ただでさえ張り詰めている空気が、現れた王の威厳によりさらに抑圧される。自身の愚かさが原因ともいえる抱えきれないほどの罪悪感と、押し込められた無意識下の自由の制御に、膝まづいたまま白藍はその顔を上げることが出来なかった。


「そう頭を垂れてばかりいても、何の解決にもなるまい。棕櫚、白藍、両者共に顔を上げよ」


 至極冷静に、されど抑揚を抑えもせず「何があった?」と問う白藤に、白藍はゆっくりとその顔を上げ「陛下⋯⋯」と声を震わせていた。


「私が⋯⋯どうしようもなく、愚かだったのでございます」


「それは『愚かさ』の程度にもよる」


「まさか、叔父上⋯⋯藍鉄があそこまでする男だったとは⋯⋯⋯⋯もはや、償いきれない⋯⋯」


「それは私も同じこと⋯⋯。見て見ぬふりを続けた私の罪。強者に破れ抗う気力すら奪われ、あろうことかその誇りすらも失った絶対服従。その末路が、この有様でございます」


 力なくこぼす二人の懺悔は、一体誰に向けたものなのか? 共に後悔に咽び命には命を以て償うと腹を括る目の前の男たちに、白藤はこう告げた。


「お前たちが死んで、何がどうなる?」────と。


 死んで満足出来るのは、自ら死を選んだ者のみだと居住まいを正す。


 命はそれぞれが対等であり、その全てが等しく平等で唯一無二の特別な存在。


 玉座から立ち上がり前へ進むと、彼らと目線の高さを合わせ白藤は問うた。


「其方らが命にかえてでも、償いたい⋯⋯守りたいと思うものは何だ?」と。


「それは兄上でございます! ⋯⋯⋯⋯それと⋯⋯その⋯⋯麴塵⋯⋯殿。誰よりも茅を信頼していた彼女から、彼を奪ってしまった⋯⋯その片棒を担いでいたとは⋯⋯」


「何故、其方が彼女を気遣う? 麹塵は其方の兄の妻であろう?」


「⋯⋯私には、それ以上の存在でございます」


「其方も、その麴塵を好いていると?」


「はい。到底叶わぬ思いだと分かっていながら⋯⋯あの笑顔が、歌声が私の心から離れてはくれないのです」


「⋯⋯⋯⋯そうか⋯⋯」


 静かに呟くと、白藤は玉座に戻る。


 誰しも手に入れられないものを求める。手の届かないものほど欲しがり、その欲求への渇望は消えることはない。自分もそうなのかもしれない⋯⋯と、白藍に同情にも似た感情を寄せていた。


「例えどんなに重い罪を犯そうと、命で命は償えない。まぁ、全てとは言い難いこともごく稀にありはするが。やはり命を守るのもまた、『命』なのだ。其方らが思いつめるのもよく分かる。されどそこまでの度胸があるなら尚のこと、死に物狂いで生きてみよ。それでも自身を許せぬと思った時初めて、その覚悟を決めればよい」


「陛下⋯⋯」


 そう声を落とす彼は、全てを納得したように深々と頭を下げた。


「────それで、藍鉄は一体何を企んでいる?」


 威厳しか感じない帝の御前で、白藍はここまで至った経緯、棕櫚はその企みの全てを訥々と語る。


 玉座の間は再び張り詰めた空気に支配されていた。

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