六
「────で? どこをどう探す気だよ?」
馬の背に跨り蹄を響かせ、武装した少数精鋭の部隊が闇夜を突き進む。
「さぁな」と他人事のように呟く二藍に、「宛もなしかよ」と睡蓮は呆れていた。
「そう言えば、夕刻に報告を受けた際、壬生菜が言っていた。茅を殺ったヤツらはまるで『鴉』のようだった⋯⋯と」
「⋯⋯『鴉』⋯⋯?」
呟く睡蓮に桔梗の表情が僅かに歪む。
「『
「────まさか」
桔梗の呟く言葉に、信じられないと声を上げる二藍。何のことだか分からない睡蓮はただ、「何だよ、それ」と二人に問うていた。
「『後宮に棲う亡霊』────そう呼ばれていた」
「先帝もその亡霊に祟られたと、あの頃の宮中ではもっぱらの噂でございました」
「何か⋯⋯おどろおどろしい話だな」
それは宮中でも語り種となっている、よくある幽霊話。二藍も御所に出向いた際耳にしたことがあると頷く。桔梗自身もただの噂話の一つと思っていたと言い、どこか言葉を選んでいるように見えた。
「実のところ、先帝のご正室が亡くなられた後⋯⋯その噂はただの噂ではなくなっていたのです」
桔梗の言葉に、二藍は馬の足を止めた。それに次ぐよう、他のものも次々とその場に留まる。先の帝の正室────つまりの白藤の母親の死が何かしらの起因だとでも言いたげな彼の口ぶりに、柔和とは程遠い二藍の表情が一段と険しくなった。
「どういうことだ?」と言う一言は、少しばかり冷静さをかいている。
「実は先帝は二藍様の母君を宮中にと、側室として迎え入れようとしていたのです。しかしその直後に何者かの手によって殺されてしまった。手を下したのはご正室だと言うことが分かったのは、傾城町ごと焼き払われたあの大火の最中でした。先帝はご正室との距離を置き初め、次第に心を病んでいったご正室は服毒自殺。しかしご正室の葬儀が執り行われた際、それが自死ではない⋯⋯との噂が広まり始めたのです。それが────」
「『鸚緑』」
「ご存知だったのですか?」
「父からその名だけは⋯⋯。後宮には亡霊がさ迷っている⋯⋯と」
「その『鸚緑』が、先帝のご正室を呪い殺したのではないか⋯⋯と」
「つまり⋯⋯⋯⋯その『鸚緑』って⋯⋯二藍の母親⋯⋯?」
「バカな!!」そう二藍が口にするのは至極当然のことだった。
「二藍様のお母上────
「どういう意味だ?」
「野々市太夫は殺されたと言われておりましたが、実はそのご遺体は今に至るまで、誰も目にしてはいないのです」
「なら、どうして殺されたって分かるんだ」
「それは⋯⋯藍鉄様がそう先帝にお伝えしたから⋯⋯だそうで」
「お前はもしや、藍鉄が母上の件にも関係していると?」
確信をつく二藍の言葉に、桔梗は深く頷いた。
「さすれば。全てのことに合点が行くのです。先帝崩御のすぐ後、何故あなた様が璃寛行きを命ぜられたのか⋯⋯⋯、誰も知り得るはずのない二藍様の出自を、なぜ藍鉄殿が知り得たのか⋯⋯」
「それは白藍がやつに口を滑らせたからで⋯⋯」
「ならばなぜ、藍鉄殿があそこまで二藍様に執着なさるのでしょう? 二藍様が玉座に着かれたとして、あの方が手にする権力など知れたこと」
「二藍様を傀儡になど⋯⋯誰ができましょう」と。
桔梗の話に耳を傾けていた二藍は、しばしの沈黙の中にいた。
確かに、自分が璃寛行きを命ぜられたのは、二藍の実父である先王崩御の直後。宮中では跡目争いが勃発し、死者も出るほどの騒ぎだったとか。
二藍を送り出す際、青藍が彼に告げていた。
「三年は戻ってくるな」────と。
その時は、ただ厄介払いされたのだと思い込んでいた二藍だったが、実のところそうではなかったのかもしれないと、今更ながらの記憶に後悔を覚えていた。
決して「二度と戻るな」と言われた訳ではない。そこには居場所がなかった訳でもない。現に、彼の側には常に茅がおり、白檀も屋敷に残ってくれていた。彼の居るべき場所はきちんと守られていたのだ。
そう考えに至った時初めて、二藍は青藍の意を正確にくみ取ることができた気がしていた。
璃寛行きは彼を守るため。
二藍の身分がまだ宮中にあったならば、彼は皇位継承順位第一位の存在。例え身分が剥奪されようと、帝の嫡男であることに違いはない。だとすれば、それを担ぎあげようとするものが現れてもおかしくはなかった。藍鉄のような存在は遅かれ早かれ出て来ていたはずだ、と。
青藍は王位争いなどという無益な争いから二藍を遠ざけ、起こりうる殺戮から彼を守ったのだ。
「不器用なのは、お互い様⋯⋯か」
ひとりと思い出し微かに笑みを零す二藍に、二人は「何なんだ?」と目を合わせる。
「行き先が分かった」
着いてこいと手網を握る二藍は、そのまま馬を走らせる。
目的地を尋ねる睡蓮に、「お前も知る場所だ」と先を急いだ。
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