なんかしらの罠か……?」
「今はなんとも。一応、ユミーチたちには合図出して掃射止めてる」
「とことん意味分かんねぇな、魔物ってのは」
舌打ちする俺の隣で、カツが鉄パイプをブンブンと素振りする。
「先手打って、俺飛び込んで暴れましょうか?」
「落とした鼓膜拾ってこいよ。罠かもしれねぇって言ってんだろ」
凶悪なツラの魔物たちを眺め回していると、隊列が静かにスッと割れた。奥から進み出てくる影を睨みつける。
現れたのは、独りの男だった。至るところが尖った黒い鎧を着込んでる。
見るかぎり、人間に良く似ている。もっとも、肌が青黒いことを除けばだが。
「病気じゃねぇよな、あれ。ああいう種族か?」
見覚えのない
「いえ、存じ上げません。耳こそ尖っていて、私たちエルフに似てはいますけれど……」
ボージーもフェリダたちも、揃って似たような反応だ。だが、正体は不明でも、分かり切ってることがひとつだけあった。
そもそも、普段はやかましい魔物たちが大人しく、しかも規律正しく並んでるんだ、答えはひとつしかない。
「親玉の登場ってわけか」
そう呟いた俺に、男が目を向けてきた。そして視線がぶつかった瞬間、俺は全部が分かっちまった。
くわえた煙草に火を点けようとするが、震える手の中でライターが何度もカチカチと音を立てる。
「カガリ様……どうなさいました?」
いち早く気付いたリデリンドの声が聞こえたが、怒りを抑えながら煙草に火を点けるので精いっぱいだ。ほどなく、青空に向かって紫煙が伸びてく。
「話が違うんじゃねぇのか」
「なんのことだ」
「なるほどな。まぁ魔物なんざそんなもんか」
とぼけた返事を耳にすると、煙草の先が小刻みに震える。
「約束したはずだよな、『ここには二度と近づかねぇ』ってよ」
「え?!まさかあれ、ジアルガですか?!」
カツの大声が響き渡り、リデリンドが両手で口を押さえた。そして、当の本人は金色の目を俺に向けたまま、キシシシとイラつく声で笑い声を上げる。
「良く見抜いたな。今の姿形は、あの時とまるで違うというのに」
「爬虫類みてぇなその目、見覚えしかねぇんだよ」
「そうかそうか。俺のことを忘れずにいたとは、かわいらしいところもあるのだな。褒めてやろう」
ジアルガが愉快そうにすればするほど、俺の怒りは煮えたぎる一方だ。同時に、自分でも分かるほど不敵な笑いが、口元をニヤリと飾る。
「
「大ファンとはどういう意味だ。俺に分かる言葉で説明しろ、転移者」
「そうだな、熱烈な信奉者……ってとこか。あんまり焦んなよ、後でちゃあんと握手してやっから」
「どこまでも舐めた口を……相変わらず度胸だけは一丁前だな、人間」
こっちをキツく睨みながら、ワナワナと握り拳を震わせてる。逆に俺は、うっかり上がっちまいそうな口角をどうにか抑えてた。
「コイツに一度負けてる」という事実は、負のイメージを頭の隅っこに植え付ける。
ここから生えてくる芽は、どんだけ入念に準備したって、勝手に伸びて成長するもんだ。
前に負けた相手ともう一度やり合うってのは、自分の中で育った不安とも取っ組み合わなきゃならない。
ふとした瞬間に「負け」が頭をよぎって、足を取られたり、動きが鈍くなったり……なんてのは良くある話だ。
つまり、ただでさえ最初から互角じゃなかった上、ジアルガはこっちの安い挑発に乗っちまってる。どっちが有利なのかは幼稚園児にだって分かる話だ。
「で……また俺に叩きのめされてぇんだよな?その為にわざわざツラ見せに来たんだろ?」
煽りながらジャリッと一歩前に出ると、我慢しきれず口角が上がっちまった。
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