お待ちかねの客人なんだが

「なぁカツ……お前、なにができんだよ」


 事務所の屋上でプカプカ紫煙をくゆらすと、デッキチェアに寝転がっていたカツがぎょっとした顔でサングラスを上げる。


「哲学ですか?分かった、プランクトンってヤツですね!」

「急にミカヅキモの話するかよ。そりゃプラトンだ。そして哲学の話もしねぇ」

「ですよね、兄貴がそんな頭良いはずないですもんね。あーびっくりしたー……ほら見て下さいよ、この鳥肌」

「失礼も突き抜けると爽快なもんだな」


 精いっぱい皮肉ってはみたものの、その後の溜め息をカツは聞き逃さなかった。心配そうな顔を向けてくる。


「……元気ないですね」

「どうにもな」

「心配いりませんよ。お通じの薬、ちゃんとチユノハにもらってますから」

「身に覚えはねぇが便秘なんだな、俺」


 どうしようもない会話をただただ重ねながら、頭の隅っこじゃ、フェリダが残してった宿題をグジグジと考え続けている。



 「他人を楽しませる」なんてことができるとは到底思えない。そんなことをした記憶もなけりゃ、楽しませる必要に迫られたことだってない。

 そもそもがヤクザだ。脅して怖がらせて生きてきた人間に真逆を求められたって、なにも思い浮かびやしないし、頭だって否応なしに痛む。



 とは言え、なにも手を打たないままじゃ事態だって変わらない。手始めに……と、諦めてカツに向き直る。


「フェリダが言ってた例の件で悩んでんだ。お前、他人を楽しませるよう特技っつうか一芸、あるか」

「あぁ、その話だったんですね」

「この状況で他に悩みの種があるかよ」


 くわえ煙草でぶっきらぼうに返すと、カツは一丁前に腕を組んで「うーん」と唸りだした。結構しっかり困っているようなので、助け舟を出してみる。


「いいか、『寝る』と『ケンカ』以外だぞ」

「え、じゃあもう俺なんもないですよ?」

「野生動物だって何かしらあんぞ。ちゃんと考えろよ」

「特技……一芸……楽しませる特技ですよね……」


 何度も首を捻り、しばらくは自分の引き出しを確認してたカツだったが、そのうち小さくクークーと寝息を立て始めちまった。ここ最近で一番デカい溜め息が漏れる。


「……っとに、どうしようもねぇな」


 ガキみたいな寝顔を見下ろしてると、肝心なところを確認していないことに気が付いた。

 ポケットに手を突っ込んだまま、二階の事務所に向かう。



「この世界の娯楽……ですか?」

「あぁ、そうだ」


 帳簿を付ける手を止めたリデリンドに、俺はさらに続ける。


「パーンを楽しませるんなら、この世界でどういうもんが娯楽と呼ばれてんのか、そもそもを知らなきゃなんねぇだろ」


 そう。俺とカツ、あっちの世界の人間だけで頭を捻ったところで、それは異世界こっちの「楽しい」にならない可能性がある。

 まずは、こっちの世界での娯楽を知る。その上で、俺らに出来ることを探さなきゃならない。


「そうですねー…」


 顎に手を当てるリデリンドを眺めながら、こいつまで寝ちまわないか、ちょっと心配になる。


「種族に関わらず、今も昔も変わらず人気なのは賭博ですね」

「マジかよ。荒くれてんな、異世界」


 想像してなかった答えに身を乗り出すと、リデリンドの隣で電卓を弾いていた飛田のおっさんが顔を上げる。


「この異世界が中世ヨーロッパに似た世界だとするなら、賭博は納得ですね。実際でも、生産性が落ちてしまって法令で禁止になったり、賭け事にのめりこんで断絶した貴族なんかも多かったって話です」

「おっさん、やけに詳しいじゃねぇか」

「大学の専攻がそっち方面だったんです。まぁ……この世界がどこまで同じかは分かりませんけど」


 ちょっと誇らしそうに頭を掻く飛田のおっさんを見て、改めて思う。


 カツのアニメやゲームの受け売りなんかもそうだが、知識ってのは面白い。その時は大して意味を持たなかったのに、急に役立つ場面に出くわす。つまり、あればあっただけ、いつかは助けられる機会が増える。 


 頭が悪いなりに、もうちょい勉強しときゃ良かったのかもしれないな……殊勝な反省が一瞬頭をよぎったが、それはそれとして。


「賭け事の対象ってなんなんだ?」

「ものすごく単純ですよ。すごろくやカードの勝敗に賭けたり、あとは――」


 飛田のおっさんの返答に、俺は思わず耳を疑った。思わずリデリンドへと顔を向ける。


「今の、マジか?」

「と言いますか……まさかカガリ様の世界にも?」

「あぁ、あるぜ。俺もハマってた頃は随分やったもんだ」


 言いながらソファーから立ち上がる。

 そうと決まれば、少しばかり道具が必要だ。そして、一階のガレージにはボージーがいる。あいつなら、恐らくどうにかしてくれるはずだ。




 さらに二日が経った昼下がり。


「兄貴ー、フェリダたち、帰ってきましたよー」

「おう、今行く」


 ビルの下から呼ばれた俺は、鏡を一度覗いた後、急いで階段を駆け降りた。声の調子で分かっちゃいたが、自転車に跨ったままのカツの顔は、思ってたよりも浮かない。


「お待ちかねのパーンとやらには会えたのか」

「まぁ……いたっちゃいたんですけど」

「なんだよ、歯切れ悪ぃな。おら、行くぞ」

「うっす」


 トロトロ進むカツの自転車に小走りでついて行くと、町の入り口にはフェリダたち見知った顔が並んでた。「ゥぉーい!」とデカい手をぶんぶん振るゴルリラの前、得意げな顔のフェリダが腰に手を当ててる。


「カガリ、お待たせー!」

「気にすんな。みんな無事にツラ揃えててなによりだ」


 一人ひとりの顔を眺め回してくと、連中の背後に一台の馬車が停まってるのに気づく。運転席……とでも言や良いのか、手綱を握ってんのは見たことのない顔だ。俺に気付くと、小さく頭を下げる。


 そのまま脇に回ってみると、思わず足が止まる。幌の側面には、赤や緑で大きな文字っぽい列がハデに描かれてた。それと、ニッコリ笑顔を見せる謎のキャラクターも。


「ひょっとして、これがパーンって種族か」


 しげしげと絵を眺めてみる。

 クリンクリンとした茶髪の天然パーマ、頭の両脇には巻き角。ウインクしたその顔は、どこまでもポップに仕上がってる。


「そそ、これが一般的なパーンに近いイメージだよ。連中、底抜けに明るいからね」


 右に並んだフェリダの話をぼんやり聞く間も、左にいるカツの顔はどうにもパッとしない。あからさまに肩を落として、小さく溜め息なんぞついてやがる。


「なんだよ、便秘なら薬あんだろ」

「いや、俺もパーンって言ったらこのイメージだったんですよ。でもなぁー…ちょっと違うんですよね、実物が……」

「知るかよ。そりゃお前の勝手じゃねぇか」


 記号と曲線が取っ組み合ってるようにしか見えない文字列を指す。


「これ、なんて書いてあるんだ」

「『ないものはない!まずはダロキン商会へ!』だね」

「随分大きく出てんだな」

「実際、品揃えは良いからね。こんだけ触れ回るだけのことはあるよ」


 腕を組んだフェリダが、横目でチラチラこっちを見てくる。あぁ、これが「顔に書いてある」ってやつか。思わず口の端が上がっちまった。


「すまねぇな、色々手ぇ回してもらってよ。助かったぜ」

「でしょー、頑張ったもん!そんなことより、約束ちゃんと守ってよね?」

「あぁ、二言はねぇ。文字通り、浴びるほど飲んだって構わねぇさ」


 得意そうで嬉しそうなフェリダを尻目に、馬車の後ろに回る。幌の中へと目を向ける前に、まず耳に入ったのは「ゲフゥ」という音だった。


「おう……あんちゃんか、ウチと取引してぇってのは」


 パズルみたいに積まれた大小の木箱。武器かなにかが何本も突っ込んである樽。薄暗い幌の中には、売り物と思われる品々がみっちり詰まってる。


 だが、なによりも目を引いたのは、荷台の真ん中で酒瓶片手にあぐらをかいてる巨漢だった。

 髪と髭の強いクセは、天パというよりパンチパーマ。頭の左右を飾る角は三重。血走った目でこっちを見たそいつがニッと口角を上げると、上唇からは小さな牙がのぞく。


 なるほど、カツがえらく気を落とすわけだ。くわえた煙草に火を点けると、思わず独り言がこぼれる。


「まぁ確かに、なにも知らなきゃ魔王側だな」

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