膝は交える為にもあんだぜ

「はあぁ?」


 片眉と語尾が揃って上がる。ツレリデリンドのご身分が突然跳ね上がりあそばされたんだ、誰だってこうなる。

 そんな俺を見るフェリダたちの不思議そうな顔に、少しばかりイラっとする。


「そりゃお前らこっちのもんは知ってる常識なのかもしれねぇが、俺ら現代組は分からなくて当然だぞ。なぁカツ」

「え、俺知ってましたよ」

「私も……少し前に伺ったばかりですけど」


 カツがさらっと、飛田のおっさんがおずおずと申告してきた。

 マジかよ、二人してしれっと裏切りやがって。大股でカツに詰め寄る。


「ふざけんなよ。いつの間にそんな話してたんだ」

「ウチに来て二日……三日目ぐらいですかね。飯終わった後に」

「俺はなにしてたんだよ、そん時」

「嬉しそうにぬか床掻き混ぜてましたよ」

「……なら仕方ねぇか」


 悔しいが、ぐうの音も出やしない。

 ぬか床に向き合う時、俺が全神経を集中させているのは確かだ。話が聞こえていないのも無理はないが、それにしても。


「……そういう大事なことはちゃんと言えよ。報連相がなってねぇぞ」

「ほうれん草……確かに見当たりませんね……」

「このタイミングで畑の作物気にすると思うか?」


 じわりと痛みだした頭を押さえながらリデリンドを見やれば、あからさまに視線を逸らしやがる。分かってて黙ってたのは一目瞭然だ。


「……なんで俺にだけ黙ってた」

「ごめんなさい。一度話しそびれてしまうと、どう切り出して良いのかが分からなくて……それに」

「なんだよ」


 何度も俺に目を向けては逸らした後、リデリンドは困ったように眉を下げる。


「『実は私、エルフの王女なんです』だなんて……え、偉そうではありませんか?」

「仕方ねぇだろ。実際偉いんだからよ」

「あの、いえ、そうではなくて……いえ、そうなんですけど……」

「んだよ、グジグジ歯切れが悪ィな。なにが言いてぇんだ」

「カガリ、リデリンドの言いたいこと本当に分かんないの?」


 要領を得ない返答にイラつき始めた俺を、歩み出てきたフェリダが見上げる。


「自分が王女だってことが知れちゃうと、あんたが要らない気を回して、ここから追い出しちゃうかもしれないって思ったんだよ、きっと」

「追い出すだなんて、……流石に」


 とまで言いかけて、少し止まる。



 たった今遅れて聞いたからこそ、置いてかれたような気分でヘソを曲げちゃいるが、「リデリンドが王女だった」という事実をジアルガ撃退のタイミングで知っていたら、どうだったろうか。

 畏れ多いとまでは言わないが、少なくとも、「こんな場所にかくまって良い相手じゃない」「もっとふさわしい救いや逃げ場があるはずだ」……そう思っていた可能性は充分にあった。



「……そうだな。結果的に、追い出してたかもしれねぇ」

「それが嫌だったのです」


 真っ直ぐ俺を見るリデリンドの目に、少しずつ涙が溜まっていく。


「命からがら里を離れ、黒竜ジアルガに執拗に追われ……ひと時も休まらなった私は、カガリ様たちに救われて、やっと安心できたのです。ようやく出来かけた居場所をどうしても手放したくなくて……黙っていて申し訳ありませんでした」


 静かに深々と頭を下げたリデリンドに、溜め息が思わず口を突いて出る。


「お前の気も知らねぇで、つくづくどうしようもねぇな俺ぁ。すまなかった」

「え……な、なぜカガリ様が謝られるのです」

「俺がそう思わせちまってた。確かに、生まれつき薄情そうなツラだしな……ふふ」


 話しながら、気付けば自分を笑っちまってる。



 ガキの頃からそうだった。


 高い身長タッパ、悪い目つき。ぼーっと突っ立ってても悪目立ちするからか、何度も喧嘩をふっかけられた。「めんどくせぇ」と思いつつ、いちいち相手をしてたのが日陰を歩くようになったきっかけなのかもしれない。


 そん時の経験から学んでたことを、この世界にすっ飛ばされたゴタゴタですっかり忘れちまっていた。つくづく、自分のバカさ加減に嫌んなる。



「あの時『縁が大事だ』とは言ったが、それだけじゃ言葉が足りてなかったな」


 改めて、リデリンドの目を真っ直ぐ見つめた。


「事情がどうだろうが、……それこそお前が王女だろうが何だろうが、お前は俺の大事な仲間ツレだ。縁あって繋いだ手を、俺は簡単に離したりしねぇ。約束する」

「……カガリ様……」

「その上で、お前が考えて選んだ道があるなら、俺ぁ喜んで背中を押すぜ」



 話しながら、改めて思う。


 組長オヤジみたいに背中で語れるのなら一番理想的なのかもしれないが、俺みたいな上手く出来ないバカこそ、大事なことはきちんと言葉にしなきゃいけない。

 黙ったままで分かって貰おうってのが、そもそも虫が良過ぎる話だ。多少痛かろうが辛かろうが、話さなけりゃ分かり合うことなんざ出来やしない。



「カガリ様……本当に、何とお礼を申し上げたら良いのやら……」

「礼なら前に貰ってる。今のは過払いだな」


 そう返すと、リデリンドの顔にうっすらと微笑みが戻ってくる。


「それなら、この先あるかもしれない私の粗相に、今のお礼を充てて下さい」

「おうおう、承知いたしましたぜ、王女様」



 再び深々と頭を下げたリデリンドは、どこか意を決した顔をすると口を開いた。


「王女……と言うと少し語弊があるかもしれません。私はこのフォーダン領北部にあったエルフの隠れ里、アリズエーラの里長さとおさの娘です」

「実質的には王女だよ。この国のエルフのほとんどがアリズエーラにいるんだから」


 自分のことのように話すフェリダに、少し引っかかる。


「なんでフェリダたちが知ってるほど有名なんだよ、お前」

「言われりゃ確かにそうですね。『隠れ里』って呼ばれるぐらいなんですから、なんならエルフの存在自体が謎になってても良さそうなもんですけど」


 言いたいことを全部まとめたカツの疑問に、リデリンドはすぐに応じる。


「魔物との戦が続く現状を打破しようと、ラスタヴェル王国は定期的に種族を越えた会議を開いています。私も、なにかと多忙だった父の代役として、何度かフォーダンに足を運んだことがあるのです」

「『アリズエーラの跡継ぎは美人で聡明だ』って、もウホん当に、大さわぎになったんですよ。この領じゃ、知らない人間はいないんじゃないですかね」


 スムーズに挟み込んできたゴルリラに、傭兵たちがみんな頷いている。元いた世界と比べたら大した娯楽もない世界だ、さぞかし話題になったんだろう。


「それに、アリズエーラの所在は王国に棲む者ならば誰もが知っています。もっとも、強い精霊魔法に護られていて、滅多なことでもない限り足を踏み入れることはできませんが」

「それで『隠れ里』か……」


 となると、里を襲った魔王の軍勢は、それなりの力を持っていたって話にもなる。こないだ襲ってきた魔物の群れのような雑魚とは違い、そのうちとんでもない勢力が押し寄せるのかもしれない。

 まぁ、何が来たところでやることは変わらないが。



「まぁそのへんは分かったとしてだ。あの軍勢、何しに来てると思う」

「壊滅したアリズエーラの生き残りを保護したいんじゃないのかな」


 徐々に近づいてくる大群に、フェリダが目を細める。


「もし攻め落とすつもりだったら、大砲や破城槌があったって良さそうだけど、見た限りは騎兵と歩兵しかいないみたい」

「保護……か」


 それなら、まずは当人の意志が大事だ。まぁ、もう聞いてはいるんだが。


「なぁリデリンド。王国が保護しに来てるんだとしたら、お前はどうしたい」

「それなら先ほど、私が言う前にカガリ様が答えを仰ってくれましたよ」

「……そうだったな」


 嬉しそうに微笑むリデリンドを見やると、俺は壁の上で大声を上げた。



「おいあんたら!ここに何しに来た!」

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