終わり良けりゃ全て良しだ

「いいか、殴る蹴るはナシだ。相手を円の外に出しちまうか、相手の足の裏以外を地面に着けさせた方の勝ちだ。分かったな?」

「了解。さっきからずっと見てたから大体は把握してるし、」


 即席で行司を務める俺には目もくれず、フェリダはリデリンドをじっと見ながら舌なめずりしやがった。

 余計なことは言ってくれるなよ、頼む。


「なんなら、あんただけ殴る蹴るもアリにしてあげても良いけど?」


 あーあ。やっちまったよ。


「その減らず口、いつまで叩いていられるか……楽しみです!」


 目ってのは、こんな角度にまで吊り上がるもんなんだな……ちょっと感心しながら、ワナワナ震えるリデリンドに耳打ちする。


「落ち着けよ。らしくねぇぞ」

「これが落ち着いていられますか!年寄り扱いされたのですよ?!たった百三十七歳の私をつかまえて!」

「結構、気にしてんのな」


 思わず溜め息をつきながら、低い姿勢の二人を交互に見やる。


「見合って見合って、……はっけよーい」


 なにやってんだよ、俺は。


「のこった!」

「ひゃん」


 勝負は一瞬だった。


 というより、始まるはずだった激戦は、自分の長いスカートの裾を踏んづけたリデリンドが、ペタンとうつ伏せに倒れて未遂に終わった。


 額に手を当てると、全自動でまた溜め息が出る。


「……勝負ありだ」

「……ううぅぅぅ……」

「おい泣くなよ、みっともねぇな」

「でも……でも、私、何も……」


 鼻を垂らすリデリンドの背中をさすりながら、ほとほと困り果てた。



 若い女と相撲を取る。


 俺らがいた現代なら100パーセクハラだが、それ以前に、女子供相手に本気を出せるほど、踏み外してるつもりはない。

 かと言って、傭兵相手に気を遣いながら取っ組み合うとなれば、うっかり負けちまう可能性だってゼロとは言えない。



「どうしたんです、兄貴」


 上半身裸のカツが不意に顔を向けてきた。変な時に限って察しが良いんだよな、コイツ。


「……どうもしねぇよ」

「あー……なるほど。もう分かっちゃいましたよ俺」

「ニヤニヤすんな。鼻噛みちぎるぞ」


 気が動転しておかしな威嚇になったが、カツは全く動じない。


「この場合、相手も覚悟してるんですから、妙な気ぃ遣わないで組み合えば良いんですよ」

「つってもよ……」


 もうひとつだけ、気になる事がなくもなかった。


「なんです?」

「その……あれだ、男臭っつうか、汗臭くて……嫌なツラされんのもな」


 最後の方はボソボソとした小声の言い訳を、カツは余すことなく聞き取って「へぇー」と更にニヤつく。


「兄貴に限った話じゃないですけど、硬派な人間ってみんな大概カスタードですよね」

「それ言うならデリケートだ。お前の理屈だとみんな硬めのプリンだな」


 ヘラつくカツの笑顔がいちいち癪に触ったが、今はそれどころじゃない。全く気乗りしないが、仕方なく土俵に入る。


「……んじゃ、大将戦やるか」


 溜め息混じりに顔を向けた先で、フェリダは両足を押さえ、歯を食い縛ってコロンと寝転がっていた。見下ろしながら思わず首を捻る。


「……ちょっと分からねぇな。何のモノマネだ」

「今このタイミングでそんなことするわけないでしょ!足がツッてんの!しかも両方!いつつつ……」


 マヌケな絵面とわずかな安心で、思わずハハッと声が出ちまった。隣でカツも必死に笑いを堪えてる。


「見ろよカツ、両足こむら返りだぜ。こいつぁ恐れ入ったわ」

「そういや前から思ってたんですけど、こむら返りって名前だけは格好良いですよね。『燕返し』みたいな」

「なんだよ、そう思ってたのは俺だけじゃなかったんだな」


「あんたら……呑気に談笑してられんの?」


 仲間に抱き上げられながら、フェリダが悔しそうに吠える。


「アタシとエルフは引き分け。次は大将戦、あんたが負ける番だよ!」



 負け犬はどんだけ吠えたところで負け犬だ。口角をこれでもかと上げてみせる。


「言っちゃ悪ぃが、これでも腕っぷしは強ぇ方で通ってんだ。ゴリラみてぇなヤツでも来ない限り、」

「ゥホウ」


 ズシンと地面を揺らして、目の前に大男が立った。鎧の隙間がびっしり毛むくじゃらのソイツは、どうひいき目に見たって三メートルはある。


「やってやりな、ゴルリラ!」

「エルフの女は何もできなかった。次はお前の番だ、ウッホろしてやる」

「自ら寄せに行ってねぇか?」


 こんなにも名が体を表すことってあんのかよ。見上げる俺は、ゴルリラの影の中にすっぽり収まってる。


「なぁ……コイツ、ちゃんと人間?」

「アタシの実の弟だよ」

「異世界、懐深ぇなおい」


 じわじわ始まった頭痛にこめかみを押さえながら、ぐるっと周囲を見回して分かる。


 カツの野郎……適当に円書きやがったな。


 巨漢のゴルリラを目の前にして屈んでみると、もう俺のすぐ後ろは土俵の外。相当気合いを入れないと秒殺待ったなしだ。

 ……まぁ……そもそも、気合いでどうにか出来る距離でも相手でもない気はする。



「見合って見合ってー……はっけよーい、のこった!」


 心底楽しそうに行司を務めるボージーの右手が、高く掲げられた。お前は少なくともこっち側であれよ。


 勿論、低く構えたゴルリラは、俺の呆れなんざ知ったこっちゃない。巨体をそのまんま、勢い良くぶつけてきやがった。

 激突されたらぶっ飛ぶどころじゃ済まない。やっぱり、気合いだ根性だでどうこう出来るような相手じゃなかった。


 だから。



「……全力出してんのか、それで」


 身体の中にグツグツと煮えたぎる怒りを感じながら、フューリーの力を借りて赤やオレンジ色の光に包まれる。

 俺を彼方まで吹っ飛ばす算段だったゴルリラは、目を丸くしていた。大した武装もしてない細身の男が、自分の体当たりを食らってびくともしていないんだから、無理もない。


『あれ?しばらく出番ないかと思ってたけど……割としっかり怒ってるんだね』


 フューリーの声は脳みそに直接届いて、毎度胸がザワつく。


「当たり前だろ。リデリンドが泣いてんだぞ」

『あれは本人の問題じゃない?』

「違ぇな」


 精霊様ってのはどうにも超常的すぎて、人間の感情なんざ理解が及ばないらしい。


「あれは手前てめぇのドジに泣いたんじゃねぇ。一緒に戦えなかったのが……この町を守る力になれなかったのが悔しくて泣いたんだ」


 顔を真っ赤にして俺を押し出そうと踏ん張るゴルリラの髪を、問答無用で鷲掴みにする。


「だから……ここは圧勝しねぇといけねぇんだよ!」


 ぐいと顔を上げさせた後、巨体目がけて肩から飛び込む。


「ヴホォッ!!」


 ドカンと何かが爆発したような音が響くと、ゴルリラは縦に横に、何度もきりもみ回転しながら遠くに飛んでいった。


「あぁっ、ゴルリラ!」


 放物線を目で追いながら叫ぶフェリダをよそに一服する。キツい運動の後の一本は格別だ。ましてやそれが勝負で、勝ったなら尚更。


「俺たちの勝ちってことで構わねぇな?」

「ぐ……悔しいけど、二言はないよ……!」

「流石は団長様だな。潔いもんだ」


 うつむくフェリダの前へと、くわえ煙草で歩み寄る。


「弟、さっさと連れて来いよ。町の中、案内してやる」

「……え?」

「なんだよ、耳が遠いな。『調査してこい』って言われてんなら、手ぶらじゃ帰れねぇだろうが」


 ぽかんとしたままのフェリダたちを前に、いつの間にか隣に立ったカツも腰に手を当てる。


「そもそも、あんたたちがこっちの提案に乗っかってくれたから、この勝負は成立したんだ。こっちはたった二人しかいなかったんだから、数でどうにかしたって良かったのに」

「うむ。依頼の為に手段を選ばぬという選択肢もあったはずじゃが、お主らは務めて公正に、堂々と正面から。お陰でカガリに絞られずに済んだわい。この通り、礼を言うぞ」


 ボージーが頭を深々と下げれば、リデリンドも一番後ろから、ちょっと気後れしながら口を開く。


「その……カガリ様が良いと仰るのなら、私も彼らを招き入れることには賛成です。……二度とババア呼ばわりしないと誓うのであれば、ですけれど」

「決まりだな」

「い、良いの?本当に?さっきまでいがみ合ってたんだよ?」


 歩き出した俺の背中にフェリダが上ずった声をかけたが、答えは決まってた。


「いっぺん喧嘩したらもう知ったツラだ。黙って茶でも飲んでけよ」

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