かませる時にゃかましとく

「どうあれ、カガリ殿の結論は既に固まっておいでのご様子」


 そう言うと、ジュアスは困ったように眉を上げた。いちいち芝居がかっていてイラつかされる。


「これ以上なにを言ったところで、こちらがリデリンド様の身柄をお譲りいただけないことに変わりはないのでしょう?」

「そうだな。あんたにゃ残念な話かもしれねぇが」


 煙草をくわえた口の端をニヤリと上げてみせると、ヤツも負けじと丸眼鏡を上げて微笑みやがる。


「分かりました。リデリンド様を連れ戻るのは諦めます」


「や、やりましたねカガリさん!粘り勝ちですよ!」

「いや、まだだ」


 せっかく喜んでる飛田のおっさんに水を差すのは気が引けたが、短くぴしゃりと返しておく。



 王国側にしたら、エルフの王女様リデリンドを連れ帰るのは間違いなく大仕事だ。あれだけの大軍を引き連れといて、手ぶらで帰るわけにはいかないはずだ。

 なにより、ジュアスの上がった口角には、まだ余裕がある。



「お、おいジュアス!勝手に交渉を終わらせてはならんぞ!」

「どうか落ち着いて下さい、将軍殿。まだ終わってはいません」


 うろたえるプリングルを、ジュアスは適当になだめる。

 普段はどうか分からないが、少なくとも今、主導権を握っているのは誰なのかは、俺みたいなそこそこのバカが見たって明らかだ。


「終わりだろ。これ以上あんたらと話すことはねぇ」

「そちらにはなくとも、こちらにはあるんですよ」


 まぁそうくるだろうな。


「リデリンド様を連れ戻らなかった明確な理由が、私たちには必要なんです」

「どうしろってんだ」

「……そうですね」


 いかにも考えているように、ジュアスはそれっぽく顎に手を当てる。下手で見え透いた、クソみたいな小芝居だ。


「あなたたちが、リデリンド王女を守るに値する存在で、その一点に於いて我々よりも優れていると示して下さい」

「出来なかったら?」

「大変に遺憾ですが、……我々がリデリンド王女を連れ帰る他ないかと」


「なんですかアイツ!ちっとも諦めてないじゃないですか!」


 隣で成り行きを見守っていたカツが目をひん剥く。


「こってり黒幕顔だと思ってましたけど、やっぱりですよ!」


 ピリついた状況だってのに、カツのおかしな言い回しのせいで、どうしても口が開く。


「ラーメンじゃねぇんだぞ。どういうこった」

「漫画やアニメの裏切り者や黒幕ってのは、大体決まった特徴があるもんなんです。キツネ目、眼鏡、丁寧語……アイツ、一人で三つも揃えてますからね」

「それで『こってり』か。……他にもあんのか」

「やせ形長身、ヤベーぐらい強い……とかですかね」


 続いたカツの言葉に、なんとなく嫌な予感がしてジュアスを見下ろす。

 カツの知識が当たってなきゃ良いんだが。



「乗れねぇな」


 改めて、バカげた提案を鼻で笑い飛ばす。


「そんなもん、そっちの主観でどうとでもなるじゃねぇか。いちゃもんだってつけ放題だよな」

「不正などせぬ」


 ジュアスに代わって応じたプリングルが、良く通る声で続ける。


「この場でもっとも高位である私が、神に誓って公明正大に判断する。万が一、そちらが納得できぬ偏った判定だと思った暁には、なんら気兼ねなく申し出て欲しい」

「言ったらなんだってんだよ。将軍職をお辞めにでもなるか?」


 半笑いで挑発すると、プリングルは俯いたまま、辛そうな顔をみせる。


「この……この自慢の髭を……剃り落とす……!」


「はぁ?」


 思わずぽかんと口が開いたが、もっと驚いたのは、およそ三百の兵士たちが一斉に大騒ぎし始めたことだった。


「し、将軍が……髭を……?!」

「身命を……賭けられると仰るのですね……!」

「……お覚悟、見事です!!」


「カガリ殿……お分かりになりましたか」

「分からねぇよ。あんたらの将軍は髭が本体なのか」

「えぇ、やはり理解などできないでしょうね……『威厳なき髭』の二つ名を持つ将軍が、それを失うことの重さを……」

「その呼び名、もう軽くいじってるよな」


 さっきまで冷静だったはずのジュアスまで、痛々しい顔で首を何度も横に振っている。

 なにがなんだかさっぱり分からないが、プリングルが髭を剃り落とすのは、どうやら大問題らしい。


「……じゃあ判定は、そちらのお髭様に任せるとしてだ」


 ボキボキに折られた話の腰を、何故だか仕方なく俺が立て直す。


「俺らはなにすりゃ良い」

「なぁに、簡単なことですよ」


 ニヤリと笑ったジュアスの目の奥が、陰険な光を放つ。


「我々三百人が、これから一斉にそちらを攻めます。五分間、猛攻に耐えきって壁を越えさせなければ、あなた方の力を認めましょう」

「……やっぱりそうくるよな」


 煙草をくわえた口角を上げてはみたものの、背中を静かに冷や汗が伝う。

 三百対十三。数に明らかな優劣があるんなら、俺も同じやり方を選ぶ。


「随分な仕打ちだな。王国じゃ寄ってたかって袋叩きにすんのが流行ってんのか?」

「ご心配なく。命まで獲るつもりはありませんよ」


 イラつく言い草だ。遠回しに「大怪我ぐらいは覚悟しておけ」と言われてる。

 だが実際、頭数の差は歴然だ。どんだけカツが大暴れしようが、どんだけフェリダたちが腕利きの傭兵だろうが、始まっちまったら恐らくあっという間だ。


 俺らとアイツら、別の方法でどうにか決着ケリをつける方法を考えなきゃならない。


「……なぁ、」


 あてもなく口を開いた時、待ちに待ったた音が後ろから聞こえてきた。思わず勝手にニヤリとする。



「悪いこた言わねぇ。違う勝負を考えた方があんたらの為だ」


 ふてぶてしく言いきった俺の態度に、ジュアスは初めて不快さをにじませた。


「この期に及んでまさか時間稼ぎとは……王女を護らんとする立場が聞いて呆れますね。今でしたら、まだ潔く降参することを受け入れても構いませんが」

「残念だったな。降参すんのはそっちだぜ」



「カガリよ、こりゃ一体何事かの」


 車に乗ったボージーが、俺のすぐ後ろに現れた。王国軍を見下ろしたまま、ボージーに言い放つ。


「ボージー、前脚、壁の縁にかけられるか」

「はて……理由は分からんが、お安い御用じゃ」


 不思議そうな顔をしたボージーがレバーを器用に操ると、二本の前脚が土壁の上にドスンと乗っかる。

 これで、ヤツら側から見たら、巨大な手の一部が壁を掴んでいるように見えるはずだ。


「これで良いのか?」

「あぁ、上出来だ」



「ご、ゴーレムだ?!ゴーレムがいるぞ!!」

「なんという大きさだ……!!」

「あれを相手に戦えというのか?!」

「か、壁を越えてきそうだぞ!」


 思った通りだ。

 車を見たことがない王国軍は、俺の背後に見えるカニ仕様の車を見て、明らかなパニックに陥っていた。


 そこそこ離れた距離の、しかも下から壁の上を見上げているヤツらには、車の上部と爪こそ見えちゃいるが、下にヒョロッと伸びてる鉄屑の脚は当然見えない。さぞかしデカい鉄の化け物を想像してるはずだ。そして。


「こ、古代の魔道兵器を、貴方がたは起動できると言うのですか……?!」


 ジュアスの表情は変わらない。だが、顔色は気の毒なくらい真っ白だし、口の端がヒクついてる。

 うっかり上がりそうな口角を抑えた。今度はこっちのターンだな。


「さぁ、どうだかな。そっちは三百だろ?そんだけ数がいるんだ、まぁコイツだって無事にゃ済まねぇさ。ただ……あんたらにも相当な被害が出るだろうがな」


 畳みかけるんなら今だ。わざと面倒そうに立ち上がると、ズボンの土埃を払う。


「さぁ、どうする?こっちにゃまだまだ隠し玉があるぜ?」


 極めてシンプルなハッタリ。


 だが、俺の一言を鵜呑みにさせるぐらいには、ヤツらには車のインパクトが凄まじかったらしい。プリングルがおたおたと馬の向きを変える。


「ぜ、全軍退却、退却だ!急げ!!」


 慌てふためく大軍を眺めながら、煙草をふかす。

 やり合わずに済んだ。町も無事だ。つまり、俺らの勝ちってこった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る