頭悪ぃんだ、勘弁してくれ

「に、人間だ、人間がいるぞ!」

「なんだ、あの見たことのない格好は」

「……やはり報告は本当だったのか」


「なんなの、あの言い草……アタシらが適当に報告してきたとでも思ってたの?」

「今はむくれてる場合じゃねぇな」


 腕組みするフェリダに苦笑いしながら、壁の上から部隊を見下ろす。

 俺の呼びかけに反応したヤツらは、ズルズルと長く伸びていた隊列をほどいて、キレイに陣形を組み始めた。


「……百人ぐらいか」

「いえ、恐らく三百は」


 気丈に唇を結ぶリデリンドだったが、その横顔は青ざめてる。


 無理もなかった。

 仮にフェリダの見立てが合っていて、交渉が決裂して敵に回った場合、この数の差じゃどう見積もったって太刀打ちできない。


 つまり、この場はハッタリだろうが脅しだろうが、どんな手を使ってでも丸く収めなけりゃならないってことだ。



「おい、聞こえてんだよな?一番偉いヤツと話させろ!」


 立てこもり犯さながらの呼びかけに、陣形の真ん中から、馬に乗った二つの影が前に進み出てくる。


 先頭にいるのは、色白でふくよかな体型、つぶらな瞳、そして立派な口ヒゲを蓄えた男だ。

 見るからに質の良さそうな鎧を着たソイツを見た瞬間、なんだか急に懐かしさを覚える。


「……なんだろうな、アイツ見たことあるような気がすんだ」

「兄貴もですか?俺も『どこだったかなぁ』って、丁度今考えてたとこです」


 小声でヒソヒソ話す俺らをよそに、馬を止めた男は大きく声を張る。


「挨拶が遅れてしまい、申し訳ない。私はシアス州長より将軍職を仰せつかっている者だ。名はプリングル」


「あぁ、思い出したわ」

「っつうか名前がニアピンですね」


 しばらく食ってないポテトチップスに意識を取られかけた俺は、慌てて強く頭を振った後、奴らを見下ろす。


「単刀直入に聞くぞ。何しに来た」

「そちらにアリズエーラの王女、リデリンド様が匿われていると聞いておる。里が壊滅してしまった今、彼女は貴重な生き残り。身の安全と今後の為にも、我がラスタヴェル王国にその身柄を保護させていただきたい」

「その前に、ひとつ聞かせちゃくれねぇか」


 これだけは、どうしても聞いておかなきゃならなかった。


「エルフが酷い目に遭わされた時、王国はなにやってやがった」

「……カガリ様……」

隠れ里アリズエーラがどこにあるか、あんたらは知ってたんだろ?少数種族を魔物が狙ってるのも分かってたはずだ」


 発する言葉に熱と怒りが満ちていくのが、自分でも分かる。そんな俺をなだめるように、リデリンドの手がシャツの袖口をそっと握ってきた。

 だが、問いかけにプリングルは答えない。その沈黙が、かえって俺をイラつかせた。


「この世界の人間ってのは、そんなに偉ぇのか?会議だなんだで都合よく引っ張り出しといて、いざ襲われたら知らんぷりか?種族が違うと助ける義理もねぇのかよ?」

「……それは……」

「答えろや!コイツの手は、こうしてる今も震えてんだぞ!」


 自分でも呆れるぐらいの大声が、辺りの空気を震わせていた。腹の底から沸き上がった怒りにフューリーが乗っかったせいかもしれない。


 約三百人の王国軍。後ろに控えた仲間ツレ。誰一人身動きひとつ出来ないまま、俺の空気に完全に呑まれていた。


 たった一人以外は。



「失礼ですが、名前を伺っても?」

「あぁ?」


 プリングルの少し後ろから、中肉中背に丸眼鏡の男が馬で進み出てきた。糸みたいな細い目で、眩しそうにこっちを見上げる。


「将軍殿に名乗らせておきながら、好き放題に放言三昧……こちらはあなたのお名前をまだ存じ上げてすらいないのですよ。いささか不公平ではありませんか?」

「……カガリだ」


 短く返答しながら、小さく舌打ちする。


 プリングルが話し出してから今まで、口を挟めるところはいくらでもあったはずだ。

 敢えて今まで黙っていたのは、頃合いで口を挟み、場の空気を変える為に違いない。その証拠に、指摘をきっかけに、王国の兵士たちの中から「そうだ」と同調する声が上がり始めてる。


 間違いない。頭が切れる、面倒なたぐいだ。


「そういうあんたこそ名前を名乗れよ」

「申し遅れました。プリングル将軍の補佐官を務めております、ジュアスと申します。以後、お見知りおきを」


 バカ丁寧に頭を下げた後、ジュアスは滑らかに喋りだす。


「先のアリズエーラ襲撃は大変に傷ましい出来事でした。悲報は一夜にして国内を駆け巡り、どれほどの国民が胸を痛めたかは想像に難くありません」

「長々講釈垂れんなよ。俺が聞きてぇのはそんな話じゃねぇんだ」

「まぁそう急ぐ必要もありませんよ」


 軽く威圧と挑発を混ぜてみるが、これっぽっちも動じる素振りがない。


「勿論、我々とてあの襲撃の予兆は把握していました。迎撃する為に軍備を編成してもいました。ですが全く同じ頃合い、隣領ガンスリーのいくつかの街が一斉に襲撃を受けたのです」


 俺の目くばせを察したフェリダが、素早く駆け寄ってきた。


「アイツの話、マジか?」

「うーん、どうだろ……『街が襲われた』なんて話、もう毎日のように耳にしてるからね。あったと言えばあったんだろうけど、それが丁度アリズエーラの件と被ってたかどうかまでは、ちょっと自信ないなぁー……」

「……なるほどな」


 小声で話している間も、ジュアスの長話は続いてる。


「王都より直々に要請を受けた以上、我々は本来アリズエーラを救う為の戦力を、そちらに割くしかありませんでした。……あなたの言う通り、あの惨劇は、確かに我々が招いてしまった形です。申し開きもありません」

「なぁジュアス」

「なんでしょう」

「その話、本当だって証明できるか」


 真っ直ぐ見下ろすが、向けられた細い目からはなにひとつ読み取れない。やりづらくてしょうがない。


「今、ここで証明することは……残念ながら」


 じゃあ交渉は決裂だ。そう言いかけた時、ヤツの口が動く。


「ですが、お望みなら、隣領の集団墓地に案内することも可能ですよ。墓碑には亡くなった日にちが刻んであるもの。私の話が真実である、なによりの証になるかと」

「墓にか」

「えぇ。……そうだ、丁度良いですね。その時は私も同行して墓参りを済ませます」


 意味が分からず黙ったままの俺に、ジュアスは顔を変えず、口だけ動かした。


「両親もね、そこに眠ってるんです」



「……分かった。その話、今回は信じてやるよ」


 溜め息交じりにそう言うと、細っこい目がわずかに開いた。


「良いんですか?私の話が真実だと、今は証明できないんですよ?」

「あぁ、確かに本当だって証明はねぇ。だが、まるっきり嘘だとも証明できねぇんだよ」


 壁の上にあぐらをかいた。王国の布陣を見下ろしながら、くわえた煙草に火を点ける。


「だから、嘘か本当か分かんねぇ話よりも、俺はあんた個人を信じることにした」

「……私を?」

「あぁ。どんだけ切れ者かは知らねぇが、あんたが、話の上でも実の親を殺しちまうようなろくでなしじゃねぇって可能性に賭ける」


 敢えて、考えた結論を声にした。



 別に、ジュアスの良心に訴えかけたわけじゃない。根っからの悪党やいかれたヤツってのは、話の上どころか、恩人だろうが実の親だろうが平気で手にかけるもんだ。


 ただ、あれだけの大軍を前にして、交渉がこっちに不利な形で終わるのだけは避けたい。その為の意思表示が必要だった。



「だから、アリズエーラの件は仕方なかった……そういうことにしといてやる。その上で、リデリンドはやっぱり渡せねぇ」


 きっぱり言い放つと、ジュアスの細い目が笑ったように見えた。


「……そうですか、考えましたね」

「なんの話だよ」

「アリズエーラの惨劇が起こった時の我々の動向を気にしていたのは、王国軍の行動基準を明らかにする為。『王国はリデリンド様を預けるには値しない』という貴方の結論に、反論の余地を与えない形を作ったんですね」



『あんたら、王都から要請があれば否応なしに行くんだよな?そんなんじゃリデリンドを安心して預けられねぇだろ』


 用意してたセリフの出番はなさそうだ。

 少ない脳みそを絞ったなけなしの知恵なんざ、ジュアスは読み切ってやがったんだ。



「なに言ってるかさっぱり分からねぇな」


 余裕なツラで煙草をふかしながらそう言ってみたが、今すぐにでも舌打ちしたい気分だった。

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