まぁ多いに越したこたねぇ

 悪ケ山あしがやま三丁目への侵入を阻んだ大相撲から五日後、俺たちは新しい報酬にありついていた。と言っても、食い物じゃない。



「うわー!これ、思ったよりテンション上がりますねー!」

「そんな大層なもんか?」

「いや、充分凄いでしょ!あ、下から自転車チャリ持ってきます!」

「何をそんなに浮かれてやがんだよ……」


 そうは言ったが、ホクホクしながら自転車を担ぐカツを眺めるのも、悪い気はしない。

 それに、笑ってるのはカツだけじゃなかった。


「おほーう、これは立派じゃのう。階段も付いとるとは至れり尽くせりじゃ!」

「えぇ、本当に。これもカツ様とボージー様が頑張ってスモウをお取りになられたお陰です」


「なんて広い草原……こんな贅沢な打ちっぱなし、ありませんよ……」


 満面の笑みでボージーとリデリンドが階段を登る。その上には、ゴルフクラブを構えた飛田のおっさんが遥か彼方を眺めて感動していた。



 フェリダたちを撃退した報酬は、一晩のうちに地面からせり上がった土壁だった。高さは二階建ての家よりちょっと高いぐらいだから、少なくとも10メートル近い。

 町内をぐるっと囲む壁は、ご丁寧なことに、濠と町内の間に生えてきていた。もともとそんなスペースはなかったはずだから、堀が外側に動いた形になる。もうなんでもアリだな。


 この壁は厚さも相当だ。ざっと見ても4メートルはある。そして、この厚みと壁の材質に早々と目を付けたヤツがいた。



「みんな、しっかり耕してね!ここはアタシらの腕の見せどころだよ!」

「どこで何の腕見せようとしてんだよ」


 壁の階段を登った先、土壁の上に畑を作っているのは、フェリダ率いる傭兵団「シアスの羽根」の連中だ。


「なぁ、お前ら傭兵辞めるのか」

「なに言ってんの。冗談は鋭すぎる目つきだけにしてよね」


 そこそこ失礼な口を叩いたフェリダは、罪悪感のかけらもない顔に土を付けて、額の汗を拭う。


「せっかく、こうして世話になってんだもん。何かしらの形で、あんたの計らいに応えたいんだよ」

「それでなんでまた畑なんだよ」

「アタシら、元々はみんな南の農村出身なの。それで意気投合したとこもあるしね」

「そいつぁ心強ぇ話だな」




 悪ケ山あしがやま場所を終えた後、俺はフェリダたちを連れて町内をひと通り案内してやった。

 文明の方向がこの世界とはだいぶ違うが、かと言ってこの町内に隠すようなものは何もない。


「え、ちょっと……ねぇカガリ、この地面、石?土?」

「知らねぇ。アスファルトだ」

「この家の壁、レンガみたいに見えますけど……継ぎ目がありませんよ?」

「そういう建材なんだろうよ」

「あ、あの上で緑や赤に光ってるのは何なんです?!なにに使うんですか?!」

「うるせぇな、信号機だ!車の行き来をコントロールしてんだよ!」

「……くる……ま……?」

「またその説明からかよ……」



 思ってた通り、フェリダ以下の傭兵たちは目をキラキラさせていた。こっちの都合に関係なく浴びせられる質問に付き合うだけでヘトヘトだった。

 まぁ、今まで見たことも、なんなら想像すらしていないレベルの異世界が目の前に広がってんだから、面倒だが仕方ない。



 自分たちの世界に、別の世界の一部がすっ飛ばされてくる。この形なら、確かにこんぐらい好奇心を持てるのかもしれない。


 逆パターンだった俺には、「アレはなに」「コレ何なの」とやかましく騒ぐフェリダたちが、少しだけ羨ましく見えたりもした。

 少なくとも、転移したての言い様のない心細さは知らずに済む。

 

 ……カツもきっと同じこと思ってんだろうな。そう思いながら目をやる。


「ね、ね?ヤバいでしょ?こう跨って、このペダル漕ぐと進むんですよ、これ!ささ、怖くないです、乗ってみて!」

「自転車のセールスでも始めんのか、お前」



「ねぇねぇ、カガリ!」


 溜め息をつきながら振り向くと、フェリダがこっちを見上げて尻尾をパタパタさせている。いや、尻尾の幻覚が見えてくるぐらい、人懐こい顔で迫ってきた。


「あんたのいた世界の話、もっと聞かせてよ!こんなの楽しすぎるって!」

「そんなもんかね……」


 溜め息交じりに煙草をふかした。

 ただまぁ、喋るだけならなにが減るわけでもないし、構わないか。



 思えば、これが判断ミスだったのかもしれない。

 すっかり俺たちのいた世界に魅了されたフェリダたちは、一度州都へと報告に行った後、すっ飛んで戻って来た。


「アタシら、今日からここに住まわせてもらうね!」

「ダメだ。とっとと帰れ」

「大丈夫!あんたらの邪魔になんないように、ちゃんとテントも寝袋も揃えてきたからさ!町の中に入れてもらえないなら、外にテント張るから、ね?」


 フェリダの弾む声は高い。じんわり痛むこめかみを押さえながら、顔をしかめた。


「ここにいたって、面白ぇ事ぁなんにもねぇぞ」

「ううん、今でも面白いよ、充分!」

「大体、傭兵の仕事はどうすんだよ」

「団員の持ち回りで、定期的に街に行って依頼を請け負うから問題なし!」

「カガリさん、ゥホレからもお願いします」

「やっぱり自分から寄せに行ってんな、ゴルリラ」


 大の大人がぞろぞろと頭を並べて頼んでくるとなると、むざむざ断り切れないのも事実だ。

 ただ、こればかりは俺の一存ってわけにもいかない。他の意見を聞いてみる必要があった。


「……なぁ、どう思う」


 一応、そう切り出してみたが、ニコニコと微笑む四人の答えは、聞く前から分かっていた。


「いいじゃないですか、俺賛成!そうだ、みんなで釣り対決しましょうよ!」

「カガリ様は町を荒らされたくないのでしょう?彼女たちは野営すると言っていますし、なにも問題ないと思いますよ」

「うむ。それに頭数がおった方が、何かと助かることもあるからの」

「わ、私は……仲良くしていただけるのなら、なんでも構いません。あ、コーヒーの美味しさを分かち合えたら、なお良いんですけど」


「そう言うだろうと思ってたぜ」


 肩をすくめながらも、どこかちょっとホッとしている自分に気付く。


「となると……いつまでもテントってわけにもいかねぇな。あの出来たばっかりの壁の上、角はそこそこ広そうだ。その辺りに掘っ立て小屋でも作って住んでもらうか」

「なぁんだ兄貴、結構乗り気なんじゃないですか……痛てっ!」


 ニヤつくカツの額を指でビシリと弾いた。


「違ぇよバカ。あんなんでも客人だ、放っとくような不義理な真似できるかよ」




 そんなこんなで、傭兵団「シアスの羽根」は、晴れてこの町内に棲みついた。

 俺たちの提案に二つ返事で飛び乗ったフェリダたちは、「せめて住まわせてもらうからには」と、畑を始めたというわけだ。そして。


「皆さん、そろそろ昼食にしませんか?」

「やったー、待ってました!」


 腕まくりをしたリデリンドが声をかけると、カツは壁の上から垂らしていた釣り糸を引き揚げた。結構な大物がピチピチと水を弾いている。


「立派な魚ですね、カツさん。……丁度良い、それもお昼のおかずにしますか」

「おっさん、本当に料理できるんだな」


 リデリンドの補佐を買って出た飛田のおっさんは、感心した俺の言葉に少しはにかんだ。


「いえいえ、私なんていわゆる男メシが作れる程度ですよ。あと、魚を三枚に下ろすことだけはできますけど」


 その一言に、思わず腰が浮く。


「ってことは」

「カツさんの釣果、お刺身にしましょう」

「マジかよ、最高だな」


 にこやかな飛田のおっさんに後光が見える。まさか異世界に来て刺身にありつける日が来るとは思わなかった。

 じわじわと嬉しくなってくる反面、少しだけ後ろめたさも湧き上がる。


「……すまねぇな、色々やってもらってよ」

「とんでもない。いざ魔物が襲ってきたら、私なんかは何もできませんから」


 そう言って笑った後、飛田のおっさんは「それに」と自分の掌を見つめる。


「生きていれば、いつかはきっと元の世界に戻れるかもしれません。私にその希望を与えてくれたのは、カガリさんたちですから。少しでも力になりたいんです」


 こんな風に、一般人に感謝される日が来るだなんてな。


 少し、胸の奥がむず痒くなる。それは初めての感覚だった。

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