「のこった」じゃねぇだろ
「じゃあまた、事務所でな。何か困ったらすぐ言えよ」
「はい、ありがとうございます!道中、お気を付けて!」
「もう見えてんだよ、事務所」
土産に譲ってもらったコーヒー豆を事務所に置いてから、両手をズボンのポケットに突っ込んで、ぶらぶらと歩く。
「あの……もう少し急がなくとも良いのですか?こうしている間にも、お二人が大変なことになっているのかもしれないのですよ?」
「なぁに、大丈夫だ」
リデリンドは隣でハラハラしているが、知ったこっちゃなかった。煙草の煙が風にたなびいていく。
「俺たち四人の中じゃ、カツとボージーは間違いなく強ぇ。そうだな……とんでもねぇ魔法でも使われねぇ限り、」
そう口にしてみたばっかりに、不安が急に顔を出してきやがった。コイツは一度覚えると、どうしても無視できない。
「……仕方ねぇ、ちょっと急ぐか」
「はい!」
俺はリデリンドを従えて大通りを走った。
「おい……なんだこりゃ」
町の入り口に辿り着いてみれば、カツは仰向けで大の字になってる。そしてボージーはといえば、ガタイの良い男とがっぷり四つで組み合って呻き声を上げていた。地面には丸く円が描かれている。
その周囲を囲んでいるのは、一、二、……合計八人の、鎧を着込んだ人間。馬を少し離れたところに繋いで、「そこだ!」だの「いけ!」だの「のこった!」だの叫んでる。
「ふぬうううう!」
「うごおおおお!」
「おう、起きろカツ」
取っ組み合ってるむさ苦しい声を一切無視して歩み寄ると、のびているカツを足でぐいと押した。ゼエゼエと息を切らしながら、カツは笑顔でグッと親指を立ててみせる。
「待ってましたよ、兄貴……今、二勝一敗です」
「なんだよこれ」
「いや、見て分かるでしょ。相撲ですよ」
「格闘技の種類は訊いてねぇんだがな」
「おぅわぁぁぁぁ!」
汚い絶叫に二人で目をやると、ボージーがコロコロと円の外に投げ飛ばされていた。悔しそうにカツが地面を叩く。
「くそっ!これで二勝二敗です」
「いや、だからなんで相撲やってんだ」
「それはアタシから話すとしよっか」
不意に聞こえた声に目をやる。結んだ青黒い髪をなびかせて、一歩前に出た女は見るからに若かったが、立ち振る舞いは堂々としてる。
間違いない。あの女がこの集団のリーダーだ。
煙草をくわえる間、女は不敵に笑ったまま、こっちをじっと見続けていた。どうやら向こうも俺に目星をつけたらしい。
「……あんたらは」
「アタシはフェリダ。この傭兵団、『シアスの羽根』で二代目の団長やらしてもらってる」
傭兵という職種には俺も聞き覚えがある。あっちの世界でも、金で依頼を請け負っては他国の戦争に出向く連中がいた。
事の良し悪しはどうであれ、そうしなけりゃ生きられない人種という意味じゃ、俺たちと同じだ。
「で?そんな物騒な連中が何の用だよ」
「物騒かぁー……言ってくれるね」
俺の視線にも全く動揺を見せず、フェリダは腕を組む。
「でも、確かに……アタシらは依頼を受けりゃなんだってする。でね、今回はまたとない大口なの」
「実入りの良い仕事ってことか」
「そそ、ご名答」
こっちに向けてニッコリと微笑んだフェリダだったが、目の奥は笑っていない。
「依頼主はシアス州長。内容は、この謎の集落の調査」
「その……州長ってのは偉ぇのか」
「勿論じゃ」
どことなく聞いた覚えから疑問を口にすると、ボージーが話を継いだ。
「このラスタヴェル王国はの、全部で四つの所領に分かれておる。ここは西方フォーダン領、その中にいくつかある州のひとつ、シアス州じゃ。まぁ州長からしたら、自身の治める領土に突然謎の集落が現れたんじゃ。気にするなと言う方が無理よの」
「おい」
得意気にペラペラ喋るボージーの頬を、両手で思い切り掴む。
「あんだけ派手に負けといて、しれっと話してくれるじゃねぇか。まず何か言うことあんだろ、あぁ?」
「
「つっても兄貴、相撲の勝ち負けになに賭けてるか、知ってましたっけ?」
「知るか。ただ、やるからには勝てって話だ」
ぽかんとしてるカツに追い打ちをかける。
「お前もおめおめ負けてんじゃねぇ。らしくねぇぞ」
「いやぁー……喧嘩だったらどうにでもなるんですけど、相撲は勝手が違うんですよ、微妙に」
「微妙どころか全然違うだろ」
「そうですかね?殴るか張り手かぐらいの違いですよ?」
「いっぺん力士に投げ飛ばされてこいよ」
「そうそう、その二人が粘って入れてくれないんだよ」
半笑いのフェリダが続ける。
「『こっちは数が少ないから』って、この……スモウ?ってのを提案してきたんだ。面白そうだから乗ってみたんだけど、……あんたらが到着したところで引き分けってのも、また面白い状況じゃない?」
「なるほどな」
大方、話は読めた。
相撲は、町に入ろうとする傭兵たちを、たった二人で食い止める為の苦肉の策だったわけだ。
両手で頬を押さえるボージーと、へたり込んだままのカツ。二人のそばを通り過ぎながら、短く労う。
「負けちゃいたが……良くやったぜ、二人共」
土俵の前に立つと、袖のボタンを外して
「つまり、ここから俺たちが勝ちゃ良いわけだ」
「そそ。分かりやすくて良いでしょ」
不敵に笑ったフェリダは、そのまま土俵の円の中へと入ってくる。おい待て待て。
「次、お前がやんのか」
「そうだけど?」
「別のヤツにしてくれねぇかな」
「どうしてよ」
改めて、フェリダを眺めてみる。年の頃はどう見積もっても二十代。上背もなければ線も細い。
「どう考えても俺が勝っちまうだろ、流石に」
思わず口走った一言が、フェリダは随分お気に召さなかったらしい。あからさまに目の色が変わった。
「へぇー……まだ若いから勝てないって思ってるんなら、見当違いもいいとこ。遠慮なく来なよ。傭兵を束ねるもんの力、見せたげるから」
「いや……そういうことじゃなくてだな」
「なんだよ、さっきから急にモゴモゴし始めて。やるの、やらないの?!」
「いや、やらねぇわけじゃねぇさ。ただよ、なんつうかだな……」
まいったな……そういう問題じゃないんだが。
唸りながら腕を組む。どう説明したもんか、上手い逃げ方が見つからない。ほとほと困っていた時。
「貴女の相手は私です」
リデリンドの声が凛と響いた。今まで事の成り行きをただオロオロしながら見てたとは思えない。
ただ、その決意はフェリダには届かなかったようだった。「ははっ」と、さも小馬鹿にしたように短く笑い飛ばす。
「どしたの、急に。エルフが力比べに長けてるなんて話、聞いたことないけど?」
「仰る通り、エルフは生来非力な種族です」
「でしょー?じゃあなんでノコノコ出てきたのよ」
半笑いを崩さずにいるフェリダを、リデリンドはかつてないほどきつく睨む。
「貴女には分からないのですか?まだ年端もいかない、女性の貴方を投げ飛ばすのは忍びないというカガリ様のご配慮が」
リデリンドの一言は、文字通り火に油だった。童顔だったはずのフェリダの表情は、もう鬼のそれだ。
「は?このアタシを舐めてんの?コケにすんのも大概にしてくれる?」
「コケになどしていません。これはれっきとしたカガリ様の温情なのです」
「それがコケにしてるって言ってんだよ、ババア!」
売り言葉に買い言葉の典型だ。フェリダの一言に、今度はリデリンドの全身からとんでもない圧が放たれる。
「ババア……?エルフの中ではまだうら若い私に、言うに事欠いてババア……そう仰いましたか?」
「あぁ、言ったよ。言ったらどうだってんだよ、あぁ?」
「決めました。貴女を完膚なきまでに叩きのめしてみせます」
「カガリ様、先に行かせていただきますが宜しいですね?」
「あぁ、構わねぇ」
リデリンドの問いかけに応じながら、土俵の縁にあぐらをかいた。
経験上、女の争いに男が首突っ込んだって、ろくなことにならない。こういう時は当事者同士、思い切りやってもらうに限る。
それに、二人ともちょっと怖ぇし。
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