ちょい聞かせてくれねぇか

「熱っ!これ熱っつ!」

「ほっほっほ、そりゃそうじゃろ。たった今、焼けたばかりだからの」


 串打ちされた鶏肉をほおばりながら、カツが嬉しそうに悲鳴を上げる。煙を気にすることなくブウと火元に息を吹きかけながら、ボージーもまた、楽しそうに応じてる。


「新しい仲間と一緒に、青空の下で……こういうの楽しいね、カガリ!」

「そりゃ結構なこった」


 さも嬉しそうなフェリダに半分呆れながらも、みんなの素直な反応にはどうしても顔が緩んじまいそうになる。



 昼飯は、飛田のおっさんの発案でバーベキューになった。確かに、大人数が一度に飯を食うにはうってつけだ。

 家からセットを持って来たおっさんとリデリンド主導で、フェリダたちが買ってきた野菜や肉の下準備を進め、小一時間もしないうちに、結構豪勢な支度が整っていた。


 にぎやかなバーベキューグリル周辺をよそに、背を向けている飛田のおっさんに目をやる。

 おっさんの手入れの行き届いた包丁が、迷いなくスッスと動くたび、60センチはある青みがかった魚が切り分けられていく。


「……なぁ、もう少しか」

「ちょっと待ってて下さいね、あと少し……ですから」


 催促に応じつつ魚から目を離さないおっさんを見て、リデリンドが苦笑する。


「カガリ様、あまり急かしてはいけませんよ?指でも斬り落としたら大事おおごとです」

「ガキじゃねぇんだ、ちゃんと待ってんだろ」

「では、黙って見ていることです」

「……おう」


 仕方なく、網の上でこんがり焼かれた串を手に取った。鶏肉の間に挟んで焼かれている野菜は、ぱっと見玉ねぎのように見えるが、ちょっと見たことないレベルで真っ青な色をしてる。


 初めて釣った魚を口にした時もそうだったが、こういう時ほど、がさつな性分で助かったと思える。勿論、飯は美味いに越したことはないが、色だの味だの、そんなもんは食えりゃ関係ない。

 これがもし繊細だったら、きっとこっちの食い物には手を出せないまま、めくるめくカップ麺の日々で既にぶっ倒れていたかもしれない。


 熱々の鶏肉をほおばり、端が焦げた玉ねぎモドキにもかじりついた。輪切りにされた断面にかじりつくと、甘さとほろ苦さが交互に押し寄せる。


「……なんだよ、美味ぇじゃねぇか」


 思わず口走った自分がおかしくて、こっそり笑った。




「控えめに言っても最高じゃったの、満腹じゃ!」

「私もです。本当に美味しくて大満足ですよ」

「リデリンドさん達が頑張ってくれたからですよ。はい、どうぞ」

「……紅茶ですよね、これ……」


 恐る恐るマグカップを見つめるリデリンドを前に、カツがきょとんとしている。苦笑いしていた俺にカップを手渡した飛田のおっさんは、フェリダたちにもいそいそとコーヒーを運んでいった。


「……なぁに?この真っ黒い飲み物」

「コーヒーと呼ばれる飲み物でして、私たちの世界ではごく一般的なものです。美味しいですよ」


 悶絶するヤツがなるべく少なく済むことを祈りながら、俺は切り出した。


「こっちのもんもだいぶ増えてきたことだし、そろそろ詳しく聞かせちゃくれねぇか、この世界のことをよ」

「え?カガリ、この世界のことあんまり知らないの?」

「当然だろ。まだ飛ばされてきてそんなに経ってねぇんだ」


 あぐらで煙草をくわえる俺の隣で、リデリンドが紅茶を一口こくりと飲む。


「そうですね……何かと忙しくて、まだ私もボージー様も、この世界についてほとんど話せていませんものね」

「そっか。じゃあ、何から話そ?」


 いざ改まって訊かれると、その順序に困る。腕を組んでさんざん唸った後、思い立った。


「なぁ、ゴルリラはそれ、生まれつきなのかよ」

「ねぇー…最初の質問、それで良いわけ?」


 これが俗に言う失笑なんだろうな。小さく吹き出したフェリダは、隣のバカデカい弟を見上げる。


「ゴルリラはね、猿のの力を借りることができるの。だから、今はそんな猿っぽくないでしょ?」


 目をこらしてみると、確かに今日はただのデカくてニコニコした青年だ。相撲の時みたいに毛深くないし、獣感もない。


「ゥホドろいてますか?」

「あぁ。言葉遣いがそのまんまなのも含めてな」


「精霊……って、風とか火とかじゃないんですか?」

「その精霊ではなく、フェリダ様が仰っているのは聖なる魂の方の聖霊です」


 首を傾げたカツにリデリンドが応じると、ボージーがパンパンの腹をさすりながら代わった。


「この世界ではの、いわゆる四大元素の地水火風に代表される精霊魔法の他に、動物の聖なる力を借りる魔法、つまり聖魔法があるんじゃよ」

「では、ボージーさんは……マリモか何かの聖霊を扱える……とかですか?」

「まぁ確かに、丸くて毛ばっか生えてるがな」

「わしは何も出来んぞ。と言うか、ドワーフはそもそも魔法を扱えぬ」


 飛田のおっさんの迷推理に応じている間も、フェリダの話は続いていく。


「アタシら人間だったり、エルフだったり……魔法を扱える種族は決まってるの。扱えない種族は、代わりに別の物事に長けてる感じかな。例えばボージーの職工みたいなね」

「一長一短ってわけか」


 

 煙草をくわえると、次に訊きたいことが浮かんでくる。


「この世界は人間が支配してんのか」

「カガリの世界はそうだったんだよね、確か」

「支配……なのかどうかは知らねぇが、幅を利かせてたのは確かだな」

「なにそれ、変なの」


 いっぺん怪訝そうな顔を見せたフェリダは、そのまま続ける。


「この世界で一番数が多いのは人間。で、リデリンドたちエルフ、ボージーたちドワーフ、あとはレイヴンにパーン、ハーフトール……あ、リザードマンなんかも。少数民族は結構いるよ」


 いきなりついていけなくなった。謎の名前っぽいカタカナの連続に頭を抱える。


「……カツ、分かるか」

「えーっと……多分ですけど、半分鳥人間、半分山羊人間、半分サイズ人間、半分トカゲ人間……の種族だと思います」

「異世界ってのは半分しか取り扱ってねぇのかよ」


 そうは言ってみたが、どんだけアニメや漫画を消化し倒したら今の話についていけるんだろうか。開いた口が塞がらない。


「お前、ヤクザやってないでそっち方面進むべきだったな」

「絶対イヤですね。趣味を仕事にしたら楽しめないタイプなんです、俺」


 謎に胸を張ったカツを放っておいて、フェリダに向き直る。


「じゃあ、やっぱりこの世界も人間が動かしてんのか」

「それがそういうわけでもなくてね」


 少し曇った顔を見せたフェリダの後を、隣のリデリンドが継いだ。


「この世界は、今フェリダ様が仰った人間や亜人たちの日常を、魔王率いる魔物が日夜脅かしている形なのです」

「あぁ……そういやいたな、そんな連中が」

「魔物が眼中にないとは、この上なく頼もしい話だの」


 ほっほと笑ったボージーだったが、その顔もまた、前の二人と同じく、少しばかり陰っているように見える。


「ヤツらは利口じゃ。こうしとる今も、人間以外の種族を見つけては根絶やしにしようと蠢いておる」

「なんで人間以外なんだよ」

「数こそいるけど、個体として他の種族と比べた場合、人間は一番能力が低いからね。『放っておいても平気だ』って舐められてるんだよ」


 フェリダが悔しそうに膝を叩くと、リデリンドが口を開いた。


「少数の種族に的を絞り、魔王の軍勢は容赦なく蹂躙します。私の隠れ里もあっという間に大群が押し寄せて、……その……うぅ……」

「もう良い。大体分かった」


 少しだけ大きい声を出してリデリンドの話を遮った。涙ながらの震える声で、女に長々と説明させるような趣味はない。


「要するに、その魔物が来たらぶっ殺しゃ良いんだろ」

「それはまぁ……そうだけどさ」


 フェリダが、ぽかんとしたアホ面を向けてくる。


「今の話聞いて、怖いなとか思わないの?」

「思わねぇよ。面倒っちゃ面倒だが、むしろシンプルで良いじゃねぇか」

「魔物だよ?あんな風に、群れで来たりするんだよ?」

「だから問題ねぇって。何度となく追っ払ってんだよ、今までも」


 詰め寄るフェリダに半笑いで返してから、ふと我に返った。


「……『あんな風に』だと?」


 立ち上がって目をこらす。

 黒い旗をいくつもはためかせながら、魔物の群れがこっちに向かって来ていた。

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